岩波新書のミシェル・フーコー本当に面白い。特に第六章セクシュアリティの歴史が面白かった。全レズが読んだ方がいい。フランス哲学者界隈では一番好き。
ミシェル・フーコー入門
慎改康之
【しんかいやすゆき】
フランス思想学者、明治学院大学教授。1966年4月長崎生まれ。長崎県立長崎北陽台高等学校卒、東京大学理科二類に入学、1989年教養学部フランス科卒、同大学院博士課程退学。フランス社会科学高等研究院(EHESS)博士課程修了。明治学院大学文学部仏文科助教授、2007年准教授、教授。
ミシェル・フーコー
Foucault,Michel
著者プロフィール
(1926-1984)20世紀のフランス...続きを読む を代表する哲学者。1960年代からその突然の死にいたるまで、実存主義後の現代思想を領導しつづけた。主な著書に『狂気の歴史』『言葉と物』『監獄の誕生』『性の歴史』(以上、新潮社刊)『ミシェル・フーコー思考集成』全10巻(筑摩書房刊)など。
ゴダールとかフランシス・ベーコンがミシェル・フーコーに影響受けてるらしい。
「ミシェル・フーコーとは何者なのか──これからフーコーを読み始めようかどうかと自問している人々の頭に最初に浮かぶのは、おそらくこの問いであろう。 これは、一見したところたやすく答えられる問いであるようにも思われる。というのも、ジル・ドゥルーズ、ジャック・デリダらとともに二十世紀後半のフランス思想を牽引したこの哲学者は、他にも増して、その強烈な個性によってしるしづけられている人物であるからだ。 剃り上げた頭、メタルフレームの眼鏡とともにすぐにそれとわかるその容貌、そしてその甲高い声。パリ高等師範学校で学びコレージュ・ド・フランス教授へと至るその輝かしい経歴。デモに参加したり、街頭で演説したり、場合によっては逮捕されたりという、社会的闘争における精力的な活動。その性的指向に伴う苦悩や歓び、麻薬の使用、さらにはエイズとの闘いなどといった、私生活における数々の逸話。そして最後にもちろん、「知」、「権力」、「自己との関係」という明快な三つの軸に沿って、狂気、病、言語、生命、労働、刑罰、セクシュアリティなどの問題を、もっぱら歴史的観点から次から次へと扱った一連の著作。このようにフーコーには、彼を識別し同定するために役立ちそうな特徴が豊富に見いだされるのであり、したがって、彼ほどその肖像を描き出すことの容易な哲学者は少ないようにすら思われる。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「すでに見てきたとおり、フーコーによれば、十八世紀末に狂気は、人間の内面の次元に組み入れられると同時に、一つの客体として人間の視線に晒されるものとなる。このことを踏まえつつ彼が指摘するのは、そのようなものとしての狂気が、人間主体の認識にとって特権的な役割を果たすようになるということである。人間の主体性が自らを客観的認識にさらけ出す最初の契機として、狂気は、人間の内なる真実を外へと導くために役立つものとされるのである。「人間から真の人間へと至る道は、狂気の人間を経由する」というわけだ。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「問題をより明確に把握するために、再び『狂気の歴史』初版の序文に目を移そう。 「沈黙の考古学」という企図を提示した後、フーコーは、理性的なものと理性的ならざるものとのあいだの歴史を貫く対立に言及しながら、そうした対立の起源に㴑ろうとする自らの試みを、ニーチェ的な問いかけに接近させることになる。すなわち、文化が自らにとっての外部となるものを創出しつつ排除する動きを歴史の誕生の地点そのものに見いだしつつ、それを、ニーチェが『悲劇の誕生』のなかで描き出していた「悲劇的構造」、つまりアポロン的な夢ないし仮象とディオニュソス的な陶酔ないし苦悩との対立およびその和解から成る構造に送り返そうとするのである。狂気をめぐる歴史的探究が、「ニーチェの偉大な探究の太陽のもとに、歴史の諸々の弁証法を悲劇的なものの不動の諸構造と突き合わせる」ことを目指すものとして価値づけられることになるのだ。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「フーコーのニーチェへの傾倒は、彼自身および彼の友人たちによる数々の証言によって伝えられているのみならず、彼の研究そのもののなかにはっきりとしるしづけられている。系譜学や歴史をめぐる問い。認識および真理の問題化。神の死、そしてそこに含意される人間の死というテーマ。権力および意志に関する探究。ギリシア的生とキリスト教的生との対照。