あらすじ
大人たちの過度な期待と強制で、精神的健康度が低下している子どもたち。将来への不安が日本人を追い詰め、教育の名の下に、大人が子どもの健全な育ちを奪っている。「教育熱心」と「教育虐待」の境目は? 親、教師、子どもたちを救うために社会何ができるのか。健全な成長と学びの本質を考える。
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Posted by ブクログ
冒頭から刺さりすぎて、読み終わる頃には血だらけになりそう。
刺さりすぎて一気に読んだ。
首がもげそうなくらい頷いた。
日本は、グローバリゼーションの中に翻弄され、人間の本質的に大切なことを見失っていると思う。
子どもの教育だけじゃなくて、大人の働き方だったり、政治だったりが全部絡んでるんですよね。
古い価値観と新しい価値観が入り乱れ、自分の価値観・軸を持った人が少ないのではないでしょうか。かつ、政治を監視しない、興味ないでは、古い価値観のおじさんたちのやりたい放題です。
と、とりとめもなく、不満が噴出してしまいましたので、また落ち着いて読み直したいと思います。
メモ
ヒラリークリントン
一人の子どもを育てるには一つの村が必要
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現代の育児の問題はすごく納得して、みんなで考えていくべきだなと思うのですが、その原因があんまり納得いかない本でした。
子どもたちがある種、商品化しており、効率化重視の奴隷養成のようになっていること
これは疑いようのない事実である気がします。
しかし、社会構造の把握や原因の特定が少し曖昧なのかなと思いました。
日本はこれからどうするべきなのか、もう少し深掘りして欲しい気がしました。
日本人の価値観が西欧化してしまったこと、一方でいまいち変わりきらない公教育のギャップが課題の一つかな?と感じたのですが、じゃあどうあるべきか、という著者なりの意見がわからなかったです。
Posted by ブクログ
子どもに世間的に正しいと言われている教育方法を詰め込み、商品のように出荷する現代の教育の在り方に警鐘を鳴らした本書。まさに教育現場で感じている違和感について、非常にわかりやすくまとめてくれた。「良かれと思って」する教育も、子どもの声を聴いていない「大人の押し付け」がとにかく多い。教育虐待の実態から諸外国の状況、遊びの重要性、対応策に渡るまで幅広くまとまっており、教育に携わるすべての人に読んでほしいと思える本だった。
Posted by ブクログ
『教育熱心と虐待は紙一重』という言葉は、一瞬ドキッとしますが、すんなり受け入れられました。多感な時期にいろいろなことを我慢させて勉強を強要するのは虐待と言えなくもないでしょう。しかも、学歴を得た時点で学習への興味はなくなってしまう。何とももったいないことです。
Posted by ブクログ
良い商品として子どもたちを出荷するために,血眼になって「良いとされる教育」を行うことの危険性。不良品とされことを恐れる子どもたちと大人。
親として教師として価値観を揺さぶられる一冊。
自分ではできることもあるし,難しいこともあるんだよな〜とステキなモヤモヤが生まれた。
Posted by ブクログ
グループワークの話が刺さった。「5人のグループ、男女2人以上、30代と50代が1人ずつ含まれること、出来たグループから座って」上手くグループが組めた人たちは座って雑談、座れなかった人たちはオロオロ。
本当は座っている人たちから声をかけて、上手く組み換えれば全員座れるが自分たちの位置を動こうとしない。これはフェアではない社会を表している。先進国と発展途上国、経済格差、学力格差、育ちの格差を象徴している。
なんでも、自分だけ、家族だけ良ければいいと思ってしまっている現状を反省。
Posted by ブクログ
2021年の本
4年前に日本の教育の危機感
社会がこどもたちが生きる上で
どんどん窮屈になっていくという警鐘を鳴らしているが、
現在地の2025年はどうか。
頭を抱えるしかない。
「変わっていない」
むしろそこから度合いが増しているかもしれない。
悪意よりも怖いのは「善意」
自分がやっていることが
正しいと思っている人の熱意が
宗教的で、神格化して、誰かへの押し付けになり、
