【感想・ネタバレ】悲しみの秘義のレビュー

あらすじ

暗闇のなかにいる人へ――傑作エッセイ

もしあなたが今、このうえなく大切な何かを失って、暗闇のなかにいるとしたら、この本をおすすめしたい――(解説・俵万智)

宮沢賢治、須賀敦子、神谷美恵子、リルケ、プラトン、小林秀雄、ユングらの、死者や哀しみ、孤独について書かれた文章を読み解き、人間の絶望と癒しをそこに見出す26編。

「言葉にならないことで全身が満たされたとき人は、言葉との関係をもっとも深める」――自らの深い悲しみの経験を得た著者が、その魂を賭けて言葉を味わい、深い癒しと示唆を与えてくれる。

日経新聞連載時から話題を呼び、静かなロングセラーとなった一冊。

文庫化に際して「死者の季節」「あとがき」を増補。

カバーと本文内を、世界的に人気の高いアーチスト・沖潤子の作品が
優しく深く彩る。大切な人に贈りたい、特別な一冊。

単行本 2015年11月 ナナロク社刊『若松英輔エッセイ集 悲しみの秘義』
文庫版 2019年12月 文春文庫刊
この電子書籍は文春文庫版を底本としています。

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感情タグBEST3

Posted by ブクログ

悲しみ、特に愛する人を喪った悲しみを知る人に、強くお勧めできる一冊。
悲しみを知ることで、初めて本当の生を知る。
悲しみを知ることで、本当の私に初めて出会う。
強い悲しみを経験することは、何か簡単には言葉にできない、ある種の究極的な真理に、気づく権利が与えられるということなのかもしれない。
この本では、悲しみについての様々な思索が、古今東西の哲学や文学、特に詩歌をよすがに、とても豊かな情感とともに、そしてとても優しい筆致で、したためられている。
「悲しい」と書いても、「愛しい」と書いても、「かなしい」とよめる。悲しみには、その深い深いところで、ただ悲痛なだけではない何かがあって、そしてそれは、容易に言葉にすることができないものだ。「悲しみ」が当然この本のキーワードであるが、それだけでなく、「言葉」や「読むことと書くこと」も、本書の重要なキーワードである。この思いは、決して言葉にして共有できない。
私の愛読書であるフランソワーズ・サガンの『悲しみよこんにちは』の、極めて美しい嚆矢の一文、「ものうさと甘さが胸から離れないこの見知らぬ感情に、悲しみという重々しくも美しい名前をつけるのを、私はためらう」に、相通じる麗しいものを感じた。なんとも名状し難い、けれども充実した読後感をもたらす読書体験だった。

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2025年11月30日

Posted by ブクログ

先月の中頃、平日の17時ごろに母の入院している病院より連絡があった。
癌で緩和ケアを受けていた母の容体が思わしくないと。
看護師さん曰く、明日を迎えるのは難しいだろうとの事だった。

急いで準備をして電車に乗ったが、思考が停止してしまっており、病院の最寄駅に向かう最中も不思議と気持ちは凪いでいたのを覚えている。
ただどうにもこうにも心細くて、少しでも気の紛れるものはないかと近くの本屋さんに立ち寄った際、最初に目に留まったのがこの本だった。

悲しみの秘義とはなんだろう。
なんと無く、底の見えない悲しみを閉じ込める秘密が書かれているような気がして、ぼーっとした頭で購入した。

病室に到着して目に入った母は、いつもより少し呼吸が苦しそうだった。
ベッドサイドに椅子を移動させ、手を握り、声をかける。
癌は脳に転移していたので、暫く前から意思の疎通は図れない。
でも、こちらの声は聞こえていると信じて、今までの感謝と、もう頑張らなくて良いという言葉をかけ続けていた。3年弱も必死に闘病したのだから。

いざ今際の際にいる母を目の前にすると、悲しさとも虚しさともいえない感情が溢れてくる。
弟が到着したタイミングで、病室の前のベンチに移動し、お茶を飲んで、少し泣いた。

母の呼吸が落ち着いた際、何となく買ったこの本のことを思い出し、ページを開いた。

冒頭には、宮沢賢治が死に瀕する妹の事を想って詠んだ詩が登場する。

「もうけつしてさびしくはない
なんべんさびしくないと云つたとこで
またさびしくなるのはきまつてゐる
けれどもここはこれでいいのだ
すべてさびしさとかなしさとを焚いて
ひとは透明な軌道をすすむ」

僕はずっとどうすればこの悲しみから逃れられるのかと考えていた。
楽しいことや、好きなこと、子供達のことを考えては一時の安寧を得るが、次の瞬間寂しさが覆い被さってくる。
逃げて逃げて逃げきることこそ、自分の心を取り戻す方法なのだと思って日々の生活を送っていたのだ。