そしてそのように目に見えて明らかな負債に加えて、フーコーは、弁証法からの脱出というその身振りにおいてもやはり、ニーチェが進んだのと同様の道を歩む。ニーチェにおいて、アポロンとの弁証法的対立において示されていたディオニュソスは、後に、弁証法的否定に対立するものとしてのツァラトゥストラに合流することになる。そしてフーコーにおいては、ネガティヴなものの力がポジティヴなものの背後に追い求められる代わりに、新たなポジティヴィスムが、そうした任務そのものを問題化すべく掲げられることになるのである。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「 『臨床医学の誕生』によれば、当時の臨床医学にとって、病とは症状の集合にすぎなかった。すなわち、身体の表面において観察される症状の展開それ自体が、病そのものとみなされていたということだ。したがって、医学の任務とは、目に見える表層において生起する現象を観察し、それをそのまま記述することであった。そしてその限りにおいて、死体を開いてその内部に視線を注ぐという解剖学的作業は、臨床医学にとって必要とされてはいなかった。もっぱら生ける身体において時間的に展開される現象に注がれていた臨床医学的視線は、非時間的な死体空間の調査とは無縁のものだったのである。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「他方では、生そのものにおける死の不断の進行が、病的プロセスとは区別されるものとして発見される。死が、唯一の絶対的瞬間であることをやめて、時間のなかに分散されるということ。死は、もはや生を外から不意に襲うものではなく、生のなかに配分されているもの、生とのあいだに内的関係を持つものとしてとらえられるようになるということだ。そしてここから、そもそも生の根底には死があるという考え、生とは死への抵抗の総体であるという考えが生まれるとともに、死は、生の真理を語るための視点として役立つものとなる。死体を手がかりに病をポジティヴなやり方で解読しようという試みに対し、もう一つの正当化が与えられることになるのである。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「したがって、医学的視線に対し、表層から深層へという垂直の道が課されるようになったのは、それまで見えないものなどなかったところに、見えないものが、見えるものの内的骨組のようなものとして、歴史的に構成されたからである。見えるものと見えないものとのあいだに新たな関係が結ばれたということ、新たな可視性の構造が成立したということだ。フーコーが「不可視なる可視性( l’ invisible visibilité)の構造」と呼ぶその構造においては、真理が、宿命的に視線を逃れると同時にその視線を絶えず呼び求めるようなものとして想定される。逃れつつ呼び求めること、自らを隠しつつ示すことこそが、真理の本性のようなものであるとみなされるのだ。可視性の形態と真理の在り方との関係をめぐるそうした歴史的変化があったからこそ、表層から深層へ、見えるものから見えないものへ向かうという任務が、医学的真理の探究のために可能かつ必要となったのだということを、フーコーは示そうとするのである。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「メルロ =ポンティは、高等師範学校の心理学復習教師として、後にはソルボンヌの心理学教授として、学生時代のフーコーを大きく魅了していたという。そのメルロ =ポンティが可視と不可視の関係について深く考察しているのは、とりわけ、死後刊行の著作『見えるものと見えないもの』に収められた草稿においてである。そこでは、ポジティヴなものとネガティヴなものとが表と裏のように分かちがたく重なり合うという構造が、視覚の構造として、そしてさらには彼が「垂直性」と呼ぶ根本的な存在論的構造として提示されている。見えるものは、見えないものによって根源的に住み着かれている、というわけだ。そしてそれと同時にそこで想定されているのは、見えないもの、ネガティヴなものが、見えるもの、ポジティヴなものに対して持つ優位である。すなわち、「汲み尽くしえぬ深みの表面」であることこそが「見えるものに固有のもの」であり、これに対して見えないものの方は、見えるものが顕わにすると同時に隠蔽する「内的骨組」であり、見えるものの「潜勢力」なのだ、と。