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Posted by ブクログ
ガキの頃から漂流記が好きだった。男の子はみんなそうだったと思う。『ロビンソン・クルーソー』、『十五少年漂流記』、『ジョン・万次郎』に『ガリバー旅行記』、『アマノン国往還記』も漂流ものかな。漫画は『冒険ガボテン島』から『漂流教室』、漫画喫茶が漂流するってのもあった。要するに何かと窮屈なこの世界を飛び出して(自発的に、半強制的に、また不可抗力のために)、誰も知らない聞いたこともない世界にたどり着く。「たどり着いたらいつも雨降り」になるのは世の常である。自分自身がSFを好きなのも、こういう嗜好があるからだろう。
おっと町田康のこの作品。実際にあった話、というか神戸大学のデジタル・アーカイブにある『朝鮮漂流日記』という資料を基に、例によって町田康が自身の迸る想像力を駆使して、そして現代風にアレンジした話になっている。文化14年だから西暦でいうと1817年、二年間の沖永良部島での公務が終わり、交代要員が来たので本人達はやっと薩摩に帰れると安堵して船に乗るのだが、そこで嵐に巻き込まれ流れ流れて朝鮮にたどり着いた。言葉が通じないが、幸いどちらも漢文は使えるので筆談によるコミュニケーションが始まる。その珍妙なやり取り、いや当人達には真剣勝負的なやり取りだろうが、読む側からすると頗る面白い。馬鹿笑いする事は少ないが必ずくっくっと笑ってしまう箇所が出る。いやその前に嵐の中での主人と船長の会話が面白い。『「船が傾いちょるごたるが」「ええ。傾いてます』と松元は言った。松元の説明によると、舵も流され航行できないし、無茶苦茶遠くまで流されている、ということだった。「このまま傾きを放置するとどうなるのか」と問うと「或いは転覆するかも」と言う。「駄目じゃらせんか」思わずそう言うと松元は言った。「ええ。駄目です」。私は嫌な気持ちになった。そして悲しかった。』。本作品中の薩摩弁はなかなかにネイティブっぽい。薩摩人お得意の「議を言うな」も出てくる。自分たちの乗っていた船を朝鮮の船にえい航してもらうシーンでこんな会話が楽しめる。『「や、あげんとこに縄をきびっちょっ(おっとあんなところに、縄を結んでいる)」「あいではやっせん(あれでは役に立たない)」「おー、ああなっとな(おお、ああなるのか)」「くえっくえっくえっ(青田赤道っぽい)」「ちょんわ、ちょんわ(間違いなく青田赤道である)」。最後の二言は『嗚呼、花の応援団』をご存じない方には意味不明だろう。
この作品で考えさせられたのは、いわゆる官僚主義、お役人仕事というのは、どこの国も同じだということ。また、出自に関係なくきちんとした人もいれば、出鱈目な人もいる。日本人だろうが朝鮮人だろうがそれは同じ。どちらの民族が優秀だとか劣っているとか、そんなことはないのだ。人間はその仕事ぶりと心意気と自らの信念で決まる。この主人公の独白はオリジナルにあったのか、多分、町田康の創作だと思うが、こんなことを呟いている。「扨(さて)。ここで一言断っておく。ここまで読んで既におわかりと思うが私は文辞乃ち文章表現が巧みではない。だからこそ日頃の学習を怠るべきではない。不得意だ、向いてない、と言い、これを習わないでいれば、人間の全体性が損なわれ、性情も思想も偏ったものとなって、物の役に立つ人間にならない。ましてや民衆を導き、慰撫することなぞ及びもつかない。だからこそ私は出航してからも(それ以前も)漢字の学習を怠らなかったし、ことの経緯を書き付けるということもできる限りしてきた」
