作品一覧

  • 後期日中戦争 太平洋戦争下の中国戦線
    値引きあり

    後期日中戦争

    ビジネス・実用

    3.4
    1~2巻517~528円 (税込)
    真珠湾攻撃の裏で起きていた、敗北。 41年12月以降、中国戦線では何が起きていたのか? 気鋭の中国史研究者が空白の戦史を埋める! 日本人は、日中戦争を未だ知らない。 1937年の盧溝橋事件、南京事件や38年の重慶爆撃までは有名だ。 しかし、41年12月の太平洋戦争開戦後、中国戦線で日本軍がどのような作戦を展開していたのかは、対米戦の陰に隠れ、意外な程に知られていない。 主要作戦に従軍し続けた名古屋第三師団の軌跡から、泥沼の戦いとなった中国戦線の実像を描く! 新たな日中戦争史。 ■1941年12月~42年1月、手痛い敗北を喫した第二次長沙作戦 ■731部隊の細菌戦となった戦場、浙カン作戦 ■一方的な勝利となった江南殲滅作戦。その中で起きたもう一つの虐殺・廠窖事件の実相 ■毒ガス戦と中国版スターリングラード攻防戦となった常徳殲滅作戦 ■補給なき泥沼の戦いとなった一号作戦(大陸打通作戦) 中国戦線は太平洋戦争に引きずり込まれていた! 【目次】 はじめに 第一章 最初の敗北――第二次長沙作戦 第一節 因縁の長沙 第二節 日中両軍の作戦部隊の戦力比較 第三節「天炉」の中へ 第四節 長沙攻略戦 第五節 長沙突入と敗走 第二章 細菌戦の戦場――浙カン作戦 第一節 大本営のプライドをかけた戦い 第二節 敵味方を苦しめた細菌戦 第三章 暴虐の戦場――江南殲滅作戦と廠窖事件 第一節 江南の敵野戦車を撃滅せよ 第二節 「太平洋戦争期で最大の虐殺」はあったか 第四章 毒ガス戦の前線――常徳殲滅作戦 第一節 明確な戦略なき作戦 第二節 第六戦区主力との戦い 第三節 常徳城の占領 第五章 補給なき泥沼の戦い――一号作戦(大陸打通作戦) 第一節 一号作戦 第二節 湘桂作戦 おわりに 他
  • 後期日中戦争シリーズ【3冊 合本版】
    値引きあり

    後期日中戦争シリーズ【3冊 合本版】

    ビジネス・実用

    -
    1巻1,364円 (税込)
    『後期日中戦争』日本人は、日中戦争を未だ知らない。1937年の盧溝橋事件、南京事件や38年の重慶爆撃までは有名だ。しかし、41年12月の太平洋戦争開戦後、中国戦線で日本軍がどのような作戦を展開していたのかは、対米戦の陰に隠れ、意外な程に知られていない。主要作戦に従軍し続けた名古屋第三師団の軌跡から、泥沼の戦いとなった中国戦線の実像を描く! 新たな日中戦争史。中国戦線は太平洋戦争に引きずり込まれていた。『後期日中戦争 華北戦線』三光作戦に改めて光を当てる。1945年8月15日の敗戦以後も日中戦争は続いていたーー。前書の華中戦線に続き、日本軍と国共両軍の三つ巴の戦場となった華北戦線の実態を明らかにし、完全敗北へと至る軌跡と要因、そして残留日本兵の姿までを描く。結局、日本軍は華北民衆を味方にできなかった。『傀儡政権』1931年の満洲事変以後、日本が中国大陸へ進出する過程で中国人(または満洲人・蒙古人)を首班とする現地政権がいくつも生まれた。それは、親日傀儡政権(中国語では偽政権)と呼ばれた。汪兆銘、殷汝耕、王克敏、梁鴻志。戦後、「漢奸」とされた傀儡政権の指導者たち。彼らの行動は、和平という名の降伏に過ぎなかったのか!?卑劣なる売国奴か? 火中の栗を拾った「愛国者」か? いったい、彼らは何をしたのかを明らかにする。満洲国以外にもあった、闇に葬り去られた政権が最新研究で甦る!※本電子書籍は、2019年12月に刊行された『傀儡政権 日中戦争、対日協力政権史』、21年4月に刊行された『後期日中戦争 太平洋戦争下の中国戦線』、24年3月に刊行された『後期日中戦争 華北戦線 太平洋戦争下の中国戦線2』の3冊を収録した合本形式での配信となります。
  • 傀儡政権 日中戦争、対日協力政権史
    値引きあり

