新城道彦の作品一覧
「新城道彦」の「朝鮮王公族―帝国日本の準皇族」「朝鮮半島の歴史―政争と外患の六百年―(新潮選書)」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「新城道彦」の「朝鮮王公族―帝国日本の準皇族」「朝鮮半島の歴史―政争と外患の六百年―(新潮選書)」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
ビジネス・実用
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Posted by ブクログ
帝国日本に支配された地域の元為政者について,どれだけの知識を持っているかと言われると,恥ずかしながらあまり持ち合わせていない。「満洲国」においては,宣統帝溥儀の名が,弟溥傑やその妻である『流転の王妃』浩とともによく知られている。
かたや朝鮮王朝(大韓帝国)においては,近代日本史で大院君や閔妃を知るだけかもしれない。閔妃は,誰の妃なのか,そこまで掘り下げて教えてくれた日本史の高校教師はいただろうか?『映像の世紀』第11集には,幼少期の李垠が伊藤博文とともに数秒登場するが,その後彼がニュースになるのは,梨本宮方子と結婚する程度であったかもしれない。あるいは,赤坂プリンスホテルの旧館(現在の赤坂プリンス クラシックハウス)が旧李王邸だった事実くらいだろうか。
要は,植民地支配下における朝鮮王公族の暮らしぶりやその後について,全く知る由も無かった。本書は,このように埋もれた重大な関心事に対して,私の目を覚まさせてくれた一冊だと言える。
各章は,新書としては長めの設定であったが,韓国併合時の処遇,帝国日本における処世,王公族としての葬儀の変遷,戦時・戦後の生活と,うまくまとまっていたと思われる。とくに著者の力がこもっていたのは,第3章第3節「李太王と李王の実録編修」の部分で,『朝鮮王朝儀軌』の一次資料的価値,それに基づいて帝国日本のもとで編修された『李太王実録』などの意義を語る部分であろう。190頁の最終パラグラフが,著者のこの本における真のメッセージだと捉えている。
Posted by ブクログ
[「家」と「国」の間で]韓国併合に際し、王公族という名目で新たに「準皇族」として帝国日本の枠組みに取り込まれた、大韓の皇帝たちの歩みをまとめた作品。現代から振り返るとあまりに「微妙な」立ち位置にあった一族の歴史や考え方に光を当て、日本と朝鮮の歴史に新たな視点をもたらしてくれる作品です。著者は、九州大学韓国研究センターの講師などを歴任された新城道彦。
関心の置き所が絶妙といえる作品。王公族というあまり知られていない人々に焦点を当てることで、これまで明らかにされてこなかった事実だけでなく、当時の物の見方まで紹介してくれている点が素晴らしい。王公族の処遇や厚遇が、冊封体制と近代国家システムの奇妙な落とし子とも言えるのではないかと感じました。また、現在の韓国で王公族についてそれほど関心が高まらない理由を考察した箇所も興味深かったです。
〜『万葉集』には蝶を題材にした歌が一つも収録されていないという。真偽のほどは定かではないが、当時の人々が薬にも毒にもならない蝶に心惹かれなかったからだという話を聞いたことがある。もしかしたら韓国人にとって王公族、特に王族(李王家)はそうした存在なのかもしれない。薬は「抗日」、毒は「親日」である。〜
自分が朝鮮半島の歴史について本当に無知なことに気付かされました☆5つ
Posted by ブクログ
韓国ドラマでは分からない「歴史の深層」と裏表紙に書いてある。
編集の方が描かれたんではないかと思うが、本当に、韓国ドラマでしかあの国を知らない人が読んだら、死んじゃうんじゃないか。
粛清とテロとクーデターの応酬のオンパレード。
「道徳的正当性」に基づいて、我こそ正義反するのは悪の二分で、故に相手には何をしていいと言う潔さの反面、やってることは半径3メートルの政治と利権と権力への飢え。
ヤバくなったら外国に助けを乞い、そのお陰で一息つくと、その隙に急にオレ様オラオラに変わる。
地勢的にすんごい面倒なところであっちこっちに小突き回されて来たのは本当に「気の毒」で逞しいと思うのだが、平気でその周辺を翻弄愚弄して来たのも事実。
その逞しさの底に、浅ましさと、自分が生き残ること、正しい側につくこと「だけ」が蠢いているのが透ける。
独立だって、二度とも、自分たちでなく、外から与えてもらったもの。
自主性が発揮できなかった事実を直視できない。
明が滅んだ時の自我を保つための「小中華」思想がずーっと尾を引いてる感じがした。
戦後すら、言って仕舞えば、「国として独立できるレベルではない」と米ソに判断されてしまっている。
大体において、どの場面でも、二分されるどっちにも人がいるんだ。
で、当然どっちかが生き残るんだけど、そうすると大半の「庶民」たちは、実は俺たちもそうだったんだと勝ち馬に乗る。
自分たちは悪くない。本当は違ったんだ。
だから、そこで起きていたことは、どんな歴史であれ、事実であれ、無かったことにしてしまう。
これも事大か。
いろんな生き方があって然るべしだが、どうしたの、なんで信用してくれないのと言われても、ちょっとしんどい。
色々な事件が書いてあるのだが、みんなおんなじことの繰り返しで、誰が誰かさっぱり記憶に残らなかった。