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「見えないもの、ネガティヴなものが、見えるもの、ポジティヴなものに対してある種の構成的な力を保持しているという想定のもとに、後者から前者へと赴こうと企てること。これが、五〇年代から『狂気の歴史』に至るまでフーコーが専心していた任務であった。これに対し、『臨床医学の誕生』および『レーモン・ルーセル』は、そうした任務を、後から構成された一つの可視性の形態によって要請されるものとして描き出す。見えるものと見えないもの、ポジティヴなものとネガティヴなものの関係が、根源的なものとして引き受けられる代わりに、問いに付すべき一つの問題としてとらえ直されるようになるのだ。視線から逃れ去るもの、ポジティヴな把握から失われたものを回収しようとする弁証法的任務が、こうして、その起点を失うことになるのである。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「フーコーによれば、十七世紀から十八世紀にかけての西洋では、光においてこそ事物がその本質に適合するとされ、見るという行為は、その光のなかで自らを消し去ることをその到達点とするものとみなされていたという。しかし十八世紀末になると、事物と視線と光とのこのような関係が根本的に変容する。以後、事物は自分自身の暗がりのうちに閉じこもり、光は完全に視線の側に移ってしまう。自分自身の明るさを頼りに事物を経めぐり少しずつ事物のなかへと侵入していくものとしての視線こそが、「事物の夜」を照らし出す役割を担うことになるのである。真理が、深みにあって目に見えないものの側へ、「事物の暗い核」へと後退すると同時に、経験的視線が至上の力を得るということ。そしてその視線を逃れ去りつつそれを呼び求める「客体の執拗かつ越えがたい厚み」を前にして、視線は、それを踏破し統御するという「終わりのない任務」に身を委ねるようになるということ。要するに、『臨床医学の誕生』本論のなかで医学に関して語られることになる問題が、序文において、西洋の知一般にかかわる問題としていわば先取りされているのだ。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「したがって、見えるものと見えないものとの関係について一九六三年のフーコーによってなされた分析は、確かに、かつての彼自身が帰属していた思考の地平を標的とするものであると言えるだろう。視線を逃れ去るものにこそ、視線に対して与えられるものの秘密が潜んでいるとする想定が、歴史的に限定可能な思考の構造にもとづくものとして明かされる。そしてそれとともに、そのように逃れ去るものを回収しようとする「終わりのない任務」が、今や全面的に退けられることになるのである。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「そして、かつて自分が帰属していた人間学的思考の地平をこのように問いに付した後、フーコーは、そうした思考の地平がいったいどのようにして構成されたのかということを明示的なやり方で問うことになる。ポジティヴなものとネガティヴなものとの垂直的な関係は、歴史のなかでどのようにして成立したのか。そしてそこから、至上の主体であると同時に特権的な客体でもあるようなものとしての人間が、西洋の知のなかにどのようにして登場することになったのか。こうした問いに答えようと試みるのが、「人間諸科学の考古学」という副題を持つ一九六六年の著作『言葉と物』なのである。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「一九六六年に刊行された『言葉と物』は、難解な専門書であるにもかかわらず大反響を得て、商業的にも華々しい成功を収めることになった。 フーコーの名をついに広く世に知らしめることになった彼のこの三冊目の主著において、とりわけ注目されたのが、「人間の終焉」ないし「人間の死」という挑発的なテーゼである。「人間」はごく最近の発明品にすぎず、いずれ波打ち際に描かれた砂の顔のように消え去るであろうという、いたるところで繰り返し引用されたこの宣告とともに、フーコーは、いわば時代の寵児としての地位を確立することになる。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「フーコーはまず、ルネサンス期のエピステーメーを、「類似」がそこで果たしていた支配的な役割によって特徴づける。すなわち、そこでは、世界のあらゆる事物が類似関係によって互いに指示し合っているとみなされていたのであり、そうした類似関係の解読を次から次へと進めていくことこそが知に課された任務だったのだ、と。 