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戦時下と現代の熱い駅伝魂を描く感涙小説。
ボストンマラソンの会場で、とある選手から古びたボロボロの日記を受け取った新米駅伝監督・成竹と学生ナンバーワンランナー神原。それは、戦時下に箱根駅伝開催に尽力したとある大学生の日記だった。その日記から過去を覗いた二人が思い知ったのは、美談でも爽やかな青春でもない、戦中戦後の彼らの壮絶な軌跡。そこには「どうしても、箱根駅伝を走ってから死にたい」という切実で一途な学生達の想いが溢れていた。
現代の「当たり前」は昔の人々が死ぬ気で勝ちとってきた想いの積み重ねと知った彼らは・・・・・・・。そして、戦時下の駅伝を調べ、追う彼らに起きた、信じられないような奇跡とは。
先人達の熱い想いが襷として繋がり、、2024年、第100回箱根駅伝は開催される。
熱涙間違いなしの青春スポーツ小説、最高傑作です。
(底本 2023年12月発売作品)
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
11提灯(p232)が印象的だったので、そこの感想↓
いつか箱根駅伝特集のテレビ番組で見た、暗い中を提灯を灯して応援していたあのシーンを思い出してとても感動した。
この自問自答する感じ、自分がフルマラソンやウルトラマラソンを走っている時の感覚と似ているなと思った。「お金はかかるし苦しいし、大して速いわけではない、むしろ遅い。家族の理解も必要だし、それでも走り続けてしまう意味って何??」みたいな考えが巡ってくる。こんな平々凡々なおばちゃんランナー、順位なんてどうでもいい、ただ走るのが好き。いつか死ぬ時に「こんなに頑張った」と思えるものがあっても良いではないか。これも結局は「自分の生きた証を残したい」と同じことかなと思った。
ただ、この箱根駅伝を走った後に出征したランナー、戦地で亡くなったランナー達は、たとえ最下位でも決して平々凡々なんかではない。こんな困難な時でも箱根駅伝の歴史のタスキを受け継いでくださった事に感謝したい。十区の鷺ノ宮勇一に届くなら、心の底から応援を届けたい。未来のランナーも応援していること、毎年箱根駅伝に感動と元気をもらっていることを伝えたいと思った。
11提灯(p232)のあらすじ↓
陸上競技でさしたる実績もなく、箱根駅伝への参加経験もなく、十人の選手を何とか揃えて出場した青和学院大。一区からずっと最下位、復路もずっと最下位。
十区を走る鷺ノ宮勇一の心のうち。箱根駅伝に初参加した青和学院大のすべての選手が、道中で同じ問いを繰り返したに違いない。「それでも走る意味はあるのだろうか」
暗い中を必死で走っている時、沿道に提灯の明かりがあった。淡い黄色の光は上下左右にゆらゆらと揺れ、「青和がくいーん!」と声援が聞こえた。提灯を持つのは青和学院大の関係者ばかりではなく、関東学連の人間、他大学の選手やOBらしき顔もある。
「君達の頑張りは、後輩達が必ずや引き継ぐさ!」との言葉に、引き継ぐ…一体どこへ。この大会が終わったら、二度と陸上競技なんてやれないだろう。これが最後なのだ。だから自分達は無理を押して参加を決めたのだ。戦争に行ったら、生きては戻れないから。ああ、そうだ。だから最下位でも、みっともなくても、情けなくても、走りたかったのだ。この箱根駅伝に、平々凡々ながらも陸上に励んだ自分の生きた証を、残したかった。
Posted by ブクログ
第100回箱根駅伝を機会に描かれた作品。
戦時中の箱根駅伝にかける大学生たちの想いを、現代の回想と交互に描く。
日東大に監督に就任したばかりの成竹は、ボストンマラソンで3位に入賞した神原と一緒にいる時に、戦時中に書かれた古い日記を外国人から受け取る。
そこには戦時中に箱根駅伝開催に向けて、必死に戦った人たちの様子が描かれていた。
昭和15年、戦前最後の箱根駅伝が行われていた。
まだ太平洋戦争は始まっていなかったとは言え、中国と戦火を交えていた日本は、駅伝が終わった学生たちを戦地へと送り出していた。
「箱根を走って、戦争へ行く」
それが当時の学生たちの心に決めたことだったが、翌年以降、箱根駅伝が行われることはなかった。
しかし、諦めきれない学生たちの想いを何とか形にしようとした男たちがいた。
関東学連の世良と宮野、そして及川だった。
その世良が遺したのが、成竹の手に渡った日記だった。
物語は世良たちの奔走した姿をメインに描いているが、走り終わった学生たちが、その後戦争に行って、見知らぬ地で亡くなっていくと思うと、序盤から涙なしでは読めなかった。
そして、「幻の箱根駅伝」
靖国神社、箱根神社を結ぶというもの。
繰り上げ出陣などが始まっていた中、人数が足りず、出場出来ない学校の中にも大会運営に何とか関わろうとしている熱い思いも伝わって来て、無事終えた後の靖国神社のシーンはとても印象的。
そこで、自分たちの「箱根駅伝」は幕を閉じたはずだった。
しかし・・・
正直、現代のシーンいらないかなぁ、と思うくらい重厚な話だった。
今年で第100回を迎えた箱根駅伝にそんな時期があったなんて、そこそこの駅伝ファンでも気にしたことがなかった。
駅伝を走れなくて散った命、駅伝を走って国に捧げるはずだった命。
どちらの存在もあったから、ここまで続く大会になったことに感謝をしようと思った。
奇しくも、少し前に池井戸潤の「俺たちの箱根駅伝」を読んだばかり。
どちらも優越つけがたい秀作。
Posted by ブクログ
いやあ凄かった。これは映画化しても良いのではないかと思った。難しいか、、?
