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「中村敏子」の「女性差別はどう作られてきたか」「選択的夫婦別姓はなぜ日本を変えるのか」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「中村敏子」の「女性差別はどう作られてきたか」「選択的夫婦別姓はなぜ日本を変えるのか」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
小説・文芸
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ビジネス・実用
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Posted by ブクログ
「日本は家父長制」ということは聞いたことがあり、実際そうだろうと思っていたが、実は明治以降に作られ始めた「伝統」であり、本格化したのは戦後だということを初めて知った。西洋から民法を輸入する中で、個人個人の人権意識が日本的な考え方の中に西洋的な夫婦像を描いたものだから、それぞれの良くない部分が合わさってしまった印象。江戸以前にあった「家」制度が国家的な「家」に拡大することで、男女の役割が分担されてきたらしい。西洋では個々の人権意識が強いため男女同権→政治経済分野においても同権となりそうだが、「家」制度を受け継ぐ日本では男女同権→政治経済分野は「役割」だから〜となっていると感じた。
難しいのは、人口が急激に減る中では、「おわりに」で提示された「性別公平モデル」を作っていくリソースが少ないことじゃないかと思う。日本社会の観念を変えるのも難しいが、人や金が無いのは如何ともしがたいのではないだろうか。どうするのだろう、この国は。
Posted by ブクログ
第1部「西洋」編、第2部「日本」編の二部構成で、歴史の中で女性差別がどのように作られてきたかを解き明かします。
キリスト教圏では聖書を元に「女性は劣った存在」とされており、根強い男尊女卑の価値観が支配してきました。ロックやホッブスの「国家論」のなかで女性がどのように位置付けられていたかなども興味深い論考です。
一方、第2部の日本編では、江戸時代までは日本の女性はかなり自由であったことがわかります。それが一転するのは、明治期。西洋にならえと「家父長制」の導入とともに男系優遇が徹底され、妻は「無能力者」に。夫婦同姓になったのもこのときです。その後、戦後に家制度は廃止されたものの、経済成長とともに性別役割分業は進み……。
読みやすい文体で語られるその様はまるでサスペンスドラマの謎解きシーンのよう。「コレがアレにつながるのか!」とハラハラしながらも腑に落ちる「女性差別 エピソードゼロ」としておすすめです。
Posted by ブクログ
実におもしろい!
帯に小島慶子氏の推薦文が書かれていたので、嫌な予感がよぎったが(笑)、いわゆるフェミニズム本ではなく、丹念に政治思想史を読み解き、西洋と日本でどのように家父長制が浸透していったかを説明した本である。
著者は、キャロル・ペイトマン(恥ずかしながら本書で初めて知った)の思想をベースに、トマス・ホッブズや福沢諭吉の思想を紹介しながら、西洋と日本の、国家と社会の変遷を説明していく。著書「リヴァイアサン」や「万人の万人に対する闘争」という言葉で知られるホッブズが、17世紀に既に、神の存在を根拠とせず、男女が平等な社会構想を描いていたのには驚いた。対して、学校で「自由主義の父」として教えられるジョン・ロックは、女性の人権を全く考慮していなかったという事実には憤慨。また福沢諭吉は、西洋で学んだ自由主義思想に傾倒して自由や平等を説いたと解釈されがちだが、その社会構想は幼い頃から学んでいた儒学の枠組みにもとづいており、男女の身体的差異をポジティブに評価し、また社会的弱者についても考察の対象としたとのこと。私は諭吉先生の創った学校を出ておきながら、その思想をまったく知らず尊敬もしていなかったことを恥じた。
まとめると、西洋の家父長制はキリスト教をベースにしており、男女は一体であると考えられたため、財産権や肉体の所有権は、一体である二人を代表する男性のものとされたのに対して、日本に家父長制が成立するのは明治以降であり、男女が異なる職分を担う協業体制である「家」に、国家による上からの家父長制の押し付けが徐々に浸透していった。それゆえ日本では、西洋に比べて主婦の地位が高く(財産を管理する職分を担う)、それゆえに家父長制構造を打ち壊していく動機づけが強まらなかったことが、ジェンダーギャップ指数121位の現状につながっていると考えられる。
しかし、性別分業が事実上不可能になっている現代において、社会構造としての「家父長制」を打ち破ることは急務であり、やるべきこと(クオータ制の導入、男女賃金格差の是正など)は明確なのに、明治期以降に成立したに過ぎない「伝統」に固執し腰を上げようとしない政府に苛立ちを感じる。
Posted by ブクログ
大変面白く、読みやすく、とても勉強になった。
男性が権力を持って物事を決定し、それに女性を従わせるという女性差別的な支配の構造=「家父長制」の起源は、西洋と日本とで全然違うということが大変よくわかった。
・西洋の女性差別の根底にあるのはキリスト教。
イヴの「原罪」から始まり、宗教革命を経て王政を打破し近代社会に入ろうとする17世紀ごろのヨーロッパで、それまでの王権神授説が否定される過程でジョン・ロックの「社会契約論」が誕生。
父権と王権を分離するために、家族と国家を分離した→社会が「私的領域」と「公的領域」にわかれ女性が私的領域に押し込まれる構図が生まれた。
家族は男女の結婚契約によりはじまり女性は男性に従属するものと論じ、現代まで作る構図をつくった。
その後成立した法律も、女性を無能力者とし、財産の所有権がなく、離婚請求権もなかった。
その後、産業革命で男が工場労働者になり家を空けるようになったことから、女性の妻・母という家庭における役割が明確に分化し、それが「性別役割分業」として定着した。
・一方、もともと日本の家族形態を形作っていたのは「家制度」。
家業を営み、続けていくことが至上命題で家族を含めた家の構成員はそのための「職責」を果たすメンバー。家の代表として家業全体の責任を担う「当主」と、家のマネージャー役として、中の管理や外とのコミュニケーションまで担った「女房」とで、それぞれの職分があった。
それぞれが役割を持って家を運営しており、西洋のように「夫婦は一体で妻は夫に服従する」という関係では必ずしもなかった。
妻は名字も変わらず、自分の財産の処分権は自分にあった。
これらを踏まえて、著者曰く、「日本では江戸時代に夫婦間の家父長制が成立していたとはいえない」(※親子間(父の権力)では存在していた)。
・日本で夫婦間の家父長制が成立したのは明治政府以降。民法制定にあたり西洋(フランス)を参考にしたため、戸主という家の地位ではなく、夫=男性という生物学的属性が重視されるように。日本的家父長制の伝統のもと、ヨーロッパにおける夫婦間の家父長制が輸入された。
家父長制なのに「家計の財布の紐は奥さんが握る」などという不思議な現象はこれが理由。(日本の「家」における役割分担を反映。納得!)
そして西洋と同様、資本主義の発展とともに男性が外で働くようになり、女性は家でケアを担う性別役割分業が進んでいった。