パリのドブネズミを遠くから観察するのが好きだから、今超面白いネズミ本読んでるんだけど、著者の篠原かをりさんは宝塚が好きらしい。アツい
篠原かをり(しのはら・ かをり)
神奈川県横浜市出身[3][4]。横浜雙葉小学校、横浜雙葉中学校・高等学校卒業[5]。慶應義塾大学環境情報学部卒業[6]。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程(先端生命科学プログラム)修了[7]。日本大学大学院芸術学研究科博士後期課程在籍中[3]。
動物作家、昆虫研究家(専門:昆虫産業)、慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本大学大学院芸術学研究科博士後期課程 在籍中。幼少の頃より生き物をこよなく愛し、自宅でネズミ、タランチュラ、フクロモモンガ、イモリ、ドジョウなど様々な生き物の飼育経験がある。昆虫や動物、クイズをテーマにした著書も多数。TBS「世界ふしぎ発見!」のミステリーハンター、NTV「嗚呼!!みんなの動物園」動物調査員など、テレビやラジオでも活動している。
最も代表的なのが、近年動物園の人気者として確固たる地位を築いているカピバラだろう。 彼らはネズミの仲間の中で最も大きな動物である。体長は100センチ、体重は最大で50~60キログラムと、日本人の成人女性の平均と同じか、それ以上ある巨大ネズミだ。 カピバラの大きさは体の大きさだけにとどまらない。彼らはその大きな体と同じくらい大きな心を持った動物だ。そんな生態も関係あるのかないのかわからないが、「カピバラ」という名前は、現地の言葉で「草原の支配者」という意味だという。彼らはそののどかな見た目に違わず、とても穏やかな性格をしている。10頭~20頭の群れで生活し、メスは自分の子供でなくても群れの子供に分け隔てなく授乳し、共同で子育てをする。 ずんぐりした体型も、実は意外なほど筋肉がついたアスリート体型で、本気を出すと時速50キロのスピードで走ることもできるのだ。カピバラが本気を出せば、一般道で車と並走できるというわけだ。住宅街や商店街で爆走すればスピード違反ともなりかねない。 そんな彼らは、ほかの様々な種類の動物から愛されている姿が世界各地で目撃されている。ある動物保護施設では、カピバラが犬の代理母を務め、子犬たちから慕われているだけでなく、その保護施設にいる亀や鳥や馬といった多くの動物に愛されている。 正直なところ、人間以外の動物がほかの動物を愛しているかどうかを正確に測る術はない。しかし、弱肉強食が絶対的な掟として君臨する動物社会において、カピバラは並外れてほかの種類の動物を惹きつけている様子が目撃されているのだ。 カピバラは牙や爪といった強い武器を持っていない。ただただ優しい佇まいがあるだけだ。それ故、他の動物が彼らを恐れないのかもしれない。はたまたネズミとしては異例とも言えるその巨軀がカピバラ自身に他者を和ませる落ち着きを与えているのかもしれない。いずれにしても、それこそがカピバラの立派な強さなのだと思う。
「カピバラだけではなく、よく知られた大きなネズミがいる。 日本では馴染みが薄いが、ビーバーもネズミの仲間だ。体長は 80 ~ 120センチ。体重は 25キログラム前後とこれまたかなり巨大なネズミである。 その大きさや見た目からは意外かもしれないが、ネズミの仲間である齧歯目の中でも、ヤマアラシよりもドブネズミやハツカネズミといった、いわゆるネズミに近い動物であることが遺伝子解析によって近年、判明した。 ビーバーの特徴といえば、大きな前歯とうちわのように平たい尻尾だ。河川や湖に住んでいるため、独特な尻尾を舵やオールのように用いて上手に泳ぐ。 彼らには一つの大きな人間との共通点があると言われている。それは自分の力で周りの環境を意図的に変えることだ。これは人間とビーバーだけの特徴であると言われている。 