言葉の力で世を変えたい――。
新しく赴任してきた太守の令息・季明との出会いにより、平原城で暮らす兄妹・張永と采春の運命が動き出す。
濁流のような乱世に平穏な日々や大切な人達が呑まれていく中で、張兄妹が下す決断とは――。
※以下ネタバレあり※
■総括
理不尽な現状に抗う勇気の物語だった。
武力での支配を厭わない安慶緒に顔季明が「一字、震雷のごとし」と説くシーンが物語後半で安慶緒までもが心変わりするきっかけになっており、散っていった季明の遺志が各登場人物の胸に受け継がれていると分かる物語後半は特に感動した。
各章の感想
■序章
季明が輩を説得するのではなく悪意を削ぐのが巧みな話術に表れていて、「武」の張兄妹と対照的だった。
季明が「永」の字をしたためるとその力強さに張永が生きる活力をもらうのが印象的で、この出会いで張永の未来が明るい方向へ動いていくのではないかと感じさせるシーンだった。
精神的に追い詰められていた張永の生活が変わる兆しが見えるプロローグ回の体をとりつつ、女性でありながら腕の立つ采春に季明が見惚れている様子が描かれるなれそめ話でもあるのが面白い。
■第1章
序章で語られた張永の冷遇っぷりから一転、顔真卿と季明のおかげで真実が明らかになり張永の待遇が改善され、采春にも婚姻の話が舞い込み……
という幸せ満開なところへ、平原城の襲撃イベントが起こるので目まぐるしく変わる雰囲気がまさにドラマ。
安慶緒に一歩も怯まず立ち向かう采春が勇ましくてかっこいい!
季明が安慶緒に対して「武力が人を動かすのは一時、しかし文字や言葉はやがて周囲の人を変え世を動かす力になる」(要約)と言い放つシーンでは「一字、震雷の如し」から始まる説法が輝いており、ここでタイトルの震雷が出てくるのがアツい。
婚礼は延期となったものの、季明が采春へ婚礼後に渡す予定だった革靴を渡すシーンで采春が「履かせて」とねだるのがラブラブ話すぎて良き。※なお季明の方が三つ年下とのこと
戦いの前に二人が思いを伝え合えてよかった!
■第2章
平原へ攻め入ってきた叛乱軍。反抗した者たちの首を晒して脅す敵将に対して、張永と顔真卿が一芝居うつシーンが見所。
張永の行動のきっかけは「季明ならどうするか?」であり、第1章で季明が安慶緒を相手に啖呵をきるシーンと今回のシーンが重なるのが激エモ。
「流れを変える」のが本章のキーワードとなっており、以下三点で物語の主要人物が流れを変えるorすでにできた良い流れを更に大きくしていく姿が描かれている。いずれも胸が熱くなるシーンで勇気をもらえる。
1.張永の芝居+自ら敵将に斬りかかって自軍の士気を高めたまま乱戦に持ち込む
2.異様なまでの強さを見せる采春の活躍(1の流れを大きくする+3へ繋げる)
3.勝利をおさめたのをきっかけに顔真卿が「この流れを保ちたい」と作戦の要でもある常山を支援するよう張永達に命令する
采春視点でいくつか気になる言及があり、人間模様のリアルさに共感できた。
・母が采春に女らしさを強要するのは母自身が自らの生き方に納得しておらず、型にはまらない采春に対して嫉妬しているからではないか
・兄の張永は見た目とは裏腹に繊細で優しく無理してでも他人に気配りをする「抱え込みタイプ」だから、妹の私がやや強引に近づいていかなければ
→張永視点からは「采春は喧嘩っ早いから尻拭いを俺がしなくては」と采春自身が手が出やすい性格であるかのように描かれていたが、正義感だけでなく兄を大切に思う気持ちがあってこそなのだと分かった。
これを踏まえて序章を読み返すと、兄のために輩を相手取ろうとしていたのがよく分かる。
采春が常山へ向かうため母親を説得する際に第1章で季明からもらった靴を見せており、このときのために履かなかったのか!!とプチ感動ポイント。