    傀儡政権 日中戦争、対日協力政権史

    ビジネス・実用

    -
    1巻517円 (税込)
    汪兆銘、殷汝耕、王克敏、梁鴻志。 戦後、「漢奸」とされた者たち。彼らの行動は、和平という名の降伏に過ぎなかったのか!? 卑劣なる売国奴か? 火中の栗を拾った「愛国者」か? いったい、彼らは何をしたのかを明らかにする。 満洲国以外にもあった、闇に葬り去られた政権が最新研究で甦る! 1931年の満洲事変以後、日本が中国大陸へ進出する過程で中国人(または満洲人・蒙古人)を首班とする現地政権がいくつも生まれた。 それは、まるで操り人形のように日本側の意のままに動いたため、親日傀儡政権(中国語では偽政権)と呼ばれた。 日本が中国占領地を統治するのに必要不可欠だったその存在を抜きに、日中戦争を語ることはできないが、満洲国以外は光があたっていない。 最新研究に基づく、知られざる傀儡政権史! 「研究を始めると、中国側はやはり漢奸や傀儡政権は悪であるという前提で論じられているため、客観的分析に欠けていることがわかりました。これは戦争で被害を受けた立場であり、かつ現在の政治状況では、そのように論じてもやむを得ない事情があります。  一方、日本側は、実証面では中国側に勝っていますが、特定の漢奸や傀儡政権に関心が集中し、全容をとらえるような研究が不足していました。欧米の研究は、二〇〇〇年代以降になって盛んになってきましたが、日中の研究の蓄積にはまだ及びません。(中略)  本書をとおして、漢奸たちの本心はどこにあったのか、彼らはなぜ傀儡政権を建てて日本に協力したのか、傀儡政権では何が行われていたのか、日本軍は漢奸と傀儡政権をどう操っていたのかという点を明らかにしていきます。」 ※本書は2013年7月に社会評論社より刊行された『ニセチャイナ』を再編集し、最新研究を踏まえて加筆修正をしたものです。
  • 戦争と芸能 そのとき、どんなことが起きていたのか?

    戦争と芸能 そのとき、どんなことが起きていたのか?

    小説・文芸

    -
    1巻2,090円 (税込)
    そのとき芸能人は何をし、兵士は何を求め、戦場ではどう戦っていたのか? 時代の波に翻弄された、芸能界の人々。銃弾の飛び交うなか、慰問袋を待ち望み、戦った兵士たちの心境とは? 新資料と証言に基づく多くの逸話は読む者の胸を打つ。 戦争研究において政治的、軍事的アプローチは大量になされ、蓄積もされてきた。しかし、民衆が愛してやまない、ゆえに人々とともに戦場に動員された「大衆娯楽」、翼賛を余儀なくされた「日本芸能界」に着目、それらの地点から戦争をとらえようとする研究は手薄である。本書は、こうした先行研究の空白部分を埋めるべく、志を同じくする三者が集まることによって、各々別の角度から検証し、研究の深化を図ろうとするものである。……はじめにより
  • 七三一部隊の日中戦争 敵も味方も苦しめた細菌戦

