作品一覧

  • ビザンツ帝国 生存戦略の一千年[新装版]

    ビザンツ帝国 生存戦略の一千年[新装版]

    ビジネス・実用

    5.0
    1巻4,257円 (税込)
    対外関係から見るビザンツ史 ギボンは『ローマ帝国衰亡史』で、彼のいう「ギリシア人」つまりビザンツ人の「臆病と内紛」を強調した。地図からビザンツが消えてしまった理由として、ビザンツ人に何かしら欠陥があったという認識は、今日でも残っている。多くの敵を打ち破るため軍団を整備すべき時に、教義論争や教会装飾にかまけて、政治・経済の現実を無視したというのだ。 だが、もし本当にビザンツ人が怠惰で無気力だったとしたら、なぜビザンツ帝国はあれほど長く存続したのだろうか。アレクサンドロス大王をはじめ、カリスマ的な開祖が死ぬとたちまち瓦解してしまった支配が歴史上にはしばしばみられる。しかもビザンツは、アジアやアラビア半島から人の波が西へと移動していく、いわば「民族のボウリング場」の端に位置していた。ある集団を軍事力で打ち破ったところで、新たに三つの集団が現れた。ここでは、まったく新しい考え方が必要だったのだ。 ゆえに問うべきは、なぜビザンツが滅びたかではない。なぜ不利な条件のもとで存続できたかなのだ――。本書は、おもな皇帝と印象的なエピソードを軸に、対外関係からビザンツ史を語る試みである。
  • ラヴェンナ:ヨーロッパを生んだ帝都の歴史

    ラヴェンナ:ヨーロッパを生んだ帝都の歴史

    ビジネス・実用

    5.0
    1巻8,613円 (税込)
    「ヨーロッパの祖母」となった都市の盛衰 ローマ帝国の中心がコンスタンティノープルに移った4世紀末、西方に新しい都が台頭する。イタリアの都市ラヴェンナにおいて、アリウス派のゴート人とカトリックのローマ人は競って、比類なき建造物とモザイクを次々と創りだした。以来300年にわたりこの町は、学者・法律家・職人・宗教人を魅了し、まぎれもない文化的・政治的首都となる。この特筆すべき歴史をみごとに蘇らせて、本書はイスラーム台頭以前の地中海世界の東西の歴史を書き変え、ビザンツ帝国の影響下にラヴェンナが、中世キリスト教世界の発展にとっていかに決定的な役割を果たしたのかを明らかにする。 全37章の多くは、皇后ガッラ・プラキディアやゴート王テオドリックら支配者から、古代ギリシアの医学をイタリアに蘇らせた医師の業績まで人物に注目しつつ、多様な民族・政治宗教勢力のるつぼであったこの都市がヨーロッパの基礎を形づくっていくさまを追う。そして、都市史をより広い視野から地中海の歴史のなかに位置づける。 美しい図版と最新の考古学の知見によって、ヨーロッパと西方の文化へのラヴェンナの深い影響について、大胆かつ新鮮な解釈を提供する1冊。
  • 生き残った帝国ビザンティン

    生き残った帝国ビザンティン

    ビジネス・実用

    4.8
    1巻1,221円 (税込)
    ローマ皇帝の改宗からコンスタンティノープル陥落まで 「奇跡の1000年」興亡史 栄華の都コンスタンティノープル、イコンに彩られた聖ソフィア教会……。興亡を繰り返すヨーロッパとアジアの境界、「文明の十字路」にあって、帝国はなぜ1000年以上も存続しえたのか。キリスト教と「偉大なローマ」の理念を守る一方、皇帝・貴族・知識人は変化にどう対応したか。ローマ皇帝の改宗から帝都陥落まで、「奇跡の1000年」を活写する。
  • ビザンツ帝国の最期

    ビザンツ帝国の最期

    ビジネス・実用

    4.7
    1巻3,861円 (税込)
    ひとつの国の滅亡の過程をつぶさに描く 1453年5月28日、ビザンツ帝国皇帝コンスタンティノス11世は、コンスタンティノープルを包囲するオスマン・トルコ軍に対し最後の戦いに臨もうとしていた。出陣に際しての演説は、「たとえ木や石でできた者であっても涙をとめることができなかった」と言われるほど感動的なものだった。翌未明、城壁がついに破られたと悟った皇帝は、死に場所を求め敵中に突入する── 悲愴で劇的な、長らく語られてきた帝国滅亡の場面である。だが悲しいかな、この出来事を伝える記録は偽作であることが今日では判明している。では実際にはどうであったのかを、当時の他の記録を見ていきながら、その背景にあるビザンツ人の価値観や複雑な国際政治の現実を、最新の研究成果を盛り込んで分析したのが本書である。 同じキリスト教の西欧諸国は、かつて十字軍で都を征服した敵でもある。一方、かなりの期間、ビザンツ人とトルコ人は必ずしも敵同士ではなく、日常レベルでは平和に交流していた。両者のはざまで、皇族から都市民衆まで個々人が、危機に際してどういう選択をしたか、著者は包囲戦の百年前から帝国滅亡後の人々の動向まで描いていく。
  • 歴史学の慰め:アンナ・コムネナの生涯と作品

