あらすじ
順風満帆な会社員人生を送ってきた大手食品メーカー役員の芹澤は、三歳で命を落とした妹を哀しみ、結婚もしていない。ある日、芹澤は元部下の鴫原珠美と再会し、関係を持ってしまう。しかし、その情事は彼女が仕掛けた罠だった。自らの運命を変えた珠美と会い続けようとする芹澤。彼女との時間は、諦観していた彼の人生に色をもたらし始める――。喪失を知るすべての人に捧げるレクイエム。(解説・中瀬ゆかり)
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これから読む方、
必ず解説まで読んでください。
喪失を知るすべての人へ捧げるレクイエム
と書かれていたが、
私自身がこれまで感じた喪失とは少し違ったものではあった。
ただ、大事なことを気づかせてくれるようなテーマが盛り込まれていたことは間違いない。
自分の向いていた方向を考え直すような作品だと感じた。
本文は終始サクサクと読みやすかったのに
解説まで読んで、こんなに考えられた内容だったのか、と頭がぐるぐるした。
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ここは私たちのいない場所
後書きまで読んで、この物語が分かった気がしました。フッと湧いたように仕事を無くして、それ以後、何か中途で止まったままで何処へ向かうのか?どう決めようか何も思いが浮かんでこなかった。
これまで仕事が第一優先として生きてきた。ずっと立ち止まらせてきた人生を見つめ直して、自分の為の新しい一歩を何方へ向けて踏み出そうか、ずっと持ち合わせていなかった選択権をどう使おうかと逡巡しているような印象を読んでいてずっと感じていました。
最愛の者であっても違っても、見知った誰かを喪失したその時、なにか自身を振り返る瞬間があって、それが起因にこれまで観ていた景色の色あいが少しずつ変化して行くような…その変化を感じていた。
ちょっとした気まぐれから起こった気持ちの変化は、それまで自分を縛り付けてきたロープが自然と緩み解けてしまっていた。まだ自分では理解出来ていないかもしれないが、心の傷の再生が始まっている…そんな気持ちにさせる優しい物語だった。
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読み終わったあと、「ここは私たちのいない場所」というタイトルの意味について深く考えた。白石一文作品って、タイトルが素敵だけど、これもタイトルがずっと心に残って、ずっと考えさせられる感じ。
主人公の存実は幼いころに妹を亡くし、自身は妻も子供も持たないと決めている、大手企業の重役。ひょんなことから会社を辞めざるをえなくなるところから物語が始まる。そもそも簡単に会社を辞めてしまえるのも、妻子がいないから。彼はあくまでも家庭なんて持たない方が良い、という姿勢を貫いている。会社を辞めて日々何もすることがなくなっても、独り身がさみしいという感じはない。
しかし、大学時代の友人ががんで急逝したり、会社を辞める原因を作った元部下と、浮気相手の女性との関係を目の当たりにしたり、出張先の海外で大きな事故に遭った友人の話を聞いたりするうちに、彼の価値観が変わっていく・・・というのが普通の小説なんだろうけど、この主人公の場合、まったく変わらない。不思議なのが、主人公の価値観は小説中では変わっていないはずなのに、読者の方の価値観が揺さぶられ、彼の価値観は変わっていないみたいだけど、果たして本当にそうなの?みたいな気分になってくることだ。
彼はまったく変わっていないように見えて、いくつかの体験を通してやっぱり変わっているのではないか、この経験をする前と後では、違う人間になっているのではないか…。ここは私たちのいない場所?