果ては、望んでいない、教育虐待へとつながっていく怖さ。
私も自分なりのものを積み上げてきてはいるが、
これに客観的な評価が入るようなシステムをとらないとまずいなと思った。
「圧」にならないようにとは気をつけているが、
気をつけている程度。
見えない強制力をつけてしまっていないかは
ふりかえり、修正し、変革し続けていかなければいけないと思いました。
自分がマルトリートメントしているかもしれないという可能性を自分の中に持っていることが大事だと思った。
Posted by ブクログ
教育熱が高まる今、子を育てる親として興味を引くタイトルだった。
他人の尊厳を尊重できて他者を助ける
そんな社会になればいいよね〜と思えたんだけど、
いかに自分がお金を得て成功した人生を送るのかに必死。子供にも期待して教育に熱心になってしまう。
社会自体を変えるべきだということが書かれていた。
自分の子供が幸せに生きるために親としてできることやある程度自由にさせたり、色々な人と交流を持たせたりしたいと思った。
Posted by ブクログ
「今を犠牲にしない」人生100年時代にする。という言葉が響きました。
確かに、教育が、将来の不安に備えるためのサバイバルツールになって、今が犠牲になっている部分がある。気をつけよう。
Posted by ブクログ
【教育には、人それぞれのペースの考慮と
社会全体で育てるという考えが必要】
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教育業に携わっている身として、「良い点数を取って行きたい学校に行くことは幸せなことだ」と本気で思っていた節があったので、こちらが詰め込もうとすると子どもはどうなるのかという、自分に抜けていた視点について考えさせられました。
特に印象に残っているのが3章で、教育の話から広げてマルトリートメントをオムツの話まで広げる発想が面白く、確かにそうだなあと思いました。幼児やその父母に関わる人もそれぞれ自分の専門分野の知識でしか子育てを見られないわけだから、どこかで食い違って、乳幼児にとって良くないものに変わるんだろうなあと納得です。
長時間着けていられる紙オムツはお父さんお母さんの育児の負担軽減に繋がるし、赤ちゃんというひとりの人の快適さを尊重する上でも理にかなっているけれど、成長の過程から見ると良くないんですね。
また余談ですが、上記のように原因が社会の中で生み出されているにも関わらず、粉ミルクや離乳食論争、早期保育の有無もそうだけど、「そんなもん使って!」と結局責められるのはお父さんお母さんだという事実も悲しいことだと思います。
また、乳幼児との関わり方についても、自分が思っていたよりも気を使わなくてはいけない部分が多く、かといって先回りして親が子どもに必要な障壁を取り除いてしまうのも良くないというのが難しいところだなと思いました。
ただ、子育てで必要だからといって、親が体力精神力の負担を無理に甘んじて受け入れなさい!っていうのはそれはそれで違う気がする(親にも適度に楽する権利はあると思う)ので難しいなと思います。そして何よりこういう話を見聞きする中で、「子育てなんて自分には無理無理!」と思い、出産を諦める人が増えると少子化に繋がってしまうのかな、と思うとそれはそれで…
少子高齢化の時代にとても難しいことではあるんだろうけれど、やはり社会全体で生涯にわたって健全に、安定して成長できる環境作りを進めていくことって大事だなと思いました。
今の世の中、子どもを尊重しようという動きから、本気で子ども叱れる先生が減って子どもが大人をなめている面もある一方、大人の期待に応えようとして、(大人に都合よく)整えられた環境の中、敷かれたレールの上を心が擦り切れそうな状態で進んでいる子ども達も沢山いるのだとあらためて気づかされました。
海外の学校の生徒のマナーの悪さが取り上げられたり、一昔前の社会体制がパワハラ気質のものであったりしたことを考えると海外の教育が良い、少し前の子ども達が空き地で遊んでいたような頃の教育が必ずしも良かったとは言えない側面もあるのでは無いかと思いますが、良いものは取り入れつつ、子ども達が心身共に元気に育ち、自分でなりたい未来像を広い視野で考えられる環境を社会全体で考え、作っていく必要があるのではないかと思いました。
Posted by ブクログ
