田中圭一×『ふたりエッチ』克・亜樹先生インタビュー
手塚治虫タッチのパロディーマンガ『神罰』がヒット。著名作家の絵柄を真似た下ネタギャグを得意とする。また、デビュー当時からサラリーマンを兼業する「二足のわらじ漫画家」としても有名。現在は京都精華大学 マンガ学部 マンガ学科 ギャグマンガコースで専任准教授を務めながら、株式会社BookLiveにも勤務。
克・亜樹先生の作画の魅力を田中圭一が徹底解説!
今回、克・亜樹先生に『ふたりエッチ』のヒロイン・優良さんを色紙に描いていただきました。ここではその作画動画を大公開! 田中圭一が優良さんの魅力のヒミツを解説します!
インタビューインデックス
- 恥ずかしさへの“言い訳”で始まった「ハウツー・スタイル」
- 原点は少女漫画。そしてサンデー黄金期のデビュー
- 『ふたりエッチ』は、つのだじろう方式!?
- 初めて担当とモメた「一コマ」…「これはエッチの『美味しんぼ』ですから!」
- 連載とコミックスは全然違う! 構成へのこだわり
恥ずかしさへの“言い訳”で始まった「ハウツー・スタイル」
――『ふたりエッチ』は、『ヤングアニマル』創刊から連載されていたんでしたっけ?
連載開始は創刊から5年くらい後ですね。すでに『ベルセルク』などは連載されていました。
――創刊からやっているイメージがありました。でもある意味で、『ふたりエッチ』が『ヤングアニマル』の方向性というか、カラーを決めたようなところがあるのでは? と思っていて。
それは多分、担当さんが新谷かおる先生(※1)に『ぶっとび!!CPU』を描かせたからですよ。それが売れたから、「エロが売れるんだ」と思ったみたいで、僕のところにも話がくるようになりましたね。
――それ以前は、エッチなものはあまり描いていなかったですよね。エロを描けと言われた時に、抵抗はなかったんですか?
ありましたよ。あったから、ウンチクを入れて「ハウツーだったらやれる」って言ったんです。そもそも、エロ漫画とかを恥ずかしくてなかなか買えない僕みたいな人間には、言い訳がいるんですよ(笑)。「これは違うんだよ!」という言い訳が、SEXのウンチクだったんです。
――じゃあ、「ハウツーにする」というのは、克先生の発案であり要望だったんですね! 『ふたりエッチ』が、後に始まった甘詰留太先生の『ナナとカオル』(※2)などのように、エッチな体験を切り口に男女が成長していくという、新しいジャンルを開いた感じもあると思うんですが。
『ナナとカオル』は、担当が一緒ですからね。僕の場合は、ベースがゆるいコメディ作家なので、はじめは言い訳のつもりでお見合いのウンチクを入れたんですよ。データを入れていること自体がギャグになるじゃないですか。一番最初にウンチクを入れた時は、読者が「おいおい!」とツッコんでくれるかなと思って描いていました。
でも続けていくうちに、今度はウンチクを入れないと続かなくなってくるので、新聞は何紙も取るわ、本はいっぱい買うわ、自分が勉強しなきゃいけなくなっちゃったんです。それは今も地獄ですね(笑)。いろいろなところから情報を引用しているので、仕事場の本棚は大変なことになっています。変態の部屋みたいで(笑)。
――『ふたりエッチ』は、いわゆる「お勉強もの」というか、読者からは教科書的な扱いをされているという側面もありますよね。弓月光先生(※3)がヤングジャンプ系で描かれていたような少年・青年漫画のエッチは、ちょっとスパイシーという感じでしたけど、真面目なふたりが性を真面目に学んでいくというのは、『ふたりエッチ』が初めてかなという気がしました。
