田中圭一×『31☆アイドリーム』種村有菜先生インタビュー

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田中圭一×『31☆アイドリーム』種村有菜先生インタビュー

「漫画家が命を込めた一コマ」を探る独占インタビュー企画。第18回は、『メロディ』(白泉社)で『31☆アイドリーム』を連載中の種村有菜先生だ! これまで少女漫画誌で、数々の恋愛ファンタジーを生み出してきた種村先生が描く、“大人のための魔法少女モノ”とは!? デビュー当時の裏話から現在まで、田中圭一が掘り下げる!
[インタビュー公開日:2016/7/15]

今回のゲスト種村有菜先生

種村有菜先生

愛知県出身。高校在学中に投稿を始め、1996年に『りぼんオリジナル』6月号(集英社)に掲載された「2番目の恋のかたち」で、18歳でデビュー。以後、TVアニメ化もされた『神風怪盗ジャンヌ』や『満月をさがして』など、多数のヒット作を生み出す。
2015年リリースのスマートフォン向けアイドル育成ゲーム「アイドリッシュセブン」のキャラクター原案でも知られる。
現在、『31☆アイドリーム』のほかに、『月刊コミックZERO-SUM』(一迅社)で『瞬間ライル』原作、『マーガレット』(集英社)で『悪魔にChic×Hack』、『LaLa DX』(白泉社)で『アイドリッシュセブンTRIGGER─before The Radiant Glory─』を連載中。

今回の「一コマ」作品『31☆アイドリーム』

『31☆アイドリーム』

メガネで黒髪、彼氏いない歴=年齢。そんな地味な生活を送る出口千影・31歳は、製薬会社に勤める元同級生・都北にもらった秘薬「アイドリーム」を飲んだことから、15歳の姿に変身! そのまま芸能界にスカウトされ、アイドル活動を始めることに。さえない日々を過ごしてきた千影の人生が、大きく変わり始める……。少女漫画を読んで育った大人の女性に贈る、新感覚シンデレラストーリー!

インタビュアー:田中圭一(たなかけいいち) 1962年5月4日生まれ。大阪府出身。血液型A型。
手塚治虫タッチのパロディーマンガ『神罰』がヒット。著名作家の絵柄を真似た下ネタギャグを得意とする。また、デビュー当時からサラリーマンを兼業する「二足のわらじ漫画家」としても有名。現在は京都精華大学 マンガ学部 マンガ学科 ギャグマンガコースで専任准教授を務めながら、株式会社BookLiveにも勤務。

田中圭一の作品一覧へ

種村有菜先生のメイキング動画を、田中圭一が解説!

種村有菜先生に『31☆アイドリーム』のヒロイン・千影さんを色紙に描いていただきました。ここではその作画動画を大公開! 田中圭一が種村先生のキャラの魅力を解説します!

インタビューインデックス

  • デビュー作品に500通のファンレター!読者が後押ししたスピード出世
  • 従姉妹と高校時代の友人。2人の“ファン”が漫画道の原点
  • オシャレな“アニメ絵の線”を、少女漫画に広めたかった
  • 種村有菜にないものをすべて詰め込んだ「千影」というキャラクター
  • お酒とタバコと、2人のヒーロー。感慨深い「大人の一コマ」

デビュー作品に500通のファンレター!読者が後押ししたスピード出世

――種村先生は、18歳にデビューしてから、『神風怪盗ジャンヌ』と『満月をさがして』が立て続けにアニメ化されて、『りぼん』の看板作家となるまでが非常に早かったんですよね。デビュー作から連載までの間も短かったんですか?

早かったですね、すごく。投稿していたのは2年間で、自分的には投稿していた時期も長かったなと思うんですけど、逆にデビューしてからは早くて、あっという間に連載が決まりました。

――その頃に、担当さんからネームや描き方の手順みたいなことを教わった?