これに対し、十七世紀になると、類似はそのような特権的な地位を失い、むしろ、人を欺き、錯誤や錯覚に導くおそれのあるものとみなされるようになる。つまり、古典主義時代の知にとって、類似とは、それ自体として探し求められるものではなく、同一性と差異を明確に識別するために検討に付されるべきものとなるのだ。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「まず言語に関しては、「一般文法」と呼ばれる探究が現れる。言語の本質は名指すことであるという公準のもとに、ここで問われるのは、語はどのようにして表象に名を与えるのか、そして、同時的に与えられる表象を継起的な言説によって示すために語はどのような順序で並べられるのかということである。次に自然に関しては、「博物学」。これは、あくまでも可視的な特徴にもとづいて、まず自然の諸存在に名を与え、次いでそれらを同一性と差異の体系のなかに位置づけつつ分類しようとするものである。最後に、「富の分析」。ここでの問題は、富を交換可能なものとすべく貨幣を富の記号として定めるとともに、そうした表象関係を、貨幣の総量を富の総量に対応させるというやり方によって秩序づけることである。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「フーコーにとっての文学の重要性については、すでに指摘しておいたとおりである。これに加えて、絵画もやはり、彼の研究活動においてしばしば注目すべき分析の対象とされているということについて、ここで一言触れておきたい。 『狂気の歴史』においてすでにフーコーは、ヒエロニムス・ボスやブリューゲル、ゴヤなどの作品のなかに、それぞれの時代の狂気経験を描き出すための手がかりを見いだしていた。また、シュルレアリスムの画家ルネ・マグリットに対しては一九七三年に一冊の小著を捧げているし(『これはパイプではない』)、マネに関する意義深い講演の記録も残されている(『マネの絵画』)。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「見えるものと言い表しうるものとの関係をめぐる問題がフーコーにとって本質的なものであるということ。これは、ドゥルーズが、一九八六年の著書『フーコー』において指摘していることである。この問題に焦点を定めてフーコーを読み解こうとするとき、彼の絵画論は、見ることと語ることとの交叉がそこでしばしば主題として扱われているという点において、そしてそもそも絵画を論じることそれ自体が見えているものを語ろうとする企てに他ならないという点において、多くの示唆を与えてくれるだろう。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「そしてフーコーによれば、見えないものの力、ネガティヴなものの力がそのようにして承認されるとともに、そうした力によって魅惑される者、そうした力によって絶えず呼び求められる者の存在が浮上してくることになる。真理を常に取り逃すという点において自らの有限性を示すと同時に、まさしくその有限性ゆえにその真理に向かって不断に歩み続ける者としての人間、根源的に有限な存在としての人間が、ここに登場するのである。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「一方において、事物が常に表象の外にとどまる以上、事物を直接的に認識することはできないという意味で、人間は限界づけられた存在である。しかし他方、そのような人間の認識は、神の無限の能力とも動物の無能力とも区別される能力、人間に固有の有限な能力を含意している。つまり、人間の認識の限界を経験においてネガティヴなやり方で示す有限性の背後に、そうした経験をそもそも可能にするものとしての有限性、人間的経験の基礎にあるものとしての有限性が見いだされるということだ。 そしてまさにそのようなポジティヴな意味を獲得することによって、人間の有限性は、それ自体、人間理性にとっての大きな関心事となる。というのも、事物の後退とともに、真理はもはや自らを隠しつつ見せるというかたちでしか姿を現さなくなるわけだが、そうした真理の在り方を可能にするものこそまさしく、人間固有の有限性に他ならないとされるからだ。人間が真理を失うと同時に真理によって絶えず呼び求められるという動きに対して一歩退いたところに、そうした動きの起源にあるものとして、人間における有限性が見いだされるということ。根源的に有限なる存在としての人間に関する問いが、こうして、「あらゆる真理の真理」に関する問いとして価値づけられるのである。