【感想・ネタバレ】現代社会はどこに向かうか 高原の見晴らしを切り開くことのレビュー

あらすじ

曲がり角に立つ現代社会は、そして人間の精神は、今後どのような方向に向かうだろうか。私たちはこの後の時代の見晴らしを、どのように切り開くことができるだろうか。斬新な理論構築と、新たなデータに基づく徹底した分析のもとに、巨大な問いに改めて正面から応答する。前著から約十年、いま、新しい時代を告げる。

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鶴見俊輔さんから、連綿と続くポジティブでラディカルな道が伸びていく。

よく考えればわかること、がなかなかわかられなくてそちらの方向に行かない。

2022年に読んでも新しいというか、10年前から見据えておられたことが今やっと一部の人にとどき共感とひっ迫を持って今まさにの感性として受け止めらる。
く考えればわかることなので10年あればラディカルにもポジティブにもリベラルにも進んだであろうによく考えない人よく考えない人に支配されているクニ、セカイ。

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2022年06月09日

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増殖する欲望の終着点を私たちは探らなければいけない。
倒さなければいけない敵ではなくて、高歓し得ることのできる相手として捉えたい。
共存共栄を今後実現できるのではないかと少しポジティブに未来を見つめることができた。

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2022年01月27日

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2021.10.13 久しぶりに見田先生の本を読んだが感銘を受けた。とてもとても頭の整理がついた。これからの大きな糧になった。いろんな方にも勧めたいと思う。心からありがとうございますと言いたい。

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2021年10月13日

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2021.47

良書すぎた。
・「成長と開発」から、「共存と共生」が基本的価値観に
・人や自然との交歓(交流)こそ、幸福度を高める。
・キーコンセプトはシンプル、ナチュラル、ボーダレス、シェア、脱商品、脱市場経済

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2021年07月30日

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ネタバレ

子育てで迷った時に読みたい本。

他者との交歓と自然との交感をたくさん経験させてあげよう。
positive 肯定的であるということ。
diverse 多様であること。
consummatory 現在を楽しむ、ということ。
自分自身でも大事にすることで子どもに伝えたい姿勢。

自分の親たちやさらにそのずっと前から無限を信じて築いてきてくれたもののおかげで生存のための物質的な基本条件の確保が達成され、それによって「現代」だけに固有の、二重のリアリティの喪失という経験をするが、有限と向き合い解放を実践することで、自分がここに一つの花を開かせることができるかもしれない。

私は宇宙への興味や挑戦する勇気もなければ、原子に造詣が深くもない。だからこれからの未来に何もできないのかというと、そうでもなさそう。
私にも私の思考と行動で一つの胚芽を作ることができる。そう前向きに励ましてもらい勇気までもらった。

”今ここに一つの花が開く時、すでに世界は新しい。”
なんて美しい言葉なんだろう!

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2021年02月20日

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見田宗介氏によると、キリストやブッダが宗教を説いていた人間の歴史の第Ⅰ局面に続く現代の第Ⅱ局面は、持続可能な幸福な世界が訪れるという。

その際のキーワードは、幸福感受性である。
来たるべき未来の目的のために現在の生を手段化し、耐え忍ぶのではなく、現在それ自体を楽しむ。

人々は、経済競争の呪縛から解放され、芸術や生自体を楽しむ。

格差など暗い時代に思うが、あまりにもオプティニズムに満ちた考えのように思うが、そういう暗い時代だからこそ、こういう意見は貴重で尊重されなければならないかも知れない。

非常に読み易く、薄い本なので、1日でほとんど読めました。

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2020年07月03日

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<情報化/消費化資本主義>では、需要や欲望が無限であっても、資源が有限(「材料」と「ゴミ箱」が有限)であるため、限界にぶつかる(そして社会/人の精神構造が変容する)。人はよりシンプル、よりエコを、more lessを、志向する。ミニマリストも、グレタさんも、若者の○○離れも、SDGsも全て、つまりは「資源の有限性」から立ち現れている現象である。