逆に、ハウツーが主体の「ハウツー漫画」は、それ以前からあったんですよ。でも、『ふたりエッチ』はストーリーが主体でそこにハウツーがあるスタイルなので、それはあまりなかったのかもしれませんね。
――キャラクターたちにすごく好感が持てますよね。僕が玩具メーカーに勤めていた頃の後輩が、ヒロインの優良さんにとても夢中で、「理想の女性」だと言ってました。日本人にとって「こんな女性がいたらいいな」という理想像として、すごくうまく描けているし、掘り下げられていると思うんです。
『ふたりエッチ』の前は、集英社の『月刊ベアーズクラブ』で連載していたんです。その作品ではハチャメチャで変態みたいなお姉ちゃんキャラを描いていて、人気はすごくあったんですけど、順位は万年2位。1位は、お約束ですけど大和撫子タイプの女の子だったんですね。それがとても悔しくて、「次に描くのは大和撫子タイプの女の子だ!」と思ったんです。
こう言うと狙ってたみたいですけど、優良さんや真は、自分としては"素で"描いているんですよ、本当に。でも女の子は「あんな女の人いないわよ」って言いますよね。それについては反論もあるんですが……、いや、やめようこの話は(笑)。
――言わんとしていることは分かります(笑)。「それはお前の周囲にそういう子がいないだけだ!」っていうやつね。
ところで、「漫画家になる」ということを考えると、青春時代にリア充だとなかなか大成できないんじゃないかという気もしています。僕も高校時代は本当にモテなかったんですけど(笑)。
僕なんて高専の男子校でしたからね。当時は「モテるモテない」ということを考えもしなかったんですが、逆にそれを深く考える時期があった人の方が、「男の思う童貞感」みたいなものをちゃんと描けるんだと思いますよ。
僕は本当にふわふわ、お花畑みたいな人間だったので、童貞が見て「分かる分かる!」みたいなシチュエーションは、一生懸命考えないと描けないんですよ。だから、そこが足りないと思いますね。
そういえば、こういう漫画を描いていながら、うちの職場ではほとんどエロ話をしないんですよ。エロ話ができる人が1人くらいしかいなくて、今日はたまたま彼と2人だったので、エロトークをしましたけどね。
例えば、「女のヤッた人数が分かるセンサーと、回数が分かるセンサーと、初体験の年齢が分かるセンサーと3つあったら、どれがほしいか」っていう話を延々としたんです(笑)。そうしたら「ヴァージンセンサーはないんですか?」と聞いてきたので、「お前、考えてみろ! 回数センサーがゼロだったらヴァージンじゃん! しかも体験人数センサーがゼロでもヴァージンじゃん! いらないんだよ、ヴァージンセンサーは!」と返して……。そんな仕事場です(笑)。
――そのネタ、そのまま漫画にできそうですね(笑)。
原点は少女漫画。そしてサンデー黄金期のデビュー
――漫画家になったきっかけの作品として、高階良子先生(※4)の『地獄でメスがひかる』を挙げていただきましたが、克・亜樹先生の原点は少女漫画なんですか?
少女漫画ですね。うちの母親が『別マ(別冊マーガレット)』、『ベツコミ』、『別フレ(別冊フレンド)』を全部買っていたんですよ。僕が買っていたのは『小学校1年生』などの小学館の学習誌だけでした。
――お母さまが少女漫画マニアだった?
そうですね、今でもよく読んでいます。だから、エッチな漫画を描く時は、親に見られないように必死でした。それが今では、公然と描いちゃってますからね。母にしてみればショックですよね(笑)。
――たくさんの少女漫画を読まれてきた中で、特にこの『地獄でメスがひかる』を挙げた理由というのは?
