あらすじ
順風満帆な会社員人生を送ってきた大手食品メーカー役員の芹澤は、三歳で命を落とした妹を哀しみ、結婚もしていない。ある日、芹澤は元部下の鴫原珠美と再会し、関係を持ってしまう。しかし、その情事は彼女が仕掛けた罠だった。自らの運命を変えた珠美と会い続けようとする芹澤。彼女との時間は、諦観していた彼の人生に色をもたらし始める――。喪失を知るすべての人に捧げるレクイエム。(解説・中瀬ゆかり)
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Posted by ブクログ
読み終わったあと、「ここは私たちのいない場所」というタイトルの意味について深く考えた。白石一文作品って、タイトルが素敵だけど、これもタイトルがずっと心に残って、ずっと考えさせられる感じ。
主人公の存実は幼いころに妹を亡くし、自身は妻も子供も持たないと決めている、大手企業の重役。ひょんなことから会社を辞めざるをえなくなるところから物語が始まる。そもそも簡単に会社を辞めてしまえるのも、妻子がいないから。彼はあくまでも家庭なんて持たない方が良い、という姿勢を貫いている。会社を辞めて日々何もすることがなくなっても、独り身がさみしいという感じはない。
しかし、大学時代の友人ががんで急逝したり、会社を辞める原因を作った元部下と、浮気相手の女性との関係を目の当たりにしたり、出張先の海外で大きな事故に遭った友人の話を聞いたりするうちに、彼の価値観が変わっていく・・・というのが普通の小説なんだろうけど、この主人公の場合、まったく変わらない。不思議なのが、主人公の価値観は小説中では変わっていないはずなのに、読者の方の価値観が揺さぶられ、彼の価値観は変わっていないみたいだけど、果たして本当にそうなの?みたいな気分になってくることだ。
彼はまったく変わっていないように見えて、いくつかの体験を通してやっぱり変わっているのではないか、この経験をする前と後では、違う人間になっているのではないか…。ここは私たちのいない場所?
それから、「子供のいる世界」と「子供のいない世界」という区切りも出てきて、とても興味深く考えた。私は今「子供のいる世界」にどっぷりと漬かって生きている。子供を生まなければ、「子供のいない世界」で朝から晩まで働いて、平日の昼間に公園の滑り台の上から青空を見上げたり、飛行機雲を見つけて喜ぶこともなかった。確かに自分にも子供だった時代があるのに、それをすっかり忘れて。
私たちは皆、同じ世界に生きているのに、そこかしこに「私のいない場所」「私とはまったく無縁の場所」がいくつも存在している。いないからそのことに気づきもしないのだけれど。