高月園子の作品一覧
「高月園子」の「5歳からの哲学」「「争い」入門」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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ビジネス・実用
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Posted by ブクログ
セラピストである著者が依頼者カップルによく言うという
「あなたたちの最初の結婚は終わりました。
さて、これから二度目の結婚生活をともに築きたいと思いますか?」
との言葉どおり、不倫が夫婦関係に及ぼす正負ふくめたさまざまな影響を示す内容。
夫婦(同性婚カップルも多数登場するが用語は慣用にてお許し下さい)のことだからその夫婦に任せればよいというにはあまりに当事者の苦しみは大きく、しかし原因は不倫をした当事者だけにあるのではない。
そこに善悪や責任といった安易な線引きをせず、豊富なカウンセリング経験から引き出したグローバルかつめちゃくちゃ豊富な実例から、不倫が夫婦にもたらす可能性(繰り返すが正負ふくめて)を描いている。
著者の関心はもともとセックスレスの解消にあり(有名なTED Talkもその話題)、不倫について語るときも、関係が冷ややかに死んでいる状態に比べれば、不倫はそれを揺り動かす可能性があるという観点に立っているように読める。ただし著者が言うように、
「不治の病になったことで人生がポジティブな方向へ一変するような経験をする人も多くいる。とはいえ私は癌になることを人に勧めないのと同じくらい、不倫することも勧めない」
わけだが。
かつてと異なり、現代の結婚は配偶者に「互いにとってのソウルメイトから恋人、教師、セラピストに至るすべて」になることを求めるようになった。そうできりゃいいですけど、難しいですよそれは。その難しさの発露の一つが不倫であって、不倫は現代の結婚に伴う約束というか契約に違反する行為というわけだ。
生育歴やバックグラウンドにしている文化によって、夫婦間に小手先の対処じゃどうにもならない齟齬が実は存在したことが、不倫によって明らかになる、そういう実例も出てくる。不倫は「悪しき不誠実な人間が一方的に犯す罪」とは違う何かだなという新たな認識を得た。
また、不倫が大ごとになるのは、自己の承認を配偶者にだけ求めているからだというのもなかなか耳の痛い話であった。
Posted by ブクログ
災害時になぜかユートピア的な利他的なコミュニティがたちあがることについてのソルニットの本。
ソルニットは、社会変革のアクティヴィストだったり、フェミニズムの論者だったり、歴史社会文化に関する著作家であったり、さまざまな側面があって、それぞれに素敵な本を書いている。
そうしたソルニットの作品の一つで、以前から気にはなっていたが、なんとなく本の内容は想像できる感じがしたので、読むのを先送りにしていた。
2020年に定本という形で全訳版がでたのを発見して、遅ればせながら、読んでみた。
まずは、本が届いてその厚さに驚いた。注までいれると500ページを超える大著である。なんとなく、300ページくらいのエッセイ集のようなものを想像していたのだ。
で、読んでみると、これまた本格的な文献と可能な範囲でのインタビュー調査を踏まえた本格的な論考になっている。
話は20世紀初めのサンフランシスコ地震から始まる。地震とその結果生じた大火事の影響で避難民がでたのだが、かれらのなかで自発的な利他的なコミュニティが立ち上がっていく姿が感動的に描かれる。そして、このことによってその後の人生が変わった人たちの話が紹介される。一方、良いことだけではなく、大災害にともなってエゴとエゴとのぶつかりあい無法状態、財産の略奪をおそれた権力側が、軍隊や警察をつかって法と秩序をもたらそうとして、より被害を拡大していく、いわば災害を人災化していくプロセスも描かれている。
この話しを起点にハリファックスの大爆発、ロンドン大空襲、メキシコシティ大地震、911と議論は進み、最後はカトリーナによるニューオリンズの被害などで、同じようなことが生じていることを丁寧に紹介している。
アメリカの事例が中心であるが、まずは、ここまでしっかり調査してくれていることが素晴らしいと思った。
その上で、災害時などにおいて、
・厳しい状態のなかで人間は利他的な行動をとり、ユートピア的なコミュニティが生まれ出るということは、しばしば起きるということ
・一方で、権力者側では、秩序が崩壊すると、略奪行為、残虐行為など無法状態が生じるという固定観念が強く、実態を悪化させる傾向があること
・そして、災害がおさまると、また日常が戻ってきて、ユートピア的なコミュニティは消滅する傾向にある
ということが傾向としてあることを指摘している。
いわれてみれば、そうだろうなと思うのだけど、現代の社会の常識では、やはり災害時においてはエゴイスティックな無法状態になるのではないかという恐れが相当に強いことを再確認した。これは人間性に関する近代的な利己的な個人という仮定が自明のこととして埋め込まれている感じ。
この本で書かれていることは、わたしがここ数年ぼんやりと考えていた問題意識にとても近いことがわかった。
まずは、ハンナ・アーレントの議論で、市民参加の直接民主主義的な評議会が革命時などにおいてしばしば生じるというものがあるのだが、ここでソルニットのいう災害ユートピアはきわめて近いものがある。(パリ・コミューンについては、アーレントもソルニットも言及している)
アーレントは、その評議会は短時間しか生じないのだが、それを持続できる可能性はないかということを考えていて、そのあたりへの関心も共通するものだと思う。(ソルニットがアーレントに言及していないことが不思議だ。これだけたくさんの文献調査をやっているわけだから、読んでないわけでもないと思うのだが)
そして、もう一つの関心時は、組織開発などで、組織がカオスになるとそこから自己組織化であたらしい組織が生まれ出てくるという議論があって、そういうことがあることはそのとおりなのだが、そうした自己組織化のコミュニティの脆弱性やそれを抑圧・管理しようとしたりする権力の働きも自然な反応ででてくると思っていて、そのあたりがずっと気になっていた。
組織は、社会よりも規模は小さいので、そこはうまくマネジメントできるのかもしれないが(マネジメントというところで自己組織化ではないわけだが)、カオスが生み出すネガティブな側面についても意識する必要性、そして自発的な活動の持続性への意識をもつことの重要性を再確認した気がした。
もちろん、この本が、災害時、そして社会的な活動を行なっていく上で重要な視点を与えてくれることは間違いない。(個人的には、利他的な市民側コミュニティと利己主義にもとづき既存の権益をまもろうとする権力側という対立構造を強調しすぎるのはあまり良くないと思っているが。。。)