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Posted by ブクログ
あまりにも良すぎて、語り尽くせない……
短いのに、物語としても詩としても哲学としても、いっぱい心に訴えかけてきて、深く深く心を満たしてくれる。特に後半は、感極まって涙があふれてしまった。
この本の大切なメッセージは、シッダールタが川から聞いたこと、そして最後のゴーヴィンダとの会話だと思う。言葉にはできないので、言葉にせずに心にしまっておこうと思う。
物語でシッダールタが知っていったもの、教えや我慢や放蕩や愛の施しや執着……。それらは、大きな川全体の一部の完全な瞬間だった。
読者である自分も、例えば「避けたいな」「避けたかったな」と思う出来事や状況を、そんな見方に変えられるのかもしれない。
シッダールタがそんな見方を手に入れたのは、彼が観念的な真理だけでなく、いま目の前に見えている世界を蔑ろにしなくなったからだと思う。ほんとうにこういう生き方をしたい、と思った。
シッダールタの物語だけれど、この本でいちばんお気に入りなのは、後半で出会う渡し守。シッダールタが彼に心の内を話していくように、自分自身の心のことも同じように受け入れてくれたような気がする。
この作品を読んだのは、手塚訳に続いて2回目。最新の訳なのでとても読みやすかったし、巻末に載っている翻訳のこだわりについての記載もおもしろかった。
Posted by ブクログ
自我からの解脱を目標に、苦しみを乗り越えて道を切り開いていくシッダールタの姿に、引き込まれました。
宗教的内容であることを予想し、読み始めは身構えましたが、その心配は無用でした。
苦行を3年間一緒に積んだシッダールタと友人ゴーヴィンダは、違う道を進みます。ゴーヴィンダはブッダの弟子となります。
苦行で身につけたもの(断食、待つ、考える)を遊女のカマラー、商人との出会いの中で手離すことになったシッダールタ。そのかわりに得たものは、官能の喜び、快適な暮らし、富(とみ)でした。しかし、シッダールタの心は満たされず、その後、彼に大きな影響を与える人物との出会いがあり、彼は変わります。
後半は、一人の人間の覚醒だけでなく、親子のあり方を考えさせられる場面もありました。“可愛い子には旅をさせよ”“若い頃の苦労は買ってでもしろ”という、ことわざが思い出され自分自身の経験と照らし合わせて、納得のいくものでした。
世の中の真理を、川から学びとっていくシッダールタ。『戦争と平和』の登場人物の一人であるアンドレイの心の変容をも思い出されました。
シッダールタに共感でき、ここまで自分が生かされて本書に出会えたこと、本当に良かったと思います。心揺さぶられる、芸術的感性を刺激される読書体験でした。現時点の私にとって傑作中の傑作です。観念のみで至った境地が書かれているのでないからです。苦しみ抜いた者だけがその先に見ることができる、辿り着ける境地を描ききっています。今年最高の一冊の本になる予感です。
以下、余談ですが、
舞台『シッダールタ』の公演があること、本書を読み始めたときに知りました。
東京公演(2025.11.15〜12.27)
兵庫公演(2026.1.10〜1.18)
草彅剛主演ということで、同じ中学校出身なので(ただそれだけの理由で、お友達でもないのですが)頑張ってほしいと思っています。
Posted by ブクログ
主人公シッダールタ(ブッダとは別人)は、ブッダを「目覚めた人」「完璧な人」と深く敬愛する。しかし、その教えを聞いても門下には入らず、自ら欲に身を委ね、人生を経験する道を選ぶ。
「どんな真理にもその正反対があり、それも真理だ。真理は一面的にしか言葉にできず、言葉で言い繕うことはできない。頭で考え、言葉にすることができるものはすべて一面的だ」
ブッダの教えを聞いても、自分はブッダのようには目覚められない。誰かの真理は、そのまま受け取るだけでは自分の真理にはならず、自分自身で生きて初めて知恵になる。
人の忠告を聞いておくべきだった、とか、もっと若い頃に読んでおけばよかったと思う本も少なくない。けれど、その言葉が本当に腑に落ちるのは、自分自身が傷つき、苦労し、歳を重ねたあとだったりする。
遠回りも失敗も、すべてが今の自分へとつながっている。そう思うと、「時間は存在しない」という言葉が、少しだけ腑に落ちた。このタイミングでこの本に出会えたことにも意味があったように感じた。
作中で「川」は、あらゆる経験を飲み込みながら流れ続ける、人生を映す存在だった。
心を動かされたこの本も、結局はヘッセの「言葉」にすぎず、私を直接救ってくれるものではないのかもしれない。それでも、この本を読んだ経験もまた、川の流れの一部になって、いつか自分自身の知恵へと変わっていくのだと思いたい。
Posted by ブクログ
ヘッセといえば「車輪の下」、挫折した思い出。
でも「シッダールタ」は読めた。新訳のせいもあるだろうか。大人になった今なら「車輪の下」も読めるだろうか。
てっきりブッダの話かと思ったら、同時代の別のシッダールタが主人公。バラモン、遊行者、ブッダからの離脱、友との別れ、金と愉楽にまみれた堕落、川と川を師とする同胞との出会い、彼の死とかつて別れた友との再会。
東洋思想は、ヘッセの時代のヨーロピアンには新しい啓示のように感じられたのだろう。ヒッピーが出現する前の時代だ。一度西洋人を経たインドの哲学は、私たちにもまた新鮮な視点をもたらす。
小難しくなく、馴染みのある考え方で人が悟りに至る過程を眺める、という感じ。心地よい読書体験だった。
Posted by ブクログ
仏教を小説で学ぼうと思って手に取った本で、まさか金持ちの苦悩、賭博に嵌る感覚を知るとは思いもよらなかった。ブッタは出てきたが、仏教の話だったのかといわれるとこれはまた難しい。
さて、ヘッセといえば国語の教科書の『少年の日の思い出』が強烈に残っている。ヤママユガ、エーミール、「そうか、君はそういうやつだったんだな」。今回何となく「仏教っぽい名前だったから」という安直な理由で手に取ったわけだが、これがなかなかに味わい深い。
教えを授かるという行為にありがたみはあっても、そこから発展があるかと言われれば、それ以上の自助努力を必要とする。言葉という形の無いものは口から言葉として発せられた時点で、自分の中から外に出た途端に歪みが生じ、戯言になる。身に積まされる痛い言葉だ。
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