『古事記』の現代語訳に関しては、三浦佑之氏、福永武彦氏、梅原猛氏の三者によるものをそれぞれ読んだ。三浦氏はとにかくわかりやすく入門向け、福永氏は優雅、梅原氏は無骨というイメージを抱いたのだが、果たして原文はどうなっているのだろう、と常々思っていた。内容を知りたい、どうせ読むなら原文で、と思っていたが、流石に音訓を含む変則漢文による本書を読むのはハードルが高すぎると思ってなかなか踏み出せないでいた。変なプライドを持っていたにもかかわらず怠惰だった若かりし頃の話だ。歳を経るにつれてそんな変なこだわりもなくなり、とにかく一歩踏み出さなくてはいけないと考えるようになり、ようやく訓み下し文の本書を読んでみようという気になった。
よもやこれほどのパワーを持った本だとは思わなかった。読み易く改変した状態でこれなら、原文を読んでしまったらどうなってしまうのか。いや、むしろ訓み下しだからこそこの雰囲気を味わえるのか。
本書は序文の不自然さ、稗田阿礼の実在性の低さ、後々になるまで文献に表れなかった事実などを踏まえ、上代特殊仮名遣を意図的に使って後の世の者が書いたとする偽書説もあるが、そんなことはどうでもいい。むしろ偽書だとしても、これほどまでに原始的で野生的な人間性を描き出した人物なら最大限評価すべきではないかとさえ思う。歴史書として信用性が低いとか、そういう批判も的外れだ。誰がいつ書いたか、信憑性はどうとか、そんなことではなく、この『古事記』という千年以上の間親しまれてきた大傑作はどう優れているかをみるべきではないか。そもそも『日本書紀』の記述の信憑性が低いことからわかるように、八世紀の日本の歴史書を真実を語っているかどうかで判断すること自体が間違っていると思う。
日本におけるマジックリアリズム文学というと、あまりこれというものが浮かばないが、大江健三郎の作品が最も近い気がする。しかし氏をはるかに上回るレベルでマジックリアリズムの土着性や神秘性、胸を抉る描写を拝むことができるのが『古事記』だ。まあマジックリアリズム的手法は神話的要素から生まれた部分も多いから当然といえば当然だろう。日本にはマルケスのような強烈さを持ち合わせている作品などないと考えている人がいたら、是非『古事記』を読んで欲しい。きっと日本文学への考えが変わるはずだ。
さて、本文に入っていこう。3部構成の『古事記』、上巻では訓み下し文だからこそ生まれる呪術的なリズムが神話的世界を彩る。「天の浮橋に立たして、その沼矛を差し下ろしてかきたまえば、塩こをろこをろにかき鳴して引き上げたまふ時、その末より垂り落つる塩、累なり積もりて島となりき」という擬音を含んだ描写によって表される国の誕生、伊邪那岐と伊邪那美のまぐわひによって次々に生まれゆく神々、迦具土を出産することによってホト(女陰)を焼かれ、病気になった伊邪那美の口から吐瀉されるものが、尻から排泄されるものが、ホトから流れ出る尿が、それぞれまた神になっていくという奇しげな叙述、怒りに満ちた伊邪那岐によって叩き切られた迦具土の頭すら別の神になってゆくという衝撃の展開などなど、序盤だけでも恐ろしいほどに原始と神秘に満ち溢れた世界を堪能できる。後に誕生する王朝文学の雅さなど少しも感じ取ることはできない。悲しいことに現代語訳ではこの摩訶不思議な力強さはどうしても薄められてしまう。いにしえの言葉のリズムが、神話的要素の鳴動を増幅させているのだ。
伊邪那岐の呪的逃走、天の石屋戸神話、出雲国建国神話、高千穂への天孫降臨など『古事記』を読んだことのない人も知っているような有名な場面が続いた後、中巻から「人の時代」に入っていくわけだが、神がかり的な要素が少しづつ鳴りをひそめていくのに対し、今度は人間の内に潜んでいた不条理が着々と牙を剥き始める。神の要素をとみに含む「神武東征」にすらその萌芽が見られ、特にトミビコの猛烈な矢を手に受けた五瀬命(神武天皇の兄)が、「賤しき奴が手を負ひてや死なむ」と「男建び」をあげて絶命する場面は壮絶で、胸を深く抉る悲壮さが漂っている。「乙巳の変」を参考にしたと思われる、当芸志美美命を切り伏せる武沼河耳命を描いた場面は、吐き気を催す緊迫感がありつつも簡略で、鮮やかかつ豪快、見ていて気持ちが良いほどだ。
もちろん戦いの場面だけが中・下巻の魅力ではない。垂仁天皇にお仕えしようと都に上ったが、顔が醜いという理由で国に返されることとなり、恥から首を括って死んだ円野比売の悲運、雄略天皇から「汝は夫に嫁はざれ。今に喚してむ。」と言われたことを頼りにし、80歳の老婆になるまで独り身を貫き通した赤猪子、仁徳天皇の后で、嫉妬に狂いながらも義を重んじた石之日売の生き方など、運命に振り回された女性たちの姿も強く胸を打つ。
しかし中・下巻の一番の魅力といえば、やはり策謀や仇討ちといった人間の汚さを描いた場面だろう。宴会に女装して侵入し、熊襲建が油断したところを一人は切り殺し、もう一人は尻から串刺しにしたあの英雄、それだけでなく出雲建と友人になり、頃あいを見計らって切り伏せ、哀れな骸に吐き捨てるように歌を詠んだ小碓命(ヤマトタケル)はもちろんのこと、履中天皇に歯向かう墨江中王を抹殺するため、王の部下であった曽婆訶理に官位を授けると嘘をつき、彼に王を殺させた後に口封じとして曽婆訶理を切り殺した水歯別命(反正天皇)や、齢7歳でありながら父親の仇を打たんと安康天皇の寝床を襲い刺し殺した目弱王、兄弟を惨殺する残虐性と、一度は殺そうとしながらもよい歌を詠んだ采女を許し酒を賜う大らかさを持ち合わせた雄略天皇、自らに辱めを受けさせた豚飼の膝の筋を切ってびっこをひくようにさせた顕宗天皇などなど、数え上げればキリがないほどだ。『日本書紀』にはこういった多くの事件や天皇の気質が記されているが、『古事記』ほどに具体的な描写はない。『古事記』による人間の負の部分の描写は、生々しく、容赦なく、血の匂いが漂っているのに淡々としていて悍ましい。怪しげな恐怖、とでも言うべきなのだろうか、いや、そもそもこれは恐怖なのだろうか。もっと魂の根源的な部分に突き刺さるような「ナニカ」を感じる。
多くの学者が『古事記』を研究し、寓意性を突き止めようとしているが、私はこの物語はこのまま恐ろしく不条理なままであってもいいと思っていたりする。むしろこのままの状態の文章をもっと浴びて、得体のしれない力をこの身に染み込ませたいとすら思っている。そのためにはもっとこの本を読み込まなければならないなと思う。何度も何度も繰り返し読み、最後には暗誦できるようになるまで長くこの文章に触れていたいものだ。