    歴史学の慰め:アンナ・コムネナの生涯と作品

    ビジネス・実用

    4.5
    1巻3,168円 (税込)
    皇女にして、西洋古代・中世でただひとりの女性歴史家 歴史学は何のためにあるのだろうか? 私たちがより良い未来を生きるためである。しかし辛い日々を送る者にとって、歴史学が生きる糧となることもあった。歴史学が男の学問だった西洋古代・中世にあって、アンナ・コムネナは、不幸な我が身への慰めを歴史学に見いだした。ビザンツ帝国中興の祖である父アレクシオス一世の治世を描いた『アレクシアス』は、こうして誕生した。 権威ある「緋色の生まれ」としての誇り。皇帝である父への敬愛。皇妃となっていたはずの人生。ヨハネス二世となる弟との確執。アンナは、政治や戦争といった公のことがらについて真実を伝えるのが歴史家の務めであることを承知のうえで、自身の人生や溢れくる思いまでも歴史書に盛り込んだ。 本書は、第一部でアンナ・コムネナの数奇な生涯を語り、第二部では、ビザンツ歴史文学の最高傑作と言われる一方で批判も受けてきた『アレクシアス』を、ビザンツの歴史学や歴史書の性格、ビザンツ知識人にとって歴史学とは何だったのかという文脈から分析する。そして、長らく指摘されてきた年代の誤りの謎や、世界の翻訳者たちが苦心してきた不可解な記述の謎をも考察していく。
  • ビザンツ皇妃列伝 : 憧れの都に咲いた花

    ビザンツ皇妃列伝 : 憧れの都に咲いた花

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻1,045円 (税込)
    ビザンツ帝国千年の歴史を、政治の転換点に皇帝の妃となった、庶民から王女まで8人の女性たちの人生を通して読む一冊。政治や宗教の変動の中に、人間の哀歓が浮かび上がる。

    試し読み

    フォロー
  • テオドラ:女優からビザンツ皇后、聖人へ

    テオドラ:女優からビザンツ皇后、聖人へ

    ビジネス・実用

    3.0
    1巻3,960円 (税込)
    弱者の味方として、ユスティニアヌスの片腕として ラヴェンナの有名なモザイクで知られるビザンツ帝国の皇后テオドラ。その生涯は、たぐい稀な才能をもった女性が、多くの障害を乗り越えて、信じがたいような権力を手にするという物語である。本書は、「卑しい生まれの踊り子が皇帝の甥を魅了した」という後世のイメージを生んだ、同時代の著作の偏見に満ちた記述に分け入り、近年の初期ビザンツ研究の成果を取り入れて、テオドラの生涯を時代の全体像の中に位置づけて描いている。   テオドラはこの時代の重要な政治家のひとりであり、帝国の国内・対外政策の策定に協力し、二度にわたって夫ユスティニアヌス一世を廃位の危機から救った。重大な宗教論争の解決のために中心的な役割を果たし、身売りされた女性たちを進んで援助した。敵となった人々は、経歴について、娼婦だったという想像を逞しくし、大げさに書いた。 著者は宗教界を中心とする彼女の人脈に注目する。そしてニカの乱の際の有名な演説はもちろん、旧西ローマ帝国領の再征服や教会の統一といった、これまでテオドラが登場することのなかったユスティニアヌスの治績に、その関与を認めている。

ユーザーレビュー

  • 生き残った帝国ビザンティン

    Posted by ブクログ

    ビザンツ帝国の概説通史。
    ビザンツ帝国盛衰のポイントを明確に整理した上で、論ずべき点を上手く絞り込んでおり大変分かりやすかった。
    そして何より、読んでいて面白い。
    帝国の興亡がしっかりストーリーとなって綺麗に流れてゆく。

    構成としては古代ローマ帝国のコンスタンティヌスがコンスタンティノープルを都としたところから、オスマン帝国によるコンスタンティノープル制圧まで、しっかり1,000年超の歴史を扱う。

    ローマという建前を保持しながら、文明の十字路にあって生き延びるたびに幾たびも柔軟に体制を変更していった強かな帝国の生き死にが、実に小気味よく活写されてきる。
    バルカン政策や宮廷内部の勢力争いなどは中谷氏の著作が詳しかったが、本書はビザンツ帝国について知るのに最初に手に取る一冊として好適だと思う。