それから、「子供のいる世界」と「子供のいない世界」という区切りも出てきて、とても興味深く考えた。私は今「子供のいる世界」にどっぷりと漬かって生きている。子供を生まなければ、「子供のいない世界」で朝から晩まで働いて、平日の昼間に公園の滑り台の上から青空を見上げたり、飛行機雲を見つけて喜ぶこともなかった。確かに自分にも子供だった時代があるのに、それをすっかり忘れて。
私たちは皆、同じ世界に生きているのに、そこかしこに「私のいない場所」「私とはまったく無縁の場所」がいくつも存在している。いないからそのことに気づきもしないのだけれど。
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「人は親にならない限りずっと子供。子供を持たない人は、最後までずっと子供でいようとしている人」
刺される。否定できない。少なくとも「子供を持つ努力をしない人」と「子供を持ちたくないと強く思っている人」に限定して当てはまるものだとは思うけど。
そしてさらに「親友のお葬式に出られないことを悔やむ感情もない」。
これは主人公と自分が重なって、冷たい種類の人間であることを痛感した。
でも存実はそれを客観的に気付いているし、珠美の存在によりこれから変わっていくのであろう良い未来が想像できる終わり方でした。※それにしても突然の終わり方で驚く。ページを探して二度見。
Posted by ブクログ
短編だけれども白石一文がぎゅっと詰め込まれた再生の物語だなと思った。
解説で、パートナーを亡くした編集者の方(中瀬ゆかりさん)へ贈ったものだと知って納得。
とても優しくて包み込むような文章だったから。彼の作品はどれも優しい物語なのだけれど、文章からそれを感じることはあまりなかったから。
物語の終盤、芹澤と珠美は明らかに救われ、再生されるのだけれど、では何から救われたのか、については明確ではない。(出来事としてはあのことがかっかけでそれは明確に描写されているけれど、そのことが2人の心に明確なダメージを与えたとは思えなかった)
人は日々、傷付き、恐れ、挫け、そして日々、癒されてゆく。
芹澤と珠美がゆるやかに再生していく心地よい物語を背景に、白石一文が中瀬ゆかりさんへのメッセージを伝える構造になっているのかなと思う。
香代子の思い出の曲の話や、生と死の話、子どもがいる世界・いない世界の話。
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死ぬことについての哲学のような本。
人が死ぬこと、または、自分が死んだ後の世界。
それは恐れることも悲しむ必要もないのではないか。
人の死とその人の不在が同じ意味を持つとしたら、、、。
長いこと会っていない親友の死。
知らされる前は、彼は存在する世界なのである。
たとえ、彼がもうこの世の中にいないにしても。
また本筋とは少し異なるが
主人公とかつての部下との付かず離れずの距離間が
たまらなく私は好きだ。
また子供を持つ持たないという価値観に触れる部分もすごく気に入っている。
中瀬ゆかりのあとがきも含め、
本書を包む穏やかな空気感も良き。
Posted by ブクログ
中瀬ゆかりさんの解説を読んで、余韻の追い打ち。まさに、言葉をむさぼり読んだ。
子供がいる世界とそうでない世界。
あなたがいる場所とそうでない場所。
生と死。
お気に入り。
Posted by ブクログ
順風満帆な会社員人生を送ってきた大手食品メーカー役員の芹澤は、三歳で命を落とした妹を哀しみ、結婚もしていない。ある日、芹澤は元部下の鴫原珠美と再会し、関係を持ってしまう。しかし、その情事は彼女が仕掛けた罠だった。自らの運命を変えた珠美と会い続けようとする芹澤。彼女との時間は、諦観していた彼の人生に色をもたらし始める─。喪失を知るすべての人に捧げるレクイエム。
著者の小説を読むのは2作目。特殊な?導入さえ納得できれば、すんなり読み進めることができた。
Posted by ブクログ
優しくて嫌悪すべきところはなくて、何だか2人の主要登場人物は、誰かの理想を込めて作られたような人たちだなと思った。気持ちよく読み進められた。随所に記された死生観も考えさせられる。
でも、なんとなく、メルヘンみたいで現実感ないなーと思ったり…