そうですね。けど「頑張ったからデビューさせてあげる」みたいな感じで、何人かと合同でデビューしたんですが、その中でも編集部の期待はかなり下の方でした。
でも、デビュー作が載った時、新人なのにファンレターが500通くらい編集部に届いたんです。当時、『りぼん』はすごく売れていたんですけど、普通、デビュー作はあまりファンレターが来ないらしいので、ものすごい数に編集部もびっくりしたみたいです。
その時、私はちょうど2作目のネームを直していたんですけど、急に編集部から電話がかかってきて、「直さなくていいから、今すぐ原稿ください!」と言われました(笑)。

――そういうものだとはいえ、現金な話ですよね、新人さんからすると(笑)。

それで慌てて原稿にした思い出がありますね。それから3作目で本誌掲載、4作目でいきなり増刊の巻頭をやらせてもらって。早かったですね。

――サラッと言いましたけど、それってかなりすごいことですよね。

当時の『りぼん』はすごい人気作家さんばかりだったので、増刊とは言え、新人が巻頭を取るなんてありえなかったと思います。私はけっこう燃えるタイプなので、巻頭をもらった時は「私が一番目立っていいってことだよね!」と思って、めちゃくちゃ頑張ったんです。編集部の人にも、そのやる気が伝わったみたいで、5作目から連載が決まりました。

――いきなり増刊の巻頭がもらえるほど反応が良かったんですもんね。期待されてなかったとおっしゃいますが、読者はちゃんと分かっていた。

まさに、読者の声で連載を勝ち取れたんだと思います。

――デビューから連載までが、本当に駆け足だったんですね。そうなると、長期連載をやるための心構えや準備もできないうちに、連載生活が始まっちゃったんですか。

そうですね。最初の連載は「全3回」と言われていたんですけど、第1話を描いている途中に「4回になった」と言われて。「えーっ、4回ですか!?」って(笑)。3回分しか考えてなかったからどうしようって思いましたね。さらに第2話を描いている途中に「5回になった」、第3話の途中には「6回になった」って、1話ずつ増えていったんですよ。

――終わりを決めずに始めさせてくれればいいのに!

その当時の本誌は激戦区だったので、枠が取れたら私に回してくれてたんだと思います。でも、いつ終わるか分からないし、また話数が伸びる可能性もあるしで、どうやって話を描いたらいいか分からなくて。初めての連載だったから、キャラクターを長く描くこともやったことがなかったので、すごく苦労しましたね。
好きなだけ描いていいよと言われたのは、その次の連載からですね。

従姉妹と高校時代の友人。2人の“ファン”が漫画道の原点

――漫画を描き始めたのはいつ頃からですか?

小さい頃から描いてました。いわゆる「女の子が描くお絵かき」を、大きくなってもやめられなかったという状態ですね。初めてコマを割って描いたのは、高校1年生の春休み。それまでは、男の子を描いたことがなかったんです。女の子って、最初は女の子の絵しか描かないんですよね(笑)。お姫様にしか興味がないから、男の子を描けない。

――たとえば友達の影響とか、コマを割って漫画を描くようになったきっかけはあったんですか?

従姉妹の女の子が、小さい頃から私の絵を気に入ってくれていて、誕生日にも「私の絵が100枚ほしい」と言うくらい、ファンでいてくれたんですよ。私はオリジナルの絵ばかり描いていたんですけど、何度も同じ女の子を描いていたら、「この子の話を読みたい」と言われたんです。それなら、漫画家になるしかないのかなと、そこから漫画家を目指すようになりました。それまでは、絵は描けるけど話を作るのは無理だと思っていて、イラストレーターになりたかったんです。でも従姉妹の一言で、漫画家を目指す決心をしました。
でも、その当時はハウツー本みたいなものがなかったから、漫画のルールが全く分からなくて。内枠(※1)も分からなかったんですが、なんとなく内側に描くんだなってことは分かったから、なんとなくコマを割ってはいるんですけど、全ページ寸法がバラバラなんです(笑)。

※1 内枠
原稿用紙の真ん中にある大きな四角い枠(基本枠ともいう)。枠の外にはみ出した部分は、製本時に裁断されてしまったり、読みづらくなったりしてしまうため、主な要素は内枠に収めて描くのが基本になる。

――最初に描いたのはどんな話だったんですか?