    以下は自分のためのメモ。

    ビザンツ帝国の精神的支柱となったのは「我々こそローマ帝国である」という観念と、キリスト教の二本柱であり、それを持ち込んだのがまさにコンスタンティヌスであった。
    彼は臣民を従えるのに都合の良い「教え」としてキリスト教を利用し、国家宗教としての権威を得たキリスト教もまた支配者の都合に合わせて変容していったと著者は喝破する。
    ここに、生存のために利用できるものは柔軟に利用していくビザンツ帝国の伝統が既に始まったと読める。
    次の転機はやはりユスティニアヌス大帝の時。
    西ローマ帝国が崩壊したことによりますますローマ意識が高まっていく5-6世紀を経て行われた彼のローマ奪還事業は、完全に時代錯誤であったとしても、一度でもローマを支配していたことがあるという事実は、ビザンツ帝国こそローマ帝国の後継であるという意識を1000年持たせるのに必須だったと述べる。
    反面、ニカの乱の鎮圧は古代民主制との訣別であり、皇帝専制政の性質を明瞭にする事件だった。建前としての「ローマ」を得つつ、実質としては「古代ローマ」と訣別した画期的な時代だったようだ。
    続く転機は7世紀前半を生きたヘラクレイオスの時代。彼はササン朝を押し返す活躍を見せるも、最後には新興勢力イスラムによりシリアとエジプトを失うことになる。この事件により、帝国のキリスト色はますます強まり、また穀倉地帯を失ったことで古代ローマ以来続いていた「パンとサーカス」の伝統は終焉を迎え、完全に独自の文化圏としてのビザンツ帝国が歩み始めた時期と整理する。
    8世紀初頭のレオン3世〜コンスタンティノス5世の頃は聖像禁止令で揺れた時期だ。これは一神教の伝統があるオリエント起源のキリスト教と、多神教的ギリシア文化との結合過程で生じた反動運動であった。これを経て、ギリシア正教としての形を明瞭にしていく画期となった。
    この時期はビザンツ帝国の社会経済政治軍事の各制度が充実化していった時代で、コンスタンティノープルがヨーロッパから見ても憧れの大都市としてその地位を確立していく。その辺りの要素もテンポ良く目配せしていく。
    そして9世紀後半からの三代の皇帝(ニケフォロス1世、ヨハネス1世、バシレイオス2世)の治世で、バルカン半島とアナトリアの支配を確立して最盛期を迎えるのである。
    しかし、中谷氏の著作を読んだ時もそうだったのだが、何故かそこから衰退していく時期こそ興味深いのがビザンツ帝国。
    国家というのは不思議なことに、外見には絶好調の時、内部では密かに衰退の予兆が見え始めているものである。
    表面的な事件としては、東方からやってきたセルジューク朝との戦いにおける大敗が衰退のきっかけに見える。しかし、その要因はそれ以前に内部に生じていた。長引く外征により兵農一致を取っていたビザンツの農民は没落し、ビザンツ軍は外国人傭兵だらけの統一感のない軍団に変貌していたのである。
    その後は兵農分離が進み、土着の有力軍人の貴族化が進展。帝国の求心力は低下し始め、軍の反乱が頻発する。兵を金を払って雇わなければならなくなると国の財政は苦しくなり始め、悪貨が出回り、経済的な信用力も低下し始める。まるきり古代ローマ帝国の再現のようだ。
    しかし、11世紀末に登場したアレクシオス1世の活躍によりビザンツ帝国はこの危機を切り抜ける。地方の有力軍閥を引き立て、政略結婚を駆使して、再び帝国としての結束力を高めたのである。
    ただ、やはり完全自力で外圧に対抗し切る程の力はなく、得意の外交でヴェネツィア勢力と組んだのもこの時期である。これが第4回十字軍への布石となる。(ビザンツは何百年もイスラムを身近な相手として過ごしていたので、十字軍の熱量が理解できず、十字軍側もまたビザンツを不信心だと感じた。という指摘も面白い)
    第4回十字軍で一度は帝国は離散するものの、地方軍閥が強かったゆえに亡命政権がコンスタンティノープルを取り戻し、その後マヌエル2世という有能な君主の外交努力などもあり何とか100年生きながらえるも、時代の流れにはあらがえず、最後はオスマン帝国によって滅亡に至る。

    0
    2025年06月15日
  • ビザンツ帝国 生存戦略の一千年[新装版]

    Posted by ブクログ

    ローマの神々を捨て、キリスト教に改宗しながら、西のローマ帝国から東のビザンツ帝国に移っていく時代からスタート。コンスタンティノープルを中心に代々皇帝の周辺を眺めながら、ビザンツ帝国の盛衰を一気読みできる”教科書”。