■第3章
采春の武の才に対する周囲の反応が平原城と常山城とで全く違うことが描かれ、張永が言っていた「外の世界に出してやりたい」が実現する形になっていて采春も活き活きとしているのが良かった。
※具体的には以下
・老女を守るために采春が突進してくる猪に向かっていき、返り血で服を汚しながらも仕留めたとき周囲の人の反応が好意的。
返り血に塗れた顔を拭ってくれたり、物をくれたりする。
・血塗れの服で顔家に挨拶に行くことになるが、特にお咎めなし。むしろ「威勢がいい」(意訳)と喜ばれ、歓待を受ける。
・采春も平原とは異なり同性から奇異の目を向けられず自然体で接してもらえることに驚き、うれしく思う
土門奪還作戦では敵の策略に気づけず一時は劣勢となるが、乱戦の中で張永が韋恬に作戦の指示を出して体制を立て直すことに成功。
長引く戦いの最中、張永がとどめを刺されそうになったところを韋恬は(追い詰められていたのが張永であるとはおそらく知らずに)矢を射て助ける。
辛勝した常山軍だが、張永が韋恬にお礼を言うと「お前を助けてしまうなんて父に顔向けできない、顔も見たくない」(意訳)と吐き捨てられてしまう。甘くない現実もこの物語の見所である。
※序章で語られた張永の冷遇のきっかけとなった豪雨にて、張永も韋恬も父親を亡くしている。韋恬は父の死を張永のせいにして恨んでいる。
共闘を経て死地を脱しても張永に対する韋恬の硬い態度が変わらず、今後この軋轢がどう物語に響いてくるのか気になった。
乱戦になる前、叛乱軍からの申し出で一騎討ちをすることとなり張永が半ば押し付けられる形で常山軍の代表として出るシーンについて。
ここでの張永の勝利が常山軍の士気を高めたから勝てたのだ(意訳)、と季明が勝利後の祝宴時に語っている。
本章のキーワードは「震源」であり、「流れを生み出す」「それまでの流れを変える」ことが震源と表現されている。
季明が「震源を増やして乱世を終わらせたい」(意訳)、「活きた字、言葉で人の心を動かし、自ら行動する人を増やし、ひいては世の中を良い方向に変えたい」(意訳)
と熱~~~い決意を張永に語る姿がシビれる。
ちなみにこのシーンの手前で季明が采春に対して「一つの戦場が終わる度に新しい靴を贈る。一緒に生きるのだから」とイケメン面でのたまうシーンがある。
第1章では慌てふためきながら靴を履かせていたのだが、本章では堂々と靴のことを口にしており対比の構図になっている。
詳しくは語られていないが、戦に巻き込まれるうちに季明が精神的に成長した+戦場に赴く采春はいつ命を落としてもおかしくないのである程度覚悟を決めて堂々と愛の告白をした……とかだったら悶える。
■第4章
友軍の寝返りにより常山ごと敵の手に落ちる衝撃の章。
第3章のやり取りが全てこの章の伏線なのかと思うと悲しくて涙が出た。3章の締めで季明から張永に平和な世になったら文官になるから仕える気はないかと将来の夢を語り合ったのが心に刺さる。
采春が単身洛陽を目指す道中で興行の一味の紅玉と出会うが、この出会いが物語にどう関わってくるのか楽しみ。
■第5章
序章でチラッと言及があった「僧俠」の志護和尚が張永のもとを訪れたのをきっかけに、塞ぎ込んでいた張永に少しだけ活力が戻るという意外すぎる展開に唸った。
張永の母が僧俠を嫌っている描写がこれまでにあったのでどう関わっていくのかと思っていたら、お供の圭々が見かけ上は素直でいい子として振る舞い大活躍。
張永の母が久方ぶりに食事をとれたので、張永の悩みの種が一つ減っていればいいな。
張永が過去の自分と圭々の姿を重ね、かつてほどの熱量はないものの第3章で季明と交わした約束を思い出しているシーンがあり、圭々と過ごすうちに張永も変わっていく兆しがチラ見えするのがエモい。