    七三一部隊の日中戦争 敵も味方も苦しめた細菌戦

    ビジネス・実用

    3.6
    1巻999円 (税込)
    七三一部隊にとどまらない細菌戦の実態 日中戦争のさなか、人体実験や細菌兵器の開発と製造に携わったとされる関東軍防疫給水部、通称七三一部隊。組織の中心にいたのは、部隊長・石井四郎を筆頭とした、日本を代表するエリートたちだった。また細菌戦は満洲の七三一部隊だけではなく、他の四つの部隊でも実行された。日中戦争史の専門家が、陸軍参謀本部の視点や作戦史も踏まえながら、細菌戦の知られざる実態に迫る。なぜエリートたちが細菌戦にのめり込んだのか? 【本書の要点】●細菌兵器はもともと対ソ戦で使うはずだった ●七三一部隊は石井四郎を中心とした京都帝大医学部閥 ●葛藤しながらも細菌兵器の製造に加担した軍医たち ●新発見! 「藤原ノート」が示す重要な事実 ●ペスト菌に感染させたノミを投下するPX攻撃 ●中国軍も細菌戦を実行していた? ●日本本土で細菌兵器が使用されたかもしれない 【目次】●序章:七三一部隊と細菌戦の研究史 ●第1章:細菌戦部隊の実像 ●第2章:細菌戦の始まり 一九四〇年浙江省寧波・衢州・金華の細菌戦 ●第3章:日中戦争最前線での細菌戦 一九四一年常徳細菌戦 ●第4章:「後期日中戦争」と細菌戦 ●第5章:華北における細菌戦 ●終章:細菌戦部隊の最後

ユーザーレビュー

  • 七三一部隊の日中戦争 敵も味方も苦しめた細菌戦

    Posted by ブクログ

    731関連部隊の細菌戦の実態、実際にどのくらいの人がどの地域でどの時期に被害を被ったかは知らなかったので大いに学べた。

    0
    2026年02月02日
  • 七三一部隊の日中戦争 敵も味方も苦しめた細菌戦

    Posted by ブクログ

     1928年に中国の奉天で張作霖(ちょうさくりん)爆殺事件に端を発し、1931年の満州事変「中国名は柳条湖(りゅうじょうこ)事件」、1937年の盧溝橋(ろこうきょう)事件と日中全面戦争は、別名「日中15年戦争」と言われる。日本軍は中国において長期的に侵略と謀略を繰り返し、国民党軍と中国共産党軍は中共合作をもって、連合国の支援も受けながら日本軍に徹底抗戦した。
     本書は、日中戦争とその後のアジア太平洋戦争期の中国で行われた日本軍の細菌戦を、日本側に残る資料や元兵士の証言、中国の資料、戦後ソビエトに抑留されたハバロフスク裁判録など、多彩な資料を縦横に駆使し、日本軍七三一部隊の細菌戦をあぶり出す。1928年のジュネーブ議定書で国際的に細菌・化学兵器が戦時利用できなくなったにもかかわらず、物資確保のため東南アジアに戦端を広げたことで、中国で戦闘を続ける日本兵の補充の代わりに細菌戦を活用したとする。日本軍が中国で細菌戦を始めることになった日本軍の事情、細菌戦の具体的作戦内容と実際の行動、細菌戦の中国の被害と対策、及び日本軍にも被害が及んだ悪名高い浙贛作戦(せっかんさくせん)を詳細に検証する。なお、今日に至っても日本人の一部は七三一部隊が行ったことに目を背け、その歴史に蓋をするどころか、「自省史観」で捉えるべきところを「自虐史観」の大合唱となっている。日本政府の消極的な対応は、2025年3月21日に参議院予算委員会で七三一部隊を取り上げた日本共産党の山添拓偽委員の質疑に対して、中谷防衛大臣が従来の日本政府の見解を踏襲し、「七三一部隊の存在は認めるが、活動の詳細を示す史料は見あたらない」と答弁している点からも明かである。敗戦から80年を迎える今年、日本の加害の歴史に向き合うべく、多くの人が本書を手に取って、歴史の事実の積み重ねと向き合って欲しい。