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「一方、一躍時の人となったフーコー自身はと言えば、次の著作『知の考古学』を一九六九年に発表し、彼が「考古学」と名づける自らの歴史研究のやり方についての理論的練り上げを提示することになる。いわば一九六六年の書物とともに引き起こされたさまざまな議論に応えるかたちで世に出されたこの著作において、問題となっているのは、ここでもやはり、人間学的思考からの脱出である。すなわち、フーコーは、六〇年代の一連の探究によって「人間」の登場を歴史的に跡づけた後で、今度はそのような成果をもたらした歴史研究の方法そのものを、主体の至上権から解放されたものとして打ち立てようとするのである。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「 『言葉と物』が刊行された一九六六年は、何より、構造主義の最盛期であった。 すでに一九五〇年代後半より、人類学者クロード・レヴィ =ストロースや精神分析学者ジャック・ラカンらの仕事とともに、主体の外から主体に課されるものとしての「構造」の概念は、それまでフランスを支配してきた主体性の哲学にとっての大きな脅威となりつつあった。語る主体の自発性に訴えることなく言語を扱う「構造言語学」から着想を得た探究、人間の主体性を拠り所としないような探究が、民族学、精神分析学、文学などさまざまな研究分野において提示され始めていたのである。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「しかし、そのように大々的な歓迎を受ける一方で、一九六六年のフーコーの著作は、新たな思潮を受け入れがたいものとしてとらえていた人々からは激しく糾弾されることになった。 ただちに現れたのが、マルクス主義者からの反応である。すなわち、マルクスを他の経済学者とともに十九世紀のエピステーメーのなかに位置づけつつ、マルクス主義はいかなる現実的切断も生じさせることはなかったとするフーコーの分析が、「反歴史的偏見」にもとづくものとして断罪されたのだった。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「そしてそうした探究のなかで諸々の科学が検討に付されるとき、幾何学ないし数学の歴史は、一つの極めて特殊な例でしかないことが明らかになるだろう。実際には、あらゆる科学が数学と同様の連続性を示すわけではない。数学の歴史は、決して一般化されうるものではないのだ。他の科学の歴史を考えるためのモデルとされるとき、数学はむしろ、歴史のあらゆる形態を安易に等質化してしまう危険を孕むものとして現れることになるだろう。幾何学ないし数学は、フーコー的な探究においては、諸科学の歴史を分析するための範例的な価値を持つどころか、一つの「悪しき例」に他ならないのである。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「一九七五年の『監獄の誕生』は、歴史学者たちの一定の沈黙や左翼からの慎重な反応はあったにせよ、大きな成功を収めた。とりわけ、身体刑の情景描写やパノプティコンのメカニズムに関する記述は、さまざまな著者によってたびたび引用されることになったのだった。 そしてその翌年、フーコーはただちに新たな著作を世に出す。それが、『性の歴史』第一巻『知への意志』である。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「性に関して抑圧を取り除くことの重要性、性の解放をもたらす必要性を強調する際、人々が拠り所としていたのは以下のような仮説であるとフーコーは言う。ヨーロッパでは、十七世紀初頭まで、性の自由が享受されていた。しかしその後、資本主義の発展などに伴い、性は、夫婦を単位とする家庭に閉じ込められ、もっぱら生殖のために役立つものとしてのみ許されるようになった。そしてそれと同時に、結婚の外での性の実践は、非難され、禁止されることになったのだ、と。 こうした「抑圧の仮説」を、フーコーは次のようなやり方で問い直そうとする。性に関する禁止や排除が事実であるとしても、それにしても我々はなぜ、かくも声高に性の抑圧を告発し、解放が急務であるとかくも執拗に訴えるのか。むしろ、もっぱら言説の産出という点に注目するならば、性の抑圧ではなく、何世紀にもわたる性の傓動を見いだすべきではないのか、と。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「セクシュアリティとはいったい何か。