ただの駅伝のお話ではない。初読みの作家さん。
昭和十五年、真珠湾攻撃前の日本から物語は始まる。
その後開戦。戦火の色が濃くなり、中止になってしまった箱根駅伝。
学生の意地と根性で、昭和十八年、最後の箱根駅伝という思いで復活させる。
多くの学生が自分たちがこれを最後に、直に戦争に動員されることを覚悟していたからだ。
開催に至るまでの奮闘、最後の箱根駅伝の様子を令和五年の現代の箱根駅伝の物語も混ぜながら描かれる。
なぜ箱根駅伝で走りたいのか、なんで観てしまうのか。
走者、補佐、補欠、運営側、記者、いろんな目線で描かれる。
彼らの走りに途中から夢中になってしまった。
箱根駅伝物語が終わって、物語も終わるんだなと思ったら、、、
最後痺れた。
お正月に大手町から箱根を走る箱根駅伝がある。
それは「なんてことなく続いていること」ではないんだな、ということがまざまざとわかった。
とても胸に迫る本だった。
スポーツを見ていっとき憂い事を忘れるように、本を読むことで、いっとき本の世界に夢中になれた。
「タスキとは何なのか」
本の扉に書いてあるけれど、1ページから読んでいってたどり着いた、その文はとても胸に迫るものがあった。
自分はどんなタスキを子どもに見せれているだろうか。
いろんな人におすすめです。
Posted by ブクログ
箱根駅伝の歴史に基づくフィクションということで、あの大学この大学を連想させる架空の大学名やチームカラー、大学駅伝好きとしてマニアックな点にいちいち反応しながら読む。
第二次世界大戦によって中止を余儀なくされた箱根駅伝、その代替となる青梅駅伝、第22回としてカウントされながらも異質の箱根駅伝……。戦争が日本の学生に与えた深い傷を描き、読んでいる私も胸が痛くなる。
スポーツを楽しむことが禁じられ、鍛錬や戦技としてのスポーツのみ許される。そんな窮屈な世界で、それでも箱根駅伝を走りたいという学生の強い想いが生み出した第22回箱根駅伝。「走れてよかった、これで後悔なく死ねる」と思いながら走る。そんな悲しい駅伝があったなんて、知らなかった……。
今ある当たり前が、どれだけありがたいものなのか。噛み締めながら読んだ。
また、一方で今年は第100回箱根駅伝が開催された、記念すべき年でもある。物語は昭和と令和を行き来するのだが、令和のエースがまた新しいタイプのエースで、それがなかなかよかった。
駅伝が嫌いで、駅伝を走らない4年生エース。頑なに箱根駅伝を拒むエースなのだ。「えっ、この人どうしたら箱根走るの?物語的にこの人が走らないと終われないけど、走る未来が全く見えない!」と、先の気になる展開に。
そして一番最後のページの、100回大会の総合結果と区間賞一覧を見て、えっ、この人……!?となったのは私だけではないはず。この気持ちだれかと語り合いたい!
後半はいろんなことが繋がっていく。過去があって、現在があるのだ、というように。先人たちの思いを知って、ますます箱根駅伝への思い入れが深まる作品だった。
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