すご~い暗い話だったんですよ。主人公の女の子の昔の恋人が、交通事故で死んじゃってるんですけど、その弟にアプローチされるっていう(笑)。その悲しみを乗り越えて、弟とくっつくまでの話でした。

――ちょっと韓流ドラマっぽい感じですね(笑)。

ホントに! すっごいシリアスな話(笑)。ギャグのギャの字もなかったです。

――そこから、ギャグやコメディの方向にいくきっかけはあったんですか?

まず1作目を、新人漫画賞みたいな大きい賞に投稿したんです。一次審査通過で賞金は2000円くらいだったんですが、賞金がもらえたことが嬉しくてやる気になりました。
でも、「まずはつけペンに慣れなきゃ」「修行しなきゃ」と思って、長いストーリーではなく、4コマを投稿し始めたんですよ。そしたら賞をいただいて。4コマ部門は5ページくらいで投稿できるんですけど、最初に投稿した作品で結構な賞金をもらえちゃったんです。「5ページでこんなに賞金をもらうわけにはいかない」と思って、16ページ・32本くらいの4コマを投稿していました。そこでギャグを描くのが楽しくなりましたね。

――賞金をもらうのが申し訳なくて4コマを量産してたというのが、すごいですよ(笑)。

でも高校時代に、同じように絵を描いていた友達に「有菜ちゃんはストーリーを描かなきゃだめだよ」と言われたんです。その頃は、すっかり4コマが楽しくなってきてたので、「え、私はこのまま4コマで生きていこうと思ってたのに!」って思いました(笑)。
4コマだったら5ページでいいのに、ストーリーだと32ページ描かなきゃいけないですからね。でも友達から「いいから、描くの!」と急かされて。それでストーリーを描いて投稿するようになったんですが、学校の成績は下がるし、賞金ももらえないし、大変だし……。けど、その子に言われるままに「分かりました~」みたいな感じで描いてました。
だから、今の種村有菜があるのは、従姉妹とその友達のおかげですね。

――やっぱり、ファンやアドバイスをくれる人がいると、描くモチベーションになりますよね。でも、もしかしたら、種村先生は4コマ漫画家として人気作を生んでたかもしれないわけだ。

ルーツの話に戻るんですけど、漫画家になったきっかけの作品として「風の谷のナウシカ」を挙げていただきました。これは映画版ですか?

映画版です。漫画家になるきっかけというよりは、オタクになったきっかけでしょうか。映画は小1くらいの時に初めて見て、「なんじゃこりゃ!」と、一気にオタクの道に入りました。
一番覚えているのは、ナウシカが子供たちに「私がウソついたことあった?」と言うシーン。「ウソつかない大人がいるの!?」という驚きでしたね(笑)。あとは、蟲と心を通わせたり、ラストでナウシカが黄金の草原を歩いたりするところも、すべてが感動的で、かっこいいと思いました。

――小学生だったら、なおさら衝撃がでかいですよね。そこからオタクに転んだということは、アニメは小さい頃からたくさん観られていたんですか?

愛知に住んでいたから、東京ほどキー局に恵まれてなくて、観られないアニメが多かったですね。「キューティーハニー」とか「タイガーマスク」とか、昔のアニメの再放送ばかり観てました(笑)。
漫画は、家族が読んでいた漫画雑誌を読んでいました。兄が『ジャンプ』を読んでいて、母が『別冊フレンド』や『別冊マーガレット』などを読んでいたので、幼稚園や小学生の頃に、既に不倫漫画とかを読んでましたね(笑)。
初めて友達に『りぼん』のコミックスを貸してもらったのは小1くらいだったんですが、「なに、このかわいい漫画! 私が知ってる漫画と違う! 目が大きい!」と、びっくりしました。そこで初めて『りぼん』の存在を知って、そこから『りぼん』にのめり込んでいきました。当時ハマったのは、やっぱり『ときめきトゥナイト』(※2)や『星の瞳のシルエット』(※3)。水沢めぐみ先生(※4)や、谷川史子先生(※5)の作品も好きでしたね。
あと、楠桂先生(※6)がすごく好きだったんです。ちょっと絵がオタクっぽいというか。その頃の少女漫画家さんは柔らかい線が多かったんですけど、楠先生の絵は、線がとてもはっきりしているんですよね。その当時は、そういうオタクっぽい絵がオシャレだと思ったんです。私もこうなりたい! と思っていました。だから、絵の影響は楠先生によるところが大きいですね。