住むのに適当な土手があれば巣穴を作って住み込むが、適当な場所がない場合は、丈夫な前歯で木を切り倒してダムを作る。木や泥で水の流れをせき止めて、住むのにちょうど良い池を作るのだ。 彼らが周囲の環境を変えることで良い結果を導くこともあれば、悪い結果を招いてしまうこともある。これもビーバーと人間の共通点かもしれない。 ビーバーが木々を倒しすぎたことで川の氾濫が増え、ビーバー駆除に踏み切った地域もある。その一方で、彼らが作ったダムの貯水能力のおかげで、水温が一定に保たれて生態系の保全につながったという研究もあり、イギリスでは洪水対策の治水事業にビーバーの力を借りる試みをしている自治体も存在する。 ネズミは小さくて無力な生き物というのはおそらく思い込みにすぎないだろう。世界には大きなネズミもいろんな強さを持ったネズミも存在するのだ。」
—『ネズミのおしえ ネズミを学ぶと人間がわかる!』篠原かをり著
「貯蔵した穀物を食べたり、疫病を媒介したりすることから、どちらかというと悪いイメージを持たれがちなネズミだが、歴史的に人間から常に嫌われていたわけではない。むしろ、ネズミは可愛らしい生き物と見られていたことも多いし、幸運の象徴や神の使いとして神聖視されるケースもあるほどだ。 現在確認されている中で、ネズミというフレーズを「うつくし(いとしい)」という意味で用いたのは、平安時代に娘 4人を相次いで宮中に送り込み、絶大な権力を手に入れたことで知られる藤原道長と考えられている。藤原道長といえば、「此の世をば/私が世とぞ思う/望月の/欠けたることも/なしと思へば」という和歌が有名であるが、実はネズミに関する歌も詠んでいる。」
—『ネズミのおしえ ネズミを学ぶと人間がわかる!』篠原かをり著
「その後、「だいこく」つながりというおおらかな理由で、神道では出雲大社に祀られている「大国主命」と同一視され、より穏やかな印象の強い日本風の大黒天像が確立したのである。 また、『古事記』には、大国主命が火に囲まれて逃げ場を失った際に、ネズミが現れてかくれる場所を教えたという話があり、これもまたネズミを神聖視する要因となったと考えられている。 大国主命は大変人気のある神様なので、日本各地に神社があり、その中には「子」の名前を冠した神社や、狛犬ならぬ「狛ネズミ」が出迎えてくれる神社も存在する。 もちろん、これらの時代においてもネズミを不吉な兆しと捉えたり、悪いものの例えに使っていたりするケースは多く見受けられる。しかし、ネズミを嫌う人がいる一方で、いつの時代もネズミの愛らしさに惹きつけられてきた人がいたということだ。」
—『ネズミのおしえ ネズミを学ぶと人間がわかる!』篠原かをり著
「世界でもネズミは嫌われたり愛されたり、ともかく人々の関心を集めている。 有名な例としては「ガネーシャ」が挙げられる。ガネーシャは 4本の腕をもち、ゾウの頭をしたヒンドゥー教の神様だ。このガネーシャはネズミを乗り物としている。 元々はガネーシャが退治した悪魔をネズミの姿に変えたものと言われているので、ネズミ自体は良くないイメージであったが、ガネーシャの乗り物になっているということで神聖視されることもある。 巨大なピンクのガネーシャ像があることで有名なタイの寺院ワット・サマーン・ラッタナーラームでは、ガネーシャ像の周りに7つのカラフルなネズミ像が設置されていて、自分の誕生日の曜日カラーのネズミにお願いごとをすると、ネズミがガネーシャに取り次いでくれると人気を呼んでいる。」
—『ネズミのおしえ ネズミを学ぶと人間がわかる!』篠原かをり著
「ほかにも、ネズミを語る上で欠かせないのが、インドのカルニ・マタ寺院だ。ここは世界でも類を見ないほどネズミを愛する寺院である。この寺院で祀られているカルニ・マタという女神が、亡くなった子供たちをすべてネズミの姿で甦らせたという伝説から、ここではネズミを神聖な生き物として大切にするようになった。なんと、この寺院では 2万匹ものネズミが放し飼いにされており、そこら中を走り回っている。この寺院でネズミにミルクや食べ物を供え、ネズミに祈ることで、本人や家族だけではなく社会に幸せがもたらされると長く信じられているのだ。」
