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うまい、と思わず唸る二作。東京都同情塔から九段作品に入り、彼女の魅力に取り憑かれています。芥川賞候補だったschool girlの現代的な作品世界に驚かされ、文學界新人賞受賞作品の悪い音楽には声を出してわらってしまった。
Posted by ブクログ
最っ高。①『Schoolgirl』、②『悪い音楽』の二作品。
①太宰治の『女生徒』を読んでからすぐ読んだら、かなり対比が分かりやすく、読みやすかった。
とはいえ、30ページくらいでおなかいっぱいなほど現代で母親になることの難しさ(?)に心が限界を感じ始めた笑
今回は主人公は大人の「元女生徒」で、14歳の娘がいる。
「何気ない雑談を額面通りに受けとってくれる素直な人って、最近はもうどこを探してもいない。」
これを30ページで既に痛いほど丁寧に言語化してくれてる。
②これは本当に素敵すぎる音楽教師のはなし。子どもの頃、「社会経験を通してない、子どもの社会に居続ける教師」という存在がほんっとうに嫌いだったが、教師に「なる」と考えてみたら中々愉快で不純物の少ない社会に身をおけるのは悪くないのかもしれないと思う。
あと最後の下り最高に音楽が壮大を体現してて良かった。
Posted by ブクログ
『School』
“みんなを愛したい”
からの
“美しく生きたいと思います”
が良かったです。
あと、少女のうちに死にたかった、、、ってところも。
上記だけでなく、冒頭から太宰治『女生徒』のオマージュを彷彿とさせるはじまり。
太宰治『女生徒』が十代の少女の日記をベースにした小説であり、語り手というか本来の日記の書き手の少女は当然ひとり。
それに対して『Schoolgirl』は母と娘が、母のモノローグと娘が一方的に社会派YouTuberとして配信する動画で語っている。
娘になめられている母親も読み進むにつれて母親然としている。
偉そうなことを言っている娘もお母さんお母さんと繰り返す。
今まで一番ひどい、と塞ぎ込んでいる娘に対して、たかだか14年分だけのニュースを頭の中で振り返るだけで済ませる母親。東日本大震災でさえも対象にならない。それが娘の、少女の年齢を極端に浮かび上がらせてきたと感じた。
太宰治『女生徒』を書いた1937年は戦時中だったと。そんな話をしたとき、小説に囚われた母親のことどう思ったんだろうかってまだ少し考えてます。
母も娘も名前が出てこない。これは母と娘のふたりが語っている(娘は動画を通して)けど、結局これは一人なんだろうな。ってよく分からない感想に行き着きました。
―――――――
『悪い音楽』
Posted by ブクログ
グレタさん風社会派中学生YouTuber × 文學が好きな専業主婦の母を描いた「School girl」、音楽で食べていく道を断念した元音大生の音楽教師×合唱コンクールで優勝したい熱心な生徒を描いた「悪い音楽」の2編から成る作品。
社会に揉まれていく内に諦めと限界と妥協を知った大人と、そんな大人の冷めた態度に純粋な気持ちで真っ向から反抗する子供の対立構造。軽快な文章とその表現力、時に皮肉が込められた台詞などそのどれもが面白く飽きない。
九段理江先生の感性はめちゃくちゃ新しい発見になる。
School girl|変な反抗期を迎えると子供はこうなるのか。太宰治の「女生徒」など小説を愛読する母に対して、フィクションを読むのは時間の無駄だと一刀両断する娘。娘が母の本棚を遡っていったシーンが印象的。確かに人の本棚ってある意味その人の持つ思想や何か核のような部分が反映されているのかも。ここでも「東京都同情塔」の主題の1つである、生まれながら恵まれているから善人、恵まれていない人は悪人になりうるという一節があった。
悪い音楽|問題を起こした生徒の保護者と面談する場面で、脳内でリリックを再生して韻を踏んでいたのは、まさか合唱コンクールの後夜祭で披露する演目のテーマだったからというのは想定外で笑った。
同居人のサエは、感情が不安定な時があり、自分が話したいことをつらつらと話してスッキリして満足するタイプで、聴く側の感情を置き去りにする。不謹慎や道徳的線引きが違うので、こっちはセーフでも向こうはアウト…みたいなことがある。クライマックスは、地震が起きて担当クラスの合唱が中断したのに、再開せず自分の演目をやり切ったのは、さすがに実際にいるとドン引きしたけどソナタの気持ちも分かる。読後感はなぜかすっきりとした不思議な作品でした。
Posted by ブクログ
ネットと繋がって自己発信することが当たり前、生まれながらに多様な価値観に触れて生きてきた「娘」と、時代の流れには乗らず「少女時代」から触れてきた文化を大切にしている「母」が対照的に描かれていて、序盤、娘の強さに圧倒されて母の気持ちや境遇を考えるといたたまれない気持ちになるのだが、終盤立場がガラリと変わる。結局、体験せずに見聞きしただけの情報から「自分」を方向付けるよりも、自分の世界にとっぷり浸かって、考え、感じたことの方がリアルで、重みがあって生きた価値観なのかなと思った。
九段先生は、現代社会に新たに発生した価値観を否定したいわけじゃないのだろうけれど、メスを入れるのが上手いと思う。とてもおもしろかった。
Posted by ブクログ
変人なのに自分が真っ当だと思っている、っていう点で、『成瀬は天下を…』の成瀬もそうなのだが、成瀬はジェダイで九段理江の人物たちはダースベーダーみたいな。
勝手にそんなイメージ。
『Schoolgirl』は太宰『女生徒』と対だが、短編のもう一作『悪い音楽』とも対になっている。短編内二作の主人公二人は似ている。対する「娘」と「教え子の女子」も似ている。後者たちは「正しさ」を振りかざし、文学や音楽(といっても高度な音楽)を否定(もしくは理解しない)。前者は敗北者。女の敗北の対として、普通は「権力者=男」みたいな構図で話を進めていく女性作家が多い中で、九段理江は特殊。また自己(=私、あなた)を深追いしていく。文体はめちゃくちゃ読みやすいが、後から考えると脳が割れそうになる…。
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小説・文芸