渡辺保の作品一覧
「渡辺保」の「歌舞伎の見方」「増補版 歌舞伎手帖」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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Posted by ブクログ
勧進帳といえば歌舞伎好きの方には「またか」と言われるほどのものと聞いたけれど、だがその昭和以降に根付いてしまった大衆性故に見過ごし、忘れてしまっていた「義経と弁慶」、「弁慶と富樫」という関係を改めて考えなおすことができる良い一冊。もちろん純粋に筋書き、歌舞伎ばかりの側面にかぎらず、弁慶役者といわれた幸四郎についてはもちろん、生み出した7代目團十郎と彼を取り巻く環境や世相、そして現在の勧進帳についても鋭い目を向けている。無視の出来ない能の「安宅」「翁」、軍記物「義経記」、黒澤明「虎の尾を踏む男達」、ピエール・ブルジュアッドの「パスポート」も解説しながら「関を越えるもの」と「関を守るもの」の対立を真摯に追求している
Posted by ブクログ
・渡辺保「歌舞伎 型の魅力」(角川文庫)を 読んでゐる。読み終はつたわけではない。半分ほど読んだところである。それなのに書いてゐるのはなぜか。それは、この先、最後まで読んでも同じことであら うと見当がつくからである。さう、基本的な書き方がどこも同じやなもので、失礼を承知で敢へて言つてしまへば、この書はつまりは金太郎飴なのである。歌舞 伎の型を説明する時、誰々の型がどうこうで……この繰り返しが続く。最初の陣屋の熊谷に始まり、御殿の政岡、十種香の八重垣姫等々、歌舞伎の16人の登場 人物の型が説明される。これもまた失礼を承知で言つてしまへば、本書の内容はそれだけ、それだけの書なのである。歌舞伎の型と言はれたところでほとんど何 も分からない人間には、結局本書を読み終へようが途中でやめようが、そんなことはほとんど関係ない。正直なところ、本書で指摘される型の細かい動きについ て、私にはほとんどそれを想像することしかできない。具体的なことは分からないのである。もしかしたらごく曖昧に思ひ浮かぶことがあるかもしれない。ただ しこれは少なく、大半は私には分からないことである。逆に、この書の内容をある程度具体的に理解できる人もゐるに違ひない。歌舞伎を日常的に観てゐるか、 歌舞伎を研究してゐるか、そんな類の人であらう。では、一般の歌舞伎ファンは型をきちんと理解できてゐるのであらうか。「あとがき」にかうある、「今日、 歌舞伎の型は危機に瀕している。(原文改行)一部を除く大抵の役者も先人の型を研究しないし、劇評家も型について論じないし、まして観客も型に関心を持た ない。」(325頁)。だから「今やその伝統も絶えようとし、古い型を知る人も少なくなりつつある。」(同前)そんな状況であるといふ。つまり、著者の認 識によれば、現在は歌舞伎の型の危急存亡の秋なのである。そこで筆者はこの本を、「そういふ状況を少しでもくい止め、型の面白さに関心をもって貰いたいた めに書いた。」(326頁)のであつた。つまり、私のやうな型を知らない人間が増えたから、それを少しでも食ひ止め、改善したいといふ思ひの結晶が本書な のであつた。これに対して、歌舞伎の熱心でない観客の私は、それはやはり必要だとは思ふのである。ただし、思つても日常的に歌舞伎を観ることができないか らには、熊谷を続けて何度も観るなどといふことは不可能である。きちんとノートに記録しても写真は撮れないから、その状況を頭に刻みつけねばならない。こ れも難しい。つまり、一般の観客にはまづ型を覚えることが難しいのである。だからこそかうして本書を書いたのだと言はれさうである。さうなのである。だか ら私は読む。次に観る機会のための参考にしようと思ふ。本書は「これまでの私の本のなかでももっとも手間のかかった本の一つである。」(「文庫版あとが き」327頁)といふ。「型の正確な記録が少ないためである。」(同前)あの金太郎飴的記述の背後にはこんな事情が隠されてゐたのであつた。いかな渡辺保 もすべての型を実際に見て知つてゐるわけではないのである。だから調べ、尋ねて書いた。それだけの魅力が型にはある。
