作品一覧

  • ヤマケイ文庫 定本 黒部の山賊
    値引きあり

    ヤマケイ文庫 定本 黒部の山賊

    ビジネス・実用

    4.1
    1巻484円 (税込)
    北アルプスの最奥部・黒部原流域のフロンティアとして、 長く山小屋(三俣山荘、雲ノ平山荘、水晶小屋、湯俣山荘)の経営に携わってきた伊藤正一と、 遠山富士弥、遠山林平、鬼窪善一郎、倉繁勝太郎ら「山賊」と称された仲間たちによる、 北アルプス登山黎明期、驚天動地の昔話。 戦後の混乱期に山小屋を経営し、事業を軌道に乗せようとするなかでの、 「山賊」たちとの交流、不思議な経験が綴られる。 山賊たちとの出会い、山賊との奇妙な生活、埋蔵金に憑かれた男たち、山のバケモノたち、山の遭難事件と登山者、山小屋生活あれこれ……。 補遺に「遭難者のお礼参り」。 戦後の混乱期とまだ未開の黒部に関する逸話満載の不思議な魅力あふれるロングセラー。 「人物グラフィティ」、「黒部源流グラフィティ」を再構成し文庫化。
  • 伊藤正一写真集 源流の記憶 「黒部の山賊」と開拓時代

    伊藤正一写真集 源流の記憶 「黒部の山賊」と開拓時代

    ビジネス・実用

    4.3
    1巻2,530円 (税込)
    ※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 ベストセラー『定本 黒部の山賊』の世界観を写真で表現。 伊藤正一氏が撮影した資料的にも貴重な写真の集成。 『定本 黒部の山賊』の読者には興味深い、写真版『黒部の山賊』の時代と、伊藤正一氏畢生の写真群で戦後北アルプス大衆登山黎明期の様子を伝える著者入魂の写真集。 I 黎明期 「黒部の山賊」たちと出会い山小屋の運営を始めた最初期のモノクロ写真(一部カラー) II 黒部源流の四季 黒部源流域の表情をとらえたカラー写真 III 開拓の頃 北アルプス開拓時代の様子が伝わる豊富な資料的価値の高いモノクロ写真(一部カラー)
  • 定本 黒部の山賊
    値引きあり

    定本 黒部の山賊

    ビジネス・実用

    4.3
    1巻660円 (税込)
    北アルプスの最奥部・黒部原流域のフロンティアとして、長く山小屋(三俣山荘、雲ノ平山荘、水晶小屋、湯俣山荘)の経営に 携わってきた伊藤正一と、遠山富士弥、遠山林平、鬼窪善一郎、倉繁勝太郎ら「山賊」と称された仲間たちによる、 北アルプス登山黎明期、驚天動地の昔話。 また、埋蔵金伝説、山のバケモノ、山岳遭難、山小屋暮らしのあれこれなど、 幅の広い「山の話題」が盛り込まれていて、読む者をして、まるで黒部の奥地にいるような気持ちにさせてくれる 山岳名著の一書です。 1964年に実業之日本社から初版が刊行されたときは、多くの読者からの好評を得ました。 近年は、山小屋でのみ購入できたこの幻の名作が、『定本 黒部の山賊』として、 山と溪谷社から刊行されることになりました。 新規原稿も一話加え、底本未掲載の貴重な写真も盛り込んでいます。 巻末には、高桑信一氏と高橋庄太郎氏による『黒部の山賊』へのオマージュも掲載。 おもな内容 ◎山賊たちとの出合い 山賊の舞台・黒部の源流/ そのころの世相/ 山に山賊がいるという/ 慎重にすすむ/ 自分の小屋に宿料を払う/ 山賊対策会議/ 山賊たちの正体 ◎山賊との奇妙な生活 山賊一味と暮らす/ 山賊事件の真相/ 山賊たちの熊狩り/ 山賊と岩魚/ アルプスのキティ台風 ◎埋蔵金に憑かれた男たち―別派の山賊 星勇九郎の大金鉱/ ほんとうにあるのか山中の埋蔵金 ◎山のバケモノたち 道しるべになった水晶岳の白骨/ カベッケの不思議な呼び声/ バケモノに呼ばれた人たち/ 人を呼ぶ白骨 / 神がくし?/ 洞穴の怪/ 巧みな狸の擬音/ 三本指の足跡/ カッパの正体 ◎山の遭難事件と登山者 薬師岳の遭難/ 不思議な遭難/ 疑われた同行者/ 非情な同行者/ 四晩つづいた遭難信号/ 謎の手紙/ 人事不省一週間の山上の病人 ◎山小屋生活あれこれ 山ぼけ/ どうどうめぐり/ 山小屋の費用/ アルプスへの空輸/ 熊と登山者/ 熊をならす/ 山で育った犬 ◎その後の山賊たち 黒四と山賊たち/ その後の山賊たち ほか、旧版未掲載原稿「遭難者のお礼参り」や、 貴重な写真も新たに加えて再編集。

