あらすじ
結城ぴあのは無理解な箪笥(うすのろ)の群れを押し退け、超高速粒子推進を実用化した「ピアノ・ドライブ」の開発に成功した。人類はとうとう、光の速度を超えてあらゆる場所へ旅する手段を獲得したのだ! 実現に近づく「宇宙へ」という彼女の渇望。地球の外へ、そして系外宇宙へ飛び出さんとする眼前に立ちはだかった最後の強敵は、太陽の怒りだった――!? 解説/野尻抱介
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Posted by ブクログ
フィクションだからできること、そしてSFだからできることの限界に挑んだ小説と、ある意味言えるかもしれません。
自分の中での小説10選を選ぶとしたら、その内の一作は山本弘さんの『アイの物語』です。
作品で描かれた人間への絶望と、人間の想像力と技術への希望は、自分の中の人間観や読書傾向を方向付けたものの一つだと思います。
その『アイの物語』と、上巻のレビューで少し触れた同著者の『詩羽のいる街』。この二つの作品の到達点が『プロジェクトぴあの』なのかもしれないと思います。
上巻の終盤で、ついに宇宙へ行くための足がかりとなる理論にたどり着いたぴあの。しかし、その理論の実証やロケットの開発には、様々な障壁が立ちはだかります。
前例主義や慣習に囚われた人々と制度。利益を優先する会社。新しい可能性をヒステリックに拒否する人。それに追従し冷笑する、顔の見えない大勢の人たち。
合理的に、そして柔軟に判断できない人間と社会を、ぴあのたちは少しずつ突き崩していきます。SFらしく夢と理想と、科学論理が不可能に思えたことを可能にしていく。その爽快感が気持ちいい。
そして人間の欲望を完全に否定しないところも、山本弘さんの人間にドライでいて、一方で本当に世界を変えようとしている思いが感じられて好きなのです。作中の記者会見でぴあのは、自分は「宇宙に行きたい」という自らの欲望のために、スポンサーをはじめたくさんの人を巻き込んでいることを認めます。
そしてスポンサーも儲けのために、出資していることを指摘し、そのことが輸送やエネルギーコストを下げ、世界の景気に繋がることを挙げ、世界の貧困やエネルギー問題などの解決にも繋がることを示唆します。
『互いの欲望を満たしましょう――それがベストの選択。みんなが幸せになれる道です』
そう語るぴあのの夢はついに実現間近に。しかしそこで文字通り、世界の危機とも言える事態が起こり……
『詩羽のいる街』を読んだときも思ったのですが、この「人間の欲望を世界のために利用する」というのが、山本さんが出した「どうしようもない人間が、世界をいいふうに変えるための手段」だったのかな、と思います。
『アイの物語』で人間に絶望しながらも、それでも人間がどうすればいいかを考え、それが『詩羽のいる街』に、そしてこの『プロジェクトぴあの』に繋がったように感じます。
小説の中で描かれる、宗教家とぴあのの会話や、そして危機を襲った地球のその後が語られる箇所は、驚くほど今の世界の現状、特にアメリカの現状と似ているような気がします。コロナウイルスによる社会不安や不満が、人種差別とあいなり暴動が起きている現状と。
物語の中でも、現実でも世界と人間に絶望しそうになってしまうのですが、ぴあのの物語は絶望に墜ちそうになる自分を、なんとかつなぎ止めてくれているようにも思えました。フィクションだからできること、SFだからできることが目一杯につめられ、そして、今の現実にも楔を打ち込むような、そんな物語のように思います。
そして上下巻を通してみると、ぴあのという特殊なヒロインに振り回されつつも、それを楽しんだような物語体験だったようにも思います。結局自分はこういうヒロイン像が好きなのかもしれません。
海外文学でいうなら『ティファニーで朝食を』のホリー。ライトノベルなら涼宮ハルヒ。そしてこの『プロジェクトぴあの』の結城ぴあの。