—『ネズミのおしえ ネズミを学ぶと人間がわかる!』篠原かをり著
「縄文時代の人間の居住跡に残るネズミの歯の化石は、私たちの祖先がどのように文明を発展させてきたか知る上で貴重な手がかりとなる。人類史を知る上で、ネズミの研究は非常に大きな役割を果たす。 そして、長い生命科学の歴史の中でも、私たちはネズミから多くのことを知り得てきた。 ネズミは実験動物の王様である。 人と同じ哺乳類であり、繁殖力に優れ、寿命は 2年程度と短く世代交代も早い。おまけに小さいので飼いやすく餌代も少ない。 公益社団法人日本実験動物協会の調査によると、実験動物として、圧倒的多数を占めるのがハツカネズミであるマウスだ。二番目がドブネズミであるラット。続いてモルモット。すべてネズミの仲間だ。ほかにもハムスターやスナネズミといった齧歯目が実験動物になっている。」
—『ネズミのおしえ ネズミを学ぶと人間がわかる!』篠原かをり著
「でも、今日の私たちがこれだけ多くの生命科学の知見を得ることができたのは、数かぎりないネズミのおかげにほかならない。 私たちは自分たちについて知りたいときに、まず、ネズミに教えてもらうのだ。」
—『ネズミのおしえ ネズミを学ぶと人間がわかる!』篠原かをり著
「犬を飼っている人は、散歩中に犬が振り返り、まるで人間のように満足そうに微笑むのを見たことがあるだろう。 飼い主と十分信頼関係を結んだ犬は、飼い主と見つめあうとオキシトシンと呼ばれる幸せホルモンが分泌されることがわかっている。これは犬の祖先であるオオカミには見られない現象だ。優しく微笑み返してあげよう。」
—『ネズミのおしえ ネズミを学ぶと人間がわかる!』篠原かをり著
「私たちは自分が辛くなくても、誰かの辛さを自分のものとして悲しむ力を持っている。この力の名前は「共感」だ。 私たちは共感によって社会を発展させてきた。誰かの喜びを自分のことのように喜べる人の人生には、幸福が多いだろう。誰かの悲しみに寄り添って悲しめる人は、多くの友人を得るだろう。 他者の感情が自分にもたらす直接的な利益は、目には見えにくい。誰かが美味しいものを食べていたって、自分のお腹は膨れない。でも、美味しいと喜ぶ人を見て嬉しい気持ちになるから、私たちは食卓を囲む。」
—『ネズミのおしえ ネズミを学ぶと人間がわかる!』篠原かをり著
「人間は個の力で見たときにはあまり強くない生き物であるが、集団になったときの力は他の追随を許さない。血縁関係や利害関係の異なる多くの個体と暮らす上で、人間は個を超えて、集団としてある程度感情をリンクさせる必要があったのだ。」
—『ネズミのおしえ ネズミを学ぶと人間がわかる!』篠原かをり著
「人に近い社会性を持つ動物でいうと牛がいる。 牛には縦の関係と横の関係がある。上下関係とは到底無縁に見えるのんびりした牛たちの社会は、実は階級社会だ。餌を食べるのは決まった偉い牛からである。しかし、牛たちにはそれぞれ親友も存在する。いつも寄り添い、一緒にいるだけでストレスが軽減されてお乳の出が良くなるような素敵な親友だ。おそらくここには共感の力が関係している。」
—『ネズミのおしえ ネズミを学ぶと人間がわかる!』篠原かをり著
「当然ながら、極力苦痛や恐怖を感じることなく生きたいものである。それにもかかわらず、ネズミは本来感じる必要のない不快感を共感によって感じるのだ。ポジティブな気持ちならまだしも、ネガティブな気持ちにも共感する力がネズミから人間まで退化しないどころか、むしろ進化して備わっているということは、共感によるデメリットよりもメリットが大きいことを意味する。 そして、共感するだけではなく、他者の気持ちに寄り添う行動を見せるものもいる。一夫一妻制のプレーリーハタネズミのつがいの片方にだけショックを与える実験をしたところ、ショックを与えられていないほうのプレーリーハタネズミが熱心に相手の毛づくろいを行い、慰めるような行動を行うことがわかった。」