泣いたんですよ。読んで号泣したんです。
これは大好きでしたね。小学校3、4年生くらいの時の印象が強く残っています。それ以降は読んでいないので、実はもうあらすじなどは曖昧なんですが、漫画が強烈な影響を与えることを、身をもって体験した作品でした。
僕は、弱虫なくせにホラー漫画が好きなんですよ。むしろ、弱虫だから好きなんですね。だから、楳図かずお先生(※5)とか、高階良子先生とかを本当によく読んでいました。ちなみに、最初に漫画が面白いと思ったのは美内すずえ先生(※6)です。当時、『別冊マーガレット』の作品は基本的に読み切りだったんですけど、そこで連載していた美内先生の『はるかなる風と光』は、例外的に連載作品だったんです。「早く次が読みたい!」と思ったのは、美内先生の作品が初めてでした。
――デビューは、白泉社の少女漫画と小学館の少年漫画を、同じ年に受賞したのがきっかけとか。
白泉社は『花とゆめ』や『LaLa』に投稿していました。でも、大学の友達や先輩は、みんな小学館の『週刊少年サンデー』に投稿するんですよ。ちょうど僕が大阪芸大に入学したのは、島本和彦先生(※7)がサンデーでデビューした頃だったので、みんな「島本先生のあとに続け!」という雰囲気でした。僕も少年誌はサンデーにだけ出したんですよ。サンデーと花ゆめは1回ダメでもう1回出して、それでたまたま両方とってもらったという感じです。
――当時のサンデーは、ものすごい才能の宝庫みたいな感じでしたよね。ちょうど、『タッチ』と『うる星やつら』が牽引して、ジャンプを抜くくらいの勢いがあった時代ですよね。
でも僕とか島本先生とか、あと安永航一郎(※8)とか、この3人は『増刊サンデー』のイメージじゃないですか(笑)。第一線を張るというより、第一線の先生を「すごいなぁ」と言いながら、真ん中よりも上にいるのが好きな方だと思いますけどね。まあ、島本先生はもっと上をと考える人だと思うんですけど。
――では、あまり「トップを獲ってやるぞ」みたいな思いはなかったんですか?
僕はないし、実際にサンデーのトップも獲ったことがないです。最高で2位ですから。
――2位と言っても、あの当時は並みいる才能に溢れていて、今の日本を代表する作家さんがボコボコいた時代ですから。
まあ、読者アンケートだけでは分からないものもありますけどね。
――サンデーを中心に活躍されていて、後に『ヤングアニマル』で描かれることになった経緯は何でしょう?
『週刊少年サンデー』で連載していた『まぼろし佑幻』を描いている途中で、大学の友人でもあるMEIMU先生(※9)と同人誌を描いていたんです。白泉社の編集さんが、その同人誌を見て僕を知って、「お願いできない?」と言われたのがきっかけです。
僕、白泉社が好きなんですよ。会社が若いというのもありますし、パーティーは女の子ばっかりなんです。こんな天国みたいなところはないじゃないですか! ……まあ、それは冗談だとしても(笑)、元々『花とゆめ』が大好きだったので、仕事を引き受けることにしました。サンデーの担当さんには怒られましたけど……(笑)。「いつかは『花とゆめ』で描きたい」という思いはずっとありましたから、嬉しかったですね。
『ふたりエッチ』は、つのだじろう方式!?
――『ふたりエッチ』がブレイクした時の時代背景として、ゲームでは『ときメモ』(※10)や、Leaf(※11)の泣ける系ギャルゲーなど、時代的にそういったものがひとつのムーブメントになっていた気がするのですが、その辺は意識されていませんでしたか?
エロゲーはいまだにやったことがないんですよ。その頃はアッシー君とかメッシー君とか、『ふたりエッチ』でいうところの梨香(性経験豊富な優良の妹)みたいなタイプが多い時代でしたよね。そういう人達に対して、僕はどちらかというと否定的な方だったと思います。言い換えれば、そういう「ヤッている女」が多い中で、童貞がますます肩身の狭い思いをした時期でしたよね。今と違って、当時はエロの世界に足を踏み入れようと思ったら、(AVコーナーの)のれんをくぐらなきゃいけない。のれんをくぐるのにも勇気は必要ですからね。「ヤリたいし、周りにはヤラせてくれそうな女の子がいっぱいいるのに、どうすりゃいいんだよ!?」っていう、悶々とした思いが漂っている時代だった。それが『ふたりエッチ』の人気に繋がったのかもしれないと思う部分はあります。
――エッチシーンは、作家さんのフェティシズムというか、何かしらの思い入れがあって描いていると思うのですが、好みなどはありますか? 例えば、腰とか、胸とか。
そういう思い入れはあまりないですね。少女漫画で育ってきたこともあって、絵よりもむしろ「どんな風にその人を好きになっていくか」の過程に萌えます。すごく、恋愛漫画を描きたいんですよ。僕的には、エロは淡白だなって思います。
――『ふたりエッチ』は、エッチするというシチュエーションの中に「これでいいのかな」という悩みがあって、それが解決することによる安心感みたいなものがありますよね。だから、男女関係なく読める。
最初は、ウンチクを入れたりハウツーみたいな情報を挟んだりすると、邪魔になるんじゃないかと思ったんです。でも、佐々木倫子先生の『動物のお医者さん』(※12)を読んで、ストーリーの間に解説が入っていても、ちゃんと面白く読めるんだということが分かった。その気づきは大きかったですね。『動物のお医者さん』があったから、『ふたりエッチ』のスタイルについて自分を納得させることができたんです。
――確かに、童貞や処女の人が読むのに、ウンチク的なものは知りたいですもんね。
はい。でもこのスタイル、自分の中での形式は、つのだじろう先生(※13)の『恐怖新聞』や『うしろの百太郎』と同じなんですよ。
――えっ、そうなんですか?