退屈な世界を打ち壊し、自分たちの住む世界を拡張してくれるような、そんなヒロインたち。世間の流行とは少し違うかもしれないけど、自分はまだまだ主人公を引っ張り回し、世界を変えてしまうようなヒロイン像を、捨てきれないのかもしれないです。
あとがきで山本弘さんの近況が書かれていました。脳梗塞で一度倒れられて、その後『カクヨム』というサイトに入院中の様子を挙げていられたのは知っていたのですが……。
やや寂しくはあるのだけど「ハードSF」とわざわざ言及しているあたり、含みはありそう。焦らず気長に、また小説の世界に戻ってきてくれたら良いなあ。
Posted by ブクログ
望みに立ちふさがる様々な壁。根拠のない不安や恐れが多い気がする。新しいものには漠然とした不安を感じるのかもしれない。
手段は手に入れた。どうやって利用するか、彼女の陰謀は複雑で手強い。
ぴあのは本当に帰ってくるだろうか、帰って来て欲しいな。新しい理論を持って
Posted by ブクログ
結城ぴあのは、「アイドル」であり、「科学の歌姫」、そして宇宙へ行くことを切望する「孤高の天才」である。これは、彼女が如何にして宇宙へ旅立ったのかを描いた物語である。
文庫版の「あとがき」に、作者の山本弘氏はこう書いている。
「(前略)
多くの方がすでにご存じでしょうが、僕は二年前に脳梗塞を患いました。本当に突然の発病でした。現在、いくらかは回復してはいますが、依然として計算能力や論理的思考力は低いままです。
(中略)
リハビリを受けてもいっこうに良くなる気配はなく、二桁の足し算すらろくにできない。『プロジェクトぴあの』のような高度な数学を駆使する作品は二度と書けないのです。
だからこれは「ハードSF作家・山本弘」の遺書だと考えてください。これからも小説を書くことはあるかもしれませんが、ハードSFを書くことは永遠に不可能なのです。(後略) 」
今読むと涙が溢れる。合掌
Posted by ブクログ
巻末の小林オニキスさんの楽曲「サイハテ」の歌詞を読んだ時自然と涙が出た。ぴあのを見送った後のすばるの気持ちだと思った。それとあらすじの箪笥を“うすのろ"と書くのはすごくかっこいい。
Posted by ブクログ
安定の面白さ。
物理学のある程度の知識程度ではどこまでフィクションかわからないとこも良い。
もうこの作者のこういったSFは読めなくなる可能性が高いのは悲しいなあ。
Posted by ブクログ
面白く、知的好奇心をくすぐられ物理学好きとしては終始ワクワクさせられたことは確かだが、個人的には好きになれない話だった。若い女性が大学にも行かず、宇宙を目指すためにひたすら自力で研究し、その資金を集めるためアイドル活動をするという夢に満ちた物語で、その過程はすごくワクワクしたが、主人公のキャラクターが好きになれなかった。天才故のコミュ障であっても、いろんな人との関わりで、人間への見方が変わっていくなど、物語を通して心の成長があって欲しかった。もちろん、自分の宇宙への夢は芯として持っていて変わらない部分もあって良いが、主人公は終始利己的で人間を常に見下し、利用して自分の目的を叶えてしまったことが残念。こういうマッドな女性の話としてある意味キャラクターのぶれがないとも言えるが、利己的な部分が目立ってしまったのが残念。人を好きになるように宇宙を好きになっていいし、そういうサイコっぽいキャラでもいいのだが、だったら嘘をついたり人に助言を求めたり、協力してもらったり他人を巻き込まず、自分の力だけで達成してほしい(もちろん宇宙に行くのは不可能に近いかもしれないが…)ずっと支えてくれていたすばるを裏切ったり、自分への資金提供者を裏切ったあげく協力するよう脅し、人間は頭悪くてイライラするなど、いじめがあったから非人間的になったのではというすばるの途中の推理と裏腹に最後まで人間らしい姿を見せてくれなかったのが残念だし、後味が悪かった。