作品一覧

  • 非暴力主義の誕生 武器を捨てた宗教改革

    非暴力主義の誕生 武器を捨てた宗教改革

    ビジネス・実用

    3.8
    1巻1,034円 (税込)
    一五二五年,宗教改革の渦中,幼児洗礼を拒むキリスト教の一派が誕生した.異端として迫害されながらも聖書の教えを守り,非暴力を貫いた彼らの信仰は,戦争の止まない現代に生きる私たちに何を語りかけるのか.メノナイト,アーミッシュ,良心的兵役拒否,被爆者の日米交流まで,五〇〇年にわたる愛敵と赦しの軌跡を辿る.

    試し読み

    フォロー
  • 一冊でわかるスイス史

    一冊でわかるスイス史

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻1,870円 (税込)
    スイスとはどういう国か。その歴史を図やイラストを使いながらわかりやすく、ていねいに描く。コラム「そのころ、日本では?」「知れば知るほどおもしろいスイスの偉人」も役に立つ。
  • 改宗と亡命の社会史 近世スイスにおける国家・共同体・個人

    改宗と亡命の社会史 近世スイスにおける国家・共同体・個人

    ビジネス・実用

    -
    1巻6,765円 (税込)
    ※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 【内容紹介・目次・著者略歴】 近世社会は、古くは絶対主義の時代と呼ばれ、近年においては「宗派化」「社会的規律化」の時代と把握されている。この時代の教会は、国家権力と手を携えて臣民(信徒)の内面と日常生活を徹底的に「宗派化」し、また「規律」への服従を教え込んだというのである。一方、都市・農村の「共同体原理」を重視する歴史家は、市民・農民は受動的な臣民ではなく、共同体の維持と繁栄のために「宗派化」と「規律化」を下から担っていたと説く。いずれにしても近年の西欧近世史は「国家」と「共同体」を軸に展開されている。しかし実際には、諸宗派の混在を克服できない地域が随所にあり、こうした状態のなかでは「社会的規律化」も至難の業であった。近世人にとって宗派の境界は絶対的なものではなく、異宗派の土地に移り、改宗を行う無数の人々が存在したのである。本書は16世紀から18世紀初頭までのスイスとその周辺地域に焦点を当て、改宗と亡命という現象に注目しながら「個人」の覚醒と自立化の過程を浮き彫りにし、図式的に捉えられてきた西欧近世史像に再考を迫る。 【目次より】 貨幣換算表 序論 近世史研究の動向と問題の所在 諸宗派の歴史的役割をめぐって はじめに 一 「社会的規律化」と「宗派化」の理論 二 家父長制強化論と女性抑圧論 三 「宗派化」「規律化」論への批判 その達成度をめぐって 四 「宗派化」「規律化」論への批判 その担い手をめぐって 五 家父長制強化論・女性抑圧論への批判 六 「個人」のゆくえ おわりに 本書の課題と方法 第一章 近世スイスの宗派情勢 はじめに 一 スイス盟約者団の内部構造 二 「宗派化」と「規律化」の諸相 三 日常現象としての改宗 おわりに 第二章 聖職者の改宗と亡命 はじめに 一 真の宗教と偽りの宗教 二 奇妙な人材の交換 三 改宗聖職者の事件簿 四 再改宗 おわりに 第三章 信徒の改宗と亡命 はじめに 一 新しい信仰と古い信仰 二 つくられた改宗者 三 諸邦の改宗者援助政策 四 したたかな個人 五 貧しい人々 おわりに 第四章 女性および未成年者の改宗と亡命 はじめに 一 生存競争 二 転落者と放浪者 三 結婚と家族の秩序 四 遺産相続 五 未成年者 おわりに 第五章 国家・共同体・個人 はじめに 一 門閥都市国家の政治と社会 ルツェルンの場合 二 村落共同体と改宗者 三 都市共同体と改宗者 四 国家による新しい「公益」政策 五 国家と共同体のあいだで 六 スイス農民戦争と平民世界の「脱宗派化」 おわりに 結論 あとがき 注 参考文献一覧(略記号付) ※この商品は紙の書籍のページを画像にした電子書籍です。文字だけを拡大することはできませんので、タブレットサイズの端末での閲読を推奨します。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能も使用できません。 踊 共二 1960年生まれ。歴史学者。武蔵大学人文学部教授。早稲田大学第一文学部卒業、同大学大学院文学研究科博士課程を満期退学。博士(文学)。専門は、スイス史、中近世ヨーロッパ史。 著書に、『改宗と亡命の社会史 近世スイスにおける国家・共同体・個人』『ヨーロッパ読本 スイス』(共編著)『図説スイスの歴史』『スイス史研究の新地平 都市・農村・国家』(共編著)『中近世ヨーロッパの宗教と政治 キリスト教世界の統一性と多元性』(共編著)などがある。

