あらすじ
ミシェル・フーコーは顔を持たない哲学者だ。今の自分にとって「正しい」とされることを徹底的に疑いぬき、自己を縛り付けようとする言説に抗い、危険を冒してでも常に変化を遂げようとした。だからこそ彼の著作は、一冊ごとに読者を新たな見知らぬ世界へと導いていく。その絶えざる変貌をたどる。
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Posted by ブクログ
序盤が少し難しいものの、最新研究に基づいたバランスの良い入門書。
フーコーについて書かれた新書の入門書は数あれど(いま買えるものだけでも5冊?)、とりあえず一冊だけ選ぶとすれば「これだろう」という感じ(2025年時点)。
フーコーの代表作を順に追っていく構成なので、一冊一冊の掘り下げはないものの、代わりに思想の変遷が明確で小気味よいです。
フーコーは、強面な風体、グロテスクな描写(監獄の誕生)、人間の終焉(言葉と物)といった強烈な印象の思想家ですが、実際は超然とした哲学者のイメージからはかけ離れていて、最後には切実で繊細なテーマに向かっていった…という印象を受けました(読みながら泣きそうになってしまった…)。
「自分が誰であるか、何者なのかを尋ねないでほしい」と言ったといいますが、(発言の意図とは別に)どこか寂しさを感じさせる言葉ではないでしょうか。
ニーチェの系譜学に強い影響を受けながらも超人思想とは全く別の方向へ歩んでいったところなど、フーコーの「人間」性をよく現している気がします。
Posted by ブクログ
「哲学100の基本」を読んだ後なので、少しは哲学に対する理解が進むかと思い読んでみたが、やはり難しかった。そもそもフーコーの当初よって立っていた「人間学」というものが何なのかが全く理解できなかったので、その後のフーコーの過去の自分の思想からの脱却という流れが理解できないまま読み終わってしまった。ただし、フーコーの考え方が歴史を残されてい文献からありのままに受け止め、そこから人間の言葉と考え方の変遷を客観的に捉えるという「考古学」という考え方と、それにより「狂気」「死」「性」などが人間にとってどのように変わっていきそれが現代にどのような影響を与えているのかということを「権力」の観点から考えるというのは非常に興味深い考察だった。
Posted by ブクログ
知的8
かかった時間3時間半くらい
フーコーの入門書。彼の思考の変遷を、代表的著作をとおして追っている。
筆者がかなり頭のいい人で(そりゃそうだ)、フーコーを貫く、既存の思考を疑うやり方と、自身を新しいものごとに向けるやり方を軸にしつつ、年代ごとの問題意識について概観してくれているので、わからないながらもわかりやすい。
個人的には「前フーコー的な50年代」への言及があり、そこを覆す形で「人間性の絶対視」への疑念が生まれて、それが社会制度などによって人為的に生まれたものだという変化が鮮やかで(フーコーでよく紹介される考えかたでもあるし)楽しかったが、性とか自己に関心が向いていくあたりもおもしろかった。なんとなく当たり前の感覚だと思っている「自分を知る欲望」にもバリエーションがあるんだなあ。
というか今さらだけどフーコーって早くに亡くなってるのね(しかもいまWikipediaみたらエイズだったのか)。あと20年生きてたら、とか思うよね。理解できるかはともかくとして。
Posted by ブクログ
フーコーの著作と主張の移り変わりを西洋知の文脈を踏まえて、端的にまとめている。
最後にある通り、彼の問題意識は「主体と真理」の関係の問題化にあった。
『言葉と物』で人間の有限性への覚醒を促す。人間を基礎づける無意識なようなものはないのだ。
『知の考古学』で歴史の連続性の否定と歴史解釈の拒絶を通して、人間主体の至上権を打ち倒す。宗教やイデオロギーへの対抗か。
『言説の領海』では、言説に拘束力を及ぼし、言説を希少化するようなシステムがいたるところに存在している、と説く。同書では、生を抑圧する権力のあり方が検討されたが、逆転して、生を規制しつつ促す、権力のポジティブな面が『監獄の誕生』で扱われる。
Posted by ブクログ
コンパクトに、思想の変遷を時系列に、代表作の内容とその相互のつながりの解説をとおして紹介してくれている。フーコーがはじめての人にも、読んだことある人が改めて読み直すための入り口としても、とてもいい入門書なのでは。