—『ネズミのおしえ ネズミを学ぶと人間がわかる!』篠原かをり著
「画一的な集団は、変化に対応することが難しい。共倒れになってしまうからだ。だから、初めは分裂して自分のクローンを作って増えてきた生き物たちは、有性生殖を始め、多様性という武器を獲得した。 私たちはみんなどこか似ていて、それでいてまるっきり違う。親子でも双子でも、友だちでも他人でも、ほかの生き物でも。誰かの喜びや悲しみに共鳴するこの心は、同質じゃない私たちが自分の強さを発揮して生きるためにあるのだ。」
—『ネズミのおしえ ネズミを学ぶと人間がわかる!』篠原かをり著
「しかしながら、前述の通り、元をたどれば今日の私たちが見るシリアンハムスターは、みんな親戚同士である。齧歯目の繁殖力の強さを痛感するだろう。なにせ、地球上で最も繁栄しているのはこの齧歯目の仲間だからだ。力の弱さを数で補うのが齧歯目流である。 マウスやラットといったネズミは群れで生活している。ドブネズミ(ラット)といえば、下水道にわらわらと複数で生活しているイメージもあるのではないだろうか。飼育しているとよく喧嘩をしているのを見るが、意外に仲間といることを好む動物なのである。」
—『ネズミのおしえ ネズミを学ぶと人間がわかる!』篠原かをり著
「私たちもネズミ同様に孤独に弱い生き物だ。それは進化の過程において集団生活を営んでいるほうが生き延びやすかった経験が私たちの遺伝子に根を下ろし、孤独に対して不安や苦痛を感じさせているのである。 私たちの孤独感は時代とともに少しずつ変わっている。家族という群れの大きさは核家族化によって小さくなっているが、テクノロジーの進化に伴い、遠く離れた人とでもコミュニティーを作ることが容易になった。協力して狩猟や採集を行わなくても、食べ物を手にいれることができるようになった。 私たちも個体差に合わせて孤独と集団を自分の意思で自由に選べる新しい生態を獲得している最中なのかもしれない。 ネズミも人もおおよそ孤独に弱い生き物であるが、例外は必ずあるのだから。」
—『ネズミのおしえ ネズミを学ぶと人間がわかる!』篠原かをり著
ウォルト・ディズニーは言った。 「夢を求め続ける勇気さえあれば、すべての夢は必ず実現できる。いつだって忘れないでほしい。すべて1匹のネズミから始まったということを」 夢は叶えようとするかぎり、その道の先で待っている。しかし、それができなかったからと言って、自分を責めすぎる必要はない。 なんと言ったって、ネズミも諦めるのだから。 そして、諦めるまでのスピードも個体によってかなり差がある。 そのため、この諦めている時間の長さを計測する、強制水泳という行動実験がある。ラットやマウスを脚がつかない深さの水に入れると、最初のうちは泳いだり、壁をよじ登ろうとするなど生存のための逃避行動をとるが、次第に動きが少なくなって無動状態になるのだ。こうなると、ただ試験時間が終わるのを待つばかりである。 これがネズミの「諦め」であると定義され、無動状態の長さがうつ状態の指標として用いられている。
そんな人間にもほかの動物と比較して得意なことがいくつかある。上手投げの投擲、いわゆるボール投げができるのは人間だけだし、汗で体温をコントロールできるため、暑さには滅法強い。そして何と言っても、特筆すべきは諦めずに歩き続ける力である。 私たちの祖先がどのような道をたどって今に至るか、完璧に解明されているわけではないが、推測されるに落ちこぼれの猿であった。 気候変動によって森林が後退し、我々の祖先は元いた地で十分に餌を得ることができなくなった。樹上での生活を諦め、できるだけ多くの餌を求め、運搬するために二足歩行を始めたのだ。 このとき、この歩く能力こそが人間を人間たらしめることになるとは、誰も思わなかったはずだ。
歩くとスッキリするのは人間の本来の力を取り戻したからなのか。
