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かるた遊びとして広まり人口に膾炙され、日本文化に多大の影響を与えた百人一首を、手軽に楽しむ本。文法の知識や旧仮名の読み方を知らなくても、歌の意味がわかり声に出して朗読することができるように工夫。 ※本作品は紙版の書籍から口絵または挿絵の一部が未収録となっています。あらかじめご了承ください。
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Posted by ブクログ
* 万葉集=奈良時代中心の古い歌集 * 百人一首=DJ藤原定家が歴代名歌人から一首ずつ選んだベストアルバム 13世紀前半、DJ藤原定家が歴代名歌人から一首ずつ選んだベストアルバム百人一首の原文、訳文、解説面白かった。後世の俳句、浮世絵、落語に影響を与えただけある。 百人一首の紫式部の歌の解説読ん...続きを読むで思ったんだけど、紫式部も本当はレズビアンだったんじゃないかな?男との恋愛より女友達をまるで恋人かのように歌った和歌があるらしい。だって源氏物語与謝野訳読んだけど、あれだけ魅力的な女ばかり出てくるし、女にしか目がいってない感じがするから。 紀貫之ってネカマだったらしい 「普通に読めば、これは貧しい農民の歌である。実際にこの歌は、農業の苦労を詠んだ作者不明の歌(「秋田刈る仮庵を作りわが居れば衣手寒く露ぞ置きにける」『万葉集』巻一〇・二一七四)を元歌にしているらしいのだ。 しかし、この歌の作者は天智天皇と信じられてきた。撰者の定家もそう信じていたのである。なぜか? その背景には、天智天皇伝説がある。 天智天皇は、即位前は中大兄皇子と呼ばれた、古代史のスーパーヒーロー。皇太子時代、大化の改新に勝利した後、近江(滋賀県)に都を遷し、人民を思いやるすばらしい政治を行ったと伝えられる。例えば、 朝倉や木の丸殿にわがをれば名のりをしつつ行くはたが子ぞ (『新古今和歌集』雑中・一六八九) (朝倉の木の丸殿に私がいるので、名乗りしながら行くのは、どこの家の子か)の「木の丸殿」も、人民に負担をかけないための、質素倹約の建物であるという(『十訓抄』)。この歌も天智天皇の真作とは思えない伝承歌であるが、天智天皇には、人民と生活苦を分かち合うような、そんな聖帝のイメージが色濃い。人民の苦労を共に分かち合い、清貧に甘んじる政治家は、いつの時代もヒーローである。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「「白妙の衣」は、楮や麻で織った白い衣をいう。初夏に咲く卯の花の比喩という説もあるが、夏の神事に使う巫女の斎衣と理解しておきたい。夏の神事が持つ爽やかで清らかな感覚を象徴するような白い衣が、香具山に干されているというのだ。しかも、天の香具山は奈良県橿原市の山で、天界から降ってきたという伝承を持つ、聖なる山である。中でも、甘橿明神が人の言動の真偽をはかるために、衣を神水に濡らして干したという伝説は、定家の脳裏にあっただろう。 この歌の原歌は、『万葉集』の「春過ぎて夏来たるらし白妙の衣干したり天の香具山」(巻一・二八)である。比べてみると、『万葉集』の「来たるらし」「干したり」が、『百人一首』では「来にけらし」「干すてふ」と変わっている。目の前の風景をきっぱりとした口調で描写していた歌が、「干すらしい」と伝説を語るような歌に変化したのだ。『万葉集』の訓読が難しくなっていた時代、ある程度は自分たちの価値観に沿って解釈をした結果なのだろう。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「まずは、雌雄が別々の寝床で夜を過ごす習性を持つという山鳥が登場する。当時の人は、「山鳥」と聞いただけで、一人寝をイメージしたのだ。次に、山鳥の長い長い尾羽を描いて見せる。「山鳥」はキジ科の鳥で、雄は尾羽が長い。一人寝をする山鳥の、垂れ下がった尾羽。これが、「一人寝の夜の長さ」なのだ。修辞でいえば、「あしびきの」は「山」にかかる枕詞、「あしびきの」から「しだり尾の」までが序詞となる。この序詞の部分が、一人寝をする夜の長さを視覚化する役割を担っている。しかも、序詞では、助詞の「の」を四回も繰り返し、重ったるく、間延びした感じを醸し出している。本来時間の長さなど、目には見えないものだが、序詞は、目に見えないもの、心をかたちにして見せるという役割を担っている。 そして下句の「ながながし夜をひとりかも寝む」の部分は、心情描写である。「ながながし」は形容詞の終止形であるが、「夜」にかかる。一人ぼっちの夜を過ごす嘆きを訴えた箇所である。実は、恋歌の趣旨としては、この下の句で事足りているのだ。しかし、寂しいと百回叫ぶよりも、視覚に訴えたほうが人の共感は得られやすい。一人寝の夜の長さを、山鳥の尾羽の長さで見せておいて、その後そんな夜を一人ぼっちで過ごす嘆きへと人を誘っていく。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「柿本人麿は、現在の奈良県天理市に本拠地のあった柿本氏の一族に生まれた。宮廷歌人として持統天皇(二番* 1作者)に仕え、「宮廷儀礼歌」と呼ばれる歌を数多く詠んだ。デビュー作は、草壁皇子(持統天皇皇子)の挽歌であった(『万葉集』巻二・一六七 ~一六九番)。