Posted by ブクログ
ミシェルフーコーという哲学者が何をどう考えてきたかということについて、時間軸順に学べる本だった。論旨はなんとなく理解できたが、細部については話についていけず自分自身の勉強不足を痛感した。
星については、読んで良かったがどう評価すれば良かったのかわからないので真ん中の3とした。
Posted by ブクログ
「ラカン 哲学空間のエクソダス」 (原和之著)からの流れ読みだ。
ミシェル・フーコーの思索の足跡がわかりやすく書かれている。「狂気の歴史」「臨床医学の誕生」「言葉と物」「知の考古学」「監獄の誕生」まではなんとか着いていけるが、「性の歴史」になると難度が上がるような気がした。
フーコーの著書にチャレンジするまえにもう少しフーコーの入門書を読んでみるか。
Posted by ブクログ
僕が学生時代から読もうとして、怠惰ゆえに今までほとんど読まずに過ごしてきた本、それがフーコー、ドゥルーズ、メルロ=ポンティ等の哲学書である。
先月、ブルデューの「世界の悲惨」の感想を書いたときに、《「世界の悲惨」とは、まさに哲学の悲惨に他ならない。》(「世界の悲惨Ⅲ」(監訳者あとがき))という言葉を引用したが、その言葉が自分に返ってきてしまった。
かく言うお前はどれだけの哲学書を読んで来たのか?と。
そんな訳で、いよいよ宿題に向き合わざるを得なくなった。
ちょうど昨年の12月に、フーコー「性の歴史」の第4巻「肉の告白」が出たので、大分前に読んだ第1巻からもう一度読んでみることとし、そのウォーミングアップのつもりで本書を手に取った。
新書にもかかわらず、あまり頭に入って来ないなあと思いながら読んで来て、
「第五章 「魂 」の系譜学──『監獄の誕生 』と権力分析」の所で愕然とした。
そこには、同書に対する僕の理解とは全く違う読みが示されていたのだ。
《そこで当初企てられていたのは 、刑罰の理論および制度を 、抑圧のシステムのなかに置き直して分析することであった 。 ー中略ーコレ ージュ講義においてもやはり 、まず問題とされたのは 、権力のネガティヴな作用だったのである 。》
僕の読みは、あくまでもこうした観点からのものだった。ところが、
《しかし 、研究を進めていくなかで 、フ ーコ ーは次第に 、抑圧や排除といった作用から 、権力によってもたらされるポジティヴな効果へと 、その視線を転じることになる 。つまり 、処罰形式をめぐる歴史的探究の進展が 、彼を 、権力をめぐる伝統的な考え方から引き離し 、権力の生産的な側面の分析へと導くのである 。そして 、そのようにして権力のポジティヴなメカニズムに焦点を定め直した研究が進められた後 、その成果として一九七五年に著された書物 、それが 、 『監獄の誕生 』なのだ 。》
とあるではないか。
これは、かなりショックだった。
もちろん、著者の理解が正しいのだろうが、これはぜひもう一度読んでみなければならない。
《「規律権力 ( p o u v o i r d i s c i p l i n a i r e ) 」と呼ばれるその新たな権力は 、一方の他方に対する支配力を誇示する代わりに 、すべての人々を一様に監視し管理することで 、 「従順かつ有用 」な個人を作り上げることを目指す 。》
《監獄的な監視と矯正のシステムは 、ただ単にさまざまな 「規律的 」制度のうちの一つとして機能するばかりではなく 、他の制度に対するモデルとしても役立つのだ 、と 。そして監獄のそうした範例的役割を端的に示しているものとして描き出されるのが 、 「パノプティコン 」と呼ばれる建築様式である 。》
僕は大学で哲学を学んだこともなければ、それほどたくさん読み込んでいるわけでもない。
おまけに自分の理解力にさして自信があるわけでもない。
そんな僕が哲学書を読んで行けば、これからも数々の誤読を犯すだろう。
だが、たとえそうだとしても、人生の総決算として、『誤読の旅路』を歩んで行きたい。
Posted by ブクログ
著者があとがきでも記載しているように、入門書であり、フーコーの伝記である。フーコーが心理学を最初に研究していたということはほかの著書でもあまり触れていなかったので、そこは珍しいかもしれない。