エリザベス・キューブラー・ロスの作品一覧

「エリザベス・キューブラー・ロス」の「永遠の別れ」「死後の真実」ほか、ユーザーレビューをお届けします!

作品一覧

  • 死後の真実

    死後の真実

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻1,300円 (税込)
    死生学の権威キューブラー・ロスが「死後のいのち」について語った注目の書。 死に臨のぞむ人たち、あとに残された人たちへ向けて深い愛と学びに動機づけられて語る「死後の真実」。 不安をもたらす自分の死、最愛の人の死、それらにどう対応したら良いかについて答えた全米で話題の愛とやすらぎを与える本。 “いのちは永遠である” “だれもひとりぼっちで死ぬことはない”と。
  • 永遠の別れ―悲しみを癒す智恵の書

    永遠の別れ

    ビジネス・実用

    4.5
    1巻1,500円 (税込)
    死生学の権威エリザベス・キューブラー・ロスとデヴィッド・ケスラーが贈る、喪失と悲しみに寄り添うための必読書。 大切な人を失ったときの感情に理解と共感を示し、心の癒しを見つけるための道筋を提供します。 愛する人を亡くした時、私たちは様々な感情に翻弄されます。 悲しみは、決して恥ずべきものではありません。むしろ、愛する人を失ったことへの自然な感情です。 著者は、長年の経験から得た知識と洞察を、具体的なエピソードを交えながら語ります。 例えば、ある女性は、夫を亡くした悲しみから抜け出せずにいましたが、この本を読み、自分の感情と向き合うことで、少しずつ前向きな気持ちを取り戻していきました。 この本は、同じような経験をした人々に、希望と癒しを与えるでしょう。 自分自身のペースで、少しずつ心の傷を癒していくためのヒントが、この本の中から、きっと見つかるはずです。
  • 「死ぬ瞬間」をめぐる質疑応答

    「死ぬ瞬間」をめぐる質疑応答

    小説・文芸

    4.2
    1巻1,100円 (税込)
    死を告知された患者と、介護する家族の心構えを、簡潔な質疑応答のかたちでまとめた必読の書。 「どうして私が」という当惑と悲しみをいかに克服するのか。
  • ライフ・レッスン

    ライフ・レッスン

    小説・文芸

    4.5
    1巻1,100円 (税込)
    「一生」とよばれるこの時間のあいだには、学ぶべきさまざまなレッスンがある。とりわけ死に直面した人たちとともにいるとき、そのことを痛感する。死にゆく人びとは人生のおわりに多くを学ぶが、ほとんどのばあい、学んだ教訓を生かすための時間が残されていない。一九九五年にアリゾナの砂漠に移住したわたしは、ある年の「母の日」に脳卒中でたおれ、麻痺状態におちいった。それから数年間は、死の淵に立たされたままだった。すぐにも死がやってくるだろうと、幾度となく覚悟した。そして幾度となく、それが訪れてこないことに失望した。準備はできていたからである。でも、死ななかった。なぜなら、わたしにはまだ学ぶべきレッスンが、最後のレッスンがあったからだった。そのレッスンの数々は人間の生にかんする究極の真実であり、いのちそのものの秘密である。わたしはもう一冊、本を書きたいとおもうようになった。こんどは「死とその過程」についてではなく、「生とその過程」、つまり人生と生きかたについての本を。(著者エリザベスのメッセージより) 【目次】 第一章「ほんものの自己」のレッスン 第二章愛のレッスン 第三章人間関係のレッスン 第四章喪失のレッスン 第五章力のレッスン 第六章罪悪感のレッスン 第七章時間のレッスン 第八章恐れのレッスン 第九章怒りのレッスン 第十章遊びのレッスン 第十一章忍耐のレッスン 第十二章明け渡しのレッスン 第十三章許しのレッスン 第十四章幸福のレッスン 最終レッスン
  • 死ぬ瞬間 死とその過程について

    死ぬ瞬間 死とその過程について

    小説・文芸

    4.1
    1巻1,430円 (税込)
    人は死を前に、何を見、何を思い、何を考えるのか? 死は誰にも平等に訪れるものです。 それゆえ、古来、人は死を恐れ、「死を思う」ことで自らの存在を見つめてきました。 現代においても未知の感染症の拡大で、死の恐怖を身近に感じる事態が起こります。 本書は半世紀以上前に、死を迎えつつある人の心の動きを、二百人におよぶ患者の聞き取りで解明しようとしたものです。 自分や周囲の人の死をどう受け容れるか。 死について考えるとき、道しるべとなる一冊です。