それは、性の言説を傓動する「装置」によってどのようにして産出されたのか。そしてそれは、性をめぐる権力の戦略のなかにどのように位置づけられうるのか。こうした問いに対してフーコーは、一方では『監獄の誕生』ですでになされていた「規律権力」の分析をとり上げ直すことによって、そして他方では、一九七六年の著作において新たに見いだされるもう一つ別の形態の権力について考察することによって答えようとする。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「まず、『知への意志』が、『監獄の誕生』においてなされた「規律権力」をめぐる分析をどのように引き継いでいるのかについて見ていこう。 性の告白およびセクシュアリティの産出に関してまず問題とされているのは、個人化のメカニズムである。告白は、権力が一人ひとりの個人を客体として構成する手続きの核心にあるものとして扱われる。そしてセクシュアリティは、権力によって一人ひとりに組み込まれる個人性のようなものとされる。つまり、一九七五年の著作が「規律権力」の効果として描き出したメカニズムが、新たな領域に関する探究のなかで正確にとり上げ直されているのだ。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「フーコーによれば、セクシュアリティの装置による「従属化」の作用は、種々の性的な自己同一性に繫ぎ止められた主体の構成を可能にしただけでなく、そこから出発して、主体の真理そのものをめぐる探究のための起点を提供することにもなったという。性は我々にとってかくも重要かつ秘められたものである以上、性こそが、我々自身の最も奥底にある秘密を明かしてくれるのではあるまいか。つまり、性について語ることによって、今度はその性が、我々の真理を語ってくれるのではないか、というわけだ。 こうして、人間主体に関する知が、それもとりわけ、主体における因果性や主体の無意識など、主体において主体自身が知らないことについての知が、性をめぐる言説のなかで形作られていく。「主体の学」が、性の問題を中心として繰り広げられるようになるということだ。性こそが「我々の真理を闇のなかで握っている」とみなされることで、性の真理が、いわば我々自身の真理の真理のようなものとして価値づけられるようになるのである。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「そしてそうしたやり方を用いることで実際に成果を挙げたものとして挙げられるのが、「同性愛」をめぐる性解放の運動である。 フーコーが、一九六〇年代末以来、社会的闘争に自ら積極的に参加するようになったということについては、すでに述べておいたとおりである。 GIPの主宰をはじめとして、彼は実際、人種差別反対の集会やデモに加わったり、さらにはスペインや東欧の反体制派を支援したりといった、さまざまな活動に身を投じていた。しかしその一方で、彼は、性解放運動に対しては常に消極的な態度を保っていた。自分自身の性的指向を隠そうとするわけでもなく、かといってそれを声高に訴えるわけでもなく、そうした運動から一定の距離を置こうとするフーコーの身振りは、『知への意志』をバイブルのようなものとして、またその著者を「聖人」のようなものとして崇める活動家たちの熱狂と、際立った対照をなすものであった。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「解放運動による戦術上の逆転は、状況を打開するための突破口とはなりうるとしても、権力関係に根本的な転換をもたらすには至らないということ。したがって、セクシュアリティの産出によって機能する権力に対して抵抗するためには、セクシュアリティそのものに対して闘いを挑むことが必要となるだろう。特定の性的欲望を抑圧から解放しようとするのではなく、自分自身のなかに組み込まれたセクシュアリティから自らを解放しようとすること。一つのセクシュアリティに縛りつけられること、一つの自己同一性のなかに閉じ込められることを、徹底して拒絶すること。要するに問題は、個人を一つの真理ないし一つの魂に繫ぎ止めつつ支配を強化するものとしての「従属化」の権力に抗うことなのだ。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「ところで、そのようにセクシュアリティという概念そのものを根本的に問題化しつつ、それを批判的に検討することこそまさしく、『知への意志』におけるフーコーの企てそのものに他ならない。