※2 『ときめきトゥナイト』
1982年から『りぼん』で連載、アニメ化もされた池野恋のラブコメディ。吸血鬼と狼女を両親に持つ女の子・江藤蘭世を中心に、3組の男女の恋模様を3部構成で描いた。2002年に発表されたリメイク作『ときめきミッドナイト』をはじめ、近年も『ときめきトゥナイト 真壁俊の事情』、『ときめきトゥナイト 江藤望里の駆け落ち』が発売され、話題となっている。
※3 『星の瞳のシルエット』
1985年から連載された、柊あおいのラブストーリー。親友と同じ人を好きになってしまった少女の初恋を、中学から高校にわたって描いている。『ときめきトゥナイト』とともに、『りぼん』の看板作品として人気を集めた。
※4 水沢めぐみ
1979年に『りぼん』9月大増刊号でデビュー。以後、『りぼん』『Cookie』などを活躍の場として、30年以上にわたって活動している。代表作は、アニメ化・ミュージカル化された『姫ちゃんのリボン』をはじめ、『ポニーテール白書』『トウ・シューズ』など。
※5 谷川史子
1986年に『りぼんオリジナル』でデビュー。短編連作を得意とし、代表作に『各駅停車』『君と僕の街で』『清々と』などがある。現在、『Kiss』(講談社)で『おひとり様物語』を、『Cocohana』(集英社)で『はじめてのひと』を連載中。
※6 楠桂
1982年に『りぼんオリジナル』でデビュー。以後、少年・少女漫画誌問わず、幅広く活躍。代表作『八神くんの家庭の事情』は、アニメやTVドラマなどの映像化も果たした。『シスター・コンプレックス!!』の漫画家・大橋薫とは双子の姉妹。 

オシャレな“アニメ絵の線”を、少女漫画に広めたかった

――デビューしてからの話に戻ると、連載が決まってヒット作を次々と生んだ時期は、かなり忙しい日々だったんじゃないですか?

忙しかったですね。正直言うと、新人で原稿料が安かったので、編集部がたくさん描かせるんですよね、燃費がいいってことで(笑)。毎月50ページくらい描いて、カラーも3Pとか描いてました。
外にも出られず、閉じこもって死にもの狂いで描いていたんですが、これが忙しいのか普通なのかも分からなくて。本当に何も分からず、ただただ描き続けていました。

――最初にアニメになった『神風怪盗ジャンヌ』(※7)は、人気がすごかったからこそ、連載開始からアニメ化までが早かったんでしょうね。種村先生のタッチが、アニメの影響も受けた少女漫画絵だったということもあって、アニメ化が決まりやすかったというか、アニメファンとの親和性もあったように思います。

連載が始まって12話くらいでアニメ化が決まったんですが、その時はそれがどのくらいすごいことかも分かりませんでした。相変わらず、名古屋で閉じこもって描いてましたからね。
「私、もしかしたらすごいのかも」って思ったのは、税金を申告する際に税務署の黒塗りの車が迎えに来た時です。徹夜明けで締め切りも明後日だからと、ぼさぼさの髪で行ったら、地元の新聞記者が来ていて。私が税務署長さんに確定申告の紙を渡す姿を、カメラで撮られたりしました(笑)。

――高額納税者だったわけですね~。有名人の仲間入りですよ。

街を歩いていて「種村有菜です」と言っても「誰それ?」って感じだったんですけどね。でも、ここ4年くらいで急に、クレジットカードのサインをした時とかに「あれ、種村さんってもしかして?」と言われるようになったんです。ホント最近ですよ。

※7 『神風怪盗ジャンヌ』
1998年から2000年にかけて『りぼん』で連載された、種村有菜先生の代表作。ジャンヌ・ダルクの生まれ変わりの少女・日下部まろんが、怪盗ジャンヌに変身して悪魔を退治していく。可憐な衣装や、ライバル・稚空との恋の行方は、当時の『りぼん』読者の注目の的だった。

――種村先生のデビュー以来、いわゆるフォロワーがたくさん生まれたと思うんです。表情と目の大きさって、割とトレードオフなところがあるじゃないですか。目を大きくすると人形っぽくなっちゃって、あまり色んな表情が描けなくなる。でも、種村さんは両立というか、並存させていると思いました。意識されていることはありますか?