もしかしたら、自分がした小さな親切は知らないところで何倍にも広がっているのかもしれない。 親切は決して目減りしないのだ。 たまに裏目に出てしまうことがあっても、心の赴くままに手を差しのべ続けることだけが、この世界の優しさの総量を増やすのではないだろうか。
恥ずかしながら、嫌いな動植物の少なさを人間で帳尻合わせしているかのように、苦手な人間のタイプが多い人生を送ってきた。 身近な人には被虐的なのに、異国に学校を建てたりすることには興味を持つタイプの若者、思わせぶりな仕草で半熟の恋心をたくさん飼い殺す女性、 古代の価値観を信奉し、SNS生態系の中で吠えている壮年、 人気商品を定価で買い占めて、高価で販売する逆生産者……。 パッとしない天敵ばかりだが、列挙すればきりがない。食物連鎖から外れた人間にも、人間内で固有の食物連鎖があるのかもしれない。もしかしたら、縄張り争いという可能性も考えられるが、いずれにせよ、敵のレベルは自分からさほど遠くないことが多い。
ネズミは生まれつき、猫やキツネといった天敵の匂いを恐れるようにプログラムされている。 遺伝子操作によって嗅覚を司る神経回路の一部を遮断されたネズミは、猫を恐れなくなる。ほかの嗅細胞の働きによって猫の匂い自体を感知することはできるし、訓練すれば猫の匂いを恐れるように教え込むことはできるが、先天的に猫を恐れることはできなくなってしまうのだ。 そして、不思議なことに、ネズミは猫の匂いを感知すると痛みを感じづらくなる。 これは、もし天敵に襲われたときに怪我の痛みを気にしていると逃げ損ねる可能性が高くなるため、天敵の近くにいるときは一旦痛みを感じにくくする機構だと考えられている。
これらの天敵に対するメカニズムはネズミ特有のものである可能性もあるが、私たち人間も持ち合わせているメカニズムである可能性も大いに考えられる。 恐怖や苦手は生き延びる武器として重要な役割を果たしてきた感情であるが、もはやもっともな理由もない個人的な嫌悪に関しては、極力、次世代に引き継がせたくないものである。 メスが子孫の遺伝子にトラウマ体験を引き継ぐという研究結果はまだ存在していないが、人間の場合、次世代に伝える手段が遺伝子以外にもたくさん存在している。 苦手な人や物の克服はなかなか困難であるが、諦めずに克服していくという気概は持ち続けたいし、せめて次世代の前では苦手なものなんてないような顔をしていようと思う。
多くのネズミは異性のタイプに対して無頓着だ。 なぜなら、非力で小さく寿命の短いネズミにとってのたった一つの武器は、増えることだからである。 マウスの場合は、約2か月で妊娠が可能になる。妊娠すると、ハツカネズミの名前の由来となったように、約20日間の妊娠期間を経て5匹~12匹程度の子供を産む。まさにネズミ算式に増えてゆくのだ。もちろん、ネズミの天敵は多いので生まれたネズミすべてが次世代に子孫を残せるわけではないが、地球上にいる哺乳類4000種のうち、2000種がネズミの仲間であることを考えると、ネズミの戦略は成功したと見て良いだろう。
ネズミは次世代に残す遺伝子に関して質より量の戦略をとっているため、慎重に相手を選ぶ必要があまりないと言える。いくら質より量とはいっても、メスは妊娠や子育てに相応のリスクを背負うため、気に食わないオスを拒む行動もある程度見られるが、ネズミのオスに関しては一切異性を選ぶ必要がないと言える。 私たち人間は、パートナーとなる相手を選ぶことにかなり強いこだわりを持った動物だ。一夫一妻制をとっている場合が多く、男女で共同して役割分担し、少数の子供を長い期間育てる生態を持っているからである。