一方、ここで見落としていけないことがある。それは、需要や欲望が、情報によって無限化されたのと同様に、情報によって、供給や資源も、無限化できると言うことだ。

「経済競争の強迫から解放された人間は、アートと文学と学術の限りなく自由な展開を楽しむだろう。歌とデザインとスポーツと冒険とゲームとを楽しむだろう。知らない世界やよく知っている世界への旅を楽しむだろう。友情を楽しむだろう。恋愛と再生産の日々新鮮な感動を享受するだろう。子どもたちとの交歓を楽しむだろう。動物たちや植物たちとの交感を楽しむだろう。太陽や風や海との交感を楽しむだろう。 
ここに展望した多彩で豊饒な幸福はすべて、どんな大規模な資源の搾取も、どんな大規模な地球環境の汚染も破壊も必要としないものである。」

youtuber、ブロガー、(西野亮廣さんがエンタメにフルベットしているのもきっと)、それに関係している。

これからは、物質的な資源を(多く)必要としない、広い意味での「エンターテインメント」が、社会に広がっていく。これは、間違いない。




なお「天国に経済成長はない」は痺れる。

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2019年12月28日

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2020年を控え、今こそ大局観を持とうと購読。数千年の歴史の中で人類は大きな曲がり角を経験している。一つ目は紀元前後の世界的宗教が確立した頃。それまで群・部族でしかなかった集団が、「現世は来世の幸せのためにある」という一つの世界観を共有し、何千キロを隔てても共通の価値観でものを語れるようになった。同時に、この見えないもので争うようになったが、それはより良い未来のために覇権をかけての争いである。第二の曲がり角はまさに現代であり、「未来・来世とはからなず良いものである」と信じられない世界。未来・来世がどうなるかわからないから、ものを所有することに意味はないし、耐え忍んだり苦行する意味もわからない。もう一つの観点は、国内における世代間ギャップ。40代→50代→60代のギャップは大きいのだが、20代→30代→40代のギャップは小さい。これは消費行動やコミュニケーションにも現れていて、普段の活動の中で気づかされることもある。再読したい一冊。

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2019年12月25日

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希望が持てる本であった。現代社会は歴史的に着実に進化している。マルクスが唱えた予言は資本主義が発展すれば、共産主義に移行するというものであったが、その予言が当たりそうである。ただし自由と民主主義があればとの前提だが。ただ、その予言がうまくいかなかったのは、1.否定主義(とりあえず妥当)、2.全体主義(三位一体という錯覚)、3.手段主義(終わりよければすべてよし)、が二十世紀を賭けた革命の破綻の構造だそうだ。「憎しみは人間を破綻に導く、最も強力な感情である」と、その通りである。この失敗を繰り返さないために、1.肯定的であること、2.多様であること、3.現在を楽しむ、これを統合したイメージが「胚芽をつくる」ということらしい。データも示され、説得力のある、明るい展望が開ける本であった。

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2018年10月17日

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今ここに一つの花が開く時、すでに世界は新しい。
ポジティブなラディカリズム。肯定する革命。

人に喜ばれることを喜びと感じられるように生きる。
(欲望の相乗性)

有限性の自覚。
自己を目的化しない。
二重疎外からの脱出。


・かつてに比べ、世代の距離は、ほぼ消失している。
歴史は加速度的に進化する(人々が未来を信じていた時代)という団塊世代との乖離。

・地球は、無限であり、有限。

・グローバリゼーションによって実証されてしまった「有限性」。その有限性にどう立ち向かうか。

・封建制とは、戦闘合理性。→近代の現実原則としての合理性。
それは、近代の理念である自由と平等の対極。
=近代家父長制も人間の生の合理的・生産主義的な手段化。
婚姻、女性の子育て、も然り。

・キリスト教=生きることの意味を、未来の救済に求める。
→未来志向の発生

・ピダハン。
他者と自然の《交歓》を通じて、未来ではなく、現在の生「そのもの」を幸福に感じる。
ピダハンは、全世界を所有していると言える。

※サルトル的所有。
認識による世界の所有。滑走による雪原の所有。愛撫による女性の所有。


・未来のために現実を手段化する、ということが無意味になりつつあるのが低成長な現在。(生存のための物質的な基本条件は確保されている)
他者との交歓と自然との交感で、現在を楽しむことが必要。

