入江昭の作品一覧
「入江昭」の「新・日本の外交 地球化時代の日本の選択」「日米戦争」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「入江昭」の「新・日本の外交 地球化時代の日本の選択」「日米戦争」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
ビジネス・実用
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Posted by ブクログ
最近、封建主義社会についての別の本を読んだばかりという所為もあることを認めつつも、この本によく言われる「日本にはイデオロギーがない」という問題、まさに封建主義から脱出できていないのが原因なのではないかと思ってしまった。封建社会は階層が決まっていて、上は自分の立場や地位を守るために頭を働かせることはしても、それ以外のことに積極的に動くことはしない。つまり、思想がない。明治の西洋化で封建社会は確かに解体されたが、しかし人間の思考や習慣はそう簡単に改まるものではなく、それがとどのつまり国際社会という舞台にあがってみて、思想がないから何でもその場凌ぎで、後手に回り、広く物事考えられないからしまいには「多分こうだろ!」と投げやりに動いて自滅する。大東亜共栄圏というイデオロギーまがいのものも結局は追い詰められて危険な道を渡らざるを得なくなった自分達の立場を正当化するためのものでしかなかった。
伊藤整の日本人の思想パターンについての本には、日本人ふくむ東洋人は余計なことに首突っ込まないということを主義としているのに対し、西洋人は積極的に突っ込んでいく、と書いてあったが、それが外交などにも現れている、というか、尾を曳いているというか、そんな気がした。
つまり東洋人はどこまで行ってもやっぱり東洋人なんだなと。
多元的なれ、というのも本書の終わり部分にちょくちょくでてくる警句だが、これについてはプーチンが「二島かえしてやるからそれで手を引け」というのを思い出した。「日本人としては元々四島全部うちのもんなんやから、二島で手を引けとは盗人猛々しい!」と怒りたくなるところだが、プーチンがそれに対して「日本人ってほんまにアホやな」と言った(とか言わないとかいう)のも何となく理解ができる。まさに自分の国の利益しか考えていないというのはこういうことをいうのだなと。勿論、ロシアの真意まではわからないし、ロシアのいうことやることが正しいとは思わないが、いつでも百あったら百とらないと気が済まないということを外交上でやっていては確かに何も得られず終わってしまいかねない。それに振り回されているうちはイデオロギーも思想も糸瓜もクソもない。
気づきが多かった。
Posted by ブクログ
扱う時代は明治維新から1960年代までと幅広い。時代ごとに主要国が何を考え、どう行動し、日本政府がどう対応したか、内在的論理が丁寧に説明されている。
例えば、国際連盟の脱退に至る「東洋平和確立の根本方針」、その源流となる石原莞璽の思想が国防という現実主義に基づいている点、先立つ幣原の経済主義外交が世界恐慌の影響で力を失ったことなど。
著者は日本の外交に思想がないことを折々に嘆いているが、着実に現実的対応を進めていたことを記してもいる。これは意外な発見だった。日本が外交を通して何を追い求めていたのか、その思想や行動原理を描き出してくれる、興味深い1冊です。
Posted by ブクログ
日露戦争までは統一的な外交戦略があったが、日露戦争後は、グローバル化する経済政策、中国における民族主義の高揚等、外交に置いて考慮すべきファクターが複雑化する一方、国内体制(軍部にしても官僚にしても)は硬直化し、日露戦争以前のような柔軟な対応できなくなった。
太平洋戦争に進んでいく外交の失敗の要因分析にも触れられているのだが、経済政策と国家戦略について平仄を取っていくことが肝であるのではないか。当時、既に経済、貿易面でパートナーであったアメリカとの対立がなぜ起こったのか、現在に置き換えたときに、それが中国にあたるのではないか。1966年初版ではあるが、現在の外交課題を考える上での示唆する歴史的な事実が整理されている。