    0
    2025年08月01日
  • 後期日中戦争 太平洋戦争下の中国戦線

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    ”後期の日中戦争”どころか”日中戦争”自体
    しっかりと理解できていない人も多いのでは?
    もちろん自分もその一人。
    「陸軍は中国大陸では最後まで優勢だった~」的論を
    聞くこともある。

    ”太平洋戦争下の中国戦線”としての”後期日中戦争”、
    興味深い内容でした。

    0
    2021年05月12日
  • 後期日中戦争 華北戦線 太平洋戦争下の中国戦線2

    Posted by ブクログ

    本書は同タイトル「後期日中戦争」の前作に続いて、華北での日本軍と中国軍の戦いに特にフォーカスしたものだ。前作同様、太平洋戦争の中心として語られる海戦や南方の島々で行われた闘いと比較し、目立って語られる傾向が少ない中国での戦争が中心となる。前作が華中から華南の闘いがメインであったが、本作は華北の戦いが中心となる。華北と言えば日本が傀儡政権を樹立した満洲国に近い位置であるから、かなり激闘が繰り広げられた事が想像されるが、近年細菌戦が話題になる迄は、それ程スポットライトが当てられなかった様に思う。華中華南の戦略に関しては、太平洋戦争の主戦場と主敵である太平洋戦線そしてアメリカとの戦いに大きく影響を受けたのは前回のレビューに記載した。一方本作は前述した様に中国自体を主敵とした、本来的な意味での中国戦線と言えそうだ。とりわけ中国内部の国共内戦でいずれ力をつけることになる、共産党軍との戦いが主となっていく。よって中国ならではの敵の敵は味方と言わんばかりに、国府軍、共産党の八路軍、そして日本といった三つ巴の戦力が、水面下だけでなく表立って手を組み、また敵に周りと、展開も目まぐるしい。特に北方で力を持った私兵勢力が複雑に絡み合い、敵味方に分かれて戦う辺りは、さながら三国志の時代を彷彿させる。
    日本軍はそうした中で百団大戦に始まり、共産党八路軍のゲリラ戦術に散々悩まされていく。中国軍が得意とする奥地まで迎え入れた上で一挙に殲滅を計る戦い方、加えて民衆に混じって、昼は農夫、夜は兵士に姿を変える便衣兵など、日本側にとっても最早誰が敵で誰が民間人なのかもわからない。次第に消耗しストレスを抱える兵士たちの暴挙は「三光作戦」の状態になるべくして、なっていく。態々、焼くな犯すな殺すなというお触れ書きを公式に出さざるを得ない状況は、地獄の様な状況で誰もが鬼と化す姿が目に浮かぶ。家を焼き女を陵辱し食べ物を奪う、その恨みが現代まで続く反日思想の種になっている事は言うまでも無い。家を焼かれた恨みは生涯忘れないという記述が心に重くのしかかる。
    現在でも必ずしも良好とは言えない両国の関係には根底にこの様な歴史観がある事は間違いない。今を生き未来を築く我々自身が、深く学び、時に反省すべきを反省し、しっかりとした罪の意識を持たなければ、国家レベルだけでなく民間レベルの友好関係も絵に描いた餅になってしまう。今一度かつての両国間に何があったか学ぶ時期が来ている事を認識させる一冊。
    前作に続き今中国との関係改善に向けた話し合いをするにあたり、何から話すべきかスタート地点を教えてくれる内容ではないだろうか。

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    2026年03月11日
  • 後期日中戦争 太平洋戦争下の中国戦線

