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Posted by ブクログ
「刑事」。市民生活の平和と安全を守る正義の実行者だ。
けれど刑事にも私生活はある。
家族、恋人、親友。職業上、制約が多くなるのはしかたない。でも……。
若い刑事の日常を描くヒューマンドラマ。
◇
ぼくは刑事。だから忙しい。
実際、何か事件が起きると夜中であってもすぐに呼び出されるし、凶悪な事件が発生しようものなら署に泊まり込んで連日の捜査に当たることになる。
つまり、私的な予定が立てにくい職業だと言える。
今日は、久しぶりに家に帰れることになった。犯人逮捕に伴い、捜査本部が解散したからだ。
署に詰めていたこの1ヶ月、帰宅できたのは10日ほどで、主に着替えを取りに帰っただけだった。
現在の住まいは、京成曳舟にあるワンルームのアパート。所属先の墨田署から徒歩圏にあるから選んだ物件だ。ほぼ寝に帰るだけの部屋。だから室内には、家財道具がほとんどない。
そんな殺風景な部屋に戻って室内干ししたままだった洗濯物を外しているとき、私物の方のスマホが鳴った。
表示された名前は「梅木由宇香」。ずいぶん前に別れたいわゆる「元カノ」だ。もう連絡を取り合うことはないと思っていた相手なので、戸惑いつつ出てみると……。
( 第1章「春」) ※全8章。
* * * * *
小野寺史宜さんの刑事ものとは珍しい。
そう思いつつも、きっとライフに重きを置いたストーリーだろうと見当をつけて読みました。 ( その通りでした。)
主人公は、松川律という31歳の独身男性です。大学卒業後に警視庁に採用され、派出所勤務の制服組を経て刑事になりました。
この松川くん。これまで読んだ小説に登場するどの刑事とも違うタイプの青年です。
熱血漢でもないし、反骨精神の塊でもないし、斜に構えたニヒリストでもない。体育会系のパワハラセクハラ傾向など微塵もなく、不正を働いたりもしません。
誠実で穏やか。細やかな心遣いができて、ナイーブな面も持っていますが、バランス感覚に優れ、物事を冷静に判断できる思慮深さも持ち合わせているため、体育会系の男社会である警察内で浮いてしまうことはありません。
我欲はあまり強くなく、物事に淡々と向き合おうとする、小野寺作品の主人公に多い人間的に好もしい青年です。
物語で描かれるのは、そんな松川くんの 31歳からの2年間の出来事ですが、中心になるのは恋愛事情です。
松川くんには現在、「恋人」として交際中の女性がいるので、まずはその女性、竹本澄音さんについて、紹介しておきます。
澄音さんは、松川くんが高校時代に所属していたバドミントン部の先輩だった女性で、松川くんより2つ歳上です。
現在はバツイチのシングルマザーで、5歳になる娘の海音を1人で育てています。
この澄音さん、実にステキな女性です。
さっぱりした気性でユーモアもあり、他者への配慮も忘れません。
シングルマザーなので仕事と育児をこなしていて多忙にも関わらず、情緒は常に安定していて、海音ちゃんや松川くんにも安らぎを感じさせるような「大人の女性」です。 ( 小野寺さんの作品によく登場する、ステキな女性のひとりです。)
そんな澄音さんと過ごす時間の心地よさをこよなく愛する松川くんは、海音ちゃんにも懐かれたことで、澄音さんとの結婚を真剣に考えるようになるのです。
続いて、松川くんを取り巻く登場人物について触れておきます。
松川くんの家族はいい人揃いであり、澄音さんのお父さんも好人物です。さらに、松川くんの上司や同僚にも性根の悪い人間は見当たりません。
つまり、松川くんは自分に好意的な人たちに囲まれて日常を送ることができているということです。
ここまで見てくると、澄音さんとの結婚という松川くんの希望の実現には何の支障もないように思えるのですが、実は松川くんがまだ知らない事情が澄音さんにはあって……。
というのが前半の基本的なストーリーです。 ( 後半についての詳細は控えます。)
最後に、読み終えて感じたことを少しつぶやかせてください。 ( ネタバレに繋がるかもしれませんので、気になる方はどうかお読みにならないでください。)
2つあります。
1つめは警察組織の特殊性についてです。
警察官は、採用される際に「身体検査」と言われる身元調査があり、結婚する際には婚約者のことも調べられると聞いたことがあります。
職業柄、本人に対する「身体検査」は止むを得ない気はしますし、結婚相手についても仕方ないのかも知れないとは思います。
けれど、当事者の家族のことまで調査されるということは初めて知りました。
そして、もし家族に何らかの傷があれば、例え軽微なものであったとしても、採用は見送られるし結婚は許可されないというのは、心情的に納得しづらいものがあります。
警察官志望者が減少の一途であるそうですが、その原因は、業務の過酷さに加えてこのような縛りがあることも影響しているのではないかと思いました。
( ところで、すでに警察官になっていた人の家族や親族が罪を犯した場合は、どうなるのでしょうか。もしかして、よくて内勤や関連団体への出向、下手すると依願退職とかになるのかも。などと、ぐだぐだ考えてしまいました。)
2つめは、物語の収め方についてです。
澄音さんとの結婚話が暗礁に乗り上げたことで、松川くんはある決断をするのですが、これについては予想できました。
そんな松川くんの思いに対して澄音さんもまた大きな決断をしますが、これも想定の範囲内でした。
けれど、そんな2人に向けて小野寺さんが用意したエンディングは、まったく想像もしていなかった衝撃的なものでした。
「こんな収め方はちょっと……」と、読後すぐは思ったのですが、レビューを書けずに少なくない日数を過ごすうちに、落としどころとしては悪くないのかもしれないと思えるようになりました。
燃え上がる炎のような激しさではなく、石炭の火のような静かだけどしっかりした松川くんの情熱のあり方には、この結末がよくマッチしていることに気づいたからです。
完全にネタバレになるのは避けたいので詳細は控えますが、これはこれで小野寺さんらしい「うれしさも中くらい」のよさがある作品だと今では感じています。
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