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ノーベル文学賞受賞作家が二十代後半に発表した短篇小説集
解説:桜庭一樹
ノーベル文学賞作家ハン・ガンの初期から近年に至るまで、未邦訳の小説を斎藤真理子個人訳で贈る《ハン・ガン コレクション》第1巻。
『菜食主義者』の前身である表題作をはじめ、変化していく社会の中で個人が抱える闇と傷を凝視した、生命力みなぎる初期の短篇8篇。
「私の女の実」:高層マンションの13階に妻と暮らす夫は、妻の体に痣があることに気づく。結婚後4年に及ぶ生活の中で妻が心を削られてきたからなのだが、夫はそのことに気づかず、妻はしだいに言葉を失っていった。ある日、ベランダに出ていた妻の体の一部が植物になっているのを見つけた夫は、大きな植木鉢を買ってきて妻を植えるが…
「日暮れ時に犬たちはどんな気持ちだろう」:貧困と父親の暴力に耐えかねて母親は出て行き、酒飲みの父と暮らすことになった少女テリョン。学校に行くこともできない少女は空腹を抱えつつ、母との思い出を拠り所に、父や周囲のことにじっと目を凝らす。
「赤ちゃん仏」:人気のニュースキャスターで完璧主義者の夫と暮らすイラストレーターの「私」は、普段から化粧もしない地味な女性。だが、自分だけが知る夫の秘密がある。彼の体には子供の頃に負ったやけどの跡が全身にひろがっている…
「ある日彼は」:体一つで上京した彼は、新聞・雑誌社に本を配達する仕事をしている。ソウルの埃と煤煙がひどいため、彼は配達中に何度も顔を洗う。冬のある日、ミンファと出会ったのも顔を洗った直後だった。彼から本を受け取るとき、ミンファは悲鳴をあげた。彼の頬が裂けて血が出ていたのだ。再度配達に行った際、ミンファに「横顔、すてきですね」と言われた彼は彼女をデートに誘う…
【目次】
日本の読者の皆さまへ ハン・ガン
私の女の実
日暮れ時に犬たちはどんな気持ちだろう
赤ちゃん仏
ある日彼は
赤い花の中で
九つの物語
白い花
線路を流れる川
あとがき ハン・ガン
解説 声なき人の代わりに 桜庭一樹
訳者あとがき 斎藤真理子
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Posted by ブクログ
さみしさが、読むほどに募る。
吐き出すことのできない、行き場のないさみしさ。
いっそあなたには、鳥になりたいと、遠くへ飛んでゆきたいと願ってくれと思う。
だがあなたは立ち去ることを選ばずに、静かに閉じてゆく。
その眼差しは自らの内へ、選んだことと選べなかったことの境目へと向けられる。
残されるのは沈黙だけだ。
ままならぬ、と独りごちる。
母親との関係、夫との関係、冷たい都市に満ちる閉塞感だけではない。
自分自身の心が、自分にとってままならない。
それでも、今ここにあるのは閉じ切った哀しみではない。
彼女たちの頑なさの内側に秘められたしなやかさ、自らを見つめる眼差しの確かさは、かりそめの地に根を下ろしながらも遠い光へ向かって枝葉を伸ばす若木なのだ。
暗闇と光へーその両方に向かって、身体を引き裂くようにして伸びてゆく。
本書は、遠く離れた地でそれぞれの孤独に生きるものにとって、密やかに、だが確かにつながっている、同じ時代を生きていると感じさせてくれる。
僕らは孤独な木ではない。
たとえ、言葉にする術を持たずとも、ささやかな葉ずれはきっと、あなたに、僕に届く。
ーーー
“木々が見ている方向はいつも、陽のあたる方だ。運動場のあの木は明るい場所で育ったおかげで円く堂々と枝を伸ばしたが、日陰に立つ木々の枝は例外なく切実に曲がっている。ある木は光の中で生まれ、ある木は日陰で生まれるのか。
だがいずれにしても、その葉は等しく青く輝く。
その葉は日差しに向かってまっすぐに伸びていく。“
ー「赤い花の中で」より
Posted by ブクログ
ハン・ガンさんの作品は、
息をするように静かで物悲しい。
問題を抱えていても何も解決しないまま生き続ける、そんな人たちの人生が描かれている。
斎藤真理子さんの解説も良い。
短編ごとに解説が書かれていて、解説を踏まえてもう一度読み返すことで、物語が違った見え方になる。
【赤い花の中で】という作品では主人公の少女が「彼」という一人称で語られる。読んでいて違和感があったけど、解説で「朝鮮語は日本語に比べて男女の役割語が薄く、また評論や報道記事などでは女性に「彼」を用いることが珍しくない」と書かれていて、驚いた。小説ではあまり用いられないらしいが、あえて「彼」を使うことで出家をする主人公の強さが表現されていると思った。
Posted by ブクログ
詩人の言葉で綴られた短篇集は、その一篇一篇が「九つの物語」だけでなく、長めの詩のよう。
哀しみの通奏低音はあるものの、必ずしも哀しいわけではなく、色のない痛みみたいなものがある。
同じ経験など一つとしてないのに、読み終えて自分自身が身を削ぐような経験をしたように思う。
「誰がどうしてどうなった」という物語には収まらない展開は形自体も詩のよう。
比較的初期の中・短篇集ということで、「菜食主義者」を出すまでもなく、のちのハン・ガン作品の萌芽を感じられて、それも嬉しい。
最初のあいさつやあとがきに作者の謙虚で控えめな人柄がうかがわれて、親しみを感じるし、桜庭一樹の解説も斎藤真理子による訳者あとがきも読めてよかった。
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