阿部重夫の作品一覧
「阿部重夫」の「異端 モンタノス派」「イラク建国 「不可能な国家」の原点」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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Posted by ブクログ
金融詐欺事件当事者の独白 経済犯罪の初犯ながら懲役15年と殺人犯並みの量刑
①371億円という巨額事件
②金の使途を完全黙秘
裁判官の心証を害し、詐欺の最高刑懲役10年とインサイダー取引の併合罪で1.5倍を適用された 被告は受容し、控訴せずに判決確定。数億の金を守るためだったが、受託者は隠匿の雰囲気。何のための15年だったのか?虚しい・・・
人生の価値を最後まで間違えてしまったように思う。本書のメッセージはそれだけ。
ただバブル経済からの社会史とみると色々勉強になる。
医療Financeに丸紅が最終リスク保持者のスキーム、「No Risk」で「バブル化」
リーマン・ゴールドマンが絡むとあっという間に数億円、数十億円と規模が巨大化
「金融」膨張のエネルギーと瓦解の怖さ
現代の「AIバブル」にも通じるものがある。「新たなAI世界」を創り出せるのか、1度足踏みで「破裂」の機会を必要とするのか、誰も分からない。
ただ$基軸通貨の米国覇権体制を根底から揺るがすことは間違いないだろうが、今すぐ、その代案が用意されているとも思えない。
尊敬する岩井克人先生が推薦の言葉を寄せている。作中でも先生の理論・Text「経済学の宇宙」を紹介。なかなか不思議な大作本だが、一気に読める。
監修を「阿部重夫」氏 日経出身-2006年4月に調査報道を主眼とする月刊誌FACTAを創刊 この方も超著名人
Posted by ブクログ
SF要素のない、ディックが自身を投影した準私小説。現代でいう発達障害らしき青年で世間とそりが合わない兄が、わがままだが裕福で世知に長けた妹の不倫に巻き込まれるかたちで物語は進む。序盤から登場人物の言動が強烈でいきなり眼が離せなくなり、徐々に昼ドラ的な愛憎劇に引き込まれていく。世間的には恵まれた存在であるはずの妹夫婦がやがて狂気と化していく中、カルトの終末論に惑わされながらも、純真かつ鋭い洞察力を見せる兄。本当に病んでいるのは誰なのだろう。「彼はある意味で優れた人間なんだ」後にディックは書簡で振り返っている。文学的ともいえるが、サスペンスとしても面白かった傑作。
Posted by ブクログ
安部重夫「イラク建国」(中公新書)
第一次世界大戦でイギリスはオスマン帝国を解体した。メソポタミアの地にハーシム王家のファイサルを招いてイラク王国を建国するにあたり尽力したのがガートルード・ベルというイギリス人女性である。本書は半ばガートルードの伝記であり、半ばイラクがなぜ統治困難な国なのかの説明である。ガートルードは1837年にイギリスの富裕な家庭に生まれ、オックスフォード大で学ぶが当時のイギリスに高学歴な女性の居場所がなく、テヘランに駐在していた叔父を訪問したことから中東にはまっていく。中東ではローレンス(アラビアのロレンス)やその師の考古学者ホガースとも出会う。その頃、ドイツではウィルヘルム2世が中東進出を目指しベルリン・バクダット鉄道の建設を進める。イギリスはドイツのペルシャ湾進出を阻止すべくクウェートを保護下に置く。またロシアとの対立を解消し、イラン北部をロシア、南部をイギリスの勢力圏に分割し、またアフガニスタンをイギリス勢力圏とする。ドイツは親イスラム路線を打ち出し、イラン内での対英蜂起やアフガニスタンの反英化を目論む。そうこうするうち1914年に第一次世界大戦が始まる。
1915年、考古学者ホガースは海軍に応召しカイロにアラブ情報局を開設し、ローレンスとガートルードを呼び寄せる。彼らはアラブ人たちにオスマン帝国への叛旗を翻そうと工作に取り組む。一方で同じイギリスのインド植民地政府のハーディング総督はイランからメソポタミアに影響圏を広げようとしており対立する。ホガースはガートルードをデリーに派遣し戦略を調整する。その後、ガートルードはエジプト、メソポタミアを往来し、アラブ各勢力に楔を打つ。ローレンスはハーシム家の王子とともにオスマン帝国からパレスチナからシリアを解放する。
第一次世界大戦終了後、イギリスはアラブ人への独立の安請け合い、ユダヤ人へのパレスチナ入植の許可、フランスとの勢力圏分割など多くの矛盾した約束に苦しむ。イラクの地は当初、委任統治領としてイギリスが直接統治にあたるが相次ぐ反乱や膨れ上がる統治コストに耐えかね、アラブ人を国王に立てることを模索する。当地の高名なスンナー派法学者の息子も候補に上がるが、ガートルードはその人間性に信頼が置けず、結局はメッカの太守ハシーム家の四男ファイサルを招いて国王に招くことを提案、ローレンスやチャーチルも合意した。このようにして1921年にイラク王国は建国された。その後まもなくガートルードはイギリスに帰国するが健康を害し、睡眠薬の過量服薬で死去する。
その後のイラクは、国王の殺害、バース党政府樹立、サダムフセインの台頭、そして国家崩壊に至るが、著者は国民の半分を占めるシーア派の存在が無視されたこと、同じスンニー派でも言語や文化の異なるクルド人地域を含めたことから統治不可能な国になったのだとし、湾岸戦争後の米国もかってのイギリスの過ちを繰り返していると評価している。