案外、人間も似たようなものではないだろうかと思う。 はっきり言って、私たちもほとんどの人間を見分けているとは言えないだろう。かぎられた人生の中で、よく知ることができるのは全体の中のわずかな人にすぎない。個を見分ける能力によって、ある個体を特別なものと認識することが、愛の始まりなのかもしれない。 もちろん、人間の場合は容姿やら性格やら学歴やら財力やら趣味やら、様々な要素を重視して相手を選ぶと皆口にはするが、条件が最も良い人に全員が群がるというわけでもない。 自分のパートナーだからこそ愛するというケースは決して珍しくないだろう。 自分に恋い焦がれているハンサムな石油王だろうが、性格の良い美人モデルだろうが、それよりもパートナーのほうが良いという人もたくさんいる。
科学の世界だけではなく、私たちの社会において何かが誤りだったと判明することはとてつもなく大きな進歩だ。変えるという選択肢を生み出すからだ。 科学は多くの研究者の不断の努力と好奇心によって常に更新されている。これからは、オスのマウスだけを使った実験ではわからないことがメスのマウスによって次々にわかるようになるだろう。 2017年には、メスのマウスの社会的敗北ストレスモデルが確立された。社会的敗北ストレスモデルとは、ほかのマウスに敗北したことによって不安が高まったり、睡眠パターンがおかしくなったりする状態を人為的に作り出したマウスのことで、主にうつ病や不安障害の研究に用いられている。
私たちの中には太りやすい人もいれば、太りにくい人もいる。当然、顔も性格も、生き方も考え方も違う。 それなのに、「瘦せていることが、美しさにおける唯一無二の正解である」、という価値観を多くの人々で共有してしまっているのが大きな問題である。若い女性だけがその当事者になっていることも問題だろう。そして、これは当事者である若い女性だけの問題ではない。みんなで解決してゆく問題だ。 美しさは多岐にわたるため、定義することは難しいが、美しさとは、自分らしさを愛することから始まるのではないかと思う。ニシキオオツバメガは「世界で最も美しい蛾」の異名を持つけれど、そんなの人の勝手にすぎない。オオミズアオの澄んだ美しさや、シンジュサンの渋みの美しさだって同じだけ価値がある。 「ドブネズミみたいに美しくなりたい」と、外見の美しさではなく内面の美しさを歌い上げた素敵な曲があったが、一つ補足するならば、ドブネズミの美しさだって写真に映える。ドブネズミの美しさがまだわからない人がいるだけだ。 人の数だけ、生き物の数だけ美しさはあっていいはずだし、誰かの決めた正解のために自分らしさや健康を削って規格通りを目指す必要はない。
日本では猫の好物といえば、魚だ。鰹節をご飯にかけたものは「猫まんま」と呼ばれるし、キャットフードも魚フレーバーのものが多い。 アメリカやイギリスでは、猫の好物はチキンである。キャットフードも牛やチキンなどが主流の肉食派だ。フランスでは、鴨肉やジビエなど、人間顔負けのグルメなキャットフードも数多く発売されている。野生の猫も小鳥を食べるからこの辺はあまり意外性がないかもしれない。 噓のような話であるが、インドでは猫の好物はカレーだとされている。猫舌にスパイシーなカレーは少々厳しそうな気もするが、インドの猫は確かにカレーをよく食べるらしい。 そして、イタリアの猫はパスタ好きだ。細長い麺も器用にすすって食べるのだとか。 つまり、それぞれの国に住む人が自分たちの食事から適当に分け与えたものを猫が食べるから、好物だと思い込んでいるらしい。 海外育ちの猫はたとえ種類が日本猫であっても、魚を好むようにはならないようだ。反対に、エキゾチックな見た目のシャム猫だとかロシアンブルーだとか、外国にルーツを持つ猫でも、子猫のときから日本で育てば魚を好むように育つという。思い込みから始まるとはいえ、猫は育った国によって実際に嗜好を変える。
アルコールなしでは腹を割って話せない人を軽蔑する人の気持ちもわかるが、事実、アルコールがコミュニケーションを円滑にする可能性がマウス実験によって示されている。 東京大学の研究グループによって、アルコールの一種であるエタノールを投与されたマウスは、仲間の痛みに対して通常より強く共感を示し、自分が痛みを受けたときのものに類似した神経活動になることが確認されたのだ。 エタノールが体内で「絆ホルモン」「幸せホルモン」と呼ばれるオキシトシンによく似た働きをすることで、このような現象が起きるのだ。
