河野多恵子という人は
暴力を介してしか愛情を実感できない人々について多く書いた
谷崎潤一郎からの影響を自認していたようだが
時代のコメディアン谷崎とは決定的に異なる薄暗さを抱えていた
敗戦によって失われた父性信仰への憧れを
そこに重ねることもできよう
「幼児狩り」
10にも満たない男児ばかりに性的な目を向けてしまう女
なぜそうなったのかよくわからないが
夜は残虐な夢を見て楽しんでおり、いろいろ拗らせていることが窺える
「劇場」
オペラ劇場で出会った美女
彼女の夫は、見た目に彼女とは不釣り合いなせむし男だった
主人公は彼女らの佇まいに性的なシンパシーを受け
マゾヒズムに目覚めてゆく
「塀の中」
戦時中、軍需工場に動員された女学生たちの話
単調な作業への嫌気と、家に帰してくれない軍人への反発と
それになにより空襲で焼かれることへの恐怖など
そういったものから生まれてきた鬱憤を溜め込んで
悶々と毎日を送っていた彼女らは
空襲された地区に救援物資を届けたある日
焼け出され、母親とはぐれてしまった男児を拾う
すぐに届け出ればいいものを
信用できない大人たちへの気後れから報告をためらい
さらに気散じの欲しさで
女学生たちは男児の「飼育」を始めてしまうのだった
「雪」
雪にまつわるトラウマと、持病の神経痛
複雑な生い立ちから苦労させられてきた記憶
それらネガティブなものどもなんて
母親との和解と死別を契機にすべて解消されたっていいだろう
そんな希望を持ってはみたが
やはり人生そう甘くない
「蟹」
結核患者…といっても戦後のことで、いい薬があるもんだから
大事に至ることなく回復へと向かっていた
にもかかわらず、夫に無理を言って転地療養させてもらう女の話
お見舞いに来た義弟夫婦の子供を捕まえて
かっこいいところを見せようとするのだが、上手くいかない
なにがしたいんだろう…
不在の夫に対し、父性で張り合っているようでもあるが
「夜を往く」
幼馴染の女どうしで
非常に親密な夫婦づきあいをしている
もう一息でどうにかなりそうなのに
向こうでも何か感づかれたのか
その夜は、約束をすっぽかされてしまった
仕方ないので変態趣味を共有する夫と
さみしく夜の散歩に出る話