・貨幣経済の本質は、世界の抽象化。等質化。

・感性と欲望の開放。幸福感受性の奪還。が必要。


・現代は、否定主義、全体主義、手段主義、を乗り越えるべき。
→肯定的、多様的、現在的(consummatory)

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2018年09月09日

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 四○年間の青年たちの精神変容についての実証的なデータに密着しながら、前節で深めてきた理論的な考察を、この節ではいっそう大きい歴史的な視界の中で、徹底した原理論的な水準において、再確認しておきたいと思う。
 くりかえし確認してきたように、近代の根本理念は〈自由〉と〈平等〉ということであった。 他方確認してきたように、近代の現実原則は〈合理化〉ということであった。社会のすみゃみ、生のすみずみの領域までもの、生産主義的、未来主義的、手段主義的な合理性の浸ということであった。手段主義的とは、現在の生を、それ自体として楽しむのではなく、 未来にある「目的」のための手段として考える、ということである。「レクリエーション (再創造)」という言い方がよく示しているように、現在の生をそれ自体として楽しむべき活動さえも、将来の労働のためのエネルギーの補充(再創成)のようなものとして正当化されてはじめて安心して楽しまれるという倒錯が、日常の生の自明の感覚となる。この感覚が、社会と集団と個人のあらゆる水準のシステムにしみわたりつくすのが近代である。あるいは成熟しつくした近代の典型像である。
「近代家族」の歴史的に一般的な標準型であった近代家父長制家族が、このような近代の現実原則による、近代の理念=自由と平等の「封印」ということを、現実の社会の基底において実行する装置であったということを前節において見てきた。


 だがそれにしても現代人はなぜこのように、生きることの意味を失ってしまうのだろか。
 ピーダハーンはその生きることの「意味」などを問うこともなく幸福であった。それは彼らの生の現在が他者との交歓と自然との交感によって、直接に充溢していたからである。 現在の生に不幸な者だけがこの不幸を耐えることの根拠を求めて、意味に飢えた目を未来に向ける。未来にある「救済」あるいは「目的」のための手段として現在の生を考いう、時間意識の転倒を獲得することによって、多くの目に見える成果を達成することできるということを、文明は知る。〈未来のための現在〉=〈目的のための手段〉というこの文明の時間意識の構造によって、第1局面の人間たちの渇望であった、生存のための物質的な条件の確保という課題を追求し、見事に達成して来たのが第Ⅱ局面であった。徹底して合理主義的なビジネスマンとか受験生などの典型像に見られるように、未来にある目的のための現在の手段化という時間の回路は、他者との交歓とか自然との交感から来る現在の生のリアリティを漂白するが、この空虚は未来の「成功」によって十分に補うことができるので、空虚感に悩まされることはない。世界の中で、アメリカや西・北ヨーロッパや日本のような高度産業社会において、生存のための物質的な基本条件の確保という、第局面の課題が、歴史上初めて達成されてしまうと、この自明の目的のための現在の生の手段化という回路が、初めて根拠のないものとなる。
 一章で見てきたとおり、「近代」という時代の特質は人間の生のあらゆる領域における 〈合理化〉の貫徹ということ。未来におかれた「目的」のために生を手段化するということ。現在の生をそれ自体として楽しむことを禁圧することにあった。先へ先へと急ぐ人間に道ばたの咲き乱れている花の色が見えないように、子どもたちの歓声も笑い声も耳には入らないように、現在の生のそれ自体としてのリアリティは空疎化するのだけれども、その生のリアリティは、未来にある「目的」を考えることで、充たされている。序章のはじめに見てきたように、この「近代」の最終のステージとしての「現代」の特質は、人びとが未来を失ったということにあった。図4の尖鋭な分水嶺の示しているように、加速しつづけてきた歴史の突然の減速がどんなに急激なものであったかが分かる。未来へ未来へとリアリティの根拠を先送りしてきた人間は、初めてその生のリアリティの空疎に気付く。こんなにも広い生のリアリティの空疎の感覚は、人間の歴史の中で、かつて見なかったものである。それは第Ⅱ局面の最終ステージという「現代」に、固有のものである。第一に〈未来への疎外〉が存在し、この上に〈未来からの疎外〉が重なる。この疎外の二重性として、現代における生のリアリティの解体は把握することができる。
 すでに現在の生の直接の充実を手放して久しい人びとは、このリアリティを代補してきた未来の〈目的〉の自明性をも失うこととなる。「近代」に至る文明の第Ⅱ局面の輝かしい達成を駆動してきた〈未来にある目的のための現在の生の手段化〉=〈目的への疎外〉の上に、 この課題の完了による目的の消失=〈目的からの疎外〉が重なるという〈二重の疎外〉こそ、 第Ⅱ局面の最終ステージとしての「現代」に広く固有の構成である。人々は〈生きることの目的〉を未来の中に求めるという、この文明の局面に固有の問いにとりつかれたままで、 この未来にある〈目的〉の確固とした自明性と根拠とを除かれてしまう。現在の生のリアリティの直接の充実を手放したままで、このリアリティを補充する未来の〈目的〉を失ってしまう。これが人間史の第Ⅱの変曲点としての「現代」だけに固有の、二重のリアリティ喪失である。

