『ロリータ』って名前はとっても有名だし、
「ロリコン」、正式には「ロリータ・コンプレックス」という言葉が、この作品をもとに後から生み出された事はなんとなく知っていました。
でも文学として、どういう内容の作品なのかは全く知らず。
ロリータ・コンプレックスという言葉が、この作品をもとに生まれてきているというからには、おじさんが幼女を性的対象として見る話なんだろうなぁ、とは思っていました。
でもどうしてそんな気持ち悪いし、許しがたい設定の話が、世界文学として成り立つのか?
背表紙には「世界文学の最高傑作」とまであるぞ?と、もう気になりすぎて気になりすぎて、先へ先へと読んでいたら、約550ページを読み終わっていました。
ロリータという12歳の少女に恋をするハンバート・ハンバートという男、思っていたよりは若かったけど(37歳)、やっぱり気持ち悪かった。許せなかった。でも設定がどうであれ、素晴らしい文はやっぱり素晴らしい文だし、巧みなストーリー構成はやっぱり巧みストーリー構成でした。
「ロリコン男」という設定と、芸術としてのナボコフの文学を、この作品においては、私は切り離して受け入れられます。
(村上春樹の『1Q84』とは違って笑)
『ロリータ』を読んでいて、これはナボコフという男性作家のロマンや性的嗜好なのではないかという印象は受けず、やはり作者のあとがきで作者自身はハンバート・ハンバートという登場人物とは相容れないと書いてあり、私の印象を裏付けてもらえました。
そこをまず白黒ハッキリさせておかないと、私のモラル・道徳が許しませんでした笑
さて、それを踏まえてこの作品について語るとしたら、まず驚いたのは、こんなに旅をしながら進んでいくロード・ノベルだとは思ってもいませんでした。アメリカ国内を車で旅する系の話にとても惹かれました。行く先々の人や風景などの描写が良かった。
アメリカに亡命したナボコフだからこそ、書けた話なんだろうなぁと思いつつも、本当にアメリカなのか?と疑いたくなる、カラッと全くしていない、シトシトと降る霧のような雨の中1人で語り続けているイメージ(あくまでイメージ)がロシア文学っぽくて、不思議なミックスだと思いました。皮肉やユーモアのセンスもアメリカではなくロシアだぞ、ロシア、と思っていました笑
私自身は、「そういうところは日本人っぽいね。そういうところは外国人(オーストリア人)っぽいね」と言われるのが実はとても苦手なので、アメリカっぽいとか、ロシアっぽいの話はこれくらいにしますが笑、とにかくその唯一無二な雰囲気が堪らなく良かった。誰にも真似できない、ナボコフさんのバックグラウンドたからこそできるのだと思うと、とてつもなく尊いです。好きです。
そこに更にフランス語やドイツ語の言葉も沢山入ってくるので、いろんな雰囲気を全て上手く融合させた感じが素晴らしかった!
そして語り手(主人公)のヤバさのレベルを徐々に徐々に上げていく表現がとんでもなく上手かった。
愛に狂う(しかも子供への)男の話しなんてまともに聞けるかー!と、私は全くずっと彼を信頼しないまま読み終わりました笑
「信頼できない語り手」ってこういうことであってますか?!笑
絶対にまた再読します。
大江健三郎(!)も解説で何度か読んだと書いていました。
きっと読むたびに新しい発見があると思う。
因みに映画はキューブリック監督の1962年版と、1997年版だとどちらが良いのか!大江健三郎はキューブリックだと言っていますが、映画もとても気になります。