南西壁の検索結果
検索のヒント
検索のヒント
■キーワードの変更・再検索
記号を含むキーワードや略称は適切に検索できない場合があります。 略称は正式名称の一部など、異なるキーワードで再検索してみてください。
■ひらがな検索がおすすめ!
ひらがなで入力するとより検索結果に表示されやすくなります。
おすすめ例
まどうし
つまずきやすい例
魔導士
「魔導師」や「魔道士」など、異なる漢字で検索すると結果に表示されない場合があります。
■並び順の変更
人気順や新着順で並び替えると、お探しの作品がより前に表示される場合があります。
■絞り込み検索もおすすめ!
発売状況の「新刊(1ヶ月以内)」にチェックを入れて検索してみてください。
-
凪の人 山野井妙子
アルパインクライマー山野井妙子の半生を綴ったノンフィクション。 ヨーロッパアルプスやヒマラヤなどで数々の登攀を成功した妙子は、世界的なクライマーとして頭角を現わす。しかし、その道は平坦ではなく、マカルーとギャチュン・カンの登攀では両手足の指の多くを失う壮絶な経験をする。 パートナーである夫・泰史と国内外の山々に挑み続け、現在は畑仕事や釣りを楽しみながら自然に根ざした穏やかな生活を送っている。 どんな困難な状況でも冷静さを失わず、ただひたすらに「いま」を生きる姿は、周囲の人々を惹きつける。 彼女の記録的な登攀の裏にある、穏やかで動じない「凪」のような心のありようと、その人生の軌跡を浮き彫りにした珠玉の一冊。 『山と溪谷』2024年4月号~2025年3月号に好評連載された記事に加筆修正して単行本化。 山野井妙子(やまのい・たえこ) 1956年、滋賀県生まれ。77年、東京北稜山岳会入会。82年、冬季グランド・ジョラス北壁登攀。91年、ブロード・ピーク、マカルー登頂。94年、チョ・オユー南西壁スイス・ポーランドルート第2登。96年、山野井泰史と結婚。2002年、ギャチュン・カン北壁登攀。これにより植村直己冒険賞受賞。07年、グリーンランドのミルネ島「オルカ」初登。20年、静岡県伊東市に移住。 ■内容 プロローグ 2023年 第一章 原風景 1956~1978年 第二章 飛躍 1979~1982年 第三章 生還 1982~1991年 第四章 充実感 1992~1994年 第五章 山の旅 1995~2001年 第六章 脱出 2002~2018年 エピローグ 2023~2025年 山野井妙子年譜 おわりに 参考文献 -
アート・オブ・フリーダム 稀代のクライマー、ヴォイテク・クルティカの登攀と人生
クルティカは僕にとってまさに理想のクライマーだ ―― 山野井泰史 ポーランドが生んだ偉大な登山家、ヴォイテク・クルティカは、 ヒマラヤの難峰を厳しいラインから、アルパインスタイルで攻略してきたクライマー。 その大胆な発想、先進的なラインは、世界中のクライマーを魅了し続けてきた。 本書は、その登攀と人生を丹念にたどる一冊。 チャンガバン南壁(1978)、ダウラギリ東壁(1980)、ブロード・ピーク縦走(1984)、 ガッシャブルムⅣ峰西壁(1985)、トランゴ・タワー東壁(1988)、チョ・オユー南西壁(1990)……。 アルピニズムの歴史に衝撃を与えた登攀を振り返る合間に、その登山哲学が明らかにされる。 クルティカにとり、山は単なる冒険ではなかった。 人生の本質を見いだすための旅、それはすなわち「山の道」だった。 2017年にアメリカで刊行後、すでに6カ国で翻訳出版された、待望の日本版。 -
岳人(クライマー)列伝
▼第1話/南西壁▼第2話/裸足の壁▼第3話/北壁 PART1.遭難 PART2.時よ止まれ▼第4話/遠い頂▼第5話/ザイル▼第6話/ヒマラヤの虎▼第7話/吹雪▼第8話/K2 PART1.最終キャンプ PART2.北西稜の5人●主な登場人物/アン・プルバ(エベレストのふもとの村に住む、シェルパ族の青年。エベレスト登山者の荷物を運びながら、彼らの補助をして一緒に登山するポーター頭。シェルパ族一の屈強な男)●あらすじ/幼い頃から、世界一高い山・エベレストに登ることだけを目標に生きてきたロニー・ゴードン。彼は今、エベレスト南西壁厳冬期初登頂のグループの一員として、登頂安全祈願の儀式に参加している。“国(サガル)の母(マタ)なる女神”。現地語でそう呼ばれる厳寒のエベレストは、今日も冷酷で神々しい姿で目の前にそびえ立つ…。積年の夢の入口にたどり着いたロニーは、感動のあまり思わず涙を流す…。