井川博年の作品一覧
「井川博年」の「永遠の詩」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「井川博年」の「永遠の詩」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
Posted by ブクログ
フォロワーさんのレビューで知った詩集。
うつくしいことばと、純粋さに、わたしの忘れかけていた何かが共鳴した、ような気がした。
重吉の詩のことばを借りれば、「ほそいがらすがびいん」と鳴って、壊れるように。
壊れた「がらす」は粉々になって、光にきらきらと反射してプリズムとなる。
重吉の詩を読んで「びいん」と鳴ったひとは皆、そのうつくしさに惹かれるのだろう。
重吉はずっと、かなしさを抱えてた。
愛する妻と愛らしい子たちはいても。
平安な日々を送っていたときも、詩では「はらにたまっていくかなしみ」と書いていたことを知って、後に妻の富美子さんは、『八木をひたしていた【かなしみ】とはなんだったのだろう、としきりにおもわずにはいられない』と、回顧している。
人間の抱える深いかなしさって、結局、ひとりで生まれて、ひとりで生きて、ひとりで死んでいくってことに尽きるのではないだろうか。
でも、重吉の【かなしさ】は、わからない。
重吉は29歳のとき結核で幼い子と妻を残し夭折している。
最期は妻の名を呼びながら亡くなったそうだ。
好きな詩。
[草に すわる]
わたしのまちがいだった
わたしの まちがいだった
こうして 草にすわれば それがわかる
[ああちゃん!]
ああちゃん!
むやみと
はらっぱをあるきながら
ああちゃん! と
よんでみた
こいびとの名でもない
ははの名でもない
だれのでもない
[あかつちの]
あかつちの
くずれた土手をみれば
たくさんに
木の根っこがさがってた
いきをのんでとおった
短詩が好きだな、と思う。
短詩ではないけれど、「この世の中から活動写真と芝居と写真道楽と別荘をなくしてしまえ」
と息巻く[なんというわからぬやつらだろう]、宮沢賢治の[雨ニモマケズ]を思い出した[こういうくらしができたなら]も、いい。
Posted by ブクログ
石垣りんさんの詩集ですね。
永遠の詩シリーズ 05 の作品です。
このシリーズの魅力は、時代に関わらず読み次がれていける作家と作品を見事に紹介されていることですね。
石垣りんさんの詩集も、ものすごく受け入れやすく、働く私たち職場の隣に席する仲間だという事だと思います。また、『職場の詩人』であり、『詩情豊かなロマン溢れた詩人』でもあるようですね。
石垣りんさんは、2月生まれ(21日)との事。初めてふれる詩人の誕生の月に巡りあえて二重の喜びでした。
同時に、茨木のり子さんの大親友(石垣りんさんが六歳年長)であられたようなので、親しみを増しました。
解説の井川博年さんは語られています。
「現実から逃げないこと、そのことが石垣りんの詩を強くした。これが、石垣が、その頃よくいわれた『職場詩人』『生活詩人』から、大きく脱皮・成長できた理由であると思う。」
「生涯独身。生前出した詩集はわずかに四冊である。しかし彼女が書いた多くの詩の言葉は、今でも私たちの身近にいて、永久に忘れられることはない。『石垣りん、それでよい。』」
川のある風景
夜の底には
ふとんが流れています。
川の底を川床と言い
人が眠りにつくそこのところを
寝床と言います。
生まれたその日から
細く流れていました。
私たち
今日から明日へ行くには
この川に浮き沈みながら
運ばれてゆくよりほかありません。
川の中に
夢も希望も住んでいます。
川のほとりに
木も草も茂っています。
いのちの洗濯もします。
川岸に
時にはカッパも幽霊も現われます。
川が流れています。
深くなったり
浅くなったり
みんな
その川のほとりに住んでいます。
優しく、そして強い、石垣りんは、茨木のり子さんの言われる『凛』とした、心の底に『みずうみ』がある方だったのでは、ないでしょうか。
また一人、お気に入りの詩人を見つけました。
というより『永遠の詩シリーズ』の詩人はこれまですべて、私を詩への誘いを促せてくださる旅先案内人であり、人生の同伴者を得た想いです。
Posted by ブクログ
書店で表題作に胸を突かれて購入した詩集。
なんて美しくて悲しい詩なんだろう。
それでも、日差しを受けてキラキラ光る雨粒や、降り注ぐ光、雲間からの青空が浮かび、光に満ちて神々しい。
29歳でこの世を去った八木重吉。
名前は重々しい響きだけれど、彼の紡ぎ出す言葉達は、コロコロと楽しげで、軽やかで、美しくも悲しい。
可愛らしささえ感じる素直な目線と柔らかい文章、
そして唯一無二の表現力に、貴方もきっと心打たれるはず。
「果物」
秋になると
果物はなにもかも忘れてしまって
うっとりと実ってゆくらしい
