作品一覧

  • 太平洋戦争の真実 そのとき、そこにいた人々は何を語ったか

    太平洋戦争の真実 そのとき、そこにいた人々は何を語ったか

    小説・文芸

    5.0
    1巻1,540円 (税込)
    「戦争は壮大なゲームだと思わないかね」――終戦の直前、そううそぶいた高級参謀の言葉に、歴戦の飛行隊長は思わず拳銃を握りしめて激怒した。 「私はね、前の晩寝るまで『引き返せ』の命令があると思っていました」ーー艦上攻撃機搭乗員だった大淵大尉が真珠湾攻撃を振り返って。 「『思ヒ付キ』作戦ハ精鋭部隊ヲモミスミス徒死セシメルニ過ギズ」ーー戦艦大和水上特攻の数少ない生存者・清水芳人少佐が、戦艦大和戦闘詳報に記した言葉。 「安全地帯にいる人の言うことは聞くな、が大東亜戦争の大教訓」――大西中将の副官だった門司親徳主計少佐の言葉。 「私は『決戦』と『手柄を立てる』という言葉が大嫌いでした。決戦というのはこの一戦で雌雄を決するということなのに、決戦だ、決戦だとなんべんも。そんな掛け声で部下をどれほど失ったかわかりません」ーー零戦初空戦を飛行隊長として率い、終戦まで前線で戦い続けた進藤三郎少佐。 「戦後、GHQの占領政策を聞いたときにガッカリしました。なんだ、二・二六の青年将校がやろうとしていたことと同じじゃないかと」ーー日米開戦前に中国戦線からのベテラン搭乗員。二・二六事件の折は、予科練の生徒で鎮圧軍として出動した。角田和男中尉。 「日露戦争でロシア軍の捕虜になった人が、日本に帰れずにアメリカに渡って浄土真宗の僧侶になっていて、マッコイに会いに来たことがありました。立派な人でしたが、我々も日本がもし勝っていたら帰れなかったでしょうな。負けて、日本に軍隊がなくなったから帰ってこれたようなもんですよ」――戦中、捕虜となって米本土の収容所にいた中島三教飛曹長。
  • 零戦 搭乗員たちが見つめた太平洋戦争

    零戦 搭乗員たちが見つめた太平洋戦争

    小説・文芸

    5.0
    1巻1,045円 (税込)
    あの戦争を生き残った零戦搭乗員は、終戦時に約三七〇〇名を数えたが、現在ではわずか約二〇〇名となった。生存者の高齢化が進む中、NHK取材班は四年の歳月を費やしインタビューを重ね、後世に語り継ぐべき番組として結実させた。戦争とはいかなるものか、死線を越えた男たちの「最後の証言」がここにある。NHK『零戦~搭乗員たちが見つめた太平洋戦争』(2013年放映)を書籍化。
  • 図解 カメラの歴史 ダゲールからデジカメの登場まで

    図解 カメラの歴史 ダゲールからデジカメの登場まで

    ビジネス・実用

    5.0
    1巻990円 (税込)
    ※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 写真と図版で読むカメラの歴史。一瞬を切り取り、永遠に残す。カメラは、人類の夢を実現し、自動車と共に、人類に大きな影響を与えた、19世紀の素晴らしい大発明だ。ダゲールから始まり、万能カメラ一眼レフの誕生まで、フィルムカメラを中心に、カメラの歴史とその原理を写真と図版で紹介する。(ブルーバックス・2012年8月刊)
  • 祖父たちの零戦 Zero Fighters of Our Grandfathers
    値引きあり

    祖父たちの零戦 Zero Fighters of Our Grandfathers

    小説・文芸

    4.3
    1巻434円 (税込)
    ミノル、俺たちのやりたかったことはこんなことだったのかな――二十七機撃墜・味方損失ゼロ、奇跡の初空戦を指揮した進藤三郎。敗色濃い南太平洋でなおも完勝を続けた鈴木實。二人の飛行隊長の人生を縦糸に、元零戦搭乗員一二四名へ未踏の二〇〇〇時間インタビューを横糸にして織り上げた、畢生のノンフィクション! (講談社文庫)
  • カミカゼの幽霊 ~人間爆弾をつくった父~

