あらすじ
『風姿花伝』は能の大成者・世阿弥が著した、日本最古の能楽論である。『花伝書』の名称でも知られる本書は、「花」と「幽玄」をキーワードに、日本人にとっての美を深く探求。体系立った理論、美しく含蓄のある言葉、彫琢された名文で構成される、世界にも稀な芸術家自身による汎芸術論である。原文の香気が失われぬよう、かつ自然な現代語としてスラスラと読めるよう、工夫を凝らした現代語・新訳として提供する。七歳から年代順に具体的な稽古要領を記した「年来稽古條々」、物真似の本質を把握し表現する「物学條々」、Q&A形式の「問答條々」。そして、「花」の本質を説いた「別紙口伝」。章立て・語り口はあくまで明快、シンプルである。大陸伝来の文化から袂を分かち、日本人自ら育て、咲かせた最初の美しい「花」――。風姿花伝は700年を経た今日でも、広く表現に携わる方々はもちろん、人生訓としても読める懐の深い名著である。
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Posted by ブクログ
世阿弥が約20年かけて書いたという本を現代語にしたもので、大変読みやすいです。
日本人にとっての美とはどういったものなのかわかりやすく書かれており、
能に関わらずお芝居など芸術になんらかの形で関わる人には胸に響くものがあるのでは、と思います。
現代ではあまり使われることが少なくなった「幽玄」や、「花」の言葉の意味を考えるきっかけになります。
感情に訴えたり闇雲な考えを押し付けたりという内容ではなく、冷静な見方で理論的に語られているので理解しやすいです。
花の時期を過ぎた後どうするか、などについてもきっぱり語られています。
「秘すれば花」。珍しいから素晴らしいと感動する。
相手の期待を良い意味で裏切ることこそが感動を呼び起こす というのは、シンプルながら核心をついた言葉だと思いました。
子供がなにげなくやりだしたなら、こと細かに、良い、悪いと教えないこと。あまりに厳しく注意すると、子供はやる気を失い、億劫となって、能そのものが止まってしまう。
これも、能以外にも言えることだと思います。
若い役者がその若い声と姿で「すごい役者が出てきた」と評価され
ときに名人にも勝ることがあり
そこで本人が慢心してしまうとそえは若さゆえの一時の花であり、真実の花にはならない
『たとえ人にほめられ、名人に競い勝ったとしても、これは今を限りの珍しい花であることを悟り、いよいよ物真似を正しく習い、達人にこまかく指導を受 け、一層稽古にはげむべきである。』
というのも、深く頷くところです。
老人を本当にうまく演じるにはやはり相当の名人でなければならず、
老人を本当にリアルに演じるだけでは花がなく面白くない、というのも確かにそのとおりだと思いましたし
そういったことまで書いてしまうのだな、という点にも感動しました。
面白いということが大切で、鬼もリアルに演じれば怖くなりすぎて面白さがなくなってしまいます。
「花はありな から年寄りに見える公案、くわしくは口伝する。」というのも素敵です。
申楽を始めるときに観客席を見て、今日はうまくいくな、とわかるというのは
お芝居をやっている人も非常に共感するのではないでしょうか。
『上手の芸が目利かずの心を満足させることは難しい。下手は目利きの眼に合うことはない。』
というのも、あらゆる世界で言えることな気がします。
『狂う演技に花をおいて、心を込めて狂えば、感動も面白い見所も必ず生まれるものだ。』
『能の命は花にあり』
芸事だけでなく、仕事など誰かに対する場合にも
心に置いておくべき真理だと感じました。
Posted by ブクログ
能の世阿弥がしるした書。能の心得について深い洞察に基づき記載されている。伝統芸能だけあり、一つ一つが非常に深く、その片鱗が垣間見れてとてもおもしろい。いかに花を出すか。一つ一つの違いを演じ分けるかが非常に難しそう。能をみにいきたくなった。面白さを極めんがための徹底的な分析、計算がされており感銘を受けました。
<その他学んだ事項など>
・幼い子に芸を教える際は、心のままにやらせてみることが大事。事細かによい、わるいと教えると、やる気を失い、芸そのものが止まってしまう事がある。
・24,5は花が咲きだし、ベテランに勝つこともあるが、それは本当の花ではない。それで得意になってしまうと後々仇となる。もともと備わっていた花も失ってしまう。
・本番で相手に勝つには。バリエーションを多く持ち。敵と違う芸風で攻めること。
・上手は下手の手本。下手は上手の手本となりえる。下手のよいところを上手が自分の得意芸にとりこむことはこれ以上ない理想的な方法。
・物数を極めることが花の種となる。花を知りたくば、種を知ること
花は心、種は技。
・自分の芸を極めてこそ、あらゆる芸風を知ることができる。目移りしていると、自分の芸もわからず、他の芸風を身につけるなどかなうはずもない。
・見る目がない人にも楽しめるよううまい下手のみではなく、工夫を取り入れることが大事。
・正直にして円満であること。
・耳にしてやさしく、わかりやすい言葉を使うべき。自然と幽玄な風情になる。
・音曲は体、すなわち意味・内容、風情・演技は用、すなわち、表現。温曲より動きの生ずるは順。動きより音曲を残すは逆である。能を書く時は逆に、風情を念頭に置いて書く。そうすると自然と一体として作品ができあがってゆく。
・花は四季折々に咲くもの。珍しさゆえに愛でられる。猿楽も珍しいからおもしろい。花、面白い、珍しい。これらは三つの同じ心。散らずに残る花などない。花は散り、また咲く時があるゆえに珍しい。一所にとどまらず他の姿に移りゆくことが珍しい。
・人がこういうふうにやるはずだと思い込んでいる場面を、同じ不利でありながら、工夫をめぐらせて行うものことそ面白いと評価されうる。
・下手は習い覚え、そのままうたうだけなので、珍しいと感じさせるものはない。上手は同じ節でも曲を心得ている。
・過ぎし芸風をやり捨て、やり捨てしては忘れてしまう事、ひたすら花の種を失い続けることになる。種があれば、また年々時々に花にあえる。
・秘する花を知ること。秘すれば花なり、秘せずは花なるべからず。秘することには効用がある。秘め事は露見すると、秘密にしておくほどもないとなる。
・家はただ続くから家なのではない。継ぐべきものがあるから家なのだ。
これは日本最古の能楽理論書。