そうである以上、『性の歴史』を書くことそのものがすでに、一つの闘いであるということになろう。性をめぐるフーコーの言説は、それ自身、個人をそのセクシュアリティに繫ぎ止める権力に対する一つの闘いであり、「従属化」の戦略に対する一つの挑戦なのだ。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「これに対してフーコーは以下のとおり異論を唱える。まず、性に対する厳格さという主題は、実は、古典期ギリシアにおいてすでに見いだされるものであるということ。次に、それでもやはり、紀元一世紀および二世紀には、性に関する考え方に大きな変容が生じるということ。そして最後に、キリスト教道徳と異教の哲学とのあいだには、形態上の類似にもかかわらず、決定的な差異があるということ。 したがって、古代世界において性を問題として扱うやり方が変化していくプロセスを、従来とは異なるかたちでとらえ直すことが必要となる。そうしたとらえ直しの作業を、フーコーは、三つの巻において順に進めていくのであり、それによって、欲望の主体と呼びうるような何かがどのようにして登場することになるのかという問いに答えようと試みるのである。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「そして少年愛については、成人男性における少年との肉体関係の断念という主題が知られている。このように、ギリシア人にとって、性はすでに、それをどのように使用すればよいかと問うべき道徳上の一つの問題として価値づけられていたのである。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「実際、過度の性行為を避けるのは自分の身体への配慮のためであり、妻以外の女性と交わらないようにするのは自分自身および妻に対する支配を確固たるものとするためであり、少年愛における肉体関係の断念は少年の将来の地位に対して敬意を払いつつそこに至上の精神的価値を付与するためであった。要するに、ギリシア人にとって、性に関する節制とは、自分自身の統御というかたちで自らの自由を行使することとしての、一つの「生存の美学」を実践に移すことだったのだ。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「かつて自分の魂が知っていた真理を思い出すべく自己に配慮すること。真理を外から学びそれを自分のものとすることによって自己をよりよく支配すること。自己を捨て去るために自己の秘められた真理を絶え間なく解読すること。自己と真理との関係と、自己を気遣うやり方とが、古代世界においてこのように相関的なやり方で変化していくのだということを、フーコーはその八〇年代の探究のなかで示そうとするのである。 そしてそうした探究を進めていくなかで、フーコーは一つの概念に出会うことになる。一九八一―八二年度のコレージュ講義『主体の解釈学』に初めて登場し、翌年度の『自己と他者の統治』および翌々年度の『真理の勇気』では中心的主題として扱われることになる概念、それが、「パレーシア」である。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「そして、フーコーの研究活動を特徴づける以上の二つの側面に焦点を定めた考察を進めるなかで、浮かび上がってきたものがある。やはり彼の研究全体を貫くものとして見いだすことのできるそのもう一つの特徴、もう一つの側面とはすなわち、主体と真理との関係の問題化である。 とくに晩年の対談のなかで、フーコーは、主体こそが常に自分の大きな関心事であった、とたびたび口にしている。実際、主体と真理との関係の問題化は、彼において常に、自己からの絶えざる離脱を導くものとして、そしてそれと同時に、そうした離脱によって絶えず刷新されるものとして現れる。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著
「書くことと同様、読むことは、自分自身からの脱出のための主要な契機である。読書という体験がかけがえのないものとなるのは、自分がすでに持っている知識に新たな知識を上積みしたり、ましてや自分がすでに考えていたことを再び見いだして安心したりするときではなく、自分の見知らぬ世界が開かれて目がくらむときであり、自分に馴染みのない思考に巻き込まれて途方に暮れるときであるということを、フーコーの書物はあらためて我々に思い出させてくれるのだ。」
—『ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書)』慎改 康之著