ユーザーレビュー

  • 非暴力主義の誕生 武器を捨てた宗教改革

    Posted by ブクログ

    人間の「境界を作り、そこから外の敵を攻撃する」といった、シンプルな生存本能に、国という信仰が重なってどうにもならなくなっている現状を人間が打破できるという可能性を探るような本であったと思う。

    0
    2026年08月17日
  • 非暴力主義の誕生 武器を捨てた宗教改革

    Posted by ブクログ

    ドイツの宗教改革の担い手といえば、ルター派をイメージしていたが、ルター派はむしろ領邦君主に庇護されたカトリックに並ぶ体制派で、ドイツ・スイスの境界付近には、後の国民国家の思想に適合しないような、よりラディカルな宗教改革のグループがいくつも存在していたことを知った。そして彼らは、時の領主や国王にその勤勉さや技術を認められて開拓地を与えられることもあれば、徴兵に応じないことから迫害され追い出されることもあり、ヨーロッパを転々としながら最終的には新天地アメリカに定着するグループも多かったという。キング牧師の非暴力主義もガンジーからの影響だけでなく、本書で語られているようなキリスト教傍流の改革運動の流れの中にもあることがわかる。歴史や思想についての新しい視点が、実証的な研究によって得られる良書である。

    0
    2025年05月31日
  • 非暴力主義の誕生 武器を捨てた宗教改革

    Posted by ブクログ

    宗教との距離の取り方はよくわからない。それでも若いころ距離を詰められて困惑したこと、死に行く人が帰依していくのを見たこと、さまざまな宗教者と信仰を持つ人との出会いやつきあいなどを思い浮かべなから読む。
    すごいなあ、と。おそらく信仰はまだ当面持てそうにないけれど。私は非暴力も赦しも持てそうにないけれど。

    0
    2025年05月11日
  • 一冊でわかるスイス史

    Posted by ブクログ

    アルプスの自然、永世中立国などからスイスに抱いていた印象は、穏やかでのんびりしているものと思っていた。本書を読み、中世は傭兵で外貨を稼ぎ、近世ではユダヤ人迫害に加担したり、徴兵制があったりと決して穏やかなだけでない印象を抱いた。スイスは歴史上、フランス、ドイツ、イタリアと列強に挟まれ、交通の要所として重要な土地だったこと、列強に取ってみれば国境を直接接することのない緩衝地帯としてスイスは認められていた。そのため、中立国として列強間の利害も一致したものと考える。なぜ中立国としての地位を取っているのか、歴史、土地からその理由がわかった気がする。また、長い歴史において、列強による支配が繰り返されたことから、現在もスイス語は存在せず、4ヶ国語が公用語になっている理由も腑に落ちた。

    0
    2024年08月31日
  • 非暴力主義の誕生 武器を捨てた宗教改革

    Posted by ブクログ

    鈴木建生の『凍てつく川を越えて逃げる』(2025年)でプロテスタント、メンノー派の存在を初めて知った。彼らの一部が離散(ディアスポラ)の民として住み着いたのが、今回ロシアのウクライナ侵略で争われている地域であり、長年の迫害と逃亡の通過地である。