 加速に加速を重ねてきた走行の果てに、突然目的地に到達して急停車する高速バスの乗客のように、現代人は宙を舞う。


 この横浜市立大での最終講義に強い感銘を受けた学生たちが、講義の録音を起こして手づくりの冊子にしたものの一つを、わたしの所にも届けてくれた。この講義の核心は、〈福祉は衝動である〉ということであった。福祉というものの現場の現実の、きびしさ、みにくい部分までをも含めて、そのすみずみまで身体で知りぬいてきた野本三吉=加藤彰彦がそのうえでなお〈福祉は衝動である〉と言い切るとき、それは、きれいごとではないと思った。目の覚める認識であると思った。福祉という仕事は、正義とか善意とかいうことの前に、人間の深い欲望であると。これから福祉や介護の現場に巣立とうとする若い人たちにこの核心は、ストレートに届いて、共振したのだと思う。


 高橋さんの提起の趣旨は、農業ということのとくべつな意味にあったとおもう。自然との直接的な交感。「食」という最も基本的な部分で、人間の社会を支えていること。このことを正しいとして認めた上で、ここでは、もう少し一般的な論点として、高原期の人びとが楽しむことのできる幸福のリストの大きい項目として、「社会的な〈生きがい〉としての仕事」、共存の環としての仕事ということを、一つつけ加えておきたいと思う。
 経済競争の強迫から解放された人びとは、それぞれの個性と資質と志向に応じて、農業や漁業や林業やもの作りや建築や製造や運転や通信や情報や報道や医療や福祉や介護や保育や教育や研究の仕事を欲望し、感受して楽しむだろう。あらゆる種類の、国内、国外のボランティア活動を楽しむだろう。
 依拠されるべき核心は、解き放たれるべき本質は、人間という存在の核に充填されている、〈欲望の相乗性〉である。人によろこばれることが人のよろこびであるという、人間の欲望の構造である。


 二〇世紀の真剣な、そして壮大な試行錯誤の悲惨な成行の根底にあるものとしてわれわれが見出したのは、第一に「否定主義」negativism。実現されるべき肯定的なものの明確なヴィジョンよりも「とりあえず打倒!」という情念。第二に「全体主義」totalitarianism 社会の理想の実現のために特定の政党や指導組織に権力を集中し、思想言論の統制を行うことが必要であるというイデオロギー。第三に「手段主義」instrumentalism。未来にある 「目的」のために、現在生きている人々のそれぞれに一回限りの生を手段化する、という感覚である。
 初めは正しい願いからも出発していたこの回路をくりかえすことのないために、新しい世界を創造する時のわれわれの実践的な公準は、次の三つであるように思われる。
 第一に positive。肯定的であるということ。
 第二に diverse。多様であること。
 第三に consummatory。現在を楽しむ、ということ。