和歌でもって、新しい日本国家を形成していくことを目論む持統天皇は、人麿を重用し、漢詩文に匹敵する和歌の力を知らしめようとする。人麿は、その一方で、妻の死を悲しむ「泣血哀慟歌」(巻二・二〇七 ~二一二)など、私的生活もテーマとし、人間の愛や死の意味を問いかける歌も数多く詠んだ。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「【解説】 田子の浦は、現在の静岡市清水区蒲原の吹上の浜あたりをいう。「うち出でて」は、視界を遮られていたところから、広々と見渡せる場所に出て、という意味。遮蔽物がなくなり、一気に視界が開け、富士山が視界に入ってきた、その一瞬をとらえた歌である。開放感とともに、青い空と青い海にはさまれた富士山頂の真っ白な風景が、見事なコントラストで、ぐっと迫ってくる。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「【解説】「鵲」は、カラス科の鳥。「鵲の渡せる橋」は、七月七日の七夕の夜、鵲が羽を広げて、天の川に橋を架け、織女星を対岸に渡すという伝説による。冬の星は、冷たく冴えた光を放つ。冬の星の冷たい輝きを、鵲の上に降り積もった霜に喩えたのだ。天の川が白く冴え冴えとした光を放っている冬の夜空に、羽を広げた鵲を幻想したところに、この歌の生命がある。冬の星座が、白い霜へと変貌してゆく、幻想的な瞬間である。和歌は、ときにこうした魔法を見せてくれる。冬の夜空の美しさをたった三十一文字でとらえ、表現した、見事な一首である。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「【原文】 天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも【訳文】 大空をふり仰いで見ると、月が見える。ああ、故国日本の春日にある三笠の山に出ていたのと同じ月だよ。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「喜撰は、宇治の御室戸の奥に住んでいたらしい。鴨長明は『無名抄』に「御室戸の奥に二十余町ばかり山中へ入りて、宇治山の喜撰が住みかける跡あり」と記し、歌人必見の場所だと言っている。しかも、実は仙人だったとか、道術士だったとも言われ、不老長寿の薬を煉って、天上に飛び去ったという伝説もある。そういう喜撰像からこの歌を読むと、なんとも飄々とした、人を喰ったような趣のある歌である。人からは「かわいそう」と同情されるけれども、本人はいたってハッピー、「世間は私に同情しているらしいねえ」と軽くいなした感がある。江戸時代の川柳に「お宅はと聞かれたように喜撰よみ」という一首があるが、この歌の本質をよく言い当てている。 実像はよくわからないものの、六歌仙の一人とされ、宇治と深く結びついた歌人として愛された。幕末の狂歌の「泰平の眠りをさます蒸気船たつた四杯で夜も寝られず」の「じょうきせん」に「喜撰」を掛けて、「上喜撰」という宇治茶が作られたり、宇治の喜撰の庵跡には、藤原為家の子慶融法眼(定家の孫にあたる)が訪れたりしているのも、ひとつの表れだろう。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「そして、何度か和歌のやりとりをして、お互いの人柄や気持ちを確かめ合う。そこで、ある程度勝算を感じたところで、チャンスを狙って、男性は女性の家を訪れるのである。もちろん、時刻は夜である。ここで初めて二人は対面する。これが「逢ふ」である。現代のように、男女が容易に顔を合わせることができなかった時代なので、対面はそのまま男女の関係を持つことを意味する。ただ、夜なので、ほのかな灯りの下か、もしくは真っ暗なままの場合もあり、お互いの顔をはっきりと確かめられるのは翌朝のことである。 愛し合った男女が迎えた朝のことを、「後朝」と呼ぶ。朝になったら、男性は帰らなくてはいけない。後朝は悲しい時間帯、夜明けを告げる鶏の声は憎いもの、というのがお約束である。帰った後、男性は必ず女性に文を贈るのが慣わしであった。そして、その後は、男性が女性の元に通うというかたちで恋は進展してゆく。 さて、恋心をいかにして相手に訴えるか、も大切である。『百人一首』にも、様々なバリエーションの恋歌がある。例えば、四五番* 1のような恋死には一つの型である。恋い焦がれて死んでしまいそうと訴えられたら、ちょっと怖い気がするが、当時はよく使う手法であった。また、自分の恋心を自然の景物に喩えることも多い。目には見えない恋心を形あるものに喩えて訴え、相手の共感を誘う方法である。山から下り落ちる水の流れ(一三番* 1)、岩に打ち付ける波(四八番*)、かがり火の炎(四九番* 1)、もぐさの火(五一番*)と、いずれも一途で、時に激しい。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「【解説】「逢坂山」は、山城国(京都府)と近江国(滋賀県)の境にある山で、逢坂の関があった。この地名に「逢ふ」の意味を掛ける。「さねかづら」は、現在のビナンカズラで、共寝を意味する「さ寝」を掛けている。「くる」は、「繰る」と「来る」の掛詞。当時の「来る」は「行く」と同じ意味で使われていた。