うっとりと実るだなんて表現、他に誰が出来ようか。
たっぷりと果汁を含んで甘く熟している様を思い浮かべ、口の中まできゅっとするほどだ。
詩を読んだ私達までうっとりしてしまう。
他にも「朝の あやうさ」や「草に すわる」、「涙」、「悲しみ」など、かけがえのない言葉達と共に、重吉の正直な心の内に触れることが出来る。
きっと貴方の心のオアシスになるだろう。
Posted by ブクログ
八木重吉の名前を知ったのは最近なのですが、どこで知ったか忘れましたが(アンソロジーかなにか?)とにかく、この人の詩集をもっと読んでみたいと思わされました。
それで、探したらこの『永遠の詩』のシリーズが一番入手しやすいとわかり、このシリーズを集めだしました。はじめに八木重吉ありきでした。
とても透明感があって、とってもピュアで美しい詩ばかりでした。
私のレビューより、ご存知ない方の為に、短い詩が多いので何篇かまとめてご紹介します。
「素朴な家」
この明るさのなかへ
ひとつの素朴な琴をおけば
秋の美しさに耐えかねて
琴はしずかに鳴りいだすだろう
<解説より>
八木重吉の詩で一番好きな詩に「素朴な琴」をあげる人が多い。言葉のリズム、選び方や配置、すべてが完璧。よぶんなものがまったくない、みごとな四行詩である。
題名については諸説あるが、次の郷原宏の解釈が優れていると思う。
「素朴な琴」は詩人その人の象徴であろう。自然の美しさに耐えかねて鳴るのは、詩人の心が美しいからである。
なお<琴>といえば西洋楽器のリラ(竪琴)のようなものと思われがちだが、結婚前に夫人が習っていたという日本の琴から発想したのではないかと思う。この詩は現在、八木家の墓地の一画に建てられた重吉像の傍らにある詩碑に刻まれている。
「花になりたい」
えんぜるになりたい
花になりたい
「ほそい がらす」
ほそい
がらすが
ぴいん と
われました
「虹」
この虹をみる わたしと ちさい妻
やすやすと この虹を讃めうる
わたしら二人 きょうさいわいのおおいさ
「花」
おとなしくして居ると
花花がさくのねって 桃子が言う
他の詩にも好きなものがたくさんありすぎて困るのですが「おおぞらの こころ」「白い 雲」「春」「母をおもう」「涙」「光」などもよかったです。
八木重吉(やぎ・じゅうきち)
1898年(明治31)~1927(昭和2)
東京都町田市相原の農家に生まれ、師範学校時代に、キリスト教の洗礼を受ける。その後、英語教師となってからは、最愛の夫人との暮らしの中で、人間存在のかなしみを問う、奇蹟の詩を生んだ。わずか29歳で夭折。没後、詩集が次々に出版され、そのピュアな精神に心うたれる読者は増え続けている。
Posted by ブクログ
初期の詩は、少しこわいくらいの精神力の強さが感じられました。
少女の頃から一家の生活を支えて、家族を次々に亡くしたという環境もあったことだと思われます。
初期といっても、初めての詩集『私の前にあるお鍋とお釜と燃える火と』を出されたのは39歳という遅咲きの詩人だったそうです。
晩年の詩は肩の力が少し抜けたようなかんじで、しみじみと心に染み込んでくる味わい深いものが多かったように思います。
「崖」
戦争の終わり
サイパン島の崖の上から
次々に身を投げた女たち。
美徳やら義理やら体裁やら
何やら。
火だの男だのに追いつめられて。
とばなければならないからとびこんだ。
ゆき場のないゆき場所。
(崖はいつも女をまっさかさまにする)
それがねえ
まだ一人も海にとどかないのだ。
十五年もたつというのに
どうしたんだろう。
あの、
女。
<解説より>
石垣りんにしか書きえなかった反戦詩の傑作。
茨木のり子は、「戦後詩のなかで一番衝撃を受けた行は?と問われたら、まっさきに石垣りんの詩『崖』の最終連をあげずにはいられない」と書いている。
戦後になって公開された、アメリカ軍が撮影したサイパン島陥落の映像には、追い詰められた日本人女性が、次々に崖上から身を投げる姿が映し出されていた。もんぺ姿の若い女性が崖の上かに現れ、それから意を決してとびこむ様子が、鮮明なカラー映像に残されていた。どうして忘れられようか。かつて軍国少女であった石垣にとって、戦争は十五年経っても二十年経っても、終わっていなかったのだ。
「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」「白いものが」
「その夜」「表札」「幻の花」「村」「かなしみ」「おやすみなさい」もよかったです。
石垣りん(いしがき・りん)
1920年(大正9)~2004年(平成16)。
東京の赤坂に生まれ、高等小学校卒業後、14歳で銀行勤めを始め、働きながら、家と社会の問題に鋭く斬り込む詩を生んだ。
現代人の孤独と真っ正面から向き合う言葉の数々は、深く、つよく、温かく、読者の心を揺さぶる。