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2025年12月27日

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述べられていることは一貫している。主張内容の論拠が妥当なものであるかは、この書籍の内容からだけでは判断が難しい。しかし、私的な過去の経験や感じてきたことを踏まえると納得感があった。
人生の目標や目的の達成を求められるが、それらが本当に適切なものかは誰も保証できず、自身で決めるしかない。にも関わらず、周囲からの明示的・暗黙的な圧力による誘導がある。その圧力がどこから忍び寄っていたのかを気づくきっかけとなった。社会・経済などのマクロ的な流れに無自覚に流されてしまわないよう学んでいきたいと感じた。

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2024年01月01日

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経済や人口増加のグラフに見られる、急激な成長から鈍化し安定期の入ったあたりを、筆者は高原として喩え、高原の見晴らしを様々なデータから考察している。
高度成長のような経済競争が完了し、成長が鈍化した社会では、人々の志向が、シンプル、エコ、に向いている。同じ服を着ていることが、むしろカッコいい。幸福感が高く、生活の中心が多様。
若い世代の方がその傾向が強い、という。やるじゃん、Z世代。

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2023年09月23日

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見田さん流石にかっこいいこと言うなあ、ポジティブで漸進的だなあという本。
福祉は衝動である、とか欲望の相乗性とか。
存在することの祝福にたいする感動能力の解放とか。

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2019年04月07日

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日本人の意識の大きな変化として,①近代家父長制家族の解体,②生活満足度の増大,結社闘争性の鎮静,③魔術的なるものの再生 を挙げている.地球という限られた空間に住む現代人は,未来を失っているとも述べている.これらの事象はp122-123に上手く集約されていると感じた.曰く「日本の青年たちの価値の感覚が,シンプル化,素朴化,ナチュラル化という方向に動いていること,フランスの急速に増大している"非常に幸福"な青年たちの幸福の内容を充たしているのが,他社との交歓と自然との交感とを基調とする,"幸福の原層"の素直な解放であるということは,環境容量のこれ以上の拡大を必要としない方向で,無数の"単純な至福"たちの一斉に開花する高原として実現するという方向で,生きはじめているように思われる.」これからの生き方の指針として,肯定的であること,多様であること,現在を楽しむということ の3つ,それぞれ英語ではpositive, diverse, consummatory.考えさせられた.

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2018年12月21日

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見田宗介氏(1937年~)は、現代社会論、比較社会学を専攻する社会学者。真木悠介の筆名でも多数の著書がある。東大の著者のゼミは抜群の人気を誇り、その出身者には、大澤真幸、宮台真司、小熊英二、上田紀行といった、現代日本を代表する思想家・社会学者がいるのだという。
本書は、初出2011年の序章のほか、いくつかの著作、学会やシンポジウムでの講演内容に加え、本書のための書下ろしをまとめたものである。私はこれまで見田氏(真木氏)の著作に縁がなかったのだが、本書の題名と上述のような構成から、著者のこれまでの論考のエッセンスがまとめられたもの、即ち「集大成」と考え、手に取った。
本書の論旨は以下のように明快である。
◆人間は、地球という有限な環境下に生きる限り、生物学でいう「ロジスティック曲線」から逃れることはできない。人間はこれまで、原始社会<定常期>から、カール・ヤスパースのいう「軸の時代」(古代ギリシャで哲学が生まれ、仏教や儒教が生まれ、キリスト教の基となる古代ユダヤ教の目覚ましい発展があった時代)<過渡期>を経て、文明化による人口増加<爆発期>を経験してきたが、近代はその<爆発期>の最終局面だったのであり、現代はその後に訪れる<過渡期>、即ち未来社会<定常期>への入り口にある。
◆それは、人間は、「軸の時代」以降、貨幣経済と都市社会の勃興を前に、世界の“無限性”を生きる思想を追求し確立してきた(その究極の姿が資本主義であろう)が、現代において、グローバル化が極限まで進み、環境的にも資源的にも、人間の生きる世界の“有限性”を生きる思想を確立しなければならなくなった、ということである。
◆そして、その思想とは、経済成長を追求しない、生きることの目的を未来に求めない、他者との交歓と自然との交感によって「生のリアリティ」を取り戻すことである。
◆その思想は、シンプル化、ナチュラル化、素朴化、ボーダーレス化、シェア化、脱商品化、脱市場経済化という現象として現れつつあり、価値観調査における若い世代の幸福感の増大のような結果も併せると、新たな世界が広がりつつあると言えるのかも知れない。
これは社会学者・広井良典氏のいう「定常型社会」と共通するものであるが、私はこの思想に深く共感を覚えるし、人類の進むべき方向はこれしかないと考えている。しかし、現実に目を転じると、政治家は「一億総活躍社会」などとぶち上げて「経済成長」を錦の御旗にし、少なからぬ人々が「経済成長」の呪縛に捉われたままである。現在の課題と進むべき方向が明らかな今、どのようにしてそれを実現するのかにこそ、人類は知恵を絞る必要があるのだと思う。我々に残された時間は多くはない。
(2018年9月了)