このように技巧を凝らした歌であるが、おそらくは実物の「さねかづら」とセットにして女性にプレゼントされた歌だろう。もちろん口説きの歌である。 初句の「名にし負はば」は、『伊勢物語』の東下りの歌に用いられていて、有名である。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「古来日本人は、荒々しい自然をそのまま人間社会に取り込むことはしなかった。庭園にしろ、文学にしろ、人間にとって理解しやすいかたちに変容させてから、取り込んだのだ。和歌も同じである。和歌が詠む自然は、決して自然そのものではない。箱庭的な自然、優美な自然だけを和歌は素材とした。そして、選ばれた自然の本意をそれぞれに定め、その本意がもっともよく表現できる状況を設定したのである。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「【コラム】 和歌が生まれる場 1 独詠歌・贈答歌 和歌が生まれる場は、現実生活の場面か、設定された創作の場かのどちらかである。ここでは、前者の現実生活の場面で生まれる和歌について説明したい。現実生活で詠まれる歌は、一人で詠む独詠歌・二人で詠む贈答歌・三人以上で詠む唱和歌に分けられる。『百人一首』に唱和歌はなく、独詠歌と贈答歌のみである。独詠歌と思われる例は、三三*・七〇*・九六番* 1である。いずれも、自分に問いかけたり、新たな発見に驚いてみせたりするスタイルである。一見自分の心中で完結しているように見えるが、和歌を詠むという行為は、他者を意識した見せ場の瞬間である。感動し、発見する自分を他者に見せているのだ。他者を自分の感動に巻き込んでいく形式と言ってもよい。 贈答歌は、二人の間に詠み交わされる歌で、恋歌に多く見られる形式である。『後撰和歌集』の時代に全盛期を迎え、その後は衰退していく。『百人一首』でも古い時代の歌に集中している。 贈答歌のルーツは、古代の歌垣(春と秋に、大勢の男女が神が降臨する場である山に登り、男が女に求愛し、歌を贈る風習)にあると言われる。そのルーツのせいか、恋歌に多く、やりとりも、野球でいえば直球のストレートではなく、カーブやシュートといった変化球が多い。相手の歌に対して、はぐらかしたり、反発したり、そらしたり……。また、贈答歌にはお約束として、贈られた歌の中のことばを返歌の中で用いて返すという点がある。しかも、その意味をうまく転じて用いなければならない。前の歌の一部分を取り込み、それをうまく利用しながら、転じていくという方法は、まさに後世の本歌取りや連歌にも見られる手法で、微妙なことばの綾が織り成していく、日本の「ぼかし」のような変容の美とも言える。歌垣に端を発するとも言われる贈答歌のあり方も、前のものを受け入れつつも、ずらし、微妙な変化の間を生んでいくという点で、こうした日本文化のあり方と通じるところがあるのだ。『百人一首』に撰ばれた贈答歌は、贈歌が圧倒的に多くて、返歌は少ない。返歌は、贈歌とセットにしないと意味をなさない場合が多いので、一首だけ切り取っても意味が通じる贈歌に限って撰んだのだろう。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「【解説】 誰しも、月明かりの庭を見て、「雪!?」と錯覚したり、また逆に庭一面に降り敷いた雪を見て、月の光かと見紛った経験はあるはず。この歌は、吉野の里に降り積もった白雪を見て、月光かと見紛ってみせた「見立て」の一首である。 見立ては、「ほんとうは ○ ○じゃないものを、 ○ ○と見なす」手法である。何らかの共通点を手がかりにして、異なるものを結びつけていく。この歌の場合は、雪と月光が、地面に降りそそぐ、白く輝くものという共通点で結び付けられている。現実に今降り注いでいる白雪に、幻想としての月光が加わって、現実であって現実ではない、究極の「白い世界」が構築されている。「朝ぼらけ」は、夜がほのぼのと明ける頃で、舞台となった吉野は、昔多くの天皇の離宮があった地で、都人にとっては永遠の古里である。白雪に覆われた吉野は、寂しさというよりは、悠久の時間や静寂さというイメージを強く喚起する。そこに、月光が降り注ぐ幻影が重ねられて、里全体が眠っているような、永遠に起きて来ないような、そんな錯覚を持つ。 作者は、延喜八年(九〇八)に大和権少掾として、大和国に下っているので、そのときの歌かもしれない。この歌のほかにも、 み吉野の山の白雪積もるらしふるさと寒くなりまさるなり (『古今和歌集』冬・三二五) (吉野山では白雪が降り積もっているらしい。古都では、一段と寒さが増している)と、吉野の雪の風景も詠み残している。吉野の地は愛着のある土地だったようだ。この歌を本歌取りしたのが、『百人一首』九四番歌* 1である。 み吉野の山の秋風さ夜更けてふるさと寒く衣うつなり (参議雅経)」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「 川面の紅葉がたまった場所を、『百人一首』三二番歌は柵に見立て、『古今和歌集』三一一番歌は停泊地に、それぞれ見立てている。自然が人間社会、文化に引き寄せられ、ありのままの自然とは違う風貌を持って、浮かび上がってくる。これが、見立ての意味であり、和歌の力なのである。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「この祝言の謡も、どこか切ない響きがある。