ミシェル・ド・モンテーニュの作品一覧
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ビジネス・実用
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Posted by ブクログ
最近『金持ち父さん 貧乏父さん』を読んだばかりなので、なんともタイミングの良いモンテーニュの一言と出会ったことになる。
”最悪の場合には、つねに支出を切りつめることで、貧乏の先手を打て。”
ところがキケロの言葉の方が刺さったな。
”裕福さの程度というのは、収入の多寡ではなしに、食事や暮らしぶりによって計られる。”
これは贅沢をしろということではなく、足ることを知る心の裕福さということ。
”恩義という負債は、返済されることはあるかもしれないけれど、完済はありえないのである。”
これは心に刻んでおくべき名言ですな。
軽々しく「借りは返したぞ!」なんて言ってはいけないですね。
困っているときに助けてくれた、ということをもっと重くとらえなければ。
”若者たちは、世間も、自分も、両方を満足させることができる。ところが、われわれ老人は、自分のことをどうにかするだけで手一杯だ。自然が与えてくれた楽しみは、老いとともに、だんだんとなくなっていくのだから、人為的な楽しみで、自分を支えていこうではないか。”
体の衰えはいかんともしがたくても、なるべく楽しみを見つけて、精神的にしぼんでしまわないようにしようと思っています。
が、難しいよね、ほんと。
”(わが国の若い世代の宮廷人たち)は、自分たちの同類としか仲良くならず、われわれのことを、まるで別世界の人間のように、軽蔑と憐れみの目で見るのだ。”
確かにそうだよね、と思う部分はあるけれど、振り返れば自分たちだって若かった時にはそうだったのでは、とも思う。ジェネレーション・ギャップはしょうがないにしても、なるべく懸け橋になれたらな、と精神的に大人になり切れないおばばは思ってます。
うざい?
”自分にふさわしい名誉以上のものにがつがつしないことを学ぼうではないか。(中略)彼らは、自分の行動を、それにかかった価格をつけて提示したいのである。”
こういう人、いるわ~。
「すごいですね~」と言ってあげたら気分良くなるのはわかってるんだけど、心にもないことは言えない性分なので嫌われてる。笑
”自分を自分の力で支えている人こそが、もっとも強いのだ。”
これについては、まったくそのとおりと思うけど、さらに弱い人に手を差し伸べられる人がいいなと思う。
甘やかすのではなく、見捨てるのでもなく。
セネカの言葉
”死が訪れるのは、いま君が病気だからではなく、いま君が生きているからだ。そのような運命は、病気が快復したあとにも待ち受けている。全快したとき、きみは死ではなく身体の不調を脱したのだ。”
誠にごもっとも。
ただ今快復に向けて治療中ですが、なんか肩の力が抜けました。よし。
400年も前の、フランスの人の文章ですが、「私もずっとそう思っていたの!」と思うようなことが多くて、友だちになれそうな気がしてきました。
まあ、わたしはカトリックではないので、向こうから「話しにならん」と断られますが。
ギリシアやローマの歴史以上に、モンテーニュの生きた時代の宗教戦争についてをよく知らないので、正直読んでいて苦痛な部分も多かったですが、モンテーニュの意見を現代に置き換えて、自分にひきよせて読むとなかなか面白かったです。
毎回読み始めは気合いが必要でしたが、全巻通読することができてよかった。
とくに老後の生き方について考えるところは、身につまされました。
Posted by ブクログ
一番難しいと言われている巻、一番厚い巻を乗りこえて、気持ちが切れたのでしょうか。
ずいぶん時間がかかってしまいました。
しかし、読み終わってみれば、今までで一番エッセイ集らしい巻だったかもしれません。
”他人の称賛を根拠にして、それが徳の高い行為の報酬なのだと考えるのは、あまりに不確実にして、あやふやな土台にもとづいている。とりわけ、現代のような、腐敗した、無知な世の中にあっては、よい評判はむしろ有害でさえある。”
好感度の高い人ほど、何か失敗した時の風当たりが強烈な、21世紀の日本について書いているようだけれど、500年前のフランスなんですよね。
人間社会って進化しないものなのかなあ。
”老いは、顔よりも、精神に、たくさんの皺をつけるにちがいない。年老いても、すっぱいにおいや、かびくさいにおいがしないような魂など、まずめったに見られるものではない。”
心します。
”もっとも美しい心とは、もっとも多くの多様性や柔軟性をそなえた心にほかならない。”
多様性という概念を当時から提唱していたのもすごいけれど、10年近く前にこの訳語を使用した訳者も、今になってこれほど日常よく耳にする言葉になるとは思わなかったと思うわ。
”民衆の無知に折り合いをつけられないような英知は、すべて味気ないものにすぎないわけで、これではもう、他人の仕事はおろか、自分の仕事にだって関わるのはやめなくてはいけなくなる。公私を問わず、ものごとは世間の人々との関わりなしにはすまないのである。”
ああ、確かに学校の勉強はできただろうけど、仕事はできない人っているなあ。
難しい言葉でまくしたてられても、具体的に何をしたいのかが伝わらない。
だから誰も相手にしなくなる。
仕事が滞る。
頭がいいなら、頭の良くない人にわかるようにかみ砕いてプレゼンをしてほしいのだが。
”討論において、一致(ユニゾン)とはまったくもって退屈なことでしかない。”
そう考える人はごく少数だよね。
一致しなくても強引に推し進めるしさ。
一時期教育の場でディベートを盛んにやっていたと思うんだけど、今はどうなんだろう。
”彼らにはまちがいを直す勇気がないのだ。なぜならば、自分がまちがいを直されることに耐える勇気がないのだから。”
モンテーニュはそこそこの地位のある著名人なのに、非常にリベラル。
自分の考えをしっかり持っているからこそ、他者にもそれを求めるし、他者の意見も尊重する。
その代わり借り物の意見をえらそうに言う人は、コテンパンにやっつけるらしいです。
そしてモンテーニュさん、どうしたんでしょう。
一番長い章は「ウェルギリウスの詩句について」というタイトルで、もっぱら性愛についてを延々と書いてらっしゃる。
検閲が厳しかった時代はカットされたそうだけど、ねちねち書きすぎです。笑