    カミカゼの幽霊 ~人間爆弾をつくった父~

    小説・文芸

    4.1
    1巻1,782円 (税込)
    父はなぜ別人になって生きようとしたのか? 1994年5月、大阪市東淀川区に住む大屋隆司の父親・横山道雄が突然、失踪した。この失踪騒ぎの後、みるみる衰弱していく父を看病する中で、隆司はこれまで知らなかった父の過去を知る。 父の戸籍上の名前は「大田正一」といい、死亡により除籍されていた。 大田正一といえば太平洋戦争末期に「人間爆弾」と呼ばれた特攻兵器「桜花」を発案したとされる人物である。大田は終戦の三日後に遺書を残し、茨城県神之池基地を零戦で飛び立ち、そのまま帰ってこなかった。 ところが、大田は生きていた。「茨城で牧場をやっている」「新橋の闇市に連れて行った」「青森で会った」「密輸物資をソ連に運んでいる」……断片的な目撃談や噂はあったものの、その足取りは判然としなかった。 1950年、大阪に「横山道雄」となって現れた大田は、結婚した女性との間に三人の子供をつくり、幸せな家庭を築き、94年にその生涯を終えた。 それから20年後の2014年、大田の遺族を名乗る女性からの電話に興味を持った著者は、大田の謎多き人生について調査を始める。それは隆司ら家族にとっても父を知るための貴重な時間となっていく。 「本当の父親」を探す旅の結末は――。
  • ドキュメント 軍人たちの戦後 ~証言・資料で辿る生還者の数奇な運命~(小学館新書)

    ドキュメント 軍人たちの戦後 ~証言・資料で辿る生還者の数奇な運命~(小学館新書)

    小説・文芸

    4.0
    1巻1,210円 (税込)
    苛酷な「第二の人生」を生きた男たちの記録。 「俺たちは何のために戦ったのか――」 敗戦によって突きつけられたのは、あまりにも苛酷な「第二の人生」だった。 BC級戦犯容疑から逃げ延びた海軍少佐 山辺雅男 存在自体を消された「桜花発案者」 大田正一 真珠湾攻撃で捕らえられた「捕虜第一号」 酒巻和男 薬づくりに人生をかけた特攻隊の生き残り 内藤祐次 「牛たん」を仙台名物にした元零戦搭乗員 大川原要 慰霊と巡拝に後半生を捧げたベテラン戦闘機乗り 角田和男  他に源田実、水木泰、福山孝之、湯野川守正の波乱万丈の人生、柳瀬千尋の軍歴、ネイビー会でのこぼれ話も収録。 これまで500人以上の元軍人・遺族にインタビューをしてきたジャーナリストによる、歴史を「正しく知る」ための一助となる貴重な記録集。 戦争をじかに戦った軍人たちがどのように生きたか。それを知ることは、令和を生きるわれわれにとっても、反面教師をふくめた貴重な道標になるだろう。(「はじめに」より) (底本 2026年7月発売作品)
  • 証言 零戦 生存率二割の戦場を生き抜いた男たち

    証言 零戦 生存率二割の戦場を生き抜いた男たち

    小説・文芸

    4.0
    1巻946円 (税込)
    1941年12月8日、真珠湾攻撃に参加し、1945年8月18日の日本海軍最後の空戦まで戦い抜いた歴戦の搭乗員は、その日、まだ25歳だった。戦死率8割という消耗戦を生き残った若者たちは、あの戦いの最中に何を思い、戦後の混乱のなかでどのように生き抜いていったのか。150人以上の搭乗員たちにインタビューしたジャーナリストによる、平成の若者の祖父たちの激闘と苦闘の記録である。
  • 特攻の真意 大西瀧治郎はなぜ「特攻」を命じたのか

    特攻の真意 大西瀧治郎はなぜ「特攻」を命じたのか

    小説・文芸

    3.5
    1巻906円 (税込)
    神風特攻隊から70年。大西瀧治郎中将は、なぜ「特攻」を命じたのか。「特攻隊の英霊に曰す 善く戦ひたり深謝す」。昭和20年8月16日、大西瀧治郎中将はそう書き遺して自刃した。自ら企図した特攻を「統率の外道」と称しながら、なぜ数多の若者に死を命じなければならなかったのか。生存者の証言をもとに、特攻の父と呼ばれた男の謎に迫る衝撃のノンフィクション!
  • 零戦搭乗員と私の「戦後80年」