ユーザーレビュー

  • 死ぬ瞬間 死とその過程について

    Posted by ブクログ

    「はしがき」を少し読んで心をつかまれてしまい、1死の恐怖について、2死とその過程に対するさまざまな姿勢、で、この本は絶対、今私が読んで勉強しないといけない本だ!と確信させられて、3章からはもう、夢中になって読んだ。
    そりゃ、『否認→怒り→取り引き→抑鬱→受容』なんてこと、教科書で読んで知ってましたよ、順番を答えさせる国試の過去問もいっぱい解きましたよ。
    でも、そういう上部だけの知識を覚えて、知ったつもりになってただけでした、私は。
    実際のインタビューを読むと、患者さんの心の揺れも、聞く側のしんどさも、読んでるこちらまで一緒に揺れてしまいそうなくらい伝わってくる。実際に聞いたら、感じるものは、その比じゃないじゃないんだろうな。
    そりゃ、聞く側も避けたくなるだろう。でも、だからこそ、そこを言語化してチームで共有できることが、支援者にとっても患者さんにとっても有益なんだろう。
    さて私は、無視したり否認したりせず、受容できるのだろうか。

    P84
    『患者と接する際には私たち自身の反応をも十分考慮する必要があるということだ。私たちの反応はつねに患者の言動に反映し、その反応ひとつで患者の病状の善し悪しに大きな影響を与える。自分自身を正直に見つめることは成長・成熟を大いに助ける。そしてその目的を達成するには、重病患者、年老いた患者、死の迫っている患者に接する仕事に勝るものはない』

    夢中になって、急いで最後まで読んでしまった。また、何度でも、ゆっくりじっくり読み直したい本。

    0
    2026年07月27日
  • 死ぬ瞬間 死とその過程について

    Posted by ブクログ

    60年近く前に書かれた本の30年ほど前の新訳版だが昔の話という気がしない。ガンの治療はかなり進化し、情報量は格段に増え家族や周囲の在り方も大きく変わっているはずだが、ひとが死に瀕するということはそう変わるものではないのかもしれない。訳者あとがきによるとこの新訳版では末期患者へのインタビューを省略せずに収録したとのこと。自分もその場でオブザーブしているような感覚で読み進められる。

    医療スタッフの拒絶や敵意にもめげず、根気よくアプローチを続け、死にゆく末期患者に寄り添うことの意義という従来になかった価値感を創出する偉業を果たした著者が、その後、死後の世界にのめり込んでいったというのが意外な気がした。人間はやはり複雑である。

    P15 私たちの無意識にとっては、死ぬのは殺されるときだけであり、自然現象や老齢のために死ぬなんて考えられないのだ。そのために、死は、それ自体が報いや罰を招くような悪い行い、怖ろしい出来事を連想させるのである。

    P[19 人間は基本的には少しも変わっていないんだということをを強調したかったからである。死は今なお怖く恐ろしい出来事である。そして死の恐怖は、もう克服したと思っていても、程度の差はあれ、いまだに万国共通の恐怖なのである。変化したのは、死・死の過程・死に瀕している患者に対処する私たちの姿勢のほうである。

    P21 そもそも点滴が用いられるのは、大勢の人の手を煩わさず、個別の世話をしなくても身体に必要なものを与えることができるという単純な理由からに過ぎない

    P24 (病院の環境は)健康な時だったらとても我慢できないようなものだ。騒音、照明、ポンプ、人声、そのどれもが耐え難く、到底言葉では言い表せない。わたしたちは、シーツと毛布の下にいる患者のことをもっと考え、善意めかした能率主義と大騒ぎはやめ、患者の手を握り優しく微笑みかけ、質問に耳を貸したほうがいいのではないか。

    P119 一人でいたいこともありますから。孤独が怖いのではないのです。健康であれば人を必要とすることもありません。怖いのは拷問のような痛みなのです。【中略】(ある種の人間的尊厳を失わないためには)一人ではそれが不可能な時もあります。

    P129 あるがままの自分を受け入れてもらってもいいと思うんです。みんなにうるさく要求することになろうと、誰かが何かしてくれるのを待つことになろうと。どちらでも構いません。みんなは私に腹を立てていますが、自分で勝手に腹を立てているのです。私が怒らせたわけではありません。

