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  • ナポレオン四代 二人のフランス皇帝と悲運の後継者たち

    ナポレオン四代 二人のフランス皇帝と悲運の後継者たち

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻946円 (税込)
    18世紀末、コルシカ島出身の一軍人から皇帝にのぼった英雄ナポレオン。父帝に憧れ軍功を焦るが、病のため夭折した2世。二月革命を経て大統領に当選、その後クーデタで皇帝となった甥の3世。帝政復興の期待を背負うも、英兵として赴いた戦地で落命した4世。二組の父子、そして一族は栄華と没落という数奇な運命を辿る。革命と激変の時代に「ナポレオン」はどう生き、民衆に求められたか。ボナパルト家から近代史を読む。

ユーザーレビュー

  • ナポレオン四代 二人のフランス皇帝と悲運の後継者たち

    Posted by ブクログ

    軍事の才能を発揮し、フランス革命によるカオス社会でのし上がったナポレオン1世。皇帝となりフランスを統治するが、退位し、島流しに。しかし、彼はカムバックを果たし、再び皇帝となる。しかし、ロシア遠征の失敗をきっかけに再び退位、島流し、そして死去。山あり谷ありの人生を一気に駆け抜けた歴史に残る英雄だ。

    ここまではよく知られている世界史の話。本当におもしろいのはナポレオン1世の息子2世、甥の3世、3世の息子4世、それぞれの数奇な運命だ。と、語る著者は彼ら4人をほぼ同ページ数で紹介。フランス革命以後のヨーロッパ社会でナポレオンファミリーは名誉貴族のような存在で好意的に受け入れられていたようだ。今の日本で実績のない2世政治家に票が集まるようなものか。

    そして、この一族の4人が皆、フランス国外で亡くなっていることはなんとも皮肉だ。

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    2019年09月11日
  • ナポレオン四代 二人のフランス皇帝と悲運の後継者たち

    Posted by ブクログ

    ナポレオンを通してフランスおよびヨーロッパの歴史を見直すことを目的とした一冊。
    初代ナポレオン・ボナパルトに関する記述が充実しているのは言うまでもないが、特筆すべきは日本では馴染みの薄い2世と4世にもしっかりページが割かれていること。
    「ローマ王」ことナポレオン2世は父の没落後、籠の中のプリンスとしてウィーンで暮らすことになる。次第に2世としての自覚に目覚めるも、残念ながら結核により夭折してしまう。
    そのような中、一族の中でも特にボナパルト家の一員としての強い自覚と野望を抱いていたのが3世だった。クーデタで政権を握り投票にて皇帝まで上り詰めるものの、プロイセンとの戦いに敗れ退位を余儀なくされる。長らく過小評価されてきたが、内政・外交ともに非常に重要な働きをした人物でもある。そのため、彼の治世は時代への逆行ではなく順接的な局面と言うことができる。
    プロイセンに敗れナポレオン3世が捕虜になると、息子ルイもイギリスへの亡命を余儀なくされた。カムデン・プレイスに母とともに移り住み、その後父ナポレオン3世も合流し、家族は束の間団欒の時間を得る。そこで4世は勉学に励みつつ父から帝王学を授けられた。
    そして父の死後、ついに4世はフランスの統治者に返り咲くべく第三帝政の樹立に臨むも、結局その夢は叶わなかった。その後4世は軍人として身を立てる道を選び、最後はアフリカの地にてイギリス兵として散ったのだった。

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    2026年04月20日
  • ナポレオン四代 二人のフランス皇帝と悲運の後継者たち

    Posted by ブクログ

    有名な初代、挟まれた2代、知る人ほど知る3代ときて知らなかった4代。興味深い読めたが、やはり浅くなる。まあ4代だとそうなるよね。

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    2025年07月15日
  • ナポレオン四代 二人のフランス皇帝と悲運の後継者たち

    Posted by ブクログ

    あるようでなかったナポレオン4代に渡る歴史大河。
    一世、三世は有名だが二世、四世も面白い。初代ナポレオンがコルシカ人として、イタリア、フランスの間で揺れ動いた少年時代から、恐怖政治のロベスピエールの1武将として歴史に現れ、テルミドールの反動で失業し、総裁政府で再度表舞台に現れる。その後、出世の階段を駆け上がり、クーデターてトップにおどりでて、ロシアの冬将軍に完敗する。エルバ島続いてセントヘレナ島へ流され終焉を迎える。
    二世はオーストリアて生涯を終え、三世は第二帝政を実現する。現在、三世の評価が低いが、今のパリの街並みを作ったり、パリ万博、スエズ運河開通など現代まで残る大きな功績を残していた。対独戦争の敗北が印象を悪くしているようだ。
    四世は映画にでもしたい一生だ。理想は違えど「アラビアのロレンス」を連想してしまった。非常に面白いナポレオン記でした。