ユーザーレビュー

  • 定本 黒部の山賊

    Posted by ブクログ

    伊藤 正一
    (いとう しょういち、1923年 - 2016年6月17日)は日本の山小屋経営者、著作家。長野県松本市出身で、町一番の料亭の長男。飛行機のエンジンなどに携わるエンジニアだったが、第二次大戦後はその資産を山に注ぎ込んだ。1945年に三俣蓮華小屋を買取ったのを皮切りに続いて水晶小屋も得ると、その後湯俣山荘、雲ノ平山荘を建設した。湯俣温泉から湯俣川沿いに三俣山荘に至る伊藤新道(1956年開通)の開削を主導。日本勤労者山岳連盟を創設。2016年6月17日、多臓器不全のため死去[1]。新道は1983年に通行困難となり廃道となるも、再整備され2023年8月に復活。現在は長男・圭が三俣山荘と水晶小屋を、次男・二郎が雲ノ平山荘の経営を引き継いでおり、伊藤新道の廃道とともに40年間閉まっていた湯俣山荘も長男によって改装され2023年再オープン。

    「これらのことを知らない登山者が黒部に入り、充分に高い場所だから大丈夫だと思ってキャンプをしていると、増水や鉄砲水のために、夜中にテントごともっていかれてしまうことがある。しかも一度黒部の流れにのみこまれると、死体はおろか遺留品などもまったくどこかへ消えてしまうのである。  これらは夏のことで、冬の黒部の雪崩そのほかの恐ろしさにいたっては言語につきるものがある。たしかに黒部は人間を寄せつけないところだった。黒四ダムのできた今日でも、川筋を除く流域の大部分はいまだに人跡未踏である。」

    —『定本 黒部の山賊』伊藤 正一著


    「こうして山賊たちと生活しているあいだに、私にとって忘れることのできない事件が起きた。  天気はよいのに得体の知れない山鳴りが、もう五、六日もつづいている。それは山がうなるような、地面の下を急行列車が通るような音だった。私はなにかしら不吉な予感におそわれて倉繁と顔を見合わせていた。四十年も山に入っている彼にとっても、こんなことは初めてだった。」

    —『定本 黒部の山賊』伊藤 正一著

    「私はそこへ、どうやって行ったらいいのかわかりませんでしたが、神様のおつげですので、家や財産を全部たたんで、山に入る決心をしました。  まず富山で案内人を数人雇って、ザラ峠から五色ヶ原、スゴを通ってはるばると薬師岳の頂上にきたとき、私は黒部川の向こうに遠く見える高天ヶ原を指さして、〝あそこへ行きたいのだ〟と言いました。  すると彼らは、けわしい顔つきになって、〝とんでもないことだ、昔からあそこへ行って生きて帰ってきた者は一人もない。どうしても行くんなら、旦那さん一人で行ってくれ、わしらはここから帰らせてもらう〟」