    零戦搭乗員と私の「戦後80年」

    小説・文芸

    -
    1巻1,815円 (税込)
    太平洋戦争中、国のため、家族のため、そして何よりも愛する人のために命懸けで戦った零戦搭乗員たち。しかし、敗戦後は労われることもなく、石つぶてをもって追われた者もいた……。戦中・戦後の過酷な体験に、傷つき、貝のごとく口を閉ざしていた彼らだったが、戦後50年をきっかけに彼らの元を訪ねるようになった著者が、ときに門前払いに遭いながらも、彼らの心を解きほぐし、これまで一度も語られることがなかった貴重な証言を集めてきた。  本書は著者がどのようにして元零戦搭乗員たちを見つけ、つながり、また貴重な証言を引き出してきたのか、またその取材過程で垣間見えた元隊員たちの苦悩も描く。戦中そして戦後の80年も含めた戦争を見つめなおす証言集。 序 章 一九九五年。阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、そして戦後五十年 第一章 出逢い。幼稚園の園長を務める歴戦の零戦搭乗員 第二章 零戦搭乗員会へ「何しに来たの? 俺は忙しいんだ」 第三章 新鋭機紫電改を育て上げ、実業界で成功した名パイロット 第四章 戦後、レコード会社で活躍した無敵の飛行隊長 第五章 伝説の零戦隊指揮官が語った戦後日本への失望 第六章 支那事変から終戦までを見届け、戦後は土とともに生きた元特攻隊員 第七章 「ゼロファイターゴッド」と呼ばれた男の矜持 第八章 「空戦が恐ろしくなった」と率直に語ったベテラン搭乗員 第九章 負け戦の経験がない名手にとって戦争とはなんだったのか 第十章 初の著書『零戦の20世紀』。そして「生きた証人」たちそれぞれの戦後
  • 零戦隊長 宮野善治郎の生涯

    零戦隊長 宮野善治郎の生涯

    ビジネス・実用

    -
    1巻1,408円 (税込)
    【二大請願 愛 汗】の人 宮野。海軍戦闘機隊指揮官として誰よりも勇敢に戦い、戦後もなお旧部下から慕われ続ける宮野善治郎。貧しいが誠実な家庭に育った少年が海軍兵学校を経て戦闘機乗りとなり、昭和十八年六月十六日、二〇四空飛行隊長としてルンガ沖航空戦で戦死するまで、全力で生き抜いた二十七年の生涯と零戦隊の戦いの実相を克明に描く。
  • 決定版 零戦最後の証言 1
    完結

    決定版 零戦最後の証言

    小説・文芸

    -
    全3巻1,540円 (税込)
    激闘の大空、戦後の日本、搭乗員たちはどう生き抜いたか──  「地獄の戦場」「鎮魂の戦後」を見た男たちが語る零戦パイロット全24人の証言録、シリーズ第1弾! 零式艦上戦闘機──通称・零戦。 初陣で中国空軍に圧勝、以後5年にわたり日本が敗れる日まで飛び続けた海軍主力戦闘機。 この名機を駆って熾烈な戦争の日々を戦い、戦後の激動を生き抜いた男たちの80年の時を超えた証言記録。第1巻は、昭和十五年の零戦初空戦に参加した搭乗員ほか全8名の貴重なインタビュー。三上一禧、黒澤丈夫、藤田怡與藏、中島三教、岩井 勉、中村佳雄、吉田勝義、土方敏夫を収録。
  • 太平洋戦争秘史 戦士たちの遺言

    太平洋戦争秘史 戦士たちの遺言

    小説・文芸

    -
    1巻1,320円 (税込)
    戦後長らく、最前線で戦った海軍将兵のほとんどは、戦地での経験について沈黙していたが、戦後50年を経て多くが晩年を迎えたころから、戦死した仲間のことを後世に伝えたいとぽつりぽつりと語り始めた。そんな彼らの最後の証言、遺言ともいえる声を、神立尚紀氏が「零戦搭乗員の会」との関わりの中で、丁寧に取材したエピソード集である。 【主な内容】 真珠湾攻撃に参加した搭乗員たちがこっそり明かした本音~決して「卑怯なだまし討ち」ではなかった ミッドウェー海戦で大敗した海軍指揮官がついた大嘘~搭乗員たちが語り残した真実とは? ヒトラーの要請で日仏を往復した潜水艦乗組員たちを待ち受けた過酷な運命~無寄港、6万3千キロの旅 たった2日で3千人以上が戦死したマリアナ沖海戦の悲劇~からくも生き残った搭乗員の怒りの証言 特攻を超える戦死率75%…その戦場を生き抜いた搭乗員は何を見たか~敗戦を見通しながら戦う悲劇 「戦艦大和」特攻を「思い付きの作戦」と痛烈批判した副砲長の無念~大和はなぜ特攻、沈没しなければならなかったか 生存者は語る…日本軍捕虜1100人「決死の蜂起」その壮絶な記憶~偽名のまま命を落とした若者たち 知られざる「終戦後」の空戦 8月15日に戦争は終わっていなかった~降伏決定後に戦死した若い搭乗員たち 秘密裏に36年間も遂行されていた皇統護持作戦とは?~海軍の精鋭部隊に下された密命 日本人なら知っておくべき特攻の真実 他。
  • 証言 零戦 搭乗員がくぐり抜けた地獄の戦場と激動の戦後

