小学5年生の美舟は「(将来の夢は)地道にまっとうに生きること」と作文に書いた。一方で、ほかの子どもはそれぞれスポーツ選手や宇宙飛行士などの具体的な目標を書いた。では果たして、将来の夢を「地道にまっとうに」としか言わない美舟は、ほかの子どもに後れをとってしまうということなのだろうか。
そんなことは現
...続きを読む実世界では誰も立証できない。でも物語にしたら面白そう…ということで、作者は美舟を中心に、お母さんとお父さん世代、おばあちゃん世代、そしてべんり屋で働く20代前半のカズ君などの年齢が多様な登場人物を配して、様々な人生をぎゅっと1冊に詰め込んでいる。そして読者は、いくら外見は平凡でも、それぞれの人生をじっくり見ると、本当はアップダウンが多いというのがわかる。そう、まるで尾道の町のように。
そもそも尾道の町って、道は狭いし坂は多いし…で、ほかの町に住む人から「尾道に住んでるの?大変ね」と言われるようなところなのだろうか。でも尾道に住んでいる人の多くは否定するだろう。それどころか「こんないい町、ほかにはないのに」と反論されかねない。
人生でも同じだろう。でも美舟が「地道にまっとうに…」と言う場合、「尾道みたいに住むのがめんどくさいところよりも、とりあえず広島とかの方がいい」と言うのと同じニュアンスに聞こえる。だから、いくら美舟が小学生であっても、いろんな人生を上っ面ではない部分も含めて、もう少し注意深く観察する必要があるのではないか。
この本では、美舟の同級生の兄が小さいときから野球がうまくて高校に特待生として入っていたけれど…という話が出てくる。彼はおそらく将来の夢をずっと「プロ野球選手になる」と言い続けていたはず。でも、もし人生の途中で、そうなれないような事情が、本人の意思にかかわらず突然降ってわいてきた場合、どうしたらいいのだろうか。
この本でも示唆されているが、おそらく大多数の人は、小さいときに描いた将来の夢をかなえられずに人生を送ることになる。だがすべてひっくるめて自分の人生の良さを見つけ、「いや、それでもいい人生だよ」と肯定できるようになりたい。他人からはどう見られようとも。
この本はフィクションなので、紆余曲折があって自分の人生が結果的に夢とは違う形になっても、それを受け入れるようなシチュエーションが数多く盛り込まれている。
一方で美舟は小学生のままで物語を終えるので、彼女の人生がどういう経過をたどるのかはこの本ではわからない。しかし美舟がひと夏を過ごし、「地道でまっとうな人生」以外の様々な他人の人生の真実に触れたとき、人の生き方というもののとらえ方が少し変わったようだ。小学生の読者はがんばってそこを読み解いてほしい。
そして、その体験こそが、「美舟」という、あまり他所では見ない自分の名前のなかに、自分の中身を的確に言い表したかのようなポジティブな意味に気づくきっかけになっている。小学生のうちに自分の名前の真の意味に気づくことは、心の成長のために重要だということも、この本は教えてくれている。
最後に蛇足なのだけど、この本ではべんり屋の看板に「てごします」(お手伝いしますの意味)という文言が出てくる。私の妻は中国地方出身なので聞いたら、「てご」と短く切るよりも「てごー」と発音するほうがネイティブに近いと教えてくれた(笑)。用例:てごーしてつかーせー(手伝ってください)。