だが宮沢賢治は、さびしさとかなしさに向き合い、受け入れて、焚く。それすらも自分の一部にする。
そしてこうも語る。

「かなしみはちからに、欲(ほ)りはいつくしみに、いかりは智慧にみちびかるべし」

悲しみは力に、欲は慈しみに、怒りは智慧に結びつける。

失う悲しみすらも血肉とし、とにかく生きるだという強い気持ちに、ベンチに座って項垂れていた僕は一人静かに胸を打たれた。

この深い哀惜を力にするのだ。
そして、逝った母もきっとそれを望んでいる。

悲しみを通してしか見えてこないものはあるだろう。
この本で若松英輔は、巧みな文章と、様々な偉人の言葉を引用して、如何に人々は失う辛さと向き合い、受けれてきたかを教えてくれる。
深い悲しみの中、勇気を振り絞って生きている人はどんな場所にもいる。
自分は孤独ではないのだ。

あの日あの時、この本を手に取った自分に何か運命めいたものを感じた。
母を見送ってから1ヶ月経った今も、時折この本を読み返している。

パワーをくれるというよりも、沈んだ気持ちに寄り添いながら慈しんでくれるような作品だ。
もし友人や大切な人が深い悲しみの中にいるのなら、僕は躊躇いなくこの本をすすめる。

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2025年10月24日

Posted by ブクログ

宝物にしたい本と出会った。
心をぎゅっとつかまれ、涙がこみ上げてくるような言葉がたくさん散りばめられてる。
とてつもない暗闇に沈んだとき自分はもう一度この作品を読んでどう感じるだろう。

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2025年10月11日

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様々な作品からの引用を若松さん独自の視点で解説した本。
悲しみとは何なのか、ことばとは何なのか、読んでいると心にグッときます。
読み終わったあとには、どこか気持ちがスッキリして自分の中にあることばを書き出してみたくなる、そんな本です。

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2025年10月01日

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若松さんは、私たちが何気なく使っている言葉を、自分の言葉として定義づける力が、本当のあるのだと痛感させられる…

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2025年09月22日

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いろんな格言が気づきも!驚きも!暖かみも!
もらえた気がする。

自分にとってはほんと悲しみの秘技だった。

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2025年09月11日

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深い深い悲しみに寄り添うような言葉が綴られている。ここまでの深い悲しみを、おそらく母が亡くなったときに、自分も経験しなければならないのだろうと想像する。その時に、この本が手元にあれば少し救われるかもしれない。そう思うと、少し心強くなる。手元に置いておきたい一冊。

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2025年08月15日

Posted by ブクログ

若松英輔さんの文章には凛とした優しさがある。この本は一回でさらっと読み終えてしまってはいけない本。
若松さんの自己開示に、そんなところまで曝け出してしまって、いいんですか?大丈夫ですか?と心配してしまう。人に話せる、文章にする、言葉にするという作業は悲しみと共にあるために、必要な過程なのでしょう。その若松さんの悲しみは、誰かの心に響き、誰かの悲しみに寄り添ってくれるのでしょう。
最後、書くことの大切さを説いていた。拙い文でも、こうして言葉にすること、自分の内だけにとどめておかないことが、自分自身の糧になっていく。より物事を思考し、クリアにしていくことになるのでしょう。とても良い読書体験になった。

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2025年07月30日

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ネタバレ

正直な感想は、凄い本に出会ってしまったなというものだ。テンションが上がっていたり、人生が上手くいっているときには読まない方がいいかもしれない、というか、多分そんなときは響かない。恐ろしい喪失感のただ中にいる人には是非手に取って欲しい。どの章にも視点を変えて見せてくれるような気づきがあった。人生のこの時点で出会えて良かった言葉たちだ。
ひとつひとつの章の内容が重たく、とても一気に読むことができなかった。これからも携えておきたい1冊となった。

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2025年03月29日

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俵万智さんのお言葉の通りであり、この本を読んでいる時は自分自身が別の空間にいるかのようだった。悲しみとは何か、考えさせられ、備えさせてくれるようだった。

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2025年03月18日

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深い悲しみが、言葉によって穏やかな悲しみに変わる。繰り返し思い出す悲しみを落ち着きに変えてくれる一冊。何度も読み返している。

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2025年02月25日

Posted by ブクログ

ネタバレ

こんな本があったのか。
ずっと自分と対話しているような感覚で読んだ。
大げさかもしれないが、これを読む前の自分と読んだ後の自分は明らかに違っている!
2024年最後、ほんとによい読書体験ができた。
この先も読み返すことになるだろう。
きっと、私にも悲しみがやってくるだろうから。