以下引用~
・日本自体が朝鮮へ進出すべきだというのではなく、朝鮮が第三国の属国にならないようにする。これが「朝鮮独立」を目指した明治前半期の外交方針だった。
・松方財政のねらうところは日本の輸出振興、輸入抑制であり、そのためにもますます関税自主権を回復することが肝要になってくる。このように、日本の外交政策は国策のすべての点と結びついていたのである。
・日露戦争当時、およびその直後の日本外交の指導理念は、いぜんとして従来どおりの、帝国主義外交ということであった。つまり、諸列強の意向に注意を払い、できるだけ欧米諸国と協調を保ちながら、日本の地位を維持し、権益を発展させようとする考えてあり、その根底には、先進諸国のあいだに、ある種の均衡状態が保たれ、日本もその枠組みに入ることが、みずからの安全と利益を守る道だという考えがあった。
・小村(寿太郎)は陸軍がともすれば外国の意向を無視して満州発展をはかることには反対であったが、大陸進出そのものは「確定不動の方針」と心得ており・・・。
・(辛亥革命)このような政策の根底に、国際関係は帝国主義諸国家間の関係だとし、中国そのものは外交の関心外だとする思想があったことは明らかである。したがって、中国のナショナリズムにたいしても確固たる方針を立てることを怠り、清朝政府内の動きや革命党の運動などについても、十分な対策を講ずることがなかった。
・(日露戦争後数年間の日本外交)条約改正とか朝鮮問題の解決とかいう具体的な目標が消え、しかも中国のナショナリズムとかアメリカの人種偏見とかいう要素が、新しい問題を提起していたので、このような事態にあたって、現実的な外交理念をかかげて国論の統一をはかることは至難のわざであった。
・(第一次)世界大戦中に、日本の対米輸出は四倍にふえ、アメリカからの輸入も五倍化した。それまで主としてイギリスにあおいでいた資本を、日本産業が次第にアメリカに求めるようになったのもこのころからであった。このような状態にあって、日本経済の発展が、アメリカとの友好関係を維持する必要があるとされるのである。
・アメリカと日本の密接な経済関係が、日本にとって最も重大だと考えていたのは政友会の原敬や、外務省内の幣原喜重郎なのであった。
・日露戦争までは日本の軍事政策と経済政策のあいだには深刻な対立がなく、両者とも日本の近代化とか帝国主義国化とかを目指す根本外交理念の表れとして、表裏一体をなしていたものであった。それが日露戦争後は、この根本に横たわるべき思想に混乱を生じ、東西の協調あるいは対立といった抽象観念にわざわいされたのである。
・(弊原の)このような経済主義が1929年、アメリカに始まる世界恐慌によって非現実的なものとなるにおよんで、かれの国際協調主義も急速に色あせ、だれの目にも夢想的なものとしか見えなくなってしまうのである。
・世界恐慌の波は各国の経済政策を自己中心的なものとし、中国における国権回復運動の激化とあいまって、日本の外交の基盤を切り崩してしまった。
Posted by ブクログ
名著『日本の外交』の続編として出された新書。
歴史家が、「現代」「現在」を語ることの難しさを痛感させられた著作。外交史の大御所である入江昭氏が書いた著作であっても、15年経った現在読んでみると、論証の度合いや認識不足という点が気になってしまう。
歴史家は常に、過去の一事象を取り上げて論じる。もちろん、その一事象の原因・背景・経過そして影響までも知った上で、その一事象について論じるのである。しかし、現在は違う。我々が生きる現在には、過去はあっても未来はない。現在を形作っている原因・背景すらもはっきりしない。
そのような状況の中で、現代史の通史を描くことは歴史学者として勇気のいることだと思う。
さて、本書の肝心の中身であるが、冷戦は終結からソ連崩壊の間に書かれているため、時代の「過渡期」で試行錯誤している様がうかかがえる。
その一方で、前作から貫かれている「定まらぬ日本の外交姿勢」ということは明確に打ち出されている。今や当たり前の概念となったボーダーレス時代の地球を見据えた著作と言えるだろう。
ただ、日米関係の考察は鋭いものがあると思うが、日韓・日中関係についてはやや考察が甘い部分があるように感じた。