    その後、倉塚平の『異端と殉教』(1972年)で宗教改革のプロテスタント各派の経緯も知ることになる。
    1517年ルターの「95ヶ条の論題」に始まるヨーロッパの宗教改革は諸宗派が乱立し互いを異端視し打倒と根絶に鎬を削った。スイス兄弟団や千年王国論のラディカルを生み、世俗権力やカトリックに叛旗を翻し武装蜂起や社会運動を巻き起こした。
    一部メンノー派(メノナイト)などを除き、急進各セクトは悉く壊滅し殉教する結末であった。

    この本はスイス中世史専門の踊共治が宗教改革で発生した再洗礼派・無抵抗非暴力主義を教義とする異色の宗教集団メノナイトとアーミッシュを調べて研究したものを新書に編集したものだ。

    ルターやカルヴィン、ツヴィングリが始めた宗教改革はスイスや北ドイツ・オランダで過激化し混乱を極めた。一部は終末論に傾倒し、ミュンスターに千年王国を築き旧約聖書的な統治と財産共有を実現したが紊乱の果てに内部崩壊した。

    この流れをくむメンノー・シモンズがオランダで組織したメノナイトは現在世界に200万人以上存在し、分派したスイス系の厳格派アーミッシュは北米中心に40万人いる。彼らも対立と宥和を繰り返し、迫害と殉教そして亡命や転地の歴史を歩んだ。
    新約聖書を淵源に再洗礼を掲げ無抵抗・平和主義を貫き、各国で良心的兵役拒否を立法化させた。

    1526年チューリッヒ市当局が再洗礼派を「不服従・公益の破壊・徒党の罪」で政治犯として死刑に処する宣言をしたことで殉教が加速した。
    メノナイトが味わった艱難辛苦の記録は膨大な冊子『殉教者の鏡』で語り継がれ、そこには1660人の死の記録が詳細に収められている。
    無防備(ディフェンスネス)で相手の攻撃を防ぐこともせず、なされるがまま、逮捕されるがまま、拷問されるがまま、水中に投じられるがまま、斬首されるがまま、焼かれるがまま、である。しかも聖書の教えを理解していないために罪深い迫害者になってしまった
    為政者、裁判官、獄吏、死刑執行人に対する「赦し」を口にし、その魂の救いのために神に祈る。
    愛敵と赦しの精神で殉教するのが再洗礼派である。

    ・2006年米ランカスター州のアーミッシュスクールで銃乱射事件が発生し5人の生徒が死亡し5人が重症を負った。13歳と12歳の少女が年下の子供を庇い覆い被さって「私を撃って」と叫びその通りになった。さらに被害者の家族が犯人の妻を訪れ赦しと慰めの言葉をかけて寄り添った。

    ・子供が遊ぶ人形は「偶像」の要素と外面的な美醜の価値判断を誘う要素を排除するため「のっぺらぼう」でなければならない。

    ・近代国民国家が求める兵役は封建領主が求める出兵や警備の任務とは理念的・質的に異なっていたが、非暴力主義者にとっては同じであった。

    ・アメリカの南北戦争を神罰ととらえ、世俗化と富裕化に抗して質素・謙遜・聖書の教えへの服従の生活を送るべきとする

    ・ノンレジスタンスは戦争反対や人権の擁護を目的とした戦術ではない、それはアーミッシュやメノナイトの信仰生活そのものであり、そこに犠牲と代償が伴うことを彼らは十二分に理解していた。

    ・再洗礼派は16世紀にノンレジスタントな非暴力の基礎を築き500年にわたって戦争を拒絶する「心と体」をもった人間を育ててきた。

    ・・・。

    仏教各派の経典や教義は難しい言葉や表現が氾濫するが暴力や戦争に対してはどう機能したのか。イスラム教や他の宗教も然り。少なくとも、このキリスト教マイノリティの非暴力主義・非戦の信仰と実践の歴史は非戦のための一つの具体的な力にはなってきた。
    多様な人間社会で個人の在り方について、宗教は人の生き方や心にこれほど大きなものか。
    こんな凄まじい信仰集団が500年も世界中を彷徨い存続を繋いできたことに驚きを感じずにはいられない。

    人間存在への信認と安堵感が湧き、宗教の意味を考えさせる作品である。

    0
    2026年01月20日

新規会員限定 70%OFFクーポン 今すぐGET