おめでたさとほろ苦さはいつも背中合わせ。百パーセントの幸福なんてありえない。長寿には長寿の寂しさや苦悩があるのだ。藤原定家が『百人一首』を撰んだのは、七十四歳のこと。この歌に深く共感しながら、我が人生をゆったりと振り返っていたのだろう。苦渋をかみしめながら。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「 あれ? 紀貫之って女性だったかしら? と誤解してしまうような書き出しであるが、もちろん貫之は男性である。なぜ、貫之は女性のふりをして、『土佐日記』を書いたのか? それは、この当時男性は漢字を用い、女性は平仮名を用いるという区別がはっきりとあったからだ。貫之が、平仮名の『土佐日記』を書くためには、女性を装わなくてはならなかったのである。このような実験的な作品を書いてみようと思いつく貫之の瑞々しい感性、発想力が、結果的にその後の日本文学史を大きく塗り替えていくのだった。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「宝塚少女歌劇団の芸名が、かつては『百人一首』からつけられていたことは有名。一期生から十一期生まで(大正二―十一年)は百パーセント『百人一首』にちなんだ名前だったという。例えば、瀬尾はやみ(七七番* 4)、小倉みゆき(二六番* 4)のごとくである。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「【解説】「朝ぼらけ」は、夜明けの薄明るい頃で、恋人が別れる時間を意味する。通い婚の時代にあっては、恋人が別れる夜明けは悲しいとき、恋人が逢う夕暮れはうれしいときだった。 夜が明ければまた暮れて、日が暮れればまた逢えると、理屈では重々わかっていても、やはり夜明けは恨めしい。「わかっちゃいるけど……」という素直な気持ちを述べた歌である。夜明けの悲しさを詠んだ歌は、古来数多い。 しののめのほがらほがらと明けゆけばおのがきぬぎぬなるぞ悲しき (『古今和歌集』恋三・六三七・読み人しらず) (明け方の空が晴れ晴れと明けてゆくと、各々が別の衣を着て、別れてゆくのが悲しい) これは、「ほがらほがら」というあっけらかんとした夜明けの表現が、別れのせつなさを際立たせた名歌である。 道信の歌は、出典の『後拾遺和歌集』詞書によると、雪が降った朝、女のもとから帰った後に詠み贈った歌だという(「女のもとより雪降り侍りける日、帰りてつかはしける」)。雪明りの朝、とぼとぼと帰る実体験に基づいた歌である。このような歌を贈られたら、女性はどれほど満ち足りた気持ちになるだろう。理と情のせめぎあいの中で、情に流されてゆく男性の姿は、まさに「みやび」の世界を体現している。いかに不条理であろうと、身の破滅につながろうと、恋に身を投じていく姿こそが、理想的な男性像だったのだ。『古今和歌集』恋部の巻頭歌も、世間の道理ではどうにも制御しきれない恋心を詠んだ歌が置かれている。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「定頼の歌は、霧がだんだん晴れて、宇治川の網代が少しずつ見えてくる風景をとらえた、まるで一幅の絵画のような歌である。宇治は、貴族たちの別荘地として知られる。定頼のこの歌も、別荘で迎えた朝の散歩のときに見た風景だったのかもしれない。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「【原文】 もろともにあは〈ワ〉れと思へ〈エ〉山桜花よりほかに知る人もなし【訳文】 私がおまえをいとおしく思うように、おまえも私のことをいとおしく思っておくれ、山桜よ。花以外に私の気持ちをわかってくれる人もいないのだから。【解説】 出典の『金葉和歌集』の詞書に「大峰にて思ひがけず桜の花を見てよめる」とある。大峰とは、吉野から熊野にかけてのびる山で、標高一七一九メートル、山岳修行者の聖地であった。「思ひがけず」とは、大峰で桜を見た意外さを表している。深山のほとんどは常磐木であるのに、その中に桜の花を発見したことの驚きをいう。孤独で厳しい修行中に見かけた桜は、どれだけ優美だったことだろう。深山の桜に語りかける修行者は、まるで見知らぬ土地で友達に出会ったかのようである。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「寂しさは決してマイナスの価値しかないわけではない。むしろ憧れの対象でもあるのだ。寂しさは、自由、解放感と表裏一体である。だからこそ、『百人一首』八番*のような歌が生まれるし、四七番* 2の恵慶法師のように、廃園を求めてやって来て歌や詩を詠んだ。逃げ場のない寂しさに囲まれて、庵の外に立ち尽くす良暹の姿は、多くの人の憧れと共感の対象だったのである。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「【解説】 なんとまあ、すがすがしい秋の歌だろう。稲穂が風にそよぐ景色、さわさわという音、風の涼しさ、視覚と聴覚と皮膚感覚が融合し、その風景の中に自分がいるような錯覚さえ覚える、見事な叙景歌である。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「与謝野晶子の『みだれ髪』に、この歌に似通う一首がある。 