※季明→張永、張永→季明、圭々→季明というように生き様や志に影響され合っているのが良い
第1章で出てきた白?が稽古できるほど回復してよかった。
■第6章
洛陽に到着した采春が、罪人の死体が晒されようとするところへ出くわして常山城にいた顔一族の末路を知る場面がよくできている。
婦道からは外れる采春をありのままでよいと肯定してくれた季明、血塗れの采春を咎めもせずに温かく接してくれる親族たちとの出会いに「新しい世界」を感じていた采春は絶望に叩き落とされてしまう。
あまりの衝撃で冷静さを欠き紅玉が差し出した薬入りの水を飲んでしまうも、福娘と出会い仇である安禄山に近づくチャンスを得るまでの流れがドラマチック。
深い悲しみを原動力に変えて自ら安禄山に近づこうとする采春、序章から感じていたが生き方が強い。型に囚われず、勘の鋭さと身につけた武術で道を切り開くのがかっこいい!!
安禄山へ技を披露する舞台で安慶諸に顔を見られ牢獄へ連れていかれる采春だが、安慶諸は父と弟から命を狙われていると語り共闘を持ちかけてくる。
→まさかの共闘に興奮。「密約」ってこのことか!
安慶諸いわく「(常山の)女たちは殺しておらぬ」とのことだが、采春の恨みの感情は揺るがなさそう。
■第7章
対魏郡戦にて、命の危機に陥った張永の前にまさかの白?が登場し、危機を救って戦に勝利する。
ストーリー最序盤から張永の誤解を解こうと奔走していた白?が、安慶諸の襲撃で死にかけたときから悔しさを胸に己を磨き続けて再び張永を助けに現れるのが激アツな展開!
しかも張永が白?の姿を見てかつての己の情熱を思い出すのが良い。
■第8章
本作の主題の一つ、「理不尽に立ち向かう」ことを主な女性の登場人物たちが決意する章であり、武力に頼ってきた安慶諸が武力以外で将来的に国を治める方法を模索し始めるという変化が見られる章。
采春が獅子に立ち向かった姿に福娘が勇気をもらっていたと分かるシーンが個人的にお気に入り。
平原では周囲から浮いていた采春が福娘にとっての救いになるのが意外だった。女らしくないと悩んできた采春とは一見対照的に見える女性らしさの塊のような福娘自身も「女らしさ」に苦しめられてきた、根本的に同じ苦しみを抱えてきた者同士だったと判明する展開に脱帽。福娘の掘り下げがここまであるとは思わなかった。
・福娘:采春と共に長安に向けて旅をするなかで福娘の辛い過去が語られ、かつて暮らしていた長安の家で胞衣壺を掘り出しながら采春に「理不尽な現実に刃向かう生き方があると気づいた」と語る
・采春の母:志護和尚との会話の中で「国の都合のいいように扱われてきた女としての一生を今からでも変えたい」と思い、その決意を新しい靴を用意すると発言して表明する
・安慶諸:父・安禄山の命令に忠実に従ってきたせいで虐殺が起きたり無駄に兵が命を落とした。父が自分の話を聞いてくれないうえ、父に軽んじられている自分を周囲が見下すせいで、このまま武力によって父を殺した後も周囲に人が集まらないだろうという焦り
→別の方法を模索し始める
■第9章
平原に戻った張永が活力を取り戻した母からかつて季明が書いた「永」の字を見せられて迷いが吹っ切れる&かつての志と情熱を完全に取り戻して平原を出立する章。
乱世を変えたいと思い行動に移した母に背中を押された張永が、自身の周りにいる圭々、白?の中にも同じ志を見出し(二人の意思は知っていたのでここでは再認識ぐらいの温度感)、新しい皇帝の元へ顔太守と共に馳せ参じるという「狭義では平原を見捨てる行為」を大義を成すために自らの意思で行おうとするのが季明の遺志を継ぎ乱世を本気で変えようとする意気込みが感じられて非常に良い!!
