作品一覧

  • 現実性の問題

    現実性の問題

    ビジネス・実用

    -
    1巻3,421円 (税込)
    現実は何処に繋がっている?離別と死別の比較から始まり、現実性という力が、神へと至るプロセスを活写した希代の哲学書。入不二哲学の最高到達点がここにある。
  • あるようにあり、なるようになる 運命論の運命

    あるようにあり、なるようになる 運命論の運命

    ビジネス・実用

    4.4
    1巻2,640円 (税込)
    「すべての出来事は、あらかじめ決まった因果関係により、必然的に起きている!」 というのが運命論者である。そんなバカな、と思うか、そうかもしれないと納得するか、人類は運命論・反運命論に分かれて論争してきた。これは、じつは、過去・現在・未来を問い直す時間論であり、因果関係を見直す論理の問題でもある。運命論をスリリングな哲学として展開する快著!
  • 相対主義の極北

    相対主義の極北

    ビジネス・実用

    4.2
    1巻1,496円 (税込)
    すべては相対的で、唯一絶対の真理や正しさはない――この相対主義の「論理」を相対主義自身にも適用し、極限まで追いかける。その最果ての地で、どのような風景が目撃されるのか? 本書では、ルイス・キャロルのパラドクス、マクタガートによる時間の非実在性の証明、デイヴィドソンの概念枠批判、クオリア問題等を素材に、「相対化」の問題を哲学する。相対主義を純化し蒸発させることを通して、「私たち」の絶対性を浮き彫りにすると同時に、その「私たち」も到達しえない“他なるもの”の姿を鮮やかに描き出す。ダイナミックな哲学の思考運動が体感できる名著。
  • 足の裏に影はあるか?ないか? : 哲学随想

    足の裏に影はあるか?ないか? : 哲学随想

    ビジネス・実用

    4.1
    1巻1,386円 (税込)
    地平線は越えられるか?「私たち」に外はあるか?足の裏に影はあるか?ないか?「無関係」とはどういう関係か?…ほか、目の前に立ち上がる問いを、夢中になって、追跡する。目もくらむような、24の言葉の結晶。付論「『ほんとうの本物』の問題としてのプロレス」を収録。

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  • ウィトゲンシュタイン 「私」は消去できるか

    ウィトゲンシュタイン 「私」は消去できるか

    ビジネス・実用

    4.1
    1巻990円 (税込)
    なぜ、「すべて」と「無」が一致するのか? 「私」はかけがえがなく、特異な存在であるがゆえに、消え去り無と化してしまう……。「語ること」と「沈黙」が、「すべて」と「無」が、正反対のものが折り重なる不思議な世界。独我論から私的言語論まで、「私」をめぐる独創的思考の奥深くまで分け入る。 [内容] 序章 不二の法門に入る──補助線として 第一章 独我論──「限界」としての「私」とは何か 第二章 無主体論──独我と無我は一致する 第三章 私的言語論──「ない」ままで「あり」続ける「私」 ウィトゲンシュタイン小伝 読書案内
  • アントニオ猪木とは何だったのか

    アントニオ猪木とは何だったのか

    小説・文芸

    3.3
    1巻924円 (税込)
    2022年10月1日、享年79。 不世出のプロレスラー、アントニオ猪木は死んだ。 わたしたちは「猪木ロス」を乗り越えて、問わなければならない。 わたしにとって、あなたにとって、プロレス界にとって、時代にとって、社会にとって、アントニオ猪木という存在は何だったのか。 アントニオ猪木とは果たして何者だったのか。 哲学者から芸人まで独自の視点を持つ7人の論客が、あらゆる枠を越境したプロレスラー、アントニオ猪木という存在の謎に迫る。 全て書き下ろし。 ◆目次◆ 壁抜けしつつ留まる猪木――入不二基義 馬場派からの猪木論――香山リカ A LONG TIME AGO……――水道橋博士 存在無意識に生きたプロレスラー――ターザン山本 1000万人に届く言葉を求めた人――松原隆一郎 アントニオ猪木 あれやこれやの語――夢枕 獏 猪木について考えることは喜びである――吉田 豪
  • 老いと喪失 死と向き合う思想