当時の日本(江戸幕府)と朝鮮は漂流民を見つけたら、それを保護し自国に安全に帰すという取り決めがあったのだが、主人公の船の乗務員に琉球の人間が混じっており、それがばれるとちと都合が悪い。それで髪型、服装、もろもろを変えるというドタバタも笑える。しかし会話による意思の疎通が出来ず、すべて漢文で場合によっては漢詩を書いて、先方の役人と交渉するというのは大変な作業だったはず。主人公を入れて総勢25名の人間が乗っていたが、漢文が達者なのは主人公だけ。これは相当しんどいが、おかげで先方の役人たちの本音がさまざまに透けて見える。良心的な役人が手配した食料や品物を自分の手柄のようにいってくる役人もいる。『私は呆れ果てた。なぜならそれを手配したのは太守であるからである。しかるに趙主簿は自分がその恩恵を施したように見せかけ、手柄を横取りしようとした。私は呆れて趙主簿の顔を見た。しかし趙主簿はまったくたじろがず、かえって鼻をパンパンに膨らませ、まるで豚が熱々のすうどんを食べているような顔をして傲然としていた。」
本作品にはやたらと漢詩が出る。五言絶句や七言律詩、うーん、大昔の高校の漢文でなろた(by 町田町蔵)はずだがもう知識が残っていない。そういう人が多かろうと漢詩をわかりやすい日本語にしている。最後のほうで無事、国に帰れることになり、そのことを感謝して主人公が十首の詩を読むのだが、その訳が笑わせてくれる。「老子」という題で読んだ詩の訳が「赤イいんくハキレイデガンシヨ、青イいんくは悲シデショ」、井上陽水の「心もよう」である。次の「梅樹宿鷲」はやたら「寒サコラエテ」と出てくる。「北の宿」である。ほかにもたくさん仕掛けがあるのだろう。町田康の個展の才能に脱帽である。
Posted by ブクログ
沖永良部島から薩摩への帰路、嵐に見舞われて遭難し朝鮮へ漂着してしまった藩士安田義方の日記を基に書かれた長篇小説。話す言語が違うので遣り取りのすべてにおいて漢文の筆談を強いられ、漸く通じ合ったと思えば相手国役人の“役人らしい生真面目”な繰り返しの確認作業に煩わされて帰郷の段取りは遅々として進まず、そのうえ法律のせいで上陸が許可されず生活(藩士船人合わせて二十五名)は半ば崩壊して水浸しの船の上。詩の達人と勘違いされてはやたら次韻や評を求められ、鼻持ちならない役人や細々とした問題へのひとり奔走。と書出せばキリが無い過酷の連続はもし自分だったら正気を保てそうになく、漠然とやっぱり武士って凄いなという感想を抱いたりもした。けれど、そんなつらい日々の中にも希望となって繋がり合う朝鮮国側の人達もいて、この部分が、とは要するに言葉や文化が自分とは違っても、互いを尊重し慮って助けようとする心の動きは在るのだと示している部分がこの小説の核だと私は思う。排外主義的な言説が罷り通る今の日本だからこそ大きな意味のある作品ではないでしょうか。
Posted by ブクログ
漂流して朝鮮半島に漂着した薩摩藩士と船人たちの帰国までを描く長編。
実際にある漢文の記録を口訳したもののようです。
当時の朝鮮の法律では、漂着した外国人を上陸させてはいけないらしく、ひたすら船上で過ごさなければならないのが過酷そうでした。
3人の役人のうち2人の体調がずっと優れず、1人筆談で朝鮮人とやりとりしなければならない安田氏の心労たるや⋯。
主薄のように薄汚い心の韓人もいたものの、太守をはじめ書のやり取りを通じて心が通うようになるさまには、心温まりました。
それにしても、安田氏がうんざりしているのに詩の達人と間違われて、詩を読んでもらいたい人が押し寄せるのには笑いました。
薩摩藩士としての武士の心を忘れず、礼儀を欠かないよう、また国の代表として下に見られることのないよう、本心を律したり、毅然とした態度を崩さないようにしたりする安田氏の振る舞いが清々しかったです。
日本の文化に興味津々な太守以下韓官人の振る舞いも、なんだかほほえましかったです。
『ギケイキ』や口訳古事記のようにめちゃくちゃな意訳ではなく(そちらはそれで面白いのですが)、割と真面目な口訳ながらときどき「あっ、あっみたいな顔」などの町田節があるのがよかったです。
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