登山は天候に恵まれて順調に進行、ロニーたちは無事第5キャンプ設置に成功した。しかしその夜、ロニーは眠れなかった。それは零下25度の寒気と平地の濃度の約半分しかない空気のせいだけではない。エベレストの山頂に立てるのは25人のクルーのうち6人ほど。そのメンバーに果たして自分はなれるのか…。そんな不安が頭をよぎるのだった。翌日、交代のメンバーが登ってきた。ロニーの心の中に、再び彼らへのねたましさが湧いてきた。とそこに表層雪崩が発生!ロニーの目の前で、アッという間に6人の命が消えていった!(第1話)▼1981年、ヨーロッパ西部アルプス・モンブラン山群ドリュ北壁の上空を一台のヘリコプターが飛んでいた。乗っているのは有名な登山家・ユルゲン親子。彼らは8年前の忘れ物を取りに来たのだと言う…。1973年、ウェルナ・ユルゲンと彼の長男・イエルクは、ドリュ北壁の未踏のルートにチャレンジしていた。しかし、頂上まであとわずかというところで、ウェルナが足を踏み外す。イエルクが手を伸ばして助けるが、逆に彼が転落!鋭利な岩肌に擦り付けられたザイルも切れ、イエルクは数百メートル下の崖の窪みにたたきつけられ即死。しかも、そこは未踏ルートまっただ中のため、彼の遺体を回収することさえもできず、それから8年間、イエルクはドリュ北壁に凍り付くことになってしまうのだった…(第3話)。●その他のデータ/あとがき・今井通子(医師・登山家) -
ザイルを結ぶとき
第II次RCC(ロック・クライミング・クラブ)の創設者にして戦後日本のアルピニズムの発展に尽くした奥山章の生涯。 日本のアルピニズムの発展を願い、第II次RCCを創立するなど、一流クライマーでありながら オルガナイザーとしての手腕を存分に発揮して昭和の登山界を牽引した奥山章の遺稿集。 奥山ラッパと称され、歯に衣着せぬ論調で投稿された評論や、自らの内面を鋭く描ききった紀行文、 海外登山の報告、山からの書簡などがこの1冊にまとめられている。 巻末に奥山夫人、旧姓芳田美枝子による回想「奥山章の死」を収録。 1972年7月、エベレスト南西壁の計画が進行するさなか、ガンに侵され、 それを苦にして46年の生涯をみずから閉じたアルピニストの情熱的な人生が今、あざやかによみがえる。 -
ヤマケイ文庫 岩壁よ おはよう
ヨーロッパアルプス三大北壁冬季単独初登攀など、20世紀後半を代表する名クライマー長谷川恒男、若き無名の日々の回顧録。 1970~80年代を代表するクライマー・長谷川恒男の自著で、15歳から26歳までの若かりし日を描いた代表作。 中学を卒業して日本コロムビアに入社した1963年(15歳)、山好きの兄に連れられて丹沢へハイキングへ行ったのをきっかけに登山の世界へ。 以来、18歳~20歳ごろは丹沢の沢登りや谷川岳の岩登りにのめり込む。 21歳ごろから海谷・千丈岳南西壁や明星山の開拓に取り組んだ。 23歳で憧れの山岳ガイドに。 そして26歳でエベレスト登山隊に加わり、人間関係に悩んだあげくに単独登攀への道を歩み始めた。 まだ山の世界で目立った実績のなかった若い日々を、ヨーロッパアルプス三大北壁の冬期単独登攀に成功し、有名人になった後に振り返っている。 -
ROCK & SNOW 097
※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 国内唯一のクライミング専門誌として、スポートクライミングからトラッド、アルパインクライミングまで、世界最先端のクライミングシーンを網羅的に伝え続ける。 ■シューズテスト2022 毎年恒例の人気企画、今シーズン発売のクライミングシューズを3人のクライマーが履き比べてテスト。 スカルパ・キメラブラック、ブラックダイヤモンド・メソッド、スポルティバ・カタナレースメンズ、イボルブ・ファントム LV …などなど、全19モデルのインプレッションを掲載。 また、近頃使用者が増えている「クライミング用ソックス」のカタログもあわせて紹介する。 ■Sachi & Ryoの達人(エキスパート)に学ぶ 前号で好評だった安間佐千と竹田遼のインタビュー企画を新たに連載。 トップクライマーのトレーニングとライフスタイルには 、もっと登れるようになるためのヒントがある。第1回目は小山田大。 インタビュー VOLNY ・中嶋拓哉/ペルー・タウリラフ南西壁 成田啓/沖縄・辺戸岬エリア… etc.