言うまでもなく、現代の教育は過熱している(傾向にある)。
親は、子の幸せを願えばこそ、幼少期から習い事をさせ、学歴を身につけさせ、そして立派な社会人として世に旅立たせることを願う。
そうまるで、優れた商品を世の中に「出荷」するかのごとく・・・。
競争社会のシステムが子育てについて親に与えるプレッシャーの大きさ、生まれた時から否応なく競争原理に身を置かれる子供達、それに応えるべく同じくプレッシャーを受ける教育現場・・・。
本書は、親や教員個人を糾弾するものではなく、現代社会の価値観そのものが生み出す「不適切な教育」についての問題提起の書である。
著者は、この現代の不適切な教育の在り方に「エデュケーショナル・マルトリートメント」という術語を与える。
エデュケーショナル・マルトリートメントは、「大人が子供を育てるために役立つ行為だと信じているか、一時的にやむを得ないことだと考えているか、そうする以外に方法を知らない、あるいはないと思い込んでいる(不適切な)行為」とのことであり、公教育の場でも家庭教育の場でも起こり得るものである。
そしてマルトリートメントの中でも、親が子の受忍限度を超えて教育を強制する場合を「教育虐待」と呼ぶ。
つまり、マルトリートメントとは、その行為の範囲も、発生する場所も、いずれも教育虐待より広義であり、社会的な現象をさす言葉である。
必然的に、解決に向けた提言は、家庭だけではなく社会全体での取り組みになっていくため、本書を読んで我が子の教育にすぐ何か処方箋が得られるものではない。
それでも、現今の教育熱心な親の一定数は、子の教育に日々関心を寄せながらもいまの世の中おかしいんじゃないか?子供の時からこんなにやるか?と心のどこかで思っているのではないだろうか。
そう思っていても、あるいは思っていなくても、教育熱心を自負する親は、一度自分の価値観を相対化する意味で、本書を読んでみる価値はあると思う。
Posted by ブクログ
文章のパッションがつよめで、感情が剥き出し!って気がして前半は説明がやや遠回りに感じた。遠回りというか、ややこしい?
後半はすっと頭に入って来たし、海外の有用そうな提言とか資格とかもっと知りたくなることがたくさん出て来て、勉強になった。
Posted by ブクログ
ドキッとするフレーズも多かったが、それだけ親だけでなく社会全体として日本の教育に対する歪んだ認識も多いということだと感じた。
特に、お受験を考えていたり、就職をゴールにいい子に育ってほしいと漠然とでも願っている方は読んだほうが良い。
なんとなく、モンテッソーリ教育にも通づる考え方があるように感じた。が、"やりすぎ"が象徴するように知育も趣旨を間違えたら教育虐待になりかねない。親として、読んでよかった。
Posted by ブクログ
子育てや教育について再考したい
塾や習い事、受験や大量の宿題
これらが過度になれば虐待にもなりかねない
教育熱心な大人こそ教育虐待になることがある
遊びより勉強?つまらない授業で主体的に学ぶばを与えない、勉強についていけない子を放置、問題行動起こす子を叱責
子育てをうまくやりたい思いが、競争や比較、そして成功したい、承認されたい
という親の思いに変化してしまうこともある
教育熱心が教育虐待にならないように
親中心、自分が認められること、子どもを自分の思い通りにしたい、高収入高学歴が幸せと考える
これらは虐待
それよりも
子供中心、子供の自立のため、幸せは学力や裕福さとは関係ないと知る、将来の幸せだけでなく今の幸せを
遊べない子供が増える中
遊びを大切に
Posted by ブクログ
社会全体の歪んだ教育観による子どもへの不適切な行為である「エデュケーショナル・マルトリートメント」が子どもを苦しめている。裏を返せば、そうした他者の不適切な行為など、環境を整い直せば改善する子どもの問題が多くあるということ。
子どもを支配やコントロールする対象とは思わず、個の人間として尊重し、何が嫌なのか、どうしてほしのかなどの対話を尊重しなければならない。
Posted by ブクログ
個性をなくし型にはめた教育で競争させているX
それぞれの専門的能力に光を当てれば新たな可能性がある、そこに光を当てるべき。
教育熱心と教育虐待のボーダーライン
親は団らん時間を減らして共働き、成人後に優れた子を育てた親というラベルをえることで回収しょうとする。