    証言 零戦 搭乗員がくぐり抜けた地獄の戦場と激動の戦後

    小説・文芸

    -
    1巻1,100円 (税込)
    4度の特攻を生き延びた男は、あの空で何を見たのか? 戦後70年を超えて消えつつある、若きパイロットだった者たちの肉声は、日本の未来への貴重な遺産である。 『証言 零戦』シリーズ第4弾!
  • 証言 零戦 真珠湾攻撃、激戦地ラバウル、そして特攻の真実

    証言 零戦 真珠湾攻撃、激戦地ラバウル、そして特攻の真実

    小説・文芸

    -
    1巻1,100円 (税込)
    零戦初空戦を指揮して敵機全機撃墜、味方の損失ゼロという一方的勝利を挙げ、真珠湾攻撃でも戦闘機隊を指揮した名飛行隊長、進藤三郎さん、海軍屈指のベテラン搭乗員で、フィリピンでの特攻作戦で直掩機として戦友の突入を見守り続けた角田和男さん。「搭乗員の墓場」といわれたラバウルで、二度にわたって被弾負傷しながら最も長く戦い続けた中村佳雄さん他、最前線で敵機と渡り合い続けた6人の元搭乗員が見た戦場の真実とは?
  • 証言 零戦 大空で戦った最後のサムライたち

    証言 零戦 大空で戦った最後のサムライたち

    小説・文芸

    -
    1巻1,045円 (税込)
    連合軍戦闘機を圧倒し、「無敵零戦」神話の立役者の一人となり、戦後、郷里の群馬県上野村村長として、村内の御巣鷹山に墜落した日航ジャンボ機の救難活動にあたったことでも知られる黒澤丈夫さん。零戦初空戦に参加し、教え子たちから「零戦の神様」と呼ばれた岩井勉さん。海軍戦闘機隊指折りの名パイロットながら、米軍捕虜となって生涯そのことを背負って生きた中島三教さん他、7名の零戦搭乗員の生々しくも貴重な証言集。

ユーザーレビュー

  • 太平洋戦争の真実 そのとき、そこにいた人々は何を語ったか

    Posted by ブクログ

    25篇の戦争とその人生の記録。

    これだけの深い内容を語られること、記憶からお辛くなったりされて話して頂くのが難しいものもあったでしょう。
    それぞれ戦争への関わりは違えど、どんな戦闘に参加してどのような終戦迎え、その後どう生きたか大変よくまとめられています。
    それぞれは短く読みやすいですから、気になる方のものはじっくりと読まれると良いでしょう。

    3隻の船に乗員された方のお話があり、そうして散っていく船に乗り合わせた縁もこの方の人生を後押ししてくださっていたらいいなと思いました。

    大きな出来事や歴史書だけでなく、こうした本から若い人たちが何かを感じ考え日本を良い国にしてくれたらと願います。

    0
    2023年11月18日
  • カミカゼの幽霊 ~人間爆弾をつくった父~

    Posted by ブクログ

    戦史中の謎の一つ、特攻兵器桜花の発案者大田正一が実は生きていた。特攻隊の歴史を追い続ける筆者が知った真実。

    太平洋戦史に詳しい人なら知っているだろう大田正一。戦後まもなく消息を断ち生存説もあった人物。

    戸籍のないまま生きながらえた大田正一の生涯を探る作品。
    本当に事実なら戦後第一級のスクープだろう。

    0
    2023年09月03日
  • カミカゼの幽霊 ~人間爆弾をつくった父~

    Posted by ブクログ

    「桜花」を発案した人、となっているが、それを最終的に承認した人たちのずるさをひたすら感じた本でした。会社でも自己保身のために、同様の事を行っている上司を見るにつけ、本書と併せて、反面教師とするものであります。

