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Posted by ブクログ
プンプンの初体験描写が衝撃!
関君の話にものすごく共感してしまった。
天気がいい日に、ベンチに座って、ぐだっと座って目をつぶりながら、さまざまなことに思索を巡らせる。
「どうすればみんなが幸せになれる?」
って真剣に問うている姿。
ほんとうはどこもおかしくないのに、笑うところではないのに、なぜか笑いが止まらなかった。
自分は何一つ世界の中に参加して働きかけていないのに、その外部から世界の秩序を考えている。その結果が、単なる浮浪者である。
自分にも痛いほど、その感覚は良く分かった。
そういう思索を自分も、大学の中を歩き回りながらしていた。
人間の「自由」って何だろうか。自由が与えられていて、いざ自由を実現しようとしても、本当は何もできないし、自分で不自由を選ばざるを得ない、「自分を見失った存在」になってしまうのである。
「わかるよ。
きっと普段はフツーに善良な市民なんだ。
基本的には。
元々この世に正しい人間なんか一人もいないだろ?
きっとほんの少しだけ、
バランスが崩れただけなんだろ。」
「・・・なんだろ
今、この場所にはこんなにたくさん人がいるはずなのに、
本物の人間が一人もいないような気がするのは。
どいつもこいつも
一人残らずからっぽで、
自分自身が誰なのかすらわからなくなってるんじゃないか?
でも、それは俺だって同じこと。
自分が自分だってことをどうやって証明できる?」
「・・・結局、他人への不満って実は自分への不満なんだ。」
Posted by ブクログ
今日もnaonaonao16gは、洗濯をしたり掃除機をかけたりマットを洗ったり買い出しへ行ったりと大忙しです。天気がいいと、やることも多いです。
naonaonao16gは、買い物へ行く道中、シティポップを聴きながら考えるのです。「幸せ」とは何だろう、と。
過去も未来も、現在の積み重ねです。だから、今この瞬間を幸せだと思うことが、人生の幸せにつながるのだと、naonaonao16gは思うのです。
例えば、naonaonao16が、好きな人ととても楽しい時間を過ごしたとして、でも、その好きな人には彼女がいて、だからどんなにnaonaonao16gが幸せな時間を過ごしたとしても、友人たちは言うのです。「あいつと一緒にいることがnaonaonao16gにとって幸せとは思えない」。naonaonao16gもわかっているのです。それなのに、この、強烈な「好き」という感情が、友人たちの言葉をも簡単に超えてしまうのです。友人たちは最後に言うのです。「まあ、naonaonao16gがそれでいいならいいんじゃない」と。ええいいですとも!!それでいいですとも!!
naonaonao16gにとって、今好きな人といられるのは幸せなはずなのに、なぜか思考の終着点でため息が出てしまうのです。たぶん、「それでいい」と思えないからだと思うのです。「それでいい」と思い込もうと、必死に、自分を傷つけないようにしているだけなのです。そうすれば、「幸せ」だと錯覚できるのです。でもそれは、あくまで錯覚であって、本当の「幸せ」ではないのです。では、本当の「幸せ」とはどこにあるのでしょう。考え続けます。
❛キルケゴールは言った。「不安は、自由の眩暈である」と。
naonaonao16gは、自由だ。何に制限されることなく、例えば、子どもの預け先を心配しなくてもいいし、早く家に帰らなきゃと時間を気にせず遊ぶこともできる。いくらでも残業できる。自由だ。しかしある時ふと、その自由さに「これでいいのだろうか」と不安を覚える。その不安は案の定、思考をネガティブにする。眩暈である。そしてその眩暈が、「幸せ」を獲得した人と、比べさせる。❜
naonaonao16gの頭の中では、ぐるぐると思考が続いています。
❛満たされているかと言われれば満たされてはない、思っていた人生とも違う、でもそれなりには楽しい、でも人と比べると、人の方が楽しそう、ああいう人生がnaonaonao16gにも欲しかったと思ってしまう、そんな風に人と比べることは惨めだ!本当に惨めだ!!!幸福なんかじゃない、不幸だ!!!!!
でも逆に、naonaonao16gが今不幸かどうかと問われたら、それはNOだ。それは自信を持って言える。だとすれば、naonaonao16gにとっての幸せとは、「不幸ではない」ということなのではないか。
きっと「満たされた」人生であれ、「思っていた人生」であれ、生きていれば予期しない何かが、ある。だとすれば、今の、この、ポテコを食べながらレビューを書いている時間は、確実に「幸せ」なんじゃないか。❜
どうしたら、他人と比較せずに、自分は幸せだと思えるのでしょう。どうしたら、この眩暈はなくなるのでしょう。どうしたら「不幸ではない」ではなく、「幸せ」と思えるのでしょう。思考は回りつづけるばかりで、今のところ、naoaonao16gが出した結論は、「幸せとは、不幸ではない状態、つまり、それなりに楽しい状態のことである」ということでした。でも、まだまだ思考は続いています。
5巻では、自分勝手な大人たちがそれぞれ暴走し、プンプンを追い詰めます。大人たちは、追い詰めている自覚はありません。しかし、この無自覚は、わざと追い詰めるよりも、悪です。「自由」と「幸福」と「信頼」と「裏切り」と「妬み」。子どもである、ただそれだけで制限される様々なこと。ますます「生きる」ということが何なのか分からなくなります。「大人になる」ということに希望を持てなくなります。
6巻のレビューは、「幸せについて―弐―」をお届けする予定です。お楽しみに!
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