それについては、特に考えていないですね。当時の担当さんが、一切褒めてくれない厳しい方だったんですが、「種村さんの絵は動きがあるから、ファンタジーを描いた方がいい」と言われたんです。「座ってても動いているみたいな絵だね」って。自分では、それが唯一の褒め言葉かなと思っています。だから、動きは意識していますね。

――それは漫画を描く身としては、すごくうらやましいことですよ。ポージングやアクションが描けるのは、普通の漫画家さんよりもう1枚上のスキルを持ってるということですから。種村さんの作品は、アップ絵のクオリティに目がいきがちだけど、ポージングや動きもすごい。やっぱり、動くアニメが好きだからってのもあるんですかね。

アニメが好きなのは大きいかもしれないです。あとは、小さい頃から新体操の絵を描くのが好きでした。だから、どちらかというと、顔より体を描くのが好きで、顔はあんまり描きたくなくて。顔ってあまり興味がないんですよ(笑)。

――そうなんだ!? 種村先生の絵を一生懸命真似しようとしてた読者にとっては、ちょっとビックリな事実ですね。
でも、確かにアクションを見ていると、カメラをグルグルと回して、アングルを変えていますね。いま、僕は大学で漫画を教えているんですけど、いろんな学生の漫画を見ていても、ある程度頭の中でアングルをグルグル変えられる人と、浮世絵みたいにペタッとした絵しか描けない人がいる。やっぱり、前者の人が描く漫画はダイナミックですね。持って生まれた才能だと思います。

絵に関しては、ほぼ独学ですね。とにかくたくさん漫画を読んでいたので、その全てから、知らず知らずのうちに学んでいたんだと思います。

――顔の描き方の話に戻りますが、黒目の光沢(白い部分)の描き方は、1990年代や2000年代当時のトレンドでもありませんか? その頃のアニメの絵はこうでしたよね。

そうですね。あと、私のデビュー以前の少女漫画だと、絵の線が繋がっていなかったんですよ。口も途中で途切れていたり。私はそれが嫌で、「みんな繋げて描けばいいのに」って思っていました。アニメは動かすから線が途切れてないですよね。やっぱり、私自身はアニメっぽい絵がオシャレだと思っていたので、「私が変えてみせる!」くらいに考えて描いていました。
なので、後にみんなが線を繋げて描くようになった時は、「よっしゃー!」って思いましたね(笑)。

――90年代のアニメの絵は、漫画の絵とは隔離されるくらい、ちょっと特殊な進化をしていたから、確かにあの頃はオシャレでしたよね。

『ファンロード』とかも読んでいたんですけど、「オタクっぽい人って、やっぱりかっこいいわ~」って憧れてましたね。
あとは『ふしぎの海のナディア』が好きだったので、貞本義行(※8)さんも好きでした。『ふしぎの海のナディア』は、中1の時に2回目のオタクの深みに落とされた作品ですね。

※8 貞本義行
ガイナックスの「新世紀エヴァンゲリオン」「ふしぎの海のナディア」などをはじめ、細田守監督作品の「時をかける少女」「サマーウォーズ」などのキャラクターデザインでも知られるアニメーター、漫画家。アニメに先行して発表された『新世紀エヴァンゲリオン』のコミカライズも執筆した。 

種村有菜にないものをすべて詰め込んだ「千影」というキャラクター

――今回、『31☆アイドリーム』を読ませてもらって、「これは当たらないはずがない!」と思いました。担当さんからのオーダーは“30代の女性に読ませる魔法少女モノ”だったそうですが、それをこの形でアウトプットするのがすごいですよ。

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