■第10章
安禄山の殺害を目的を成し遂げた采春が季明や顔家の人達との温かい交流を思い出すが、安慶諸をその場で殺さず翌日も義理に欠けるから、と手をかけなかったのが印象的だった。
安慶諸がただ冷酷なだけの人間ではなく安禄山を殺す際に名前を呼ばれて斬るのを躊躇ったり、乱世を終わらせるために心を砕いている様子を見て、憎しみは消えずとも同じ血の通った人間だと知ったから行動に移せなかった面もあるのではないかと思った。
安慶諸が序盤で季明から言われた「一字、震雷の如し」を覚えており今になってその意味が身に沁みていると語ったのが今作一番の衝撃。
季明の言葉が安慶諸の中で生きていると分かったからこそ采春がもう一度だけ手を貸すと言い、憎い敵のはずなのにまだ共闘関係を続けようとする采春の精神的な成長に感動した。
安禄山の殺害時に采春が季明からもらった靴を履いていて、返り血で汚れてももう替えがない……という語りが季明の死をこれでもかと示してくるので、この後に続く「一字、震雷の如し」エピソード(前述)で季明の言葉が生き続けているのが一層引き立っているのが物語としての完成度が高すぎる!!
■第11章
燕軍vs.唐軍で一時的に燕についた采春と張永が戦場で相まみえるのが良かった!!
実際に刃を交えたのは志護和尚で、師弟対決が実現したのもドラマチック。
采春が福娘の元で学んだ化粧や女性らしい着こなし、振る舞いを軍から抜けるために使って張永に会いにくるのも成長が感じられて好き。
燕と唐、どちらにつけば平和な世を取り戻せるのか迷った采春が建寧王に直接問答するシーンでは、張永や母と同じように戦を経て自分なりの答えを模索しようとする姿勢が感じられて、平原にいた頃とは良い意味で別人になっている。
武功をたて活躍する采春とは対照的に、張永はその優しく世話好きな性格が災いして韋恬に殺されかける。周りにいた圭々、采春が韋恬を斬ったから良かったものの、脇腹を斬られてしまい長安奪還戦でも傷口が開いて苦しむことに……。
これだけ血生臭い争いに巻き込まれているにも関わらずお人好しな性格が一貫しているのが人を惹きつける張永の魅力なのかもしれない(なんだかんだで圭々も張永を慕っている)。
■第12章
前章で圧勝した唐軍だったが内輪揉めで建寧王が自害させられ、これからどうすべきか悩む張兄妹が描かれたエピローグ。
序盤で季明と見にいくはずだった碑をやっと見にいくと、そこには季明が刻んだ「永」の字が。
張永が季明の書いた「永」の字をずっと持っていて、ここで取り出すシーンが好き。張永にとって季明が精神的な支柱になっていたこと、季明の言葉が未だに胸の中で生きていることを「永」の字が象徴していて、その字を見て張兄妹がそれぞれ行くべき道を決める終わり方が物語として美しい。
印象に残っているのは、采春が安慶諸の元へ戻り権力争いに明け暮れる唐を外側から揺さぶりたいと言い、張永は広平王の元で新しい流れを絶やさずに紡いでいきたいと語るシーン。
→「離れていても、呼応する震源たりえる」と表現されている通り、二人とも戦乱の世を経験して世を変える一石となるため自ら信じる道を往くようになった。この二人の生き方が変わったきっかけは季明が言った「一字、震雷のごとし」であり、「言葉が人の心を動かし行動や考え方を変え、ひいては生き方を変えうる」証左になっているのが感動した。