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2019年01月12日

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一冊の中でわかりやすくスッと入ってくる部分と、難解でなかなか読み進めないところがある一冊だったような気がする。山登りのような成長時代の終焉と、緩やかな高原的なありようになることは実感や個人的な気持ちとして相関する。何に対して幸福感を感じるのか。世代や年代によって異なるのは当然と思うが、今の社会を考えると高原という響きには共感する。

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2024年11月17日

Posted by ブクログ

高度経済成長を終え高原に辿り着いた現代社会の方向性を憂いながらも若干の希望を持ちながら論じた書籍。全体的に難解で消化不良気味ではあるが、結論的には自分たちの行く末は自分たちが決めなくてはいけない。そのためにどう振る舞うべきかを問われていると感じる。他の社会学者や思想家が書いた本と読み比べ、比較を通して理解を深めたい。

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2023年08月22日

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BIBLIOTHECAで紹介された本。
「高度経済成長」を完了し、「高原社会」に至った現在の日本は、どのような意識で、どんな方向に進めばいいのか考えさせられた。

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2023年04月26日

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やや古い印象はあるが、序章は現代日本の置かれた現状の補助線として、多くの人が同意する見解の一つだろう。
全体のボリュームが少ないにもかかわらず、構成が散漫な印象を受ける。

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2020年08月09日

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2011年「定本 見田宗介著作集」第一巻『現代社会の理論』、あるいは2016年「現代思想」総特集『見田宗介=真木悠介』で一度ならず二度までも触れていた論でした。たぶん、前もそう感じたと思いますが、捉えている視野の大きさと視点の能天気さが今回も。そこが社会学ピーターパン(勝手に命名)、見田宗介節の真骨頂かも。

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2018年10月28日

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文明のパラダイムの転換とでもいうべきものの見取り図を示す。壮大なお話であながち間違っているとも思わないが、やはり日々を生きる我らの関心事とはズレているというかそれらが無視されている観があって、不満も残った。たとえば人口減少にどう対処するかとか、AIが社会や経済をどう変えるのか、とかそうした点への言及はゼロだった。

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2018年08月15日

Posted by ブクログ

希望を伝えたい意志はよくわかる。ヨーロッパと日本の若者が現状を「幸せと考えている」こともよいことだろう。しかしそれは未来へ向けた希望のありかなのだろうか。現代が歴史上の大きな変曲点であることは水野和夫も指摘しているとおりだろう。ではこの現在の「幸せな現在を全世界に広げること」をどのように現実化させるのだろうか。その回答が胚芽を作るでは私はリアリティを持てない。野本三吉の「福祉は衝動だ」との言葉が胸に刺さった。

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2018年07月16日

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『現代社会はどこに向かうか』見田宗介
見田宗介さんの『現代社会の理論』は、消費社会の仕組みをわかりやすく、取り出してれる感銘を受けた本だった。
今回の著書は、2000年以降を描こうとしたようだけど、正直、ロスジェネ世代、団塊ジュニアのわたしには、言い尽くされたことばかりに思えた。
見田さんは1937年生まれ、団塊世代より上の世代だ。その世代にとって、この現状が事件なのかもしれない。でも、われらにとっては当たり前だし、それをメタな視点で解説してくれるわけでもなかった。自分自身や同世代に伝えようとしているのかもしれない。

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2018年07月05日

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