    0
    2023年07月14日
  • 零戦 搭乗員たちが見つめた太平洋戦争

    Posted by ブクログ

    太平洋戦争が終わって、今年で70年を迎えました。終戦時の指導者達は40歳以上とすると、ほぼお亡くなりになり、兵士として戦争に参加した最年少の方々が20歳程度とすると、現在ご存命として90歳程度。生きた証言を得られるのはもうあとわずかです。

    私の祖父は技術者として参加していましたが、5年ほど前に亡くなりました。今から思うともっと戦争の話を聞いておけば良かったと後悔しています。

    この本は、ずっと興味を持っていた「零戦」という日本の生んだ最高傑作である戦闘機を軸に、太平洋戦争を見た本で、多くの生き残りの証言が散りばめられていた、読み応えのある本でした。

    また、この本の特徴として、ゼロ戦が参加した全ての戦闘について、どのように活躍したかが記載されています。

    特攻隊は戦後生まれの私にとっては、無謀な戦法のように思っていましたが、ゼロ戦が米国製新戦闘機(F6F)に空戦で太刀打ちできなくなったこと等を考慮すると、最後に日本の意地を見せた戦法であったと感じました。

    特に、相手に与えた成果は、実際の戦績もさることながら、精神的にも効果があったようですね。精神面については今まで聞いていましたが、互角な戦いができなくなっていた、ガダルカナルの戦い以降において、素晴らしい成果を挙げていた事実をこの本で知ることができて良かったです。

    以下は気になったポイントです。

    ・中国とは昭和16年12月9日に蒋介石、国民政府が日本に宣戦布告をするまでは、日中双方は「事変」という体裁をとった。昭和3年に締結された「パリ不戦条約」に署名していた日本は、国際的孤立を避けたかったこと、「戦争」となると、第三国には国際法上の中立義務が生じるため、外国の援助なしには戦闘継続できない蒋介石政権にとって不利なることも一因(p24)

    ・ゼロ戦の名前が国民に公表されるのは、デビューから4年以上後、米軍のB29による日本本土爆撃が始まった昭和19年11月12日から(p42)

    ・重慶に60キロ爆弾一発落とすのに、諸経費計算すると、約千円、相手は飛行場の穴を埋めるのに50銭(労賃)、2000対1の消耗戦である(p47)

    ・海軍の搭乗員になるには3つのコースあり、1)最難関と言われた海軍兵学校に入り、飛行学生、2)少年航空兵を養成する予科練習生(予科練)、3)一般水兵からの選抜(p60)

    ・特に優秀な搭乗員が集まったのが、横須賀海軍航空隊(p61)

    ・特務士官とは、海軍兵学校出身者が卒業と同時に士官となるのとは異なり、一定の年数、経験を経てから任命される、たたき上げ士官のこと(p69)

    ・海軍兵学校では、卒業直後に練習艦隊にて、遠洋航海にでるのが通例であった、昭和14年までは、欧米・オーストラリア等に行くチャンスがあった(p80)

    ・記録として、未帰還・行方不明・自爆、があるが、自爆認定には、准士官以上の「現認証明書」が必要であり、下士官の列機が確認していても認められない(p98)

    ・真珠湾の夜明けをみた搭乗員は合計、777名、終戦までに8割が戦死、生きて終戦を迎えたのは、約150名、戦後70年で存命なのは、数名(p100)

    ・開戦以来4か月、三空、台南空に当初あった100機近いゼロ戦は、60機たらずとなったが、その数で、広大な東南アジアの制空権を完全に掌握していた。損失は殆どが、対空砲火によるもの(p107)

    ・珊瑚海海戦と呼ばれる、史上初の、空母体空母の戦いで、第5航空戦隊の空母「翔鶴」「瑞鶴」は、レキシントン、ヨークタウン空母と対戦。レキシントンを撃沈、ヨークタウンにも損傷、米軍飛行機69機消失させたが、日本川の被害も大きかった(p116)

    ・ミッドウェー海戦では、日本側は主力空母4隻、重巡洋艦「三隈」が沈没、母艦搭載の全機285機を失った、米国側は、ヨークタウン沈没、駆逐艦1隻沈没、飛行機150機の損失。但し、熟練搭乗員の多くは難を逃れていた。米国側の搭乗員戦死者は日本の2倍の210名(p128、145)

    ・ガダルカナルまでは、対空戦力は数の上では日本の方が上であったが、搭乗員の不足は深刻で交代要員がいなかった。しかし撤収作戦のみは大成功、1万2千人以上た撤収できた(p221、242)