黒髪の千すじの髪のみだれ髪かつおもひみだれおもひみだるる この歌も、黒髪の乱れが心の乱れを導いている。ギリシャ神話にも、髪の毛が蛇となったメデューサが登場するし、画家のクリムトも、蛇に変身した女の髪を描いている。黒髪は、女のエロティシズムや情念の象徴だったのだ。 黒髪は、なぜ女のエロティシズムや情念の象徴となるのか。その疑問は、次のような歌が解き明かしてくれる。 朝寝髪われはけづらじ美しき君が手枕ふれてしものを (『万葉集』巻一一・二五七八・作者未詳、 『拾遺和歌集』恋四・八四九・柿本人麿) (朝の寝起きの髪を私は櫛でとかしたりはしない。だって、愛する人の手枕が触れたものだから) 黒髪の乱れも知らずうち臥せばまづかきやりし人ぞ恋しき (『後拾遺和歌集』恋三・七五五・和泉式部) (黒髪が乱れるのも気にせず、一人で横たわっていると、この黒髪をなでてくれた恋人のことが恋しくてしかたがない) 女の黒髪は、恋人の愛撫の対象だったのだ。だからこそ、官能的で、愛の記憶となるのであった。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「月と涙を人間に見立て、涙をこぼしている自分を笑っているような歌である。自分の涙なのに、自分と切り離してふっと笑うような、ユーモラスな響きがある。西行は、月をこよなく愛した歌人なので、月を見て涙を流す歌も数多く詠んでいる。しかし、ここでの涙は、恋の涙である。出典の『千載和歌集』の詞書には「月前恋といへる心をよめる」とあり、家集『山家集』には「月に寄する恋」三十七首中の一首として見える。恋の涙なのに、月を見て感動しているような顔をしている「涙」は、そのまま西行の姿であろう。西行の恋に対するスタンスが仄見えるような歌で、興味深い。もちろん、現実生活の投影と見るのは無理があろうが、恋することを恥じらうような、隠したいような、恋の涙を月のせいにしようとする姿は、やはり西行の個性の表れだと思う。 西行の俗名は、佐藤義清。富裕な家に生まれ育ち、鳥羽院の北面の武士をつとめていたが、若い頃から仏道修行に熱心で、二十三歳の若さで出家した。初め円位、後に西行と名乗った。その潔い出家に、当時の人々は感嘆したという。 出家後は、都近辺、高野山、吉野などに庵を結びながら、修行生活を送る。その間、知られるだけで東北地方に二度、中四国に一度の旅を行っている。二度目の東北への旅は、平家の焼き討ちにあった東大寺再建のための砂金勧進行を目的とし、西行六十九歳のことであった。途中鶴岡八幡宮で源頼朝と会見し、引き出物にもらった銀製の猫を、門の外で遊ぶ子どもに与えたという伝承もある。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「【コラム】 歌題 歌題とは、和歌を詠むにあたって与えられたテーマのようなものである。和歌の歴史が積み重なっていくうちに、和歌の素材が絞られ、その本意(事物の価値が最も発揮される状態)が定められていく中で、歌題が生み出された。歌題を詠む行為を、題詠と呼ぶ。歌題となる対象は、景物や地名、人間の営みなど様々であるが、歌ことばと同様、かなり厳密な意識のもと選別される。雑多で混沌とした自然や人事は、この方法によって、秩序だてられ、抽象化されたのだ。 題には様々な種類がある。「花」「郭公」「恋」のように、一つの素材で構成されている素題もあれば、「田家の秋風」(七一番* 4)「祈れども逢はざる恋」(七四番* 5)のように、二つ以上の素材を結合させた複合題もある。複合題の場合は、必ず歌に詠むべき字、必ずしも詠まなくてもよい字があり、詠む字の中にも、遠まわしに詠む(「まはして詠む」)字、明確に詠む字があり、かなり高度な知性と習練を必要とした。『百人一首』中の、定数歌・屛風歌・歌合・歌会で詠まれた歌は、広い意味ではすべて題詠である。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「「見せばやな」で初句切れ。自分の着物の袖を見せたいわと、相手にいきなり迫っている。「雄島」は、陸奥の歌枕で、宮城県松島の中のひとつの島。「海人」は海に潜って漁をする人たち。「海人の袖だにも」は、漁師の袖さえも、という意味で、言外に、それなのに私の袖は……という意味をこめる。「色は変はらず」は、どんなに濡れそぼっても漁師の袖の色は変わらないという意味で、言外に私の袖の色は血の涙のせいで赤く染まったという意味をこめる。この当時、悲しみの涙は血の色をしているので、真っ赤であると信じられていた。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「【原文】 み吉野の山の秋風さ夜更けてふるさと寒く衣うつなり【訳文】 吉野山には秋風が吹き、夜が更けて、古都吉野の里はしんしんと寒く、衣を打つ砧の音が聞こえてくるよ。【解説】 この歌には、本歌がある。 み吉野の山の白雪つもるらしふるさと寒くなりまさるなり (『古今和歌集』冬・三二五・坂上是則) (吉野山では白雪が降り積もっているらしい。古都では、一段と寒さが増している) 昔は離宮の地として栄えた吉野も、今は寂しく、ただしんしんと冷え込む冬を迎えている。山と里を対比しながら、雪の季節を迎えようとする吉野を描いたのが、本歌の世界である。