    P132 人に頼むのは精神的に負担かもしれませんが、頼むことは乞うこととは違います。おわかりになりますよね、もっと勇気がいる。

    P195 家族やスタッフは(受容に到達しようとしない)患者を強いと思い込み、最後まで生きるために戦えと励まし、自らの最期を受け入れるのは臆病者のあきらめ、家族に対する裏切り、ひいては家族の拒絶だとほのめかすかもしれない。それでは、患者自身にわずかでも戦う意思があり、しかも医師たちの助力があれば延命の可能性があると思われる場合、どうすれば患者の諦めが「早すぎる」と判断できるのだろうか。医師たちが延命を望むのに対し、患者が安らかに死を迎えたいと望んでいる場合、諦めと需要の段階を見分けるにはどうしたらいいのだろうか。

    P240 患者には死について語りたいと思う日がある。【中略】同じ患者が翌日には、人生の楽しい側面についてだけ語りたいと思うかもしれないという事実を、私たちはつい軽視しがちである。しかしそういう患者の気持ちは尊重しなければならない。

    P293 家族の怒りが、直接私たちや個人や神に向けられても、広い心で受け入れてやれば、彼らは罪悪感を持たずに紙の需要へ大きな一歩を踏み出せる。彼らが社会的には許されないような考えを口にするのを責めれば、彼らの悲しみや羞恥心や、しばしば肉体的・精神的不調をもたらすこともある罪悪感を長引かせてしまうことになる。

    P334 (死とは)すばらしいものだと思います。家に帰るみたいなもの。神様の近くにあるもう一つの家にね。【中略】なんとなく思うのは、みんなに再会できる場所っていうか、とても居心地がよくて、誰か他の…なんていうか特別な人がいるところなんじゃないかしら。【中略】欲求もなくて、ただそこにいればいい。二度と一人ぼっちにならないし。【中略】(食べる必要も)ないと思います。力は自分の中に備わっているのだから。この世のものは何も必要ない。

    P403 (シセリー・ソーンダンス医師は)末期患者の大半は死期の近いことを自覚しており、それは告知されていたかどうかには関係ない、と断言する。だから患者と死について語り合っても、決して嫌な思いをすることはないという。

    P413 看護婦は私たちにとって生徒でもあり教師でもあり、セミナーのために大きく貢献してくれた。

    P425 関心のある人たちが自分を注目していることにはっと気づくのだ。この注目こそが、末期患者を力づけるのである。

    P448 「言葉を超える沈黙」の中で臨死患者を看取るだけの強さと愛情を持ったひとは、死の瞬間とは恐ろしいものでも苦痛に満ちたものでもなく、身体機能の穏やかな停止であることがわかるだろう。人間の穏やかな死は、流れ星を思わせる。

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    2026年07月08日
  • 死ぬ瞬間 死とその過程について

    Posted by ブクログ

    読むべき1冊だと思う。
    末期患者と病院という場の相性の悪さを感じた。
    この本の中では、看護婦や医師の態度の悪さが度々書かれている。末期患者側からしたら、怒りを感じるだろうが仕方ないのかもしれないと思いながら読んだ。
    治療して良くなることを目指す場であるから。だからホスピスという場が生まれたのかもしれない。
    末期患者の孤独、不安を汲み取り死をタブー視せずスタッフたちと向き合える病院があって欲しい。

    死は死に至る過程が終わる瞬間に過ぎない。患者にとって死そのものは問題ではなく、死ぬことを恐れるのは、それに伴う絶望感や無力感、孤独感のためである。

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    2026年03月05日
  • 死ぬ瞬間 死とその過程について

    Posted by ブクログ

    死を告知されてからの反応について、5段階に分けてインタビュー形式で解説されていた。自分もおそらく数十年後に死の際に、命の終わりを受容できるだろうか、等と考えさせられた。

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    2026年02月08日
  • 死ぬ瞬間 死とその過程について

    Posted by ブクログ

    年末に重たいテーマに臨んだ。誰もがやがて訪れる死。死に至る心の5段階のプロセスは言葉として学んでいたが、この本を読むまでは、200人以上の臨死患者のインタビューが基になっていることや、精神科医である著者がインタビューを行う際に、周りの医師から異端とも捉えられる困難な状況であったことは知らなかった。人が死を迎えるにあたり、決してこの5段階の順序は踏まなかったり、受容まで行き着かない場合もあるだろうとは思っていたが、著者はその点をかなり深堀して、患者に向き合い、死を恐れるのは患者だけでなく医療者側もそうなんだ、その恐れを患者に向かわせてはいけないといった警告も発せられている点はもっともだと思った。多くの臨死患者と向き合い、苦悩や痛みをしっかり受け止めるには、多くの患者と接する経験が必要なんだと改めて感じた。もう少し自分が死に対して距離が狭まってきたと感じた時に再読してみたい。

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    2025年12月30日

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