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    2024年10月05日
  • ナポレオン四代 二人のフランス皇帝と悲運の後継者たち

    Posted by ブクログ

    ナポレオンの家族史といった内容、政治・軍事に関する深堀はなかった

    ボナパルトとは、フランス語読み、ブオナパルテで、コルシカ系、もともとは、イタリアジェノバのリグーリア地方に由来する
    母レティティアも、コルシカ移住のジェノバ人の家系である。また、ナポレオンには、妹、ポリーヌがいた。

    ナポレオンは、もともと、コルシカの出身で、フランスに疎外感をもっていた。自分がフランス人であるというよりも、コルシカ人であるという自覚のほうがずっと強かったのである。

    1785年、15歳でパリ士官学校を卒業したときは、58人中42番の成績であった、だが、通常4年かかる課程をわずか1年で卒業できたことは極めて優秀であったとする説もある。

    ナポレオンの軍事的成功をおおまかに一瞥すれば、まず何と言っても、1796年3月にイタリア遠征軍総司令官としてオーストリア軍とたたかったことを上げなければならない。

    最初の妻、ジョセフィーフは、ナポレオンとあったときは、未亡人であった

    あいつぐ戦勝の結果、ナポレオンはロシアを除く、ほとんどのヨーロッパを征服するに至った

    1810年2人目の妻、マリ=ルイーズと結婚した。

    正妻以外の女性、マリア・ヴァレフスカ、ポーランド妻といわれていた。マリアの息子アレクサンドルは、ナポレオン3世を支え、政界の有力者として君臨することとなる。

    2度目の妻、マリ=ルイーズとの間の子どもが、ローマ王、ナポレオン2世である。

    ナポレオンの軍隊を構成していた兵士の多くは、農村から徴兵された青年たちであり、ナポレオンが没落したのち農村への帰還していった。

    ナポレオン伝説は、そうした、帰還した老兵が崇拝していたナポレオンとの従軍体験を語ったものである。それがナポレオン待望論につながっていく。

    復古王政ののち、実施されて選挙で行われた大統領選で、ルイ・ナポレオンは大統領に選出されて、そして皇帝に推戴された。これが第二帝政である。ルイ・ナポレオンは、ナオポレン3世となった。

    ナポレオン3世は、妻に、スペイン貴族の娘であるユジェニ・ド・モンティジョを選んだ。

    ナポレオン3世は、パリを改造して開放的で衛生的な都市へと整備した。また、パリ万博を2度も開催した。ただ、こうした功績に比して、パリには、ナポレオン3世の遺構はそれほど多くはない。

    3世のユジェイとの子、ルイは、4世として、第3帝政の復活を期待されたが、イギリスへ亡命し、イギリス軍人として亡くなった。

    <参考:ブルボン王朝以後のフランス政治史>
    ブルボン王朝 ルイ14・15・16世
    フランス革命
    第一共和政
    第一帝政 ■ナポレオン一世
    復古王政 ルイ18世、シャルル10世
    七月王政 オルレオン家 ルイ・フィリップ王
    第二共和政
    第二帝政 ■ナポレオン三世
    第三共和政
    第1次世界大戦
    第2次世界大戦 ドイツによるフランス制圧、ビシー政権と自由フランス
    第四共和政
    第五共和制 ドゴールの憲法改正後、現行体制

    目次

    まえがき
    序章 ナポレオンの家系
    第1章 皇朝の創設者 ナポレオン一世
    第2章 ドイツ貴族になったナポレオン ナポレオン二世
    第3章 囚人から共和国大統領、皇帝へ ナポレオン三世
    第4章 帝国復興の期待の星 ナポレオン四世
    終章 その後のポナパルト一族
    あとがき
    主要参考文献
    関連年表

    ISBN:9784121025296
    出版社:中央公論新社
    判型:新書
    ページ数:288ページ
    定価:860円(本体)
    発売日:2019年02月25日

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    2023年06月17日

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