新書大賞2022を受賞した非常に評価の高い一冊。営利企業であるサラ金が貧困者のセイフティネットを代替していた「奇妙な事態」の背景を、サラ金の金融技術の革新、業界に関わる人の視点によって解き明かした本であり、サラ金を切り口に日本近代史を切り拓いた本でもある。幸いな事にサラ金に無縁の人生であったが、飽きる事なく興味深く、また、批判的になりがちなテーマを抑制的に中立的に記述されており冷静に読み進められた。サラ金の陰だけでなく光についてもしっかりと理解できた。最後まで読んで気付かされるのは、サラ金は批判の矢面に立たされたが、その背後にいるのは銀行である。この融資の原資は私たちの預金であり、私たちも無関係ではない。最後に驚きの気づきであった。
サラ金業界の逆風がその後の状況の変化で逆に追い風になったり、追い風がその後に逆風となるというような因果の複雑さなど学びになる事も多かった。
【第1章 「素人高利貸」の時代】
戦前は親戚や貧民窟住民、サラリーマン同士といった担保のない者に対して近しい者が行う、日掛の素人高利貸が盛んであった。
【第2章 質屋・月賦から団地金融へ】
戦後、都市サラリーマンに対する信用向上により、団地族を中心に家電の3種の神器の月賦購入や自動車などの消費者ローンが盛んとなった。家計は耐久消費財の購入資金の借り手としての存在感が大きくなった一方、生産拡大の融資を優先する政府の金融政策により、消費者融資はサラ金が担う事となった。その団地金融を始めたのが、サラリーマン金融を元に起業した者達だった。社宅の、または公団による厳しい入居審査にパスした住人には信用調査が不要、という判断は合理的と感じた。しかし「夫に内緒で貸し付ける」高リスクと「現金の出前」という高コスト体質により姿を消す。
【第3章 サラリーマン金融と「前向き」の資金需要】
アコム・プロミス・レイクの創業者達は、創業前に金融業に従事した経験を持ち、団地金融から学んだ人達であった。また美辞麗句を理念・理想として掲げ、表の金融にこだわった。生活費の不足は生活の欠陥だから貸さない、レジャー資金は健全資金だから貸すという判断は面白い。
【第4章 低成長期と「後ろ向き」の資金需要】
多額の内部留保を持つ企業の銀行融資の依存度の低下と銀行の貯蓄超過により、サラ金が銀行の融資対象となった事でサラ金の規模は拡大していった。一方、財政金融政策の引き締めとオイルショックによる景気低迷時期、サラ金はエリートサラリーマンの男性(前向きな借入)だけでなく、女性や低所得者(後ろ向きな借入)へも融資対象を広げ、消費者金融へと脱皮した。その女性を取り込むために始まったのがポケットティッシュの配布であった。更に業界の競争激化のため、各社は審査基準を緩和して「底辺」を押し広げ、結果としてサラ金がセイフティネットの代替となった。各社のブラックリスト共有システムの構築が底辺への融資のバックグラウンドにあるが、巨額を投じてコンピュータを導入したものの誤作動が多かったため、敢えて手書きのカードに先祖返りした事が却って精度と速度が増したという事実には学ぶものがある。同時期に団体信用生命保険がサラ金にも導入され、貸し手・借り手ともにモラルハザードが発生した。例えば、2006年に大手消費者金融が受け取った団信の保険金のうち25%が自殺によるもの。同年、大手サラ金各社は団信を廃止した。過酷な取り立てが問題となり立法化を試みたが断念された。外資や銀行、大手百貨店の参入は逆風どころか却って業界全体のイメージアップになったのは皮肉である。大蔵省が国内銀行の融資を制限した結果、外資銀行の融資を受けて成長し、焦る国内銀行から有利な融資を受けて大手は更に拡大していくなど、短期的に良いと思われる政策が長期的には逆に作用したのは面白い。
【第5章 サラ金で借りる人・働く人】
サラ金各社の融資残高の拡大により、借り手の自殺や心中、家出などが増加し、第二次サラ金パニックと呼ばれた。債権回収では「効率よく怖がって貰う」ために「おっかなそうな格好」をしていたという、服装の嗜好ではなく合理性というのが面白い。被害者を多く出したことにより借金問題を扱う弁護士に安定した収入をもたらし、被害者運動が継続されたというのも皮肉である。この時期に弁護士の運動により債務者に「自己破産」が有力な解決策となり、貸金業規制法も成立した。上限金利の引き下げのみならず、国内銀行へサラ金への融資抑制の通達や外国銀行の融資引締も起こり、サラ金業界は冬の時代に突入し、倒産も相次ぐようになった。大手サラ金は生き残りのためメインバンクを持つようになり、その結果、銀行システムに組み込まれた。また、冬の時代を乗り越えるため、人材教育や与信システムの導入、組織改革、リストラにより飛躍に向けた体制が整う事になる。ここでも危機の克服が次の飛躍にむけた準備となっている。学びが多い。
【第6章 長期不況下での成長と挫折】
バブル崩壊による不良債権処理に苦しむ銀行とは対照的に、バブルをほぼ無傷で乗り越えたサラ金各社は1990年代に飛躍を遂げた。同時期、技術向上により自動契約機が登場し、各社の店舗数と顧客増大の起爆剤となった。念願の株式上場も果たして市場からの資金調達が可能となるだけでなく、社会的信用度も向上。また、サラ金のCMも解禁され、若年層や女性増加などの潜在顧客を掘り起こした。更に大手は経団連に加入し、名実ともに一流企業の仲間入りを果たすなど繁栄のピークを迎えた。しかし、融資残高の急増に伴って再び高リスク層への貸し出しを増やしながら激しく競争を展開し、貸倒れ金比率が高くなり凋落を始めた。また、長引く不況の悪影響は、サラ金業界にも確実に忍び寄りつつあった。審査基準の引き締めは、多重債務者にとって深刻であった。また、貸倒れ損失の穴埋めに新たに獲得した顧客も景気低迷の影響で返済不能に陥るという悪循環から抜け出せなくなった。暴力団をバックに持つヤミ金も問題になり、サラ金の社会的批判も同時に高まった。規制を求める世論に対し全国貸金業政治連盟を結成し、与党・党三役・大臣にまで献金により政界工作を行なった。政治献金についての議論は昔からされているが、このような事実からも完全禁止、百歩譲って透明化すべきと思う。同時に学者にアプローチして業界に都合の良い論文を出させている。有名大学の教授の言説は無批判に受け入れがちだが、冷静に判断するために日々の勉強が必要だと改めて感した。業界から献金を受けた議員が抵抗するも、直近の選挙の影響を考慮して規制に踏み切るが、これは選挙制度が有効に機能しているという事だろう。やはり選挙には行かなくては行けないと改めて思った。世論の流れで改正貸金業法が施行され、業界再編が一気に加速して銀行システムに組み込まれた。規制強化により、オレオレ詐欺等の特殊詐欺への転職、知人やSNSを利用した個人間金融の復活、その他の金融技術の革新は続いている。
この手の歴史本で資料が引用される際、カタカナ文語調の原文が記載され、辟易し読み飛ばす事もあったが、本書では平仮名現代語訳されており読みやすかった。専門書では勿論原文の引用が必要だろうが、一般読者向けの本では本書のような配慮をして欲しい。