あらすじ
18世紀末、コルシカ島出身の一軍人から皇帝にのぼった英雄ナポレオン。父帝に憧れ軍功を焦るが、病のため夭折した2世。二月革命を経て大統領に当選、その後クーデタで皇帝となった甥の3世。帝政復興の期待を背負うも、英兵として赴いた戦地で落命した4世。二組の父子、そして一族は栄華と没落という数奇な運命を辿る。革命と激変の時代に「ナポレオン」はどう生き、民衆に求められたか。ボナパルト家から近代史を読む。
...続きを読む感情タグBEST3
このページにはネタバレを含むレビューが表示されています
Posted by ブクログ
ナポレオン。
その名前は多くの人が知っていますが、彼についての理解には人それぞれ差があります。ナポレオン・ボナパルトは、コルシカ島出身の一軍人から皇帝へと上り詰めた、まさに歴史に名を刻む人物。
ナポレオンの登場には、「フランス革命」が深く関係していきます。
1789年、市民がバスティーユ牢獄を襲撃したことでフランス革命が始まりました。
1792年には王政が廃止され、フランスは共和制へと移行。ルイ16世と王妃マリー・アントワネットが処刑され、社会構造も激変しました。
その後、ロベスピエールによる恐怖政治が行われましたが、やがてナポレオンが登場し、混乱を収束させていきました。
現在のフランスは「第五共和制」にあたりますが、そこに至るまでには、王政復古・帝政の復活・第〇共和制の再構築など、何度も政体が変わってきました。
その中でナポレオンのあり方も知らない事だらけでした。
さて、
ナポレオンの甥である「ナポレオン三世」も、世界史として知っている人がいると思います。
かつては不人気でしたが、近年では再評価されつつあります。
彼が築いた「第二帝政」は、「ボナパルティズム」の代表例とされます。これは以下のような特徴を持つ政治体制です。
民主的な選挙を通じた正統性
中央集権的な強い権力
国民の支持に基づいた統治
文化的センスや国家ビジョンの提示
現代でも、「民主的に選ばれた独裁者」のようなリーダー像が問題になることがあります。
ただナポレオン三世が再評価されたのは、その強権性ではなく、文化や美意識への配慮もあったからであって、そこには「人民の名のもとに」というスローガンと共に大きく表現されました。
逆に言ってしまえば、昨今の「民主的に選ばれた独裁者」の文化軽視、美意識のセンスがないというのがむしろナポレオン三世の凄さを物語っていると言えます。
ところで現在のボナパルティズム的状況とは、以下のような政治構造を指します。
国内のブルジョアジーとプロレタリアートの階級対立が均衡状態を生み出し,特定階級による一方的支配が行われにくくなったとき,調停者のような顔で専制的政治権力が樹立されるものと解されています。
アメリカ独立宣言の草稿を書いたジェファーソンは、こうした「ボナパルティズム」がアメリカ大統領制にも入り込むリスクを懸念していました。
たとえば、ジャクソン大統領への批判などにそれが表れています。
そしてそのジャクソン大統領を尊敬しているという現アメリカ大統領のやっている事をみればジェファーソンの懸念どおりになってしまいましたと言えます。
ところでナポレオン三世、そこから影響を受けたのでしょうか、「ルパン三世」がありますね。
「ルパン三世」はフランスの小説『アルセーヌ・ルパン』を元にした日本のキャラクターです。
一方で、最近のフランス政治で話題になるのが「ルペン」という名前の政治家です。
マリーヌ・ルペン(現「国民会議」リーダー)。
名前が「ルパン」と似ていますが、発音は「リュパン」に近く、直接関係はありません。ただし、マリーヌ・ルペンが「人民の名のもとに」と掲げる姿勢には、ボナパルティズムの影響が見えるともいわれています。
さらに面白いのは、「国民会議」がナポレオンが敗れたロシアの資金で運営されているというねじれも存在します。
またナポレオン三世ということは二世、四世もいるということです。彼らの物語もまた知らない事ばかりです。
一度フランスのこのあたりを再勉強したいなら読みやすいし良いでしょう。