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一五二五年,宗教改革の渦中,幼児洗礼を拒むキリスト教の一派が誕生した.異端として迫害されながらも聖書の教えを守り,非暴力を貫いた彼らの信仰は,戦争の止まない現代に生きる私たちに何を語りかけるのか.メノナイト,アーミッシュ,良心的兵役拒否,被爆者の日米交流まで,五〇〇年にわたる愛敵と赦しの軌跡を辿る.
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Posted by ブクログ
ドイツの宗教改革の担い手といえば、ルター派をイメージしていたが、ルター派はむしろ領邦君主に庇護されたカトリックに並ぶ体制派で、ドイツ・スイスの境界付近には、後の国民国家の思想に適合しないような、よりラディカルな宗教改革のグループがいくつも存在していたことを知った。そして彼らは、時の領主や国王にその勤...続きを読む勉さや技術を認められて開拓地を与えられることもあれば、徴兵に応じないことから迫害され追い出されることもあり、ヨーロッパを転々としながら最終的には新天地アメリカに定着するグループも多かったという。キング牧師の非暴力主義もガンジーからの影響だけでなく、本書で語られているようなキリスト教傍流の改革運動の流れの中にもあることがわかる。歴史や思想についての新しい視点が、実証的な研究によって得られる良書である。
宗教との距離の取り方はよくわからない。それでも若いころ距離を詰められて困惑したこと、死に行く人が帰依していくのを見たこと、さまざまな宗教者と信仰を持つ人との出会いやつきあいなどを思い浮かべなから読む。 すごいなあ、と。おそらく信仰はまだ当面持てそうにないけれど。私は非暴力も赦しも持てそうにないけれど...続きを読む。
鈴木建生の『凍てつく川を越えて逃げる』(2025年)でプロテスタント、メンノー派の存在を初めて知った。彼らの一部が離散(ディアスポラ)の民として住み着いたのが、今回ロシアのウクライナ侵略で争われている地域であり、長年の迫害と逃亡の通過地である。 その後、倉塚平の『異端と殉教』(1972年)で宗教改...続きを読む革のプロテスタント各派の経緯も知ることになる。 1517年ルターの「95ヶ条の論題」に始まるヨーロッパの宗教改革は諸宗派が乱立し互いを異端視し打倒と根絶に鎬を削った。スイス兄弟団や千年王国論のラディカルを生み、世俗権力やカトリックに叛旗を翻し武装蜂起や社会運動を巻き起こした。 一部メンノー派(メノナイト)などを除き、急進各セクトは悉く壊滅し殉教する結末であった。 この本はスイス中世史専門の踊共治が宗教改革で発生した再洗礼派・無抵抗非暴力主義を教義とする異色の宗教集団メノナイトとアーミッシュを調べて研究したものを新書に編集したものだ。 ルターやカルヴィン、ツヴィングリが始めた宗教改革はスイスや北ドイツ・オランダで過激化し混乱を極めた。一部は終末論に傾倒し、ミュンスターに千年王国を築き旧約聖書的な統治と財産共有を実現したが紊乱の果てに内部崩壊した。 この流れをくむメンノー・シモンズがオランダで組織したメノナイトは現在世界に200万人以上存在し、分派したスイス系の厳格派アーミッシュは北米中心に40万人いる。彼らも対立と宥和を繰り返し、迫害と殉教そして亡命や転地の歴史を歩んだ。 新約聖書を淵源に再洗礼を掲げ無抵抗・平和主義を貫き、各国で良心的兵役拒否を立法化させた。 1526年チューリッヒ市当局が再洗礼派を「不服従・公益の破壊・徒党の罪」で政治犯として死刑に処する宣言をしたことで殉教が加速した。 メノナイトが味わった艱難辛苦の記録は膨大な冊子『殉教者の鏡』で語り継がれ、そこには1660人の死の記録が詳細に収められている。 無防備(ディフェンスネス)で相手の攻撃を防ぐこともせず、なされるがまま、逮捕されるがまま、拷問されるがまま、水中に投じられるがまま、斬首されるがまま、焼かれるがまま、である。しかも聖書の教えを理解していないために罪深い迫害者になってしまった 為政者、裁判官、獄吏、死刑執行人に対する「赦し」を口にし、その魂の救いのために神に祈る。 愛敵と赦しの精神で殉教するのが再洗礼派である。 ・2006年米ランカスター州のアーミッシュスクールで銃乱射事件が発生し5人の生徒が死亡し5人が重症を負った。13歳と12歳の少女が年下の子供を庇い覆い被さって「私を撃って」と叫びその通りになった。さらに被害者の家族が犯人の妻を訪れ赦しと慰めの言葉をかけて寄り添った。 ・子供が遊ぶ人形は「偶像」の要素と外面的な美醜の価値判断を誘う要素を排除するため「のっぺらぼう」でなければならない。 ・近代国民国家が求める兵役は封建領主が求める出兵や警備の任務とは理念的・質的に異なっていたが、非暴力主義者にとっては同じであった。 ・アメリカの南北戦争を神罰ととらえ、世俗化と富裕化に抗して質素・謙遜・聖書の教えへの服従の生活を送るべきとする ・ノンレジスタンスは戦争反対や人権の擁護を目的とした戦術ではない、それはアーミッシュやメノナイトの信仰生活そのものであり、そこに犠牲と代償が伴うことを彼らは十二分に理解していた。 ・再洗礼派は16世紀にノンレジスタントな非暴力の基礎を築き500年にわたって戦争を拒絶する「心と体」をもった人間を育ててきた。 ・・・。 仏教各派の経典や教義は難しい言葉や表現が氾濫するが暴力や戦争に対してはどう機能したのか。イスラム教や他の宗教も然り。少なくとも、このキリスト教マイノリティの非暴力主義・非戦の信仰と実践の歴史は非戦のための一つの具体的な力にはなってきた。 多様な人間社会で個人の在り方について、宗教は人の生き方や心にこれほど大きなものか。 こんな凄まじい信仰集団が500年も世界中を彷徨い存続を繋いできたことに驚きを感じずにはいられない。 人間存在への信認と安堵感が湧き、宗教の意味を考えさせる作品である。
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