あつかうテーマの壮大さ、面白さ、さらに読みやすさから、全ての人にお勧めしたい2017年発行のブルーバックスの1冊です。
本書があつかうのは古気候学。有史以前の気候変動を解明する研究で、基本的には地質学の一分野。解明する手段としては、放射性炭素法、花粉分析、年輪年代学などがありますが、本書が主題とするのは福井県にある水月湖の「年縞」です。
年縞とは、湖底などの堆積物によってできた縞模様のこと。
水月湖の底には、7万年以上の歳月をかけて積み重なった年縞があり、いくつかの奇跡が重なってできた世界的に珍しい貴重なもので、考古学や地質学における年代測定の「世界標準」になっています。
縞模様は季節ごとに異なるものが堆積することにより形成され、春から秋にかけては土やプランクトンの死がいなどの有機物による暗い層が、晩秋から冬にかけては、湖水からでる鉄分や大陸からの黄砂などの粘土鉱物等によりできた明るい層が1年をかけ平均0.7mmの厚さで形成されます。したがい、年縞に含まれる花粉の化石を調べれば、当時の植物分布がわかるし、現在の表層花粉と比較分析すれば当時の気温も推定できることになります。
著者の中川毅さんは立命館大学古気候学研究センター長。水月湖底の年縞を世界標準にしたプロジェクトのリーダーであり、「時を刻む湖」(岩波科学ライブラリー)の著書もあります。
地球は365.25日かけて公転しますが、その軌道はおよそ10万年の時間をかけて、円くなったり長細くなったりを繰り返します。一方、南極の氷に含まれる酸素と水素の同位体比から復元した、過去80万年の気候変動を見ると氷期と温暖期は10万年ごとにリズミカルに繰り返しています。大雑把に言えば、公転が円い時期は氷期であり、細長い時期は温暖期となります。
しかし、水月湖の湖底から見える風景はもっと複雑です。
○氷期と間氷期が繰り返す中、人類誕生以来、その歴史の大半は氷期だった。
○現代の温暖化予想は100年で最大5℃の上昇だが、今から1万1600年前、わずか数年で7℃にも及ぶ温暖化が起きていた。
○東京がモスクワになるような、今より10℃も気温が低下した寒冷化の時代が繰り返し訪れていた。
○温暖化と寒冷化のあいだで、海面水位は100メートル以上も変動した。
○縄文時代の始まりは日本における温暖期の開始時期
○平均気温が毎年激しく変わるほどの異常気象が何百年も続く時代があった。
○氷期の終わりは世界的な農耕の拡大時期
○夏の日射量が、中緯度の気候を左右する決定的な要因のひとつ。日射量は23,000年で一巡する歳差運動に影響する。夏の日射量が多い年は温暖となる
さらに、「氷期が終わって気候が安定してから、今まですでに1万1600年もの年月が流れている。古気候学の知見によれば、過去3回の温暖な時代はいずれも、長くても数千年しか持続せずに終わりを迎えた。つまり今の温暖期は、すでに例外的に長く続いているのである」という恐ろしい見解もあります。
そして著者は「不測の事態を生き延びる知恵とは、時間をかけて『想定』し『対策』することではない。(中略)必要なのは、個人のレベルでは想定を超えて応用のきく柔軟な知恵とオリジナリティーであり、社会のレベルでは思いがけない才能をいつでも活躍させることのできる多様性と包容力である」と断言します。
とにかく面白いブルーバックスの科学読み物。老若男女全ての人にお勧めしたい本です。