あらすじ
150人以上の被害者を出した自殺教唆ゲーム『青い蝶(ブルーモルフォ)』の主催者である女子高生の寄河景。彼女がなぜここに至ったのか。その片鱗が垣間見える幼少期を描いた「病巣の繭」。ゲームに囚われた少年少女を描く「病に至る恋」。景と宮嶺望のデートを描いた「どこにでもある一日の話」。もし自分の異常性に気付いた景が小学校に通うのをやめていたら? 運命の残酷さを描く「バタフライエフェクト・シンドローム」。
これは、愛がもたらす悲劇の連鎖――病に至るまでの恋の物語。
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Posted by ブクログ
登場人物たちは孤独や生きづらさを抱えながら、相手の痛みを理解しようとするが、閉じた世界観の中にいた。印象的だったのは、「わかり合えたこと」自体は本物だという点である。互いの傷や苦しさを深く理解しているからこそ、その関係は美しく見える。しかし同時に、その結びつきは自傷行為や共依存とも隣り合わせであり、読んでいて強い息苦しさを感じた。斜線堂作品は「恋と破滅が紙一重」であることを非常に繊細に描いている。読み終えたあとには、美しさと痛々しさが同時に残った。自傷行為と共依存が絡み合う関係性が壮絶な作品だった。⑤
Posted by ブクログ
「病巣の繭」
浪川先生が妊娠されていたお子さんを亡くした、心の隙を突いてコントロールしていたと考えられる。
保育園児の頃から恐ろしい。
「病に至る恋」
延田や緋達に共感した。
「どこにでもある一日の話」
「バタフライエフェクト・シンドローム」
何だか微笑ましい。
良い話すぎて、現実とフィクションが混合して危なかった。
Posted by ブクログ
本編の解釈のヒントになるかなと思ったけど、そうはいかなかった。『病巣の繭』は保育園に通う景にその後の片鱗が見つつも、まだこの頃は母を救うという純粋な思いがあったように感じた。ブルーモルフォのプレイヤー視点で語られた『病に至る恋』ではプレイヤーの心情に苦しくなり、景と宮嶺のデートを描く『どこにでもある一日の話』ではその後の展開を思うと素直に楽しめず…。『バタフライエフェクト・シンドローム』はif世界ですが、同じような未来に進む雰囲気を感じて、勝手に悲しくなった。本編の重さに引きずられた気がするけど良作です。
Posted by ブクログ
景が保育園児の頃から、人を操る才能があったことには驚いた。母親が保護者会でいじめられていると知ると、いじめている親の子をいじめ返すのだが、自分で直接やるのではなく、保育園の先生を懐柔して利用していた。先生自身が精神的に不安定な状態だったこともあり、そこをうまく利用したのだろうか。保育園児の頃からこんなことができたからこそ、後の恐ろしい景が生まれたのだと思うと怖い。
ブルーモルフォにハマっていく人たちの話も印象的だった。学校でうまくいかない子たちが、必死に何かにすがろうとしてブルーモルフォに答えを見出していく。前作を読んでいるので、その先に自殺が待っていることを知っているだけに、自分を追い詰めて死ぬことに意味を見出していく過程がより細かく描かれていて、いたたまれなかった。本人たちにとってブルーモルフォは悪魔ではなく、むしろ自分を救ってくれる「神」のような存在なのだろう。それが余計にえげつない。
宮嶺についても、前作を読んだときから、景は本当に彼のことが好きだったのか、それとも利用していたのか、どちらもあったのではないかと思っていた。今回、景自身が自分の人を操る能力を自覚し、それを嫌って不登校になっていたというIFの話を読んで、宮嶺だけには自分のことを話し、道をそれそうになったら守ってもらう「ヒーロー」という関係が生まれたことを知ると、やはり宮嶺は景にとって特別な存在だったのではないかと思った。
『恋に至る病』で描かれた景を別の角度から見ることができて、前作の物語や二人の関係についても改めて考えさせられる一冊だった。
Posted by ブクログ
人を引きつける魅力も行き過ぎるのを横で見てると、恐怖を感じる。当事者だと気づけないんだろうなってところが恐れをまた深く感じる。そんな景のエピソードだなと思った。