グリア細胞は脳を支配する!
「もうひとつの脳」とは何か? 本書は、「脳神経系におけるグリア細胞の役割」に鮮明なスポットをあて、 新たな視点から「脳のしくみ」の理解に迫ろうとする意欲的な著作です。
グリア研究に尽力してきた著名な神経科学者たちのユニークな逸話や「グリア細胞の謎」に迫る物語に満ちています。その中でも、「アインシュタインの脳」を解剖したマリアン・ダイアモンドの発見は白眉である。彼女の脳解剖所見は、「アインシュタインの天才が、ニューロン(神経細胞)ではなくグリア細胞に支えられていた」ことを示していたのは驚きであった。この事実だけでも、脳の研究者はもちろんのこと、一般読者をも大いに魅了して、「グリアとはなにか?」への想像を強くかきたてられるであろう。
神経科学の父祖と尊敬されているラモニ・カハールが提唱した「ニューロン説」は、20世紀はじめから100年以上にわたって神経科学者の営為を支える根幹としての役割を担ってきた。これまで神経科学の主流であり続けた考えは「ニューロン中心主義」、つまり脳の主役はニューロンであるという思想であった。それでは、脳細胞の八割以上を占めるグリア細胞の役割は何か? この大きな疑問に取り組んでいるのが本書の主題である。著者フィールズの到達した結論は、重要な局面で「グリアはニューロンを制御する」、あるいは少なくとも「ニューロン・グリア両立主義」を妥当としている。
人間の精神・心を支えているのは、これまで推論されてきた「ニューロンの脳」だけでなく、グリアによる「もうひとつの脳」が不可欠の役割を果たしていると洞察されている。つまり、脳内の広範で多くの部位をつなぐニューロン集団を、同期して活動させるための統合装置としてグリア・ネットワークが働いているという。
このような視点から脳機能を追究しようと試みることは、脳の働きに関する基礎的な理解を深めるだけでなく、脳神経疾患の治療に向けた応用の地平を拓くことにつながり、さまざまな脳神経の病気や激しい慢性の痛みなどがグリアを標的にした薬によって近いうちに克服されることが期待される。