最後に解説を読んで、すごく腑に落ちた。誰かを励ます思いで創られたものか。優しい手紙みたい。解説を読んでから再読すると、また沁みてくる。
Posted by ブクログ
芹澤と珠美が“色仕掛“をきっかけに出会い、退職や離婚といった社会的には一見マイナスな出来事を皮切りに、ふたりが徐々に回復していくストーリー。
その過程には、著書白石さんからのメッセージが散りばめられている。
共感できるメッセージもあったが、衝撃を受けるような、何か新しいことを気づかせてくれるメッセージがなかった上に、よく理解できなかったメッセージがあったため、星は3。
以下、メモ
■共感できたメッセージ
・ほんの小さなミスはほんの小さな結果を招き、重大なミスが重大な結果を招く。重大な結果を招いた以上、そのミスはほんの小さなミスであるはずがない。些細な手違いや判断ミスに見えたとしても、実は、そこには深刻な要素がぎっしりと詰め込まれていて、ただ、僕たちはいつも散々な結果に打ちひしがれるあまり出来事の本質を見極めようとしない。だから重大なミスがしばしば小さなミスのようにみなされてしまうだけなんじゃないかってね。
・心が参ってしまったときは自分自身に治してもらうのが一番なのよ。というか、自分の心は自分にしか治せないの。
・幾らお金があったって、生きる目的みたいなものがなくちゃ生きていけないものよ
・一生、誰かの経済力に寄生して生きていくなんて、それほどつまらない人生はありませんからね
・私は生まれてからこのかたずっと、奥野と私が存在する世界で暮らしていた。それが5時間前に奥野が死に私だけが存在する世界に変化した
・奥野が死んだことなど別に知りたくなかったし、知らなければ、私はこれからも奥野と私が存在する世界にずっと居続けることができたのだ
・結局、人間は、自分が死ぬのかどうか判断がつかないまま本当に死んじまうんだよ
・ビジネスにおいて最も必要な資質は大胆さと冷静さだったり妻や子供を持った男たちには、会社を辞めるおいう選択肢がなく、自分たちを脆弱にしているが、当人たちはよくわかっていない。
■よく分からなかったメッセージ
・芹澤さんって、どうして結婚しなかったの?
他人の世話をするのが面倒だからかな
・我が子ほど愛おしい存在はいませんし、女だからこそ深く味わえる愛情というものがありますから。ただ、珠美のように、子供という重い荷物を一生持たずに暮らしていくのも悪くないという気はしますね
・女性が仲間割れするのは、男に比べると若い時期に時間がなさすぎるのと、容姿といううまれながらの絶対的格差のせいだろうけど、ただ、きみたち女性が団結していかないと、この男社会を変えるなんて到底不可能だと僕はいつも思うね
その団結って発想が、どうしても私たち女には馴染まない気がするんだよねえ
・子供のいない世界と、子供のいる世界
つまり、子供の感情が分からなくなった人間たちがいる世界と、子供と子供の感情が分からない人間とが共存症する世界のこと。
・人と共に生きても、人間は決して強くはなれない
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「ちっぽけなミスからっていうけど、本当は大きな失敗を招いている時は、それはちっぽけなミスなんかじゃない。重大なミスを犯していることに気づいていないだけ」
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「誰かをどうしようもなく愛したことがある者。大事な存在を喪失したことのある者。そして、子供を持たない者。この3つのどれかに当てはまる人間なら、この小説が顕す人生観とその哲学的メッセージに共鳴しないはずがない」
これは巻末の解説を担当している、編集者の中瀬ゆかりさんによる文章。
中瀬さんは内縁関係にあった作家の白川道氏を突然失くした。そしてこの小説は、著者の白石一文さんが中瀬さんのために執筆したものらしい。
一言で感想を表すのはとても難しい小説だった。面白いとは言えないし、泣けるとか感動系とも違う。人間関係にスポットを当てると、つっこみどころも無いわけではない。
結果的に自分を陥れることとなった女性と親密になっていく主人公の芹澤。普通ならば恨んだり憎んだりするからなかなか無いように思うけれど、そうなることも分かった上で彼自身が決断を下したようにも見えるし、元々諦観に包まれて生きていたような人間だからそのようになったのかもしれない。