    ・南太平洋海戦(昭和17年10月26日)が、日本海軍の機動部隊が米海軍と互角以上にわたりあった最後の海戦であった、11月1日付で海軍制度が大きく変更。下士官兵(兵曹まで)や部隊名等(p235)

    ・ラバウルでの「い」号作戦において、山本五十六長官は陣頭指揮にあったった。参謀長(宇垣纏)以下、司令部幕僚を殆ど率いて、4月3日に進出した。明治5年に海軍省が創設されて以来、艦隊最高指揮官が司令部を前線の陸上基地においたのは初めて(p250)

    ・日露戦争を間近に控えて明治34年(1901)、横須賀・呉・佐世保に続く、4番目の海軍鎮守府として、舞鶴に設置された(p282)

    ・第一航空艦隊は、グラマンF6Fの前に壊滅して、昭和19年7-8月にかけて、サイパン、テニアン、グアムのマリアナ諸島を失った、これでB29の行動圏内に日本の都市は入った。硫黄島を失うことで、戦闘機の行動半径内に入った(p308、338)

    ・昭和18年10月6日、ウェークにいた252空ゼロ戦隊(26機)で、支那事変以来のベテラン搭乗員を含む精鋭で戦ったが、全滅(19名戦死)して、無敵ゼロ戦の神話が終わった(p326)

    ・昭和19年2月17日に、トラックが大空襲を受けて、壊滅的な打撃を受けることで、人間魚雷の着想が見直された(p340)

    ・昭和19年10月24-25日、フィリピン沖海戦、日本海軍の残存兵力のほとんど注ぎ込んだが壊滅、10月20日には特攻隊命名式(p349)

    ・昭和20年3月19日、343空の紫電、紫電改の54機が初めて出撃、14機の損失と引き換えに、敵機52機の成果をあげたが、呉軍港は壊滅的打撃を受けた(p389)

    ・沖縄作戦で失われた特攻機は、海軍983機、陸軍932機、特攻による戦果は、米側記録によれば、海軍だけで、艦艇24隻撃沈、174隻撃破、戦死4097名、負傷者4824名、これはガダルカナル戦以降のいかなる航空作戦よりも大きな成果であった(p397)

    ・海軍軍令部が支那方面艦隊を除く全部隊に一切の戦闘行動を禁じたのは、8月19日、戦闘禁止の刻限は、22日午前零時(p405)

    ・皇統を維持するための密命が、8月19日に下されていた。源田実からその任務の解除が正式にされたのは、昭和56年1月(戦後36年目)であった(p409)

    ・米軍が進駐してきた時、日本海軍には、ゼロ戦1166機を始めとして、合計1709機と、搭乗員約3700人が残存していた、戦死した搭乗員は、特攻戦死者を含めて約4330名(p410)

    ・ラバウルで活躍した204空の零戦搭乗員は、75%が戦士しているのに対して、「十死零生」の特攻専門部隊である205空の搭乗員戦死者は、34%である(p441)

    ・昭和14年4月1日、戦闘機の空戦は、編隊協同空戦を基本として、単独戦果を認めない。日本海軍では「エース「などの称号を用いないことが決まる(年表)
    ・昭和15年9月13日、ゼロ戦は一方的戦果でデビューを飾る(年表)
    ・昭和17年6月5日、不時着したほぼ無傷のゼロ戦が敵の手に渡り、神秘のベールが剥がされていく(年表)
    ・昭和17年10月26日、南太平洋海戦、互角に戦った最後の海戦(年表)
    ・昭和18年10月6日、グラマンF6F初登場、零戦全機壊滅(相手は6機撃墜)し、零戦神話に終止符(年表)
    ・昭和20年4月7日、硫黄島飛行場から戦闘機が随伴、防空戦闘機の動きが著しく制約される(年表)

    2015年8月30日作成

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    2015年08月30日
  • 祖父たちの零戦 Zero Fighters of Our Grandfathers

    Posted by ブクログ

    『永遠のゼロ』『大空のサムライ』、そしてこの『祖父たちの零戦』とミリオタに順番まで決められて読んでみた。
    『永遠のゼロ』で悲哀を、『大空のサムライ』でカッコ良さを、そして『祖父たちの零戦』でその真実を学べました。
    日本人なら知らなければならない、そんなことを感じさせる本。

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    2014年09月21日

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