ノンフィクションライター、放送大学非常勤講師、朝日新聞コメンテーターの高橋真樹が書いた現代のパレスチナ問題についての本。タイトルに「ガザ」とあるが、「ヨルダン西岸地区」についてもしっかりページが割かれている。この本の執筆のきっかけは2023年10月7日、パレスチナのガザ地区にいるハマスという組織が壁を越えてイスラエルの村を襲撃したことによるためだという。タイトルに「ガザ」がきているのはそのためだろう。
「2023年10月7日の事件をきっかけに、マスメディアやYouTubeなどで「よくわかるパレスチナ問題」といった解説がたくさん流れた。でも、いいかげんな内容や、誤解にもとづく情報も少なくない。まちがった情報でも、多くの人が事実だと思いこむと、それが一人歩きしてしまう。だから僕はこの本を書いた。」(高橋真樹「もしも君の町がガザだったら」p.27より)
2023年、ニュースでこの事件が報じられる度に、ハマスのことを「ガザ地区を実効支配する武装組織」だと説明するのを不思議な言い回しだなぁと思っていた。「テロリストが統治をしている国があるっていうこと?」とAIに聞いてみたのだが、返ってくるのはおかしな回答ばかりで、もっと意味が分からなくなった。そんなことをしていたら家族が池上彰の「20歳の自分に教えたいイスラム世界」という本を勧めてくれた。それを読んで頭の中の中東情勢が少し整理できた。私はエルサレムをイスラエルの首都だと思っていたくらい、中東へのイメージがぐっちゃぐちゃだった。ハマスという奴らが武力を行使してガザの人々を壁の中で支配しているのかと思っていたのである。ガザはパレスチナに2つある自治区のうちの一つで、もともとハマスはガザの自治政府の中心組織だと知った時、衝撃だった。
「攻撃したのはハマスというイスラム武装組織です。ハマスはそもそもイスラエルという国を認めておらず、これまでもたびたびイスラエルに攻撃を仕掛けてきました。そのためアメリカや日本はこの組織を「国際テロ組織」に指定しています。」(池上彰「20歳の自分に教えたいイスラム世界」p.18より)
「テロ組織」とは他国に「指定」されるものであるということを知った一節だった。たしかに自分たちのことを「テロ組織です。」という組織なんて所属メンバーのモチベーションが持続するわけがあるまい。
池上彰の「20歳の自分に教えたいイスラム世界」は各国の言い分が衝突する部分をかなり大胆に削って、因果の起点をさらり、さらり、と書いてある本だった。この本を読むと、どうしてイスラエルみたいな小さな国がこんなに国際的に存在感があるのかをスッと理解することができる。
一方、高橋真樹の「もしも君の町がガザだったら」という本は「パレスチナ問題」を真ん中に据えて解説をした本だ。池上彰が「20歳の自分に教えたいイスラム世界」で、オスロ合意の後、パレスチナはこういう風になってしまいました程度の説明で済ませていた部分を、高橋真樹は「オスロ合意」というものがパレスチナの人々にとってどんな問題がある内容であったかを説明する。加えて、イスラエルの行ってきた国際法違反を示し、「自治」という名で見えにくくなっているという「統治」の現実を明らかにする。
この本を読んで、先ほど引用した池上彰「20歳の自分に教えたいイスラム世界」の「アメリカや日本はこの組織を「国際テロ組織」に指定しています。」という一文をより重く感じるようになった。
「もしも君の町がガザだったら」の表紙を開くとカバーの折り込み部分に「ガザから世界を見てみると、ちがう景色が見えてくる。」という文が書いてある。「この視点」から読む本として、中高生から読める内容にするために多くの気配りがされており、文体として読みやすく、写真や地図等もたくさん入っていて、資料としても充実している。主張の芯は明らかながらも押しつけがましさがない。書き手の信念は強くあるけれど、最終的には読者の自発的な思考と行動に委ねてくれている。色々な「わたし」に分け隔てなく、広くに向けて書かれている良い本だ、と思った。
「いろいろな立場の話を聞くのはいいことだ。でも、「パレスチナ寄り」「イスラエル寄り」と分けて考えているかぎり、大事なことは理解できない。」(高橋真樹「もしも君の町がガザだったら」p.234より)と書いているのが特に印象に残った。パレスチナ自治区の状態がかつて南アフリカ共和国であった「アパルトヘイト」と似ている、と筆者は引き合いに出す。
「その時代に「アパルトヘイト反対」といっても「黒人寄り」と批判されることはなかった。ポイントは白人の味方か黒人の味方かではなく、人種差別への反対だからだ。「黒人寄り」とか「白人寄り」という立場は存在しない。」(高橋真樹「もしも君の町がガザだったら」p.235より)
いま一度、この時代に何が脅かされているのか、良く考えたい。
この先は、「もしも君の町がガザだったら」の感想からはちょっとずれてしまうのだけれど、このテーマについて考えたきっかけはもう一つある。
「もしも君の町がガザだったら」を読もうと思ったのは、2026年2月28日にアメリカとイスラエルがイランへの攻撃を開始した、という報道があり、自分の中で再度中東情勢を整理したくなったからだ。池上彰の「20歳の自分に教えたいイスラム世界」をもう一度読むことも考えたのだけれど、去年から池上彰の「知らないと恥をかく世界の大問題」のシリーズを読んでいて、その9巻目のエピローグにこういう文章が書いてあった。
「私はこれまで、「どんなニュースもわかりやすくできるのではないか」と取り組んできました。とにかくニュースは難しいと、ニュースを敬遠している人に「こういうことですよ」と解説をすると、あくまで前段の話をしているつもりが、納得してそれでおしまいという気配が見えることがあります。それは大変、不本意です。
これからもあなたには、多様な見方や考えるきっかけを提供したい。そこから先は問題意識を持って、自らその答えを考え抜く努力を重ねていってほしいと思います。」(池上彰「知らないと恥をかく世界の大問題 9」p.216より)
この文を受け、池上彰の「20歳の自分に教えたいイスラム世界」を再度読むことは避け、「もしも君の町がガザだったら」という本を手に取った次第である。