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2024年12月29日

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本屋さんで出会った文庫本。読み終わったら付箋だらけになった。著者の悲しい別離体験が彼の思考にただならぬ深さを与えたのだろうか。僕の妻や子供たちは健康的に生きてはいる。でも、両親や親戚、友人など多くの人たちを失ってきたが、今思えばまるで歯が抜けた程度にしか思えないのは、僕には人間的に何か欠け落ちているものがあるのだろうか。だから自分はこんなにも軽薄なんだろうか。著者若松英輔さんの深い叡智と人間的な優しさにただならぬ嫉妬を感じてしまった次第である。

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2024年09月21日

Posted by ブクログ

作者が名著に記された言葉を味わい、掘り下げて。悲しみとはなにかを考えた作品、
悲しみ=愛しみ=美しみをあらためてしれたり、悲しいを経験することで作者がなにを得たのかをしれた
読んでいると心が静かになった。
読み返していき本の内容を味わっていきたい

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2024年09月02日

Posted by ブクログ

いまこうして言葉にするのがとても難しいです。
どんな言葉を出しても、野暮ったくて、じれったくて。無理やり言葉にすること自体、どこか間違いのような気さえしてしまいます。

以前、Eテレの「理想的本箱」という番組で、「もう死にたいと思った時に読む本」の一冊として紹介されていた本書。その時の印象が強く、そう思った時に読んだらいいと思っていたけど、いつ来るかわからないし、「死にたいと思った時に読め」と言われる本とは、一体どういう本なのか、気がつけば、読む手が伸びていました。

一番心に残っているのは、「愛すること」と「悲しむこと」は表裏一体であるということ。愛することで、すでにその内側で悲しみも育んでいる。そう考えると、愛することにも多少の恐れを抱いてしまいますが、悲しむことに光を当ててくれる印象もあります。

私は、「もう死にたいと思った時に読む本」ではなく、「愛とは何かを考える時に読む本」としてこの本を推したいです

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2025年11月13日

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悲しいという感情は人間が持つ、崇高な感情だと思いました。以下の文。なんて暖かく、優しい表現なのでしょうか!
声をだに聞かで別るる魂よりも
亡き床に寝む君ぞかなしき
(意味)夫が仕事で遠くにいて、妻は病に襲われ亡くなろうとしている。その時に詠まれた歌。彼女は遠く離れた夫に向かって、あなたの声を聞くことが出来ずに逝こうとしている私よりも、私が逝ったあと、夜、独り寝るあなたの悲しみの方が耐え難いだろうと、

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2025年11月12日

Posted by ブクログ

ネタバレ

・一見すると希望にあふれた者のように見えてもそんなとき人は、人生の問いから遠いところにいる。人は、自分の心の声が聞こえなくなると他者からの声も聞こえなくなる。

・祈ることと、願うことは違う。願うとは、自らが欲することを何者かに訴えることだが、祈るとは、むしろ、その何者かの声を聞くことのように思われる。

・現代人は、情報を手に入れると安心する。分かったと思い込む。だが、情報に心を領された者は考えることを止めてしまう。考えるとは、情報の奥にあることを見極めようとする営みであるからだ。

・人は二つの道を同時に考えることはできても、同時に歩むことは決してできません。(『遺稿集「南無アッパ」』の祈り)

・人生の意味は、生きてみなくては分からない。素朴なことだが、私たちはしばしば、このことを忘れ、頭だけで考え、ときに絶望してはいないだろうか。

・心を開くとは、他者に迎合することではない。そうしてしまうと相手だけでなく、自分からもどんどん遠ざかってしまう。むしろ、心を開くとは、自らの非力を受け入れ、露呈しつつ、しかし変貌を切望することではないだろうか。

・言葉は、書かれたときに完成するのではなく、読まれることによって、命を帯びるからである。

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2025年09月02日

Posted by ブクログ

とある読書会で読んでいる本

帯に もう死にたいと思った時に読む本 とあります

大切な人を喪ったとき
まだそこまでの経験がない私は
その時、改めて手にすると良いのかもしれません

自分と向き合うこと・時間をつくることは大切
ただ、孤独とまで言われてしまうとそこまで必要なのか?

読書会ではネガティブ・ケイパビリティとも違うという意見がありました
確かに、ネガティブ・ケイパビリティは平時に持っておく考え方かも
非常時には、別の心の持ちようがあるのかもしれません

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2025年08月22日

Posted by ブクログ

ゆっくりと1人の寂しさと向き合う夜に何度も読みたくなる本でした。
特に七章の「勇気とは何か」が胸に刺さりました。筋ジストロフィーで幼少より寝たきりの方が書いた詩が引用されてるのですが…私はその方とは比べ物にならないけれども、体がだいぶ弱い方で体調不良で諦めたことがいくつもあります。
だからこそ、「どんな微細な光をも捉える眼を養うためのくらやみ」という詩が今のくらやみを諦めずに受け止めて生きようと…うまく言えないのですが章のタイトルの通り勇気を自分も出そうと力をもらいました。
今まで詩歌をあまり読んだことがなかったのですが、小説とまた違って言葉が少ない分、より作者の中で自分の気持ちにぴったり合う言葉が選ばれて…だからこそ、自分の気持ちが合う詩、わかる詩は、小説よりも「これだ!この言葉を求めていた!」とぐっとくるんだなあと感じました。
今後、この本をきっかけに詩歌とかもみてみます。