    —『定本 黒部の山賊』伊藤 正一著

    「十一月の北アルプスはもう厳冬の世界だ。白雪をいただいた三〇〇〇㍍の峰々は彼の前にたちはだかっていた。それまで山を知らなかった彼は、初めてアルプスの恐ろしさと、広大さを知り、その中で、四百年もの昔に隠されたといわれる金のつぼを探すなどはまったく思いもよらぬことであるのを悟って、命からがら逃げ帰ってきたが、行くところもないのでまたもとの職場へもどってきたのだという。」

    —『定本 黒部の山賊』伊藤 正一著

    「私は黒部で、カワウソらしい動物を二度見たことがある。一度はワリモ沢の出合の下流あたりで、数十㍍前方を、右岸から水に跳びこんで左岸の絶壁を一気に上がって見えなくなった。私は急いでその岩のところへ行ってみると、その動物の姿は見えなくて、岩だけが水しずくで濡れており、カワウソの足形らしい跡が残っていた。もう一度は上ノ廊下の金作谷付近の深いトロの中を、上流に向かって泳いで行く動物を見た。二度とも、見たのはほんの一瞬だったが、そのときの状況からして、カワウソ以外には考えられない。  だいたいカワウソは、さわいだり、じゃれたりすることの好きな動物である。カベッケが原の「ガヤガヤ」という怪声や「オーイ  オーイ」と呼ぶ声などは、あるいはカワウソが出しているのではないだろうか。「岩の上の岩魚」も、動物の仕業だとすれば、そんなにたくさんの岩魚を獲ることのできる動物はカワウソ以外には考えられないし、「三本指の足跡」についても、カワウソの太い五本の指のなかの三本だけが砂上に形を残したとは考えられないだろうか。」

    —『定本 黒部の山賊』伊藤 正一著

    「三俣小屋に着いてから、天理教の歩荷を町まで下ろさなくてはいけないかと心配したが、休養しているうちに彼はどうやら元気になってきた。元気になると彼はまた神様のことをしゃべりだした。彼によると神様は悪い者を処罰するのだという。そして彼自身が高山病になったことも〝七の日に山へ入ったために、神様から処罰された〟と思っていたのだった。」

    —『定本 黒部の山賊』伊藤 正一著

    「しかし、もし熊がおそってきたらどうしようもない。走ることは速い、木登りは猫よりうまい、水泳もうまい、力はものすごく強い。身体は頑丈だし、頭蓋骨は厚くできている。ピッケルでなぐったくらいでは致命傷などあたえられそうにない。かえって熊を怒らせてしまうからよしたほうがいい。死んだまねなどは無駄事である。せいぜい対抗策としては、熊に跳びかかられる瞬間に身体をかわすことぐらいだろう。一、二回体をかわすうちには、熊のほうがやめてしまう。しかしそれも実際問題としては、なかなかできることではない。もしにらみ合いになったときには、恐れずににらみ合っていることだ。一般に動物は、背中を見せると、跳びかかってくる習性をもっているらしい。  よく世間では、熊は出合い頭になるといけないとか、仔連れの熊はいけないなどといっているが、私は仔連れの熊に出合い頭になったことがある。その場合でも熊のほうが逃げるのが普通である。」

    —『定本 黒部の山賊』伊藤 正一著

    「一年が過ぎ、黒部源流にはまた紅葉の季節がおとずれた。この辺の紅葉は、いつ見ても美しい。常緑のハイマツにダケカンバや草の葉の黄色。それにナナカマドが真紅の色を添える。そしてその年もまた前年とまったく同じように、紅葉の上に新雪が積もった。」