    老いと喪失 死と向き合う思想

    ビジネス・実用

    -
    1巻330円 (税込)
    ※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 (目次より) ●社会が決める人間の寿命 利己的な生と公共的な死 小林武彦 ●老いと死の哲学的文法 入不二基義/聞き手:斎藤哲也 ●効率化により変わりゆく葬送儀礼 死を社会的に受け止める意味を考える 山田慎也 ●思い出に浸るときが愛おしい 長寿の秘訣はおばさんに学んだ 末井 昭/聞き手:オバタカズユキ ●死と向き合うことの哀しみと希望 デイサービスという介護現場で 六車由実 ●記憶の衰えと付き合うために SOC理論の考え方とは 増本康平
  • 21世紀の勉強論

    21世紀の勉強論

    小説・文芸

    -
    1巻305円 (税込)
    ※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 対談「ボケ・ツッコミという過激な勉強法」千葉雅也×マキタスポーツ/対談「レスラー哲学者と注目の認知科学者が教える身体から考える本物の『学び方』」入不二基義×今井むつみ/ルポ「カルチャースクールとは一味違う新タイプ『教養講座』が人気の理由」山下柚実/対談「学びのコミュニティを主宰して『昭和モデル』と『テクノロジー音痴』から抜け出そう」佐々木俊尚×中原 淳

ユーザーレビュー

  • 相対主義の極北

    Posted by ブクログ

    私の好みとしては本書の第6章がすこぶる良かった。デイヴィドソンについての本を最近読んだばかりのせいかもしれない。

    ただ解説者の野矢茂樹さんが言っている通り、分岐の可能性もあったと思う。つまり、理解不能なものが一つであることはできなくてゼロ個以上のどこかであるとも考えられる。物質を分割しても一種類の素粒子とは限らないように。

    私は私がいなくても世界は存在していて、むしろ私が、いるのが邪魔だと思っていたこともあった。最近はどちらかというと、私なしではこの世界が存在しなくなるという方向に向かっていた。反復していくという発想はなくもなかったが、元気づけられたことは確かだ。

    永井均さんがネッカーキューブが二通りに見えるが、こっちのほうが見やすいと言っていたのを思い出す。実在論か相対主義もそれと似ているように思えた。

    0
    2022年03月13日
  • 足の裏に影はあるか?ないか? : 哲学随想

    Posted by ブクログ

    かなり充実したエッセイであった。 
    『私たち』に外はない
    足の裏に影はあるか?ないか?
    無関係という関係
    あらかじめ失われた
    一回性と反復

    メタについて考えるかなりたくさんの題材が眠っていた。
    ないよりもっとない。ある人にとってない人はないことが分かる。1番目はすでに2番目…本当に面白かった。

    0
    2020年08月08日
  • あるようにあり、なるようになる 運命論の運命

    Posted by ブクログ

     本書は単独作としては6年ぶりとなる入不二基義の哲学書である。前作『足の裏に影はあるか? ないか?』が随想集であったことを思えば、『時間と絶対と相対と』以来実に8年ぶりの哲学書ということになる。しかし待った甲斐があり、入不二本人があとがきで「主著」と位置づけているくらい、量的にも質的にも入不二哲学の集大成とも言うべき内容に仕上がっている。
    『時間と絶対と相対と』の最終章「運命論から何を読み取るべきか」をさらに展開し徹底したこの作品は、もともと講談社の月間情報誌『本』に連載されたものであったが、単行本化の過程で大幅な加筆・修正がなされており、入不二哲学初心者はもちろんのこと、連載を読んでいた読者にとっても買って損のない一冊となっている。
     冒頭のプロローグからして気合が入っている。「概念を動かしてみる」と題されたそれは、それだけで一篇の哲学論文とも呼べるほどクオリティーの高いものである。もっとも運命論とは関係ないようにも見えるその導入部に、読者は一瞬戸惑うかも知れない。しかし冒頭で入不二が宣言しているように、本書は単なる運命論の本ではない。運命という概念が覆されるほどの破壊力を持った、正に副題「運命論の運命」にふさわしい革新的な哲学書である。
    「運命」とは不思議な言葉である。「運」とは偶然であり、「命」とは必然である。排他的とも思える二つの語が結合して一つの言葉を形成している。それゆえ「運命論」と「決定論」は似ているようで異なる。さらに運命論/決定論には「解釈的運命論」や「因果的決定論」があるが、本書で扱うのは「論理的運命論」である。それは感情的解釈や物理的法則とは無縁の、論理法則のみに基づいた運命論である。
     そんな論理的運命論においてキーワードとなるのが「現実」という概念である。排中律(「PまたはPの否定のどちらかである」)というツールを使って、現実の全一性と唯一性があぶり出され、論理と現実の複層的な対立が明らかにされる。入不二哲学独特の極めて抽象的な議論であるが、現実という得体の知れない怪物が、入不二言語によってからめ取られてゆく様は爽快ですらある。アリストテレス、ディオドロス・クロノス、リチャード・テイラー、マイケル・ダメットらの考察が俎上に載せられ、しかもいずれの哲学者にも与することなく、入不二は論理的運命論を超越した形而上学的運命論の高みへと飛翔してゆく。
    「運命論を本書のような仕方で考察したものは、これまでには無かっただろうし、今後も現れることはないだろう」という自信に満ちたあとがきの言葉は、全力を出し切ってやるべきことをやったアスリートの勝利宣言のようにも聞こえる。『相対主義の極北』『時間は実在するか』と並び、入不二哲学の現時点での到達点ともいうべき名著である。