と考えると、理解出来ないわけでもない。そうなるべくしてなったと言うならば、こういうのが人と人の縁というものなのかもしれない。
白石さんの小説は既読のものはほぼ全部哲学に満ちていたけれど、この小説は短いだけにとくにそう感じた。
身近な、大切な人の死に触れたことがあるなら、芹澤と同じ風に考えたことがある人もいるだろう。その死を知らなければ、死んでいないのと同じなのに、と。
死ではないにしろ、過去に別れてしまった誰かとの関係が、ここではないどこかで続いている。ただの妄想でも、そう思えたら心が安らかでいられる。
中瀬さんが挙げた3つ、私も当てはまるものがたぶんある(子供を持たない者、は今のところ確実に当てはまっているけれど、それについて感じ入るようになるのはまだ先のような気がするが)。
また何年か後に読み直してみれば違うことを感じそうな小説だった。
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珠美との出会い(正確には再会)をきっかけに、芹澤の中でそれまで何十年間も閉じ込められていたものが開放されて、思わぬ方向に人生が流れていった。
そして『これでよかったのだ』と芹澤は感じているのではないかと思う。
一度きりで、思い通りにならず、この先何が起こるか分からないもの。その人生をどうやって生きていくのか。
その問いは『何を大切にして生きていくか』でもあり、そこから裏をとれば『大切にしたいものを大切にして生きること』こそが、おそらくは生きていく指針なのだろう。
人との出会い、本との出会い、景色との出会い。
出会いは『大切なものが何か』を気づかせてくれる。
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人が死ぬということ。誰もが経験したことはないから、死ぬ時どんな感じとか、死んだらどうなるとか、わかるよしもない。ただ、死を身近に感じることはある。私も最近父を亡くしたが、死んだというより、いなくなったという感覚が近い。ただ不在なだけ。でも、時折もう二度と会えないと気づく瞬間があって、その時は奈落の底に落ちるような悲しみがおそってくるのだが。
この小説は、身近に死を体験した人に、その死に対してどう向き合うかを、淡々とした中でやさしく、時に強く導いてくれる物語だった。
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あるみ在実 ありのり存実 そもそもが軽妙洒脱なその筆力に私は魅せられた ネクロフィリア 各々の人品骨柄を判定していた 人と人との間に生まれる愛情という貴重な財産は、一度小さなひび割れが生ずると、価値を失ったり減じたりするのではなく、そこから次第に腐敗が進行し、最後には猛毒に変じて、私達を蝕み、苛み、破滅させる。僅か三歳でこの世を去った妹は、その冷厳なる真実を私にしっかりと教え込んでくれたのだと思う。 年中顔を突き合わせていれば、どんなに特別な相手であっても、好きなだけでいられるはずがない。誰かと過ごした時の心豊かな記憶は虹のように儚く、その人物との諍いの記憶は刺青のように決して消える事がない。人は愛する以上に憎む事に長けた動物だ。世界から殺戮や戦争が絶えないのは、それが人間の本性に深く根ざしたものだからだ。 「懲戒解雇だけはやめてほしいの。降格も左遷も構わないし、できれば北海道に飛ばしてもらえないかしら」 鼻白む思いで私は呟く ゆし諭旨解雇 しゅかく主客転倒 釈尊は妻子を捨てて悟りの道へと踏み出し 修道士は童貞をもって本分としている 胆管癌 死の恐怖の希薄な世界に殺戮や戦争は根付かない 浦霞の純米吟醸で乾杯した ここの鱧は淡路産を使ってるから たっぷりの酢醤油に浸して小籠包を充分に冷やし 私は生まれてこのかたずっと「奥野と私が存在する世界」で暮らしてきた。それが五時間前に「奥野が死に、私だけが存在する世界」に変化した。 キェルケゴールやヤスパースを崇拝していた 喪失を昼すべての人に捧げるレクイエム
Posted by ブクログ
ふんわり緩やかな空気に包まれた本編と、その背景を綴った解説。もはや共作と言っていいくらいの作品。ストーリーにはちゃんと起伏があったはずなのに読後感は心地よい凪。