    Posted by ブクログ

    中国と言えば、東西に5,000km、南北に5,500kmに及ぶ広大な国土を持ち、14ヵ国と国境を接している。この広大な国土面積はロシアやカナダに次ぐ世界3位(国境紛争地を除くと4位とも)である。この中国とかつて戦争を繰り広げた日本は、世界61位程度の面積しか持たず、国土面積の比較で言えば中国は日本の26倍の面積と、10倍以上の人口を持つ巨大国家である。太平洋戦争が開始された1941年の時点では中国の人口は5億人内外、日本は7350万人だから、この頃で既に中国は6〜7倍の人口であった。その様な巨大国家に対して侵略を開始したのは太平洋戦争開始より早く1937年の盧溝橋事件であり、日本は太平洋戦争期を通して足掛け8年中国と戦っていた事になる。因みに当時の呼び名は支那事変、今では日中戦争と呼ばれる(「支那」は当時の日本が中国を侮蔑する意図を含んだ言い回し)。
    その頃の日本は軍国主義で大陸にも資源を求めて進出していたものの、それだけ広大な土地と多くの人民を抱える中国全体を支配するだけの国力も兵員も居ないから、当初の目論見通り、北に満洲国を設立したまでが目的が明確な時期であったと言える。裏を返せば、その後の日中戦争に大きな国家的な目的もなく、目標(例えば中国全土を侵略し支配下に収めるなど)も曖昧な状態であった。かつての日本がアジア太平洋戦争を引き起こし、対米戦線で太平洋を中心に熾烈な戦いを繰り広げる陰で、あまりフォーカスされてこなかった中国大陸での戦いがどの様なものであったか。それを中心に記されているのが本書だ。私も正直なところ、盧溝橋事件前後を取り扱う書籍は何度か目にした事はあったが、後半の事は余り知らないでいた。本書ではその中国戦線の太平洋戦争開始後の時期を「後期日中戦争」として、そこで繰り広げられた様々な戦いと、それらの散発的な目的感及び、太平洋戦争との関連性の観点から説明していく。また、最近中国で話題になった細菌兵器を作った731部隊と日本兵の関わりについても触れている。
    前述した様に、遥かに大きい国土を持つ中国に対して、日本がそれを占領下に置き、支配し続ける事は不可能であるから、そこで繰り広げられた戦いの多くは、太平洋戦争のアメリカと日本の戦況に大きく影響していた。アメリカは中国の飛行場を利用して、日本本土を爆撃するB29を飛ばしていたから、それらの飛行場の破壊などがその例である。また次第に対米戦局が厳しい状況になると中国に駐留する日本軍は南方方面へ屈強な兵力を転用し始めるなど、武器も兵員数も圧倒的に劣り、資源すらもままならない日本は、そうやって兵力を使い回す以外に方法を持たない。その様にある意味いい様に使われた兵力であるが、中国大陸で如何にして戦っていたか、中々新鮮な内容であった。そして、そこに中国国内の国共内戦が大きく影響してくるから、更に事情を複雑にしており、現代に続く中国と台湾の状況を理解するのにも役立つ。
    中国軍は日本に対して、その国土の広さを武器に、自分たちに有利な地形まで日本軍を深追いさせ、最後には圧倒的な兵力で殲滅を図るという戦い方を得意とした。だがその過程で兵站が伸び切って、食糧不足や風土病(前述した細菌兵器は味方をも被害に晒す)に悩まされる日本軍が、現地で犯した一般市民への略奪行為は、今なお中国人の心に深く恨みを刻む結果となる。戦後も現代に至るまで多くの禍根を残した中国戦線。現代を生きる我々にとって、この歴史を学ぶ事の重要性は高いし、何も知らずに反日感情に揺れる中国に対抗する様に、中国を批判的な目で見る事は絶対に避けなければならない。身内を殺され、日本兵に陵辱され、食べ物を奪われた恨みは、のちの世代にまで教育を用いて継承されていく。正しく歴史を理解する一助となる本書について、益々反日感情を強めている今だからこそ、読んでみるのも良いのではないかと思う。

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    2026年03月08日

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