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    2019年07月09日
  • 足の裏に影はあるか?ないか? : 哲学随想

    Posted by ブクログ

     哲学者入不二基義氏による初のエッセイ集である。既刊の序文を中心に構成された第ⅰ部、時間論的な哲学エッセイを集めた第ⅱ部、時事ネタを含む日常的エッセイの第ⅲ部、そして付録のプロレス論、どこから読んでも入不二哲学の魅力に触れることができる。
     同氏の既刊書はよくもあしくも本格的な哲学書がほとんどだったため、その分かりやすさとは裏腹に一般読者にとっては不当に馴染みの薄い哲学者であったが、本人をして「こういう本をずっと書きたいと思ってきた」と言わしめた本書は、読者を選ばぬ読みやすさと哲学ファンをも納得させる深さを兼ね備えた好著となった。
     個人的には第ⅱ部の書き下ろし三篇が最も刺激的であり眩暈すら覚えた。普段何気なく見過ごしている常識が入不二製の哲学メスによって解剖されてゆくさまは芸術的ですらあり、少なくとも表現力においては3N(中島義道・永井均・野矢茂樹)を凌いでいるのではないかと思われる。付録のプロレス論は再録であるが、独創性はもちろんのこと後に開花する入不二哲学の萌芽が見られ興味深い。
     松田行正氏の手による装丁も地味でありながら挑発的であり、「無さ」にこだわる入不二哲学を具現しているかのようである。入不二哲学のみならず哲学そのものの入口へと誘ってくれる本書は、一人でも多くの人に読んでもらいたい一冊である。

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    2019年07月09日
  • 相対主義の極北

    Posted by ブクログ

     哲学者入不二基義氏のデビュー作でありながら入手困難の状態が続いていた幻の名作が、ちくま学芸文庫に殿堂入りして帰ってきた。春秋社版を読み損ねていたわれわれファンにとっては待望の文庫化である。
    「あらゆる真理は相対的である」という相対主義の考え方を、相対主義自身に適用するとどうなるか。相対主義もまた相対的にのみ真であるということになってしまい、自己論駁に陥るのではないか。
     ここで「枠組み」という概念が重要になってくる。「Sは枠組みXにおいては真であり、枠組みYにおいては偽である」という主張が成り立つためには、枠組みXでも枠組みYでもない、両者を俯瞰する枠組みZが必要であろう。しかしその枠組みZが絶対的であるということは相対主義に反する。一方で枠組みZもまた相対的であるとするならば、落差は反復され枠組みは完結しない。
     かくして相対化の徹底によって枠組みは無限に更新され蒸発する。だがそのような枠組みを超越した観点が一つだけ残る。それは「私たち」である。いかなる枠組みもそれが枠組みとして認知される以上は、それを認知する「私たち」がいなければならない。枠組みの外延を国境線に例えるならば、「私たち」の外延は無限に後退する地平線になぞらえることができる。
     そのような「私たち」にも、しかし外部が存在する可能性を入不二は指摘する。それはもはや地平線から離れた宇宙のような最果ての地、「ない」よりもっと「ない」こと、「私たち」の未出現(BEFORE WE ACCEPT)である。――無をあくまでも存在の否定形としてとらえた自由論者サルトルが、外部によって形成される「われわれ」を主張したのに対し、無限に拡張する「私たち」を提唱する入不二が、その後運命論を語り始めることになるのは興味深い。
     次著『時間は実在するか』(講談社現代新書)と並んで、日本哲学界の独創的古典として残るべき名著である。読者を選ぶメタフィジカルな哲学書ではあるが決して難解ではなく、読破に自信のない読者には野矢茂樹氏による素晴らしい解説からまず読むことをお薦めしたい。

    0
    2019年07月09日

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