雅経は、本歌の冬を晩秋に変え、わびしい砧(衣の光沢を出すための板や木槌)の音を加えている。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 私偏差値70の高卒なんだけど、それで人生で困った事がなくて、いつになったら学歴コンプレックスを持てるのか待ってるんだけど未だに学歴コンプレックスを持てなくて困ってる。 「しかし、どれほど栄華をきわめようと、死から逃れることはできない。永遠の命を得ることができないという点で、人間は等しく平等なのである。栄華をきわめればきわめるほど、その死は恐怖であり、哀れでもある。上句の豪華絢爛な花吹雪の風景から、一転して自分の老いと向き合う静かな下句へと転じていく様子は、そのまま栄華と死の対比を表している。 花は美しくもはかないもの。ましてや、落花の風景は、人の老いや死を強く連想させる。ある意味では、非常に不吉な風景である。『百人一首』九番* 2の小野小町の歌も、花と老いを重ねたものだった。女性の場合は、権勢ではなく、美貌が栄華の象徴である。小町は美貌(伝説上)、公経は権勢という違いはあるが、それぞれ全盛期に大きな幸福に恵まれたと見られている二人が、『百人一首』では、花によって老いを嘆く歌、自分の心と向き合う歌が撰ばれているのは、興味深い。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「【解説】 作者は、第八十二代天皇。帝王ならでは、の歌である。「をし」は愛しい、「うらめし」は恨めしい、憎らしいという意味。「をし」と「うらめし」は反対語である。矛盾した感情が共存している心中を吐露している。「世を思ふゆゑに物思ふ」とは、為政者ゆえの孤独な苦悩である。世を思うからこそ、周囲の人間が愛しくも、恨めしくも思われるのだ。厳しい責任のある立場に立ったことのある人なら、誰しも深く共感できる心情ではないだろうか。帝王とて人の子、孤独や不安、臣下への不満に悩まされることもあったのだ。 この歌が詠まれたのは、建暦二年(一二一二)、院が三十三歳のときである。鎌倉幕府に圧迫され、王道の衰微を感じ取っていた時期であった。この九年後に、院は承久の乱を引き起こす。閉塞してゆく状況の中で、院がどういう思いを抱いて暮らしていたのか、その生々しい肉声が聞こえるような一首である。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「【コラム】 和歌における「私」 和歌における「私」は、必ずしも和歌の作者本人とは一致しない。歌会や題詠などで詠まれる場合は、経験したことのない状況や行ったことのない土地を詠むこともあり、当然空想上の「私」が設定される。屛風歌にいたっては、「画中人物になりきって詠む」(『拾遺抄註』)のがお約束だったのだから、現実の作者からは切り離された視点で詠むのは当然のことだったのである。また、異性にすりかわって詠むこともよくあることだった。『百人一首』九七番* 3は、定家が淡路島に住む娘さんになりきって詠んだ恋歌である。「女歌」「男歌」という呼び方がある。繰り返すが、これは作者の性別とは無関係である。男性が詠む「女歌」、女性が詠む「男歌」もありうるのだ。しかも、この男女は、ジェンダー、つまり社会的・文化的性別(性差)による区別である。社会的「女らしさ」「男らしさ」とでも言おうか。女歌には、基本的に恋そのものや相手の男に対する反発、切り返しという特徴がある。題詠という形式であれば、異性を装って、異性の世界に没頭して歌を詠むことも十分可能だったのである。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「恋歌・秋の歌が多く、歌人もどちらかというと不遇な人生を送った人が多いのは、なぜだろう。その理由は、この当時の定家自身の心情を反映しているというよりは、依頼主である蓮生が当時不遇な状況にあったことが影響しているのではないか。頼綱(蓮生)は、鎌倉幕府の御家人であったが、謀反の嫌疑をかけられ、元久二年(一二〇五)に出家し、蓮生と号して、以後嵯峨中院の山荘で隠居生活を送っていた。そうした隠居生活を送る蓮生の心情にマッチする歌という基準も、定家の中にあったのだろう。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「三、和歌とは何か さて、ここで和歌とは何かという問題について、お話ししておきたい。和歌の定義は、実は五七五七七音の定型であるという点に尽きる。それ以外の面倒なルールはないのだ。ただ、和歌を和歌たらしめる、いくつかの特徴がある。 一つ目の特徴は、和歌は「ハレ」を題材とするという点である。古典和歌には、食べ物やお酒、お金といった、日常生活に密着した「ケ」の素材は詠まれない。恋歌でも、露骨な性描写などはタブーである。また、日常的なことばとは異なる「歌ことば」という概念があり、和歌に用いてよいことばと、和歌にはふさわしくないことばとが、厳然と区別されていた。日常的ではなく、優美で「ハレ」であること、これが和歌の重要な条件だったのだ。「ハレ」は、人間に緊張を強いるような場面、一瞬の心の動きを鮮やかにとらえた瞬間、こうした場面を意味している。恋の迷い、告白の瞬間、霧が立ち上る風景など、日常生活の中であっても、心がきゅっと引き締まった状態が「ハレ」なのだ。