先ほども話しましたが、ホラーが本当に好きで、つのだじろう先生も大好きなんです。つのだ先生が『うしろの百太郎』や『恐怖新聞』で描いた怖さは、楳図かずお先生や伊藤潤二先生の比ではないと思っています。つのだ先生は、前提として「これは本当なんだ」と宣言するから怖いんですよ。そしてウンチクも入っているから、よりリアリティがあって怖い。
僕は、エロを「ねっちょり」とは描けないんですよ。絵もサラッとしちゃっているし。でも「これは本当のことです」というリアリティはある。だから、自分の中では、『ふたりエッチ』は「つのだじろう方式」だと思って描いているんです。
――なるほど! 『うしろの百太郎』は、第1話で心霊写真を出して「私が恐山に行ったときに撮った写真です」って描かれているんですよね。連載初回で「あ、これは全部本当の話なんだ」と思わされてしまう、あの説得力はすごい。そういう意味での「リアリティ」が、『ふたりエッチ』のウンチクや解説の部分に活きてきたわけですね。
基本はゆるいコメディですから、「リアリティのある男と女を描く」というのはどちらかというと苦手なので、それをカバーするために、そういうことがうまく働いてくれたなという気はしますね。
――作中では、アンケートデータを引用されていることも多いですよね。「あ、最近はそういう人が多いんだ」とか、「何パーセントの人が自分と同じなんだ」とか、日本人はそういうデータで安心するところもあるじゃないですか。でも、最近よく聞く「絶食男子」のエピソードなどは、我々からするとちょっとビックリしてしまいますよね。
80年代にAVが出始めた頃、編集さんが「今は本当にすごいよな。いろいろな女とヤれるんだもんな、想像の中で。克くんは誰が好き?」なんて話していたのを思い出しますね。僕は借りるのが恥ずかしいタイプだったので、あまり観なかったんですけど。
――今はネットで全部観られますからね。あの当時は、モザイクの果てはなかなか見られなかったじゃないですか。
いい時代なのか、それで満足しちゃう子も多いのか。
――そんなに安易に見えてしまっては、長いスパンで見ると、その人のためにならない気もしますけどね。
欧米と違って、日本は告白文化なので、「付き合う」「付き合わない」を確かめてからでないと先に進めない、という感覚がまだまだ根強いですよね。ドイツにしてもアメリカにしても、「ヤる=付き合う」ではないですから。そこは大きいですね。
日本にはそういう「文化的な障壁」がある中で、あれだけネットで見られるわけだから、「付き合うのは面倒」となってしまうのも分かります。
――いま、大学で漫画を教えていて、1クラスに20人で男女比1:1くらいなんですけど、1人もカップルがいないんです。学外に彼氏・彼女がいるの?と訊いても、ほぼみんないないらしくて。漫画家を志す人たちなので、確かに属性として偏りはあるものの、1人か2人はカップルができなきゃおかしくね? って言ったら「あんまり興味がない」って。
「興味がない」という言葉が出てきますからね。どうかしちゃってますよね。ヤリたいと思ってくれないと、『ふたりエッチ』は商売あがったりなんですけどね(笑)。
初めて担当とモメた「一コマ」…「これはエッチの『美味しんぼ』ですから!」
――ではそろそろ本題の「一コマ」の話をうかがいましょう。第1巻・第3話の、優良さんと真の初めての挿入シーンですね。