マリア・テレジアの検索結果
検索のヒント
検索のヒント
■キーワードの変更・再検索
記号を含むキーワードや略称は適切に検索できない場合があります。 略称は正式名称の一部など、異なるキーワードで再検索してみてください。
■ひらがな検索がおすすめ!
ひらがなで入力するとより検索結果に表示されやすくなります。
おすすめ例
まどうし
つまずきやすい例
魔導士
「魔導師」や「魔道士」など、異なる漢字で検索すると結果に表示されない場合があります。
■並び順の変更
人気順や新着順で並び替えると、お探しの作品がより前に表示される場合があります。
■絞り込み検索もおすすめ!
発売状況の「新刊(1ヶ月以内)」にチェックを入れて検索してみてください。
-
マリア・テレジア
悲劇のフランス王妃マリー・アントワネットの母として有名な、オーストリアの女帝マリア・テレジア。16人もの子どもを産み育てながら、国を守り、国内改革につとめて、近代オーストリアの基礎をつくりあげました。弱冠23歳で君主となった女性が、いかに大国オーストリアを率いてきたのか、その波乱のドラマを鮮やかに描きます。 -
アラビアのマリア・テレジア銀貨
本書は、マリア・テレジア女帝とヴィクトリア女王を戴いた通貨の流通 という視点からみた、日本ではあまり馴染みのないアラビア半島の近代史 かつ国際関係史である。 貿易通貨のマリア・テレジア銀貨が内陸部、法貨のインド・ルピーが英国の 勢力圏で流通したのは国際政治の反映であった。「偶像禁止」のイスラム教義 に反するマリア・テレジア銀貨がなぜアラブ人に選好されたのか、 また、統治者がイスラム君主の条件を満たさずに外国の君主の肖像入り通貨を 認めるという、通常では考えられない現象の理由が何であったかを解き明かす。 「イスラムの教えの理解なくして中東は理解できない」との主張に反し、 外国の元首であるマリア・テレジアを戴く銀貨を使い続けたアラブ人が、 イスラム以前からの銀の純度と重さを重視する慣習に従っていたこと、及び、 インド洋とペルシャ湾での覇権を求めた英国とフランスの外交戦が与えた、 アラブ人の英仏に対する感情の違いから、反英感情の裏返しとしての マリア・テレジア銀貨への「リヤル・ファランシ(仏リヤル)」呼称使用が 生まれたことなどを、当時のアラビアで活躍した欧州商人、インド商人の 具体的な活動と共に描いていく。 【目次】(第1章)マリア・テレジア銀貨(第2章)レヴァント(東地中海) 貿易 (第3章)モカコーヒー(第4章)「リヤル・ファランシ(仏リヤル)」の呼称 (第5章)インド洋経済圏のオマーン(第6章)独立尚武の国イエメン (第7章)マリア・テレジア銀貨の廃止(第8章)英領インドの「飛び地」アデン (第9章)英国の湾岸進出とネジド(サウド家) への関与 (第10章)法貨でない通貨の流通理由 (第11章)イエメンとオマーンにマリア・テレジア銀貨が残った理由 -
輝く女王シリーズ マリア・テレジア
父カール6世から神聖ローマ帝国を継ぎ、数々の苦難から祖国を守るために戦い、巧みな外交を駆使し、内政を改革し近代化に尽力した「女帝」マリア・テレジアの生涯を描く。巻末にはマリア・テレジアの業績や年表、関連人物などをまとめた資料ページつき。 -
マリア・テレジアとヴィクトリア 二大女帝の国家運営手腕
歴史上、「太陽の沈まぬ帝国」と称された帝国が二つ存在した。スペイン・ハプスブルク帝国と、世界史上最大の領土面積を誇った大英帝国。 スペイン・ハプスブルク家消滅後も長く存続したオーストリア・ハプスブルク家を統べたマリア・テレジアは、卓越した外交・内政手腕で前近代的だったオーストリアを強国に変貌させたことで知られる。一方、ヴィクトリアは圧倒的な工業力と軍事力を背景に一大植民地帝国を築き上げ、その治世は「ヴィクトリア時代」と呼ばれる帝国絶頂期を迎える。 本書は時代背景、政治方針、君主としての思想、性格なども大きく異なる二人の女帝の実像に迫る。近年に発見された貴重な史料であるマリア・テレジア直筆の手紙の一部も紹介。また、帝国運営、多くの戦争に莫大な金がかかった両家の財源なども概説する。 【目次より】 第一章 女帝マリア・テレジアとその時代 第二章 ヴィクトリア女王とその時代 第三章 二大王家の財源 第四章 二大女帝の実像