・では型とは何か。広義の型は「その役を表現するためのシステム全体をいう。」(7頁)所作や段取りはもちろん、衣裳や大道具、小道具等を含む。狭義には 「型全体の中でのエッセンス。たとえば義太夫狂言ならば、義太夫の音楽に乗って様式的に動くハイライトの動きをいう。」(同前)しかし、「狭義の型の背後 には広義の型が広がっている。」(9頁)のである。本書はこれを詳細に分析している。私には正に猫に小判であるが……。
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
歌舞伎座は平成二十二年春、建替えとなって、親しまれたあの建物が東銀座から消える。
五歳になった昭和十六年から歌舞伎座に通いはじめて、六代目菊五郎、初代吉右衛門はもとより戦後再建された歌舞伎座五十八年間の舞台はことごとく見てきた。
そんな劇評の第一人者が、魔ものが棲むという劇場でくり広げられる祝祭と、数々の名舞台をふりかえる。
[ 目次 ]
魔性の棲家
改良座
劇場の顔
歌舞伎座再開場
「源氏物語」と歌右衛門襲名
吉右衛門の花道
莟会の熱狂
人間国宝の会
二人の名女形
「黄金の丘」〔ほか〕
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
Posted by ブクログ
歌舞伎評論の第一人者として知られる著者が、「勧進帳」の魅力について論じた本です。
四代目市川海老蔵(七代目團十郎)が、能の「安宅」をもとに「勧進帳」を構想し、1840年に河原崎座ではじめての上演がなされるにいたるまでの経緯や、明治時代の九代目團十郎の死後、現代にいたるまで「勧進帳」が数多く上演されるようになったことなどが解説されています。
つづいて著者は、「勧進帳」の作品そのものに立ち入って、その魅力についての考察をおこないます。とくに、「勧進帳」のもとになった能の「安宅」との比較を通して、中世的な無常観にもとづく「安宅」とは異なり、現世に生きる人間の情感がくっきりと示されているという指摘がなされます。さらに著者は、弁慶、富樫、義経の三者について、それぞれの劇中での役割を明らかにし、「勧進帳」が現代の日本人にも訴えかける内実をもっているということを論じています。
サブタイトルに「日本人論の原像」とあるように、最終的に著者の議論は「勧進帳」に惹かれる日本人の文化的な特質にまで説きおよんでおり、個人的にはこの部分はやや蛇足めいた印象を受けてしまったのですが、おおむね興味深く読むことができたように思います。
Posted by ブクログ
歌舞伎の批評家として知られる著者が、東洲斎写楽の謎にいどんだ本です。
著者は、従来の写楽研究が、写楽の作品を「絵を見る」という観点からのみおこなわれてきたと批判します。著者によれば、写楽の作品は美術品ではなく、役者の似顔絵と彼の出演した芝居の物語を表現しています。それゆえ、「写楽を読む」すなわち歌舞伎という演劇空間のなかでその人物がもっている個性や芸風などを作品のうちに読むことが、写楽の作品を鑑賞するさいには求められると著者は主張します。
つづいて著者は、写楽の作品に登場する役者たちと彼らのおこなった上演との関係について検討をおこない、まずは写楽の正体が狂言作者の並木五瓶であったのではないかという説を提出します。そのうえで著者は、この説に対してさらなる検討をくわえてその問題点を洗い出し、五瓶の弟子であった篠田金治という人物が、写楽の正体ではないかという新説を打ち出します。
江戸歌舞伎にかんする該博な知識をもとにした推理小説的な構成の評論となっており、おなじく写楽の正体について自説を打ち出した梅原猛の『写楽―仮名の悲劇』(1991年、新潮文庫)とともに、おもしろく読むことのできる本であるように感じました。