『百人一首』には、百種類の「ハレ」が描かれている。 二つ目の特徴は、理想を詠むということである。理想は、型と言い換えてもいいかもしれない。個性や十人十色とは全く反対の考え方で、全ての物事には、理想的な型があるという考え方である。それは、恋の仕方、失恋の仕方、出世の仕方、さらにいえば死に方にいたるまで、人間の生き方、行動様式には、理想の型があるという信念だ。『百人一首』には、百種類の理想の心や行動の型が描かれており、行動様式の規範ともなりえている。 三つ目の特徴は、「ハレ」や「型」とも深く関わるのであるが、限られた世界で共有され、その中で研ぎ澄まされた文化であるという点である。たとえ自然を詠んでいても、人間の心情を詠んでいても、和歌に詠まれる限りは、自然そのものでも、ありのままの心情でもない。これは、「写実主義」とは相反する姿勢といえるだろう。当時の人は、自然をありのままに理解するのではなく、和歌によって文化へと変質させてから、初めて理解していたのだ。自然は「自然」であって、自然でない。人間社会の出来事や歴史、人間の心情と深く絡み合い、人間社会における意味を持つ「自然」であったのだ。現代でも、雨が涙を連想させたり、秋風が悲しみを誘ったりするのも、私たちが育ってきた過程でおのずと身につけてきた「自然」の意味であって、その原点は日本の和歌なのだ。」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著 「たとえ自然を詠んでいても、人間の心情を詠んでいても、和歌に詠まれる限りは、自然そのものでも、ありのままの心情でもない。これは、「写実主義」とは相反する姿勢といえるだろう。当時の人は、自然をありのままに理解するのではなく、和歌によって文化へと変質させてから、初めて理解していたのだ。自然は「自然」であって、自然でない。人間社会の出来事や歴史、人間の心情と深く絡み合い、人間社会における意味を持つ「自然」であったのだ。現代でも、雨が涙を連想させたり、秋風が悲しみを誘ったりするのも、私たちが育ってきた過程でおのずと身につけてきた「自然」の意味であって、その原点は日本の和歌なのだ。 そして、なぜ、和歌は目には見えない心を具体的な景物(「自然」)で表現しようとするのか。それは、自分の心を他人と共有したいという、人間の願望に起因している。和歌は人と人とをつなぐ力があると信じられてきた。『」 —『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫)』谷 知子著
百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 編:谷 知子 角川ソフィア文庫 A 4 1 かるた取りの漫画を読んでいたら、百人一首を読みたくなったので手にしました。 あゝ、やっぱり、和歌って趣があってなごみます。 本書は、古典というだけに、むすめふさほせ、といった内容は含まれていませんで...続きを読むした。 万葉の古代、天智帝より、菅家、崇徳院、承久の乱の後鳥羽院、順徳院まで、百の歌をあつめた、和歌の入門書としての意味があったのではないかと思います。子供のころから親しんできた有名な和歌を集めたものです。無念になくなっていた、貴人の霊を弔うものでもあったかと思います。 恋の歌もいいですが、四季を詠った奥ゆかしさもまたいい 一番有名な歌は、 九 小野小町 花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに とあるが、私の中では、 十七 ちはやぶる 神代も聞かず竜田川 からくれなゐに 水くくるとは です 昔、はまっていた、落語のちはやぶる、漫画の題にもなっているもので、 落ち葉の下に小川が流れていますという内容でちょっとした驚きを歌ったものですが、落語を聞くかぎり、人間の解釈は無限の可能性があると感じてしまいます。 おもしろかったのは、深草少将百夜通い伝説 深草少将が、小野小町に百夜通ってくれたら契ってもいいといわれたのに、九十九夜で力尽きて死んでしまうというお話です。自分も、小野小町に、ひと目あってみたいと思いました。 歌としては、色恋を離れたものでは、次が風情があって好きな歌です。 五十五 滝の音は 絶えて久しく なりぬれど 名こそ流れて なほ聞こえけれ かつて仕えた主は、亡くなったが、その後、余徳で、未だにその名声は今なおを聞こえてくるというもの 七十 寂しさに 宿を立ち出でて 眺むれば いづこも同じ 秋の夕暮れ 寂しくて、草庵を出て、野原に出てみたが、やはりさみしくない場所などはなかった というものです ISBN:9784044072186 出版社:KADOKAWA 判型:文庫 ページ数:256ページ 定価:740円(本体) 2010年11月25日 初版発行 2024年09月05日 42版発行
大学で江戸文学を中心に勉強していて、そこに百人一首からの引用がたくさん出てくることに気づき、本格的に百人一首を勉強しようと思い本書を手に取りました。 少年期にあまり古典を読んでこなかったコンプレックスがあったのですが、この本は歌ことばの意味や歌の意味、歌人のバッググランドなどがわかりやすく書かれてお...続きを読むり、簡潔ながらも歌のひとつひとつを深く味わうことが出来ました!