    —『定本 黒部の山賊』伊藤 正一著

    「山賊とは、つまりやがてほろびていくかもしれない猟師という職業にたずさわる人々の、最後の姿だったとも言えよう。近代アルピニズムや、産業開発の入ってくる以前の山々には、彼らのような無名の開発者たちがいたことを忘れてはなるまい。  この本をお読みになって、とくに〝山のバケモノたち〟のところで、なにか誇張があるのではないかといぶかる読者がおられるかもしれない。もちろん、私は自然科学を学んだ者の一人として、決して〝バケモノ〟の存在を信ずる者ではないが、黒部源流において不思議な呼び声や、狸の擬音などが聞こえることは事実である。その正体については今後も研究を続けていきたいと思う。  山賊事件そのほか、私の体験したことに関しては、できるだけ事実に忠実に書いたつもりだが、山賊たちから聞いた年代などには、多少のくいちがいがあるかもしれないことをおそれる。」

    —『定本 黒部の山賊』伊藤 正一著

    「最後に、私が戦後山賊たちに出会って今日までに日本の登山がどのように変わってきたかを中心に書いてみたいと思う。  第一に、山賊たちの山を歩く履物は、ムギワラで作ったわらじだった。鬼窪等はわらじを一日に三足ぐらいは履きつぶした。そのため、毎日自分で作るために、ムギワラをたくさん、三俣小屋へ運んでおいた。夕食後にそれを作るのが彼の日課だった。他の歩荷たちも二日に一足位は履きつぶした。  これらの履物や服装については歩荷用として少しずつ新式の物を使うようになってきた。  登山用具としてこの時期に最も効果があったのは、ゴアテックスの発明であったと思う。あれは確か昭和三十年代に市場に現われてきて四十年代には登山界全体にいきわたるようになってきたと思う。それ以前に使われていた雨具といえば、軍隊が戦時中に一人一枚ずつ持って行軍していた木綿製の四角な布とか、またはその生地を材料にして作ったヤッケやテント等であった。」

    —『定本 黒部の山賊』伊藤 正一著

    「ウェブ上から得られる知識なんて、わずかこの二、三十年で蓄積されたものでしかない。本当に面白い話は、いまだ書物のなかに眠っている。その代表格が、『黒部の山賊』だ。なにかとインターネットに頼りがちな若い世代こそ、手に取ってほしい。これを読んで北アルプスに興味を持たない人は、きっと一人もいないだろう。そして、山中で「オーイ」と呼ばれて、「オーイ」と呼び返してしまう人も。」

    —『定本 黒部の山賊』伊藤 正一著

    「 書物を読まないで山に入るなんて、僕には考えられない。昔から、日本では山と書物は不可分の存在だ。大きな書店では必ず山岳書のコーナーがあり、「山」はたんなる自然界の巨大な物体としてではなく、ひとつの文化として認められている。実際、ただ山を歩くだけではレクリエーションやスポーツの世界でしかないが、先人が記したその山域の名著を読むことで、山を文化としても捉えられるようになるのだ。たんなる三次元の物体として上下そして八方に登り歩きするだけであった山を、時空を超えた四次元の感覚で味わえるともいえるだろう。」

    —『定本 黒部の山賊』伊藤 正一著

    「僕はこの本を繰り返し読んできた。幾度となく仲間に勧め、気軽に貸し出してもいた。だが本というものは、貸し出しを繰り返すといつの間にか手元から失われていく。『黒部の山賊』は何度か買いなおしているうちに、いつしか絶版となっていた。あれほど面白いものだというのに。  古書店では高額となり、このところ長い間、手つかずのものを手に入れられるのは、伊藤家が経営する山小屋まで自力でたどり着き、立ち寄ったときだけだった。」