    ところどころ挿入されるエピソードが殊の外面白い。初期ビザンツ時代のコンスタンティノープルでは、競技場で行う戦車競走に緑と青の競技団体があり、彼らが頻繁に喧嘩したり、暴動や政治的反乱に発展することもあったという。不謹慎かもしれないが、現代のフーリガンを思い浮かべてしまった。
    初期のキリスト教の強引さも印象的。古代の神殿を教会に変えようとするキリスト教徒の暴動をはじめ、ガザでの衝突は、まさに現代に続く衝突の根源のように見える。ローマ帝国ではたとえば同性愛も寛容に受け入れられていたが、キリスト教が広がり著名人が告発され、拷問や追放の刑になるなど”横暴”が目立つ。それでも伝統的な宗教がキリスト教にとって代わられ、戦争や政治思想から公共奉仕、表象芸術に至るまで、生活のあらゆる領域に浸透していく。
    ペルシアやスラヴ、アヴァール人、アラブ人、そしてスカンジナビアのヴァイキングを源流とするキエフのロシア人、セルジュークやモンゴルなど、西、北、東からの脅威に柔軟に対応しながら存続する帝国。ビザンツは、侵入者を撃退できない場合、帝国内に住まわせ、軍役とひきかえに土地を与え、キリスト教の受容とビザンツへの同化を促してきたという。ローマ帝国が敗者にもローマ市民権を与えて共存した、そのやり方を引き継いだように見える。コンスタンティノス7世の頃に編まれた「戦術書」は、全面戦争に対する不信感を表明し、策略や不意打ちで正面戦争に誘い込まれないようにすべきだと説いているのだそうだ。「たいていの場合、勝利は勇敢さの証明ではなく運に左右されることを体験してきた」と。長い歴史のある帝国だからこそ出てくる知恵かもしれない。
    時代が下ってくると、西欧のキリスト教徒、いわゆるラテン人は、皇帝軍のかなりを占めた。これが獅子身中の虫でもあり、ラテン系皇帝を生む布石になってしまうわけだが、その頃聖ソフィア教会から略奪されたものの中にあった、キリストの茨の冠が、あのパリのノートルダムにある冠なのだと、この本で初めて知った。軽い衝撃。

    次々に襲う難局を切り抜けてきたビザンツ帝国の最大の遺産について著者は、「もっとも厳しい逆境にあっても、他者をなじませ統合する能力に、社会の強さがあるという教訓」と書く。現代に近づくにつれ、この知恵が失われているのではないかとふと思った。

    0
    2023年11月25日
  • ビザンツ帝国の最期

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    これはとても面白かった。名著だと思う。ビザンツ帝国の最期50年ほどの歴史をロマンではなく人々が自分たちの生活のために行う駆け引き、保身、国内の権力闘争の結果として生き生きと書いていて、カトリック、イスラームとの宗教上の軋轢もあくまでそれらの手段であり、戦争と交渉によって使ったり引っ込めたりされる様子は面白い。ビザンツ帝国、オスマン、ジェノバやヴェネツィアなどの諸都市、ローマ教皇、それぞれの内側に派閥や駆け引きがあるかなり複雑な過程なのだが、引き込まれてするすると読まされてしまうのはすごい。同じ名前の人が何人もいるのでたまに混乱はするし、もちろん個々の人物の内心まですべてが分かるわけではないけれども。
    普段は国や宗教の大きな枠でしか歴史は顧みられることはないけれど、末端の市民や兵士たちまでを含めて人間臭い考えと行動の集積が巨大な流れを結果として生むのだなと感じられてよかった。これって、訳者が否定していた「歴史のロマン」になるのだろうか。でも、面白いものは面白いんだもの、しょうがないよね…。

    0
    2023年01月21日
  • ラヴェンナ:ヨーロッパを生んだ帝都の歴史

    Posted by ブクログ

    ラヴェンナの栄光の時代、400年頃から800年頃までを扱う。ガッラ・プラキディア、東ゴートのテオドリック王、ユスティニアヌス大帝、さらに歴代のラヴェンナ司教や逸名の世界誌家、カール大帝などーーラヴェンナに大きな足跡を残した人物を軸に歴史が描かれる。ラヴェンナから見たローマ、ビザンツ、東ゴート、教皇、フランクの歴史とも言える。一つ一つの章を積み重ね、ヨーロッパの誕生につながる終章へと導く記述。聖ヴィターレのモザイクもヨーロッパ誕生に関わる重要な要素であった。ラヴェンナはまさに「ヨーロッパという合金を生み出した坩堝」だったのだ!

    0
    2023年01月09日
  • ビザンツ帝国の最期

    Posted by ブクログ

    最末期のビザンツ帝国の構成した様々な個人の動向を中心に、15世紀始めの首都包囲から滅亡までを描く内容。単純化できない多様な意思決定の叙述や滅亡後の離散の状況など非常に興味深い点が多かった。

    0
    2022年08月19日

新規会員限定 70%OFFクーポン 今すぐGET