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2025年08月18日

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「かなしむ」という感情を基点に生まれるのはひどいものだけではなく喜びや愛ということを認識することができた。これだけに留まらず、悲しむとはどのような感情か考え続けることを忘れずにいたい。

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2025年05月09日

Posted by ブクログ

初めての著作者。文章がシュッとしていて読みやすい。光は暗闇でこそ鋭敏に感じるのだ。孤独こそが自分の生存を感じる。
日常とは違う時の流れに包まれて、自己を見つめ直す想いに溢れる。引用がとても良い。ブックリストの本も是非読みたい。
写真の刺繍が、静謐な思いを受け止めてくれる。

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2025年02月13日

Posted by ブクログ

文章が美しくて、心がしんとする。まさに俵万智さんの解説通りだった。冬の夜に読みたくなるような静かな本。パケ買いだったけど、買って正解。

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2025年01月09日

Posted by ブクログ

名著の言葉を引用しながら、悲しみや喪失について書かれた26の文章。
ひたすら悲しいし、著者ご自分の体験なんて胸が締めつけられる思いなのに、読みながら不思議と自分の悲しみに寄り添ってもらっているような感覚でした。

俵万智さんの解説にある「本書を開くと、日常とは明らかに違う時間が流れはじめるのを感じた」にとても共感します。

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2024年12月30日

Posted by ブクログ


喜びや楽しみの多い幸せな人生を願いがちだけど、悲しみのない人生などないのだと改めて思った。悲しみに向き合う言葉が沢山書かれていた。

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2024年10月18日

Posted by ブクログ

大切にしたい言葉が沢山載っていて付箋まみれ。ただ自身の悲しみをある程度受け入れられている状態じゃないと響かないだろうなと感じる部分もあった。

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2024年10月17日

Posted by ブクログ

読みやすい文量。悲しみとの向き合い方、もし死を身近に経験したらこうなるのかと感じた。言葉の選び方が知性に満ちている。

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2024年08月16日

Posted by ブクログ

ネタバレ

悲哀、悲しみについて、言葉を紡いでいます。

2015年1月~6月に毎週日経新聞に掲載された25の記事を編集したものとのことです。

著者は、書くことで自分自身が何を想っているのかを発見するのでは、と、あとがきで書かれています。そして、5年前に妻を亡くされたことにも少し触れられています。自分の想いを探究するために、書きながら言葉を見つけていく過程でもあったのかもしれないと思いました。

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2025年09月18日

Posted by ブクログ

詩を読むことがほとんど無かったので読んでみたが、自分には合わないと分かった。だから評価はどちらとも言えない。

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2025年04月04日

Posted by ブクログ

ネタバレ

若松英輔さんのエッセイ。
一番胸が締め付けられたのは、
14 花の供養に
桜が咲く春になったら、花びらを一枚拾いたいと思いました。それが少しでも供養になるのであれば。

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2024年12月31日

Posted by ブクログ

心に沁み入る言葉。

◯祈ることと、願うことは違う。願うとは、自らが欲することを何者かに訴えることだが、祈るとは、むしろ、その何者かの声を聞くことのように思われる。

◯生きるとは、人生とは何かを問うことではなく、人生からの問いに応えること
◯人生は、答えを出すことを求めない。だが、いつも真摯な応えを求めてくる

・花の供養に、春、花びらを1枚拾う。

◯愛する気持ちを胸に宿したとき、私たちが手にしているのは悲しみの種子である。その種には日々、情愛という水が注がれ、ついに美しい花が咲く。悲しみの花は、けっして枯れない。それを潤すのは私たちの心を流れる涙だからだ。生きるとは、自らの心のなかに一輪の悲しみの花を育てることなのかもしれない。

◯愛し、そして喪ったということは、いちども愛したことがないよりも、よいことなのだ

◯「花も紅葉もなかりけり」、そう詠まれた言葉にふれるとき、私たちの心には、かえって花も紅葉も、色あざやかに浮かび上がってくる。それは、生きている希望などない、と叫んだ瞬間、かえって生の意味を、はっきりと感じるのに似ている。意識では絶望を感じていても無心は、わずかに射し込む光を見逃さない。

◯読者とは、書き手から押し付けられた言葉を受け止める存在ではない。書き手すら感じ得なかった真意を個々の言葉に、また物語の深層に発見していく存在である。こうした固有の役割が、読み手に託されていることを私たちは、書物を開くたびに、何度となく思い返してよい。

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2024年11月14日

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