デンマークは生涯学習の発想。
Posted by ブクログ
全面的に納得できた本です。逆に言うと、新たな発見とか、目からウロコ、みたいなことはあんまりなかった(少しはありました。)
私は20年以上、公立中学校で教員をしていて、なんとなく文科省とかから押し付けられて「そんなことしてもダメやし」と思っていたことが、この本に書かれていいることで補強された感じがします。
タイトル通り、学校教育でできることは限られているのに、それをきちんと認識せず、あれもこれもと「やりすぎ」なのです。
学校教育で必要なのは、読み書きそろばんと、集団の中で自然と培われる人間関係によって学ぶ社会性。
ところが現代社会で様々な問題が取りざたされるたびに、文科省から、あれもやれ、これもやれ、とミッションが下りてくる。
情報モラル、コロナ差別、ハンセン病への理解、人権・同和教育、(私が教員になったばかりのころは、エイズ教育が必要とされて、男女の性交渉の場面を道徳の教材で読まなければならず、本当に嫌だった)、最近では生物多様性やら、ジェンダーやら、アルプス処理水やら、再生可能エネルギーやら、職業観やら、SDGsやら、難民問題やら、もう、とどまるところがない。
そういうのを道徳やら総合的な学習の時間やらでやれと。
学校は、学問を教えるところです。まず。そして、それを(公立学校では)知的レベルの異なる数十人の集団でやることによって、道徳性(正義や思いやり)を身に着けるところです。もちろん、教師が意図的にそうなるように仕組むことは必要だが、「さぁ、正義と思いやりについて学びましょう」と言って身につくものではない。
ほぼ本のレビューじゃなくて私の持論になってしまいました。ごめんなさい。
Posted by ブクログ
本当に学ぶことが楽しいとか、深く考える力をつけることとか、人生を豊かにする学びを身につけるとか
認知的スキルを上げてお金を稼げる人間に、社会情動的スキルを上げて人間関係をうまくやっていける人間にしなければ危険すぎる社会なのです。
その子がその子らしく生きていけるようになってほしい。皆に愛されて構われて、自分が生まれてきたことを誇らしく思ってほしい。
Posted by ブクログ
2022.01.23
自分が、今の社会に対して諦めてしまっている傍観者になっているのはわかったけれど、やりすぎるのも教育虐待、やらなさすぎるのも教育虐待、で読むのがしんどかった。これから子供を幸せに育てられるのか不安にしかならなかった。
そういう人たちのための問題提起のための本だと思いますが、具体的な解決方法がなく、やたらと不安にさせられた、という印象。
昔々の、子供におおらかだった社会環境、地域環境のことがちょいちょい出てきますが、その時代にも良い面、悪い面はあったはず。
今の時代が悪すぎるというわけじゃないと思いたい。
今の学校教育が時代遅れで問題だらけなのも理解できるし、自分も筆者言うところの良い教育を受けてきてはいないので、自分の子供にも本当の良い教育を受けさせてあげられる自信もない。
日本の将来に関しては八方塞がりに感じていて、こんな時代に産んでしまってごめんねと罪悪感すらある。
問題があると分かっていても、今の社会が急に外国のように変わるわけではないから、結局親は子の幸せを思って、筆者が言うブロイラーの養鶏のようになっても、知育やらお受験やら必死なんだと思う。
私は、せめて、子供が何かに対して自ら勉強したいと言う時がくれば背中を押して援助してあげられるだけのお金は貯めておこうと思った。
Posted by ブクログ
世界における自分の立ち位置、私はどんな立場から世界貢献ができるのか?と言う問に答えられる大人がどれだけいるのだろうか?子供たちが、この問に答えられる大人に成長していくためには、筆者の考えているような内容は必要であると思う。
現場は確かにやり過ぎていることが多い。課題の与えすぎ、生徒指導のやり過ぎ、何でも大人が先回りして答えを誘導しているのは間違いない。
Posted by ブクログ
社会が大きく変化している中、子供の育て方を見直しましょう。という内容だが、教育界にエビデンスを求めることが倫理上難しいので、これが正解というものがない。そんな中著者はいくつかアイデアを示している。なるほどと思う部分もあれば、?という部分もあった。