    —『定本 黒部の山賊』伊藤 正一著

    「だが、『黒部の山賊』は山岳書の名著ではあるが、小難しく堅苦しいものではない。この本で描かれているのは、冷徹なイメージの理系とは正反対の、山の奇談と人間模様だ。なにしろ、副題が「アルプスの怪」であるほど、類まれなエンターテインメント性を持っている。そもそも文章というものは、軽妙に書くほうが難しく、意味ありげに難解に書くほうが簡単だが、『黒部の山賊』はタイトルとは裏腹の優しく豊かな読後感とともに、心に強いインパクトを与えてくる。  僕自身は科学で説明できないことはないと考えている。だが、あれほどの理論的な方がそう語るのだから、山には不思議なことがあるのだと、信じざるを得ない。ちなみに、この本で書かれている事件には後年になって科学的に説明できるものもあることがわかっているそうだ。埋めたはずの白骨が地中から浮き出してくるという話は、雲ノ平周辺では冬季になると一㍍も伸びるという霜柱が原因であるというように。いまだ理由がわからないものであっても、いずれ説明がつくのかもしれない。」

    —『定本 黒部の山賊』伊藤 正一著

    「『黒部の山賊』に描かれた世界の今をあるがままを受け入れ、楽しんでいきたい。今も僕は三俣山荘に泊まれば、狸が怪音を響かせるのではないかと耳を澄ませ、テント場での一夜には熊が出てくるのではないかと想像する。山賊たちと同じ道を歩き、この岩の上で休んだのではないか、この岩の陰から岩魚を狙ったのではないかと夢想する。カベッケが原でバケモノには出会いたくないが、黒部川にはカワウソがいてほしい。熊の糞を調味料代わりに入れた鍋にも思い切って挑戦したい。そんなことを考えながら山に入れば、山歩きがいっそう楽しい。」

    —『定本 黒部の山賊』伊藤 正一著

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    2026年02月11日
  • ヤマケイ文庫 定本 黒部の山賊

    Posted by ブクログ

    ところどころ、地名や地形の描写があって、どうしても想像がしにくいところがあった。巻始の地図を見てわかる場合もあれば、わからない場合も多数だった。

    でも、超人の域を超した山賊たちの話は面白く興味深かったし、お茶目なところが愛おしくも感じたし、
    何よりも山賊といわれ恐ろしい雰囲気をまとっていても、山の美しさを一身に受けとめている様子は親近感さえ覚えた。

    最後の高橋庄太郎の解説を読んで、伊藤新道に行きたくなった。
    何度も何度も読み返して、黒部に足を運んでみたい。

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    2025年07月04日
  • ヤマケイ文庫 定本 黒部の山賊

    Posted by ブクログ

    チャプターズの萌乃さんおすすめ本。
    これは「やばい!」「読んで良かった!」がまず先行する本。
    冷静に冷静に。。
    「好きを言語化する技術」を読んだばかりじゃないか。。冷静になったら戻ってきますw

    0
    2025年02月02日
  • ヤマケイ文庫 定本 黒部の山賊

    Posted by ブクログ

    実話だからこそ面白い
    あの黒部の秘境に山賊がいたなんて
    しかも想像していた山賊ではなく心優しい猟師たちではないか
    山賊たちの武勇伝や妖怪の話も面白い
    この本を読むときのオススメはYouTubeで黒部の秘境やグーグルアースで場所を確認しながら読むと臨場感が増す
    実際に北アルプスに登山できないから本で楽しみたい

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    2024年06月17日
  • ヤマケイ文庫 定本 黒部の山賊

    Posted by ブクログ

    著者は現三俣山荘オーナーの父、伊藤正一氏。昭和20〜30年代の北アルプス最奥を舞台にした話。
    出てくる男たちの脚力がとにかくすごい。本書で語られる山賊たちもそうだけど、伊藤氏も、朝4時に上高地の明神館を出て午前中に三俣山荘に着き、また引き返してその日のうちに上高地に戻ってくるなど常人ではない。私からすれば超人である。そんな超人たちが北アルプスを縦横無尽に駆け回る様を、楽しく読んだ。

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    2023年12月31日

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