著者は短い寿命を持つネズミと暮らすことで2年という年月の短さを実感している。2年というあっという間に過ぎ去ってしまう時間が、どれほど尊く濃密で、愛情を育むのに十分な時間であるか、ネズミが教えてくれる。 私たちは一般的なネズミの40倍近い寿命を持っている。それなのにと言うべきか、それだからと言うべきかわからないが、人間は今以上に生きることに強い関心を抱いている。
しかし、近年、ある重要任務を行うネズミが登場したのだ。それは、地雷除去である。 この偉大な職務についたのは、私たちが身近で見るようなドブネズミやハツカネズミよりもずっと大きなアフリカオニネズミというネズミだ。見た目は私たちがよく見るネズミに似た、いかにもネズミ然としたネズミだけに、写真で見るとなかなかインパクトが大きい。体長は25~45センチメートル、尻尾の長さも40センチメートル前後ある。非常に賢く、寿命も8年とネズミの仲間にしては長いため、仕事を覚えさせるのにうってつけなのだ。 訓練されたアフリカオニネズミは、抜群の嗅覚でわずかな火薬の匂いを嗅ぎ取り、地雷の埋まっている地点をひっかいて教えてくれる。心配はいらない、ネズミは体重が軽いので地雷を踏んでも爆発させることがない。NGO組織のAPOPOによって1997年に始まったこの活動で、まだ1匹も犠牲は出ていない。 人間が金属探知機で地雷の探索を行うと命の危険が伴うし、多大な時間や費用がかかってしまう。人間が200平方メートルの場所を探索するには4日かかってしまうが、このアフリカオニネズミはなんと20分で終えてしまうという。 このプロジェクトが始まった頃、アフリカのモザンビークは世界でも最悪級の地雷汚染国であったが、人間やネズミの活躍により2015年には地雷完全撤去が宣言された。
そして、彼らの活躍の場はさらに広がりつつある。 なんと、結核診断を行っているのだ。日本では感染率・死亡率が大幅に減少した結核であるが、それでも年間2万人が発症しているし、世界に目を向けると死亡者数が多い疾患のワースト2位だ。結核の死者のほとんどは貧しい国々であるため、高価な設備や十分な技能を持った検査技師を揃えることが難しい環境にあり、多くの結核症例が見落とされてしまっている。 そんな中、低コストで結核を診断できる可能性のあるアフリカオニネズミは、希望の光となっている。 アフリカオニネズミは、結核菌が含まれる唾液の匂いを嗅ぎ分けることができる。人間だと1日がかりの作業となる50サンプルの検査を、8分で終わらせることができるという。
社交的、内向的、楽天的、悲観的、誠実、不誠実、謙虚、傲慢、柔軟、意固地、明るい、根暗、神経質、大雑把、おおらか、短気……。人間の性格を表す言葉は、挙げればきりがない。「性格が良い」と「良い性格をしている」は、こんなにも似た言葉なのに指す意味は真逆だ。 言葉になっている要素だけで気が遠くなるほどたくさんある。さらに、これらのいろいろな要素がいくつも組み合わさって一人の人間が出来上がる。 ある人は内向的で誠実で神経質だったり、ある人は明るくて大雑把で短気だったりする。ある点では楽天的だけれど、ある点では非常に悲観的というような、一人の人の中に相反する二つの性質が同居することも決して珍しくない。
あまりに多くの要素があるので、どれだけたくさんの人と出会っても自分と一つ残らず同じ性格の人や、自分と一つも合致した部分がない人に出会うことはまずないだろう。それは血縁関係もないのに、自分とまるっきり同じ顔をした人に出会うよりも難しいことだ。 いろんな性格があれば、当然、自分と合わない人もいる。嫌なことばかり言ってくる人もいるし、自分のほうが上に立っていると誇示せずにはいられない人もいるだろう。そんな人を前にすると、こんなに意地悪である必要はないのにと思うけれど、忘れてはいけないのは、嫌いな奴も多様性の一端を担っているということだ。