百人一首を学び、味わうのに、入門として誰にでも薦められる好著。 個人的には、右近の「忘らるる身をば思わず誓いてし人の命の惜しくもあるかな」の深い読みに震撼させられました。
入院中に、大学のゼミの先生が「お見舞いに」と下さった本。文庫本なので、バスや電車などの移動中などに少しずつ読んでいたら、読み終えるのに半年以上かかってしまった。 百人一首のそれぞれの和歌について、初心者にもわかりやすく解説してあり、ときに著者の専門的な解釈が加わる。「古典は好きだけれども、和歌...続きを読むは苦手・・・」という人もいると思うが(まさに私w)、そういう人にもわかりやすい。また、解説の中や合間のコラムの中で、和歌を楽しむための技法や約束事などについても触れており、大変親切である。初心者には初心者なりの、中級者?には中級者なりのおもしろさがある。 読み終えて感じたのは、「百人一首には百人百様のドラマがある」ということ。ドラマによっては創作もあるが、そこに描かれる世界観は雄大であったり、繊細であったり、たった三十一文字で映画が作れそうなくらいである。 そして、もうひとつ新しく知りえたのは、「百人一首は選者である定家が数多くの人物の作品を集めて作りあげた、更なる壮大なドラマである」ということ。その配列、人物の背景を踏まえた上での和歌の選び方、構成…等と細かく見ていくと、定家にとって百人一首はただの”作品集”ではなく、自分自身の作りあげた”作品”であることがわかる。 そういった、百人一首の奥深さを本書は教えてくれた。現代に生きる我々も、古代に生きた古き人びとも、同じ人間である。多少の価値観の違いはあるものの、生活の中で同じように喜び、悲しみ、恨み、愛した… 古典の苦手な人にもぜひ読んでほしい。
このシリーズはほんとうにすばらしい。簡潔にして要を得ているってのはこういうものだ。筒井康隆の「裏小倉」まで紹介されているのは驚いた。
藤原定家撰の和歌集。 他の和歌集と比べても結構好きな歌が多い気がするのは、人間っぽい歌が多いからかな? 一番のお気に入りは、 「人もをし人もうらめしあぢきなく世を思ふゆゑに物思ふ身は」 裏腹な心、真剣に思うからこそ愛も恨みも併せ持っているところに、後鳥羽院の思いの強さを感じる。
子供が中学生のときにすべて暗記していたが、この本はその歌の内容の解説があるので、意味がわかっていいと思う。ドラマ鎌倉殿で、源実朝様に興味を持ち、百人一首にもその歌があるとのことで、家の本棚にあったこの本を読んでみました。
中高生の時に国語便覧で拾い読みしかしたことのなかった百人一首を、初めて全て読んだ。やっぱり古文は難しいなぁと思ったが、意味がわかると風景や心情がすっと理解できた。当時の人が思っていたこと、恋愛のようす、自然などが歌を通して感じられた。たった三十一文字に様々な意味を込め、余韻を感じさせる。和歌は素晴ら...続きを読むしい文化だと思う。
万葉集、古今和歌集、新古今和歌集と、順に楽しんできたので、とても親しい気持ちで読みすすめられました。 和歌というものがいかに決められた枠組みの中で詠われたものか、ということが大変よくわかります。感情を素直に言葉にするのだけではなくて、高度にルールが規定されたものでした。 百人一首は、膨大な和歌の...続きを読む中から、わずか100首を選りすぐった珠玉のベスト盤です。決められた数の音で、「縁語」「掛詞」「本意」「歌枕」「本歌取り」などの技巧をたくみに活用した名作集です。 こんな芸術性の高い歌を、即興バトルで披露し合ったというのですから、鎌倉以前の人たちの知識量と創造性には脱帽です。 この本は、現代語訳と解説に加え、和歌の世界をより深く理解するためのコラムなども織り交ぜながら、現代の私たちが共感できるように軽妙な語り口で、100首すべてを紹介してくれています。どういう境遇の人がどんな場面で詠んだものなのか、ということがわかると、歌に込められた思いがより深く味わえます。 高校古文ような眠くなりそうな授業ではありません。